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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 十七章 幕間

 破壊された刻命城の門を次々と契約者たちが走り抜けていく。
 その中の一人、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は苛々したような声で呟いた。

「煉のやつ、死者を生き返らせる魔剣の話を聞いたとたん行き成り飛び出していきやがって」

 エヴァが追っているのは先に城内へ侵入したパートナーの煉だ。
 同じく煉のパートナーであるエリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)も、心配そうに呟く。

「煉さんの表情、普段の優しい顔でも戦いのときの冷静な顔のどちらでもありませんでした。
 ……あんな怖い顔を煉さんがするはずありません」
「まだ昔の事を引きずっているのかよ……前に無銘をサイコメトリしちまったとき事情は大体知っちまったけどさ。
 ……死んだ人間が生き返るなんてあるわけないんだよ」

 二人の足取りが速くなる。それは煉を思ってのこと。
 エヴァは怒りを孕んだ声で叫んだ。

「……それに今のパートナーはあたしなんだ。そのあたしをほっといて、昔の女追いかけて行くなんてゆるせねぇ!
 エリス、今日だけは協力するぞ! ぶん殴ってでも煉を正気に戻して連れ帰るからな!」

 エヴァのその申し出に、いつもなら絶対に断る犬猿の縁のエリスも頷いた。

「ええ。エヴァ、今日だけは協力するわよ。絶対煉さんを正気に戻して連れ帰りましょう」

 エリスは右手に持つ薔薇の細剣を強く握り締める。
 そして、今は亡き自分の師匠の名前を心のなかで唱えた。

(フローラさん、私に力を貸してください……!)

 ――――――――――

 刻命城の城内、地下室への通路。
 薄暗い暗闇に支配されるその場所を、アキラとアリスは手紙に書かれた道筋を歩いていた。
 コツンコツンと床を踏みしめる音だけが辺りに反響する。
 アリスはアキラの肩に乗り、強く服を握り締めることで恐怖を耐えていた。
 やがて、二人は目的の地下室へと到着。手紙が隠されていた傍に落ちていた鍵で、地下室の扉を開ける。

「うわ……すごいな」

 思わず、アキラがそんな言葉を洩らす。
 地下室の壁には見たことがないあらゆる魔法陣が描かれていたからだ。

「これは、死体を保存するための魔法なのかな。なんだかこの部屋寒いし」

 アキラはそう一人ごちながら、状況を打開するためのヒント、とやらを探す。
 しかし、この地下室には壁に描かれた魔法陣以外に、部屋の中央に置かれた立派な棺しかない。

「……これを、開けろってことか?」

 アキラは棺に近づき、蓋を開けようと手を伸ばす。
 アキラが掴んだ場所の近くに、埃をかぶった文字で城主の名前が彫られていた。

「これは、城主の死体が入った棺なのか。さて、何が分かるかな――っと」

 アキラは力を込め、棺の蓋を開ける。
 中身を見たアキラの目が見開かれた。怖くて目を閉じていたアリスがその様子に気づき、心配そうな声でアキラに声をかける。

「アキラ、どうしたノ……?」
「……ない」
「エ?」
「城主の死体がないんだ!」

 ――――――――――

 濃い霧がかかった空に最も近い場所――刻命城の屋根の上に愚者は現れた。
 しかし、その場所にはまるで愚者を待っていたかのように長尾 顕景(ながお・あきかげ)が立っていた。

「戦場で生死を賭した舞踏を舞うもの。謎を追い求め真実を追うもの。さて、貴方様はどちらの役者なのですか?」

 愚者の問いかけに、顕景が答える。

「どちらでもないよ。悪いが、私はこの劇に参加しない」
「……では、なぜここに?」
「私がこの地に訪れたのは、数百年前から色々と話の出ている『刻命城』がいかなるものか、そして、魔剣の存在とそれを持つ一介メイドに興味があってね」

 顕景は愚者を見据え、言葉を続けた。

「君が『傍観者』ならば私も『傍観者』、『立会人』ということで、この話の終着点までを見させてもらおう」
「そうですか。では、ご自由に」

 愚者は顕景に向けて丁寧な礼を披露する。
 そして、その場かに背を向け立ち去ろうとしたが、顕景の言葉に足が止まった。

「いやいや、『刻命城』か。当時も随分と話題になっていたものだよ」

 愚者が振り返り、顕景に言葉を投げかける。

「……あの時代に生きていたのですか?」
「ああ。まぁ、当時も今も、色々と曰く話や噂もあったりしたものだが、さて、本当はどれかな?」
「と、言いますと?」
「魔都タシガンに伝わるあの昔話など、当時の曰く話の一つに過ぎない。他の多くの話や噂はまったく毛色の違うものだった。
 ……時間の経過とは淋しいものだね。あらゆる物を歴史の闇に消してしまう」

 顕景の言葉に、愚者は頷き口を開いた。

「ええ、そうですね。伝承や昔話ほど不安定で混濁されたものはこの世にない。
 その全てが時代の変化と共に人々により変容されてしまうのですから」
「ああ、その通りかもしれないね」

 二人はそこまで会話を交わすと、眼下の契約者たちを見下ろす。
 そして、愚者は語るような口調で言い放った。


「――刻命城に攻め込んだ役者たちは、それぞれの役目を十分に果たした。
 しかし、それは第一幕でのこと。続く、第二幕ではどうなるかは分からない」

 愚者は両手を目一杯に伸ばし、言葉を続けていく。

「しかし、今は祝おう。君たちは第一幕の結果を最高の形で終わらせたのだから」

 そして愚者は、陽にもらった花束を空中に放り投げた。

「さあ受け取りたまえ。これは私からの餞別だ」

 花束が空へと放たれる。
 風に踊り、舞う、花弁はカーテンコール。

「堅牢な門は開かれ道は生まれた。役者達は城内へと進み――第二幕の幕はもうすぐ開けるだろう」


担当マスターより

▼担当マスター

小川大流

▼マスターコメント

 最後まで読んで頂きありがとうございます。マスターの小川大流と申します。
 この度は「亡き城主のための叙事詩」にご参加頂きありがとうございました。

 今回の物語は如何でしたでしたでしょうか。
 少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

 それでは、後編でお会いできる時を楽しみにしております。