百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

リアクション公開中!

SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ
SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

リアクション


【二 体づくりと情報管理は入念に】

 マーシャル・ピーク・ラウンドのクラブハウスは、基本的にはブルトレインズの選手専用ではあったが、今回の交流戦期間中に限り、ハイブリッズの選手用に貸し出されていた。
 但し、ロッカーの配置はそのままである為、急遽、仮ロッカーを人数分搬入する作業が発生し、その現場監督として六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が立ち会っていた。
 勿論、これらの仮ロッカー内に収められる各選手のユニフォームやグラブ、バットといった用具の全ては、選手それぞれに合わせた専用のものを用意するといった具合に、実に細やかな配慮が為されている。
 これらは全て優希の手配によるものであり、単純に手配業者に任せていたら、これだけの準備は出来なかっただろう。
「ご苦労様。随分と、それらしい眺めになってきたわね」
 不意に背後から、聞き覚えのある声が優希の鼓膜を軽やかに刺激した。
 振り向くと、そこにフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)が機嫌の良さそうな様子で佇んでいる。シャンバラでは知らぬ者が居ないという程の有名人だが、それ程の人物がクラブハウス前の廊下で、周囲の景色に溶け込むような形で佇んでいるのが、優希には随分と新鮮に思えてならなかった。
「あ、こ、これはどうも、フリューネさん! 練習の方は、休憩時間ですか?」
「これから、全選手のメディカルチェックがあるんだって……そういえば、パートナーさんは残念だったわね。ベンチ入りも出来ないのかしら?」
「えぇ、まぁ……」
 フリューネの問いかけに、優希は仕方なさそうに小さく肩をすくめた。
 優希のパートナー麗華・リンクス(れいか・りんくす)は、ハイブリッズでのプレーを希望して、かなり早い段階から相当に練習を重ねてきていたらしいのだが、ベンチ枠やその他諸々の事情で、最終的にメンバーから外れてしまったのである。
 その落胆の程は、優希が隣で見ているだけでも相当に気の毒な思いを抱いてしまう有様であったが、現在はある程度心理的に持ち直し、ハイブリッズの選手達の練習相手として、走塁や守備の手伝いなどをしている。
 仕方がないといえばそれまでだが、せめて練習の間だけでもハイブリッズの一員として、十二星華やその他の豪華なメンバーとともに頑張って欲しい、というのが優希の偽らざる心境であった。
 と、そこへ――。
「あぁ〜、居た居た。フリューネさん、もう順番が回ってくるぜ」
 ハイブリッズの助っ人選手として参加している朝霧 垂(あさぎり・しづり)が、廊下の角からひょっこり顔を出して呼びかけてきた。
 フリューネは若干意外だったらしく、慌てて懐中時計を取り出して盤面を眺める。
「あらら、もう回ってきたの? あの先生、早いわね」
「そりゃまぁ、ドクター九条っつったら、SPB公認のスーパードクターKだからな。って、ダベってる場合じゃねぇや。早く行かねぇと、順番すっ飛ばされるぜ」
 選手は確実さと速さが命だ、などと訳の分からぬ台詞を放ちながら、垂はフリューネの手を取って医務室へと駆けて行ってしまった。
「廊下を走ると危ないですよぉ〜」
 無意味だと思いつつ、優希は去りゆく垂とフリューネの背中に間延びした声を投げかけた。
 これに対し、垂は振り向かず、片手をひらひらと振って了解の意を示した。
 幾分、口元を苦笑の形で歪めながらふたりを見送っていると、入れ替わるような格好で、麗華がクラブハウス前の廊下を歩いてきた。
「お嬢、もしかして今のおふた方は……」
「フリューネさんと、垂さんです」
 一瞬優希は、素直に答えるべきかどうかと迷ったが、隠したところで、どうせ後ですぐに分かるだろうからという判断で、敢えて正直に応じた。
 どういう反応が返ってくるかと内心で冷や冷やした優希だったが、意外にも麗華は、ふぅんと軽く流しただけで、それ以上はこれといって特別な表情を見せることもなかった。
 そんな優希の思いを知ってか知らずか、麗華は全く別の話題を素っ気無い態度で振ってきた。
「ところでお嬢、サニー・ヅラーって御仁がどこに居るか、知らないかね?」
「えっ、サニーさん、ですか?」
 優希は思わず、背筋に冷たいものを感じながら、いささか戸惑い気味に小さくかぶりを振る。
「サニーさんがどうかしたのですか?」
「いや……SPB事務局のひとが探してたらしくてね。見かけたら一報するように、いわれてたんだよ」
 ヴァイシャリー・ガルガンチュアの敏腕ゼネラルマネージャーことサニー・ヅラーのことなら、優希も知っている。
 今回の裏方役に応募するに際して、ハイブリッズのチーム編成に関わった重要人物だということらしいが、しかし実際に、仮ロッカー搬入の件で優希が彼と顔を合わした際には、とても敏腕のキレ者とは思えなかった。
 麗華にその名を出されて妙に怖気を感じたのも、あの人物の寒過ぎる上に痛過ぎる言動が、脳裏をよぎったからであった。
「そうかい……まぁ、知らないならそれでも構わない。どうせ誰かが見かけてるだろうし」
 実際にあの人物と会ったことがない麗華は、何気なくそんな台詞を口にしてみたのだが、優希はもう二度と会いたくないと、内心でひとりごちていた。

 マーシャル・ピーク・ラウンド内の医務室は、あまり広くはない。
 その為、今回の交流戦に参加する全選手のメディカルチェックには、ヒラニプラ球団の第二会議室が暫定的に充てられることとなった。
 この臨時大型医務室内に、ハイブリッズとSPB代表チームの両選手達がずらりと列を作り、スポーツドクターによる診察を受けようとしていた。
 担当のドクターは二名。主担当は、SPB専属スポーツドクターの肩書を持つ九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)、そして副担当が蒼空ワルキューレのチーム専属ドクターであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)であった。
「いよぅ、九条先生。久しぶりじゃん?」
 診察の順番が巡ってきたSPB代表チームの南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が、いつもの軽い調子でどこか不敵な印象を与える笑みを浮かべて一礼する。
 対するジェライザ・ローズ、いや、この場では九条先生と呼ぶべきだが、彼女は以前とは異なり、随分と落ち着いた表情で、光一郎のやや挑発的な笑みを穏やかに眺めている。
「相変わらず無茶ばっかりやっているようだね。選手は体が資本だ、少しは自分を大事にしたまえ」
「おろ? 何かセンセェ、雰囲気変わったんじゃね?」
 光一郎が不思議に思うのも、これはこれで道理であったろう。
 一年と少し前、最初のトライアウトが実施された際には、ただ九条先生と呼ばれるだけで随分と舞い上がってしまっていたジェライザ・ローズも、今やひとりの独立した女医として、その名を馳せるようになっている。
 いつまでも、医者扱いが嬉しい年頃ではない。
 だが、そんな九条先生の医師としての成長は、光一郎にとってはあまり興味の対象とはならない。彼が今回、最も注目しているのはハイブリッズ側のベンチ裏であった。
「九条先生なら、もしかしたら面白い情報握ってるかもって思うから聞くんだけどよぉ……ぶっちゃけ、ハイブリッズの連中ってどんな感じなんだい? しょこたん(注:馬場正子を指すらしい)やらラズィーヤ様やら、一癖も二癖もある連中が固まってるところってのは、相当生臭い話が飛び交ってんじゃねぇかい?」
「何をいっとるんだね、君は」
 凄まじく下世話な話題に終始する光一郎に、九条先生は心底呆れた色を見せた。
 医師たる九条先生は大いに成長した姿を見せたものの、肝心の選手たる光一郎は、相変わらず、一年前のままであった。
 一方、メディカルチェック副担当たるダリルは、向かい合う形で丸椅子に腰を下ろしている葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)に、幾分興味深げな視線を送っている。
「ほぅ……ワルキューレへの入団を希望しているのか」
「はい、出来れば、でありますが」
 意外なところから、意外な入団希望者が出てくるものだ、と内心で軽い驚きを覚えつつ、ダリルは聴診器片手にふむ、と小さく頷いた。
「それならこの交流戦は、格好のアピールの舞台となるかも知れん。というのも、二試合とも山葉オーナーが観戦することになっている。オーナーの御前で良い投球をすれば、入団テストへの道が開けるだろう」
「そ、そうなのでありますか!? ありがとうございます!」
 吹雪はもう入団が決まったかのように嬉しそうな笑顔を見せるが、ダリルは喜ぶのはまだ早い、と釘を刺すのも忘れなかった。
「それにしても不思議なのは、今回、これだけのメンバーを集めたのは誰なのか、というところでありますが、ドクターは何かご存じでありますか?」
「山葉オーナーによれば、サニー・ヅラーという人物だそうだ。俺はあまり詳しくは知らんが、相当にキレ者らしい。尤も、交流戦を企画したのはSPB事務局の役員らしいから、サニー氏の仕事はあくまでも人選まで、ということらしいが」
 ところが、意外な方向から真相に関する情報が流れてきた。
 光一郎の診察を終えた九条先生が、何食わぬ顔で視線だけをこちらに向けて、口を挟んできた。
「それなら、私が公認取材班のエースという人物から、少し話を聞いてみた。どうやらSPBのスポンサー企業のひとつで、民間傭兵派遣を業とするワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社のランス・マクマホン・ジュニアという人物の発案だそうだ。詳しくは知らないが、空京の色んな施設に出資しているらしい。あの、バラーハウスとかいう施設にも、少しばかり資金提供しているようだ」
 尤も、影響力を持つ程の資金提供ではない、という話ではあるそうだが、しかしこの時ばかりは一瞬、ダリルの表情に険しい色が浮かんだ。
 吹雪は、ダリルが見せた厳しい表情の意味を理解出来ず、ただひとり、戸惑うのみである。

 九条先生の情報をもたらした当人のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)と共に、第一会議室のSPB事務局出張部局に充てられているスペースを訪れていた。
 SPB事務局出張部局には、SPB広報室の空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が担当者として詰めており、SPB公認取材班としての活動結果は、ひと通り狐樹廊の耳には入れなければならない決まりとなっていた。
 狐樹廊は、エースから渡された取材資料の内容を手に取り、入念にチェックしている最中である。
 この時、エースは傍から見れば異常に思われる程に緊張していた。というのも、実はこの少し前、パートナーのクマラが、
「今回の交流戦って、オイラ良く判んないけど、何だかアイドル芸能人チームvsプロ野球混合チームな、TV局主導企画みたいだよねぇ」
 などと挑発的な失言を口にしており、露骨にSPB事務局を敵に廻しかねない事態を招いてしまっていたのである。
 尤も、狐樹廊は苦笑したのみで必要以上に追及しようという姿勢は見せておらず、今のところ、軽く聞き流されて終わっているようではあるが。
「でもさぁ、純粋に野球のルールだけでって話だけど、例えばフリューネさんみたいに空飛べるひとなんかはどうなんのかなぁ? どんな大飛球も、空飛んでキャッチしたら、即アウトなんじゃ?」
 これに対し、狐樹廊は手元の取材資料に視線を落としながら明快な口調で、否、と答える。
「SPBの野球協約では、物理的な筋肉運動に於いては四肢と胴部、及び首以外は使ってはならない、ということになっております。翼は胴部には含まれぬ別部位として規定されておりますので、翼を使っての守備は打撃妨害となりまして、無条件に塁がひとつ、与えられるのです」
 当然ながら、コントラクターとしての技能や魔術はもとより、念動力の類も一切禁じられている。使って良いのは肉体に本来そなわっている筋肉と、野球技術のみ。
 それ以外は、如何なる理由があろうとご法度なのである。
「へぇ〜、そうなんだぁ。案外、しっかりしてるんだなぁ」
 呑気に感心するクマラを横目に、狐樹廊は取材資料のチェックをひと通り終え、文書の束をエースに手渡しながら小さく頷いた。
「お見事です。綺麗に纏まっておいでです。危ない個所もありませんし、このまま出して宜しいでしょう。後はこれに、試合直前の選手や監督の談話を加えるだけですな」
「いやぁどうも、恐れ入ります」
 全身に冷や汗に近い汗をかきながら、エースは引きつった笑みで取材資料を受け取った。クマラと一緒に居ると疲れることが多いが、今回はいつもの倍以上の精神的疲労を感じているような気がしてならなかった。
「それはそうと、各球団の広報の皆様が、大変素晴らしい広報活動を展開されてまして、手前としましても大いに協力したいところ。お手間をおかけしますが、第三会議室の方にも顔を出して頂けませんか」
 曰く、円と亜璃珠の広報活動にも、手を貸してやって欲しい、というのが狐樹廊の意向である。
 エースとしても、特に断る理由はなかった。
 ふたりが第一会議室を出ようと腰を浮かしかけると、交流戦限定の場内実況を担当することになっている瀬山 裕輝(せやま・ひろき)がばたばたと足を急がせて駆け寄ってきた。
「第三の方に行きはるんですか? ほんならオレも、ご一緒しますわぁ。あっちの広報に、色々教えてもらわなならんことがようけありますんでぇ」
 エースとクマラのふたりと一緒に第一会議室を出た裕輝だが、その笑顔はどこかぎこちない。
 何かあったのか――エースが不思議そうに問いかけると、裕輝はやや辟易した調子で頭を掻いた。
「いやぁ、ちょっと厳しく釘刺されてて、正直、あそこの雰囲気に居るのが辛かってん」
 当初、裕輝はネタ先行のコメディチックな実況で場内に笑いの華を咲かせたい、と考えていた。
 ところが狐樹廊からは、
「普通の実況以外認めない」
 と、ネタ風味の実況をばっさり切り捨てられており、もし少しでも妙ないい廻しが流れれば、実況はその場で一切打ち切る、とまでいい渡されているのである。
 勿論、裕輝としてもそこまでいわれている以上は、下手に逆らえないと諦めるしかなかったのだが、矢張り心情として、狐樹廊と同じ室内に居続けるのは精神的に辛かった、というのが正直なところであった。
「成る程……それで気分転換に逃げ出してきたって訳だね」
「んまぁ、そんなとこやね」
 苦笑するエースに、裕輝もばつが悪そうに頭を掻くしかなかった。