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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ
SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

リアクション


【三 スタンドを彩る熱気の渦】

 翌日のヒラニプラは、透き通る程に爽やかな青空に包まれ、文句なしの晴天となった。
 マーシャル・ピーク・ラウンド球場は可動屋根を開放し、陽光を目一杯取り入れ、蒼天のもとでの試合実施へと踏み切ることとなった。
 交流試合第一戦は、満員御礼のチケットソールドアウトとなり、内外野スタンドは、溢れんばかりの観客でぎっしりと埋め尽くされている。
 大勢の人々でごった返すスタンド席を、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がテレビカメラと音声担当を引き連れて走り回っていた。
 このふたりはシーズン同様、スタンドレポーターとして観客席を右に左に駆け巡る役を仰せつかっていたのである。
「うわー……素人っていっても、そうそうたるメンバーじゃないの!」
 スコアボードに並ぶハイブリッズのオーダーを見て、セレンフィリティは心底驚いた調子で、甲高い声をあげた。
 傍らで、セレアナが幾分呆れたように、自身の額に掌を押し当てて曰く。
「もう、セレンったら……レポーターが観客以上に驚いててどうするのよ」
 しかし、そんなセレアナの声も今のセレンフィリティにはまるで届いていない様子である。既に彼女は観客席の中に、反応の良さそうな相手が居ないか物色を始めており、カメラと音声を率いて階段通路を上下し始めていた。
(それにしても今回は、大丈夫かしら……?)
 一瞬、セレアナの脳裏に不安がよぎった。その主たる原因は、サニーさんが突然、どこからともなく出現しないかどうかという危惧であった。
(今まで本当に、よく邪魔されたからね……)
 しかもただ邪魔をするだけでは収まらず、セレンフィリティがすっかりサニーさんのペースに乗せられ、一緒になって騒ぎ出してしまうということが、決して少なくなかった。
 だが幸か不幸か、今回はまだ、あの忌々しいタキシード姿はどこにも見当たらない。
 仕事をするなら今のうちだ、とセレアナが内心で気合を入れたのも、無理からぬ話であった。
「はいは〜い! カメラさんこっちこっちぃ〜」
 どうやらセレンフィリティが、インタビュー相手を見つけたようである。
 セレアナが慌てて追いかけてみると、他の観衆に紛れるような格好で、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)、そしてロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の四人が、和気藹々なのか、それとも内なる派閥争いを展開しているのかよく分からない雰囲気を醸しながら、それでも一応は固まって野球観戦に興じようとする姿を見せていた。
「こんにちは〜! プロ野球の試合は、よく見に来られるんですか〜!?」
 挨拶もそこそこに、セレンフィリティがいきなり容赦なくインタビューを始めてしまった。
 正直なところ、公の場でのスポーツ観戦など生まれて初めての経験だというグラキエスにとっては、セレンフィリティのようなインタビュアーの登場ひとつだけで、何もかもが随分と新鮮に思えてならなかった。
「いや、これが初めてなんだ。だから、どんな感じになるのか、今から凄く楽しみなんだよ」
 グラキエスの屈託のない笑みに、ひとまず無難なところから入れたか、と内心で安堵を抱いたセレアナだったが、しかしその直後、その思いが甘かった事実を思い知らされることとなる。
「でも、一応予習はしてきたから、野球の何たるかは分かってるつもりさ」
「ほうほう。で、どんな展開をご希望ですか〜?」
 ここまでは、セレンフィリティもインタビュアーとして手慣れた進め方を見せている。しかし、問題はここからであった。
「そうだな……やっぱり、ピッチャーが投げた球をバット持ってる人の脇腹かどこかにドスンと命中して、バット持ってる人はキャッチャー? っていうひとをぶん殴って、そこから異種格闘技戦に持ち込むまでのプロセスが見どころかな」
 まるで何も疑わずに、心底そういう展開になると信じ込んでいる様子のグラキエスに、セレンフィリティとセレアナは、その場で声を失って凍り付いてしまった。
 ところが、そこでグラキエスの明後日の方向に捻じ曲がった野球観に慌てて飛び上がったのが、ゴルガイスとロアの両名であった。
「どわぁ! ち、違うぞグラキエス! それは、思いっ切り間違ってるぞ!」
「ヴァッサゴー! エンドに、変なものを見せましたね!?」
 ふたりして、涼しげな顔でグラキエスにかいがいしく仕えているエルデネストに噛みつく。対するエルデネストは、まるでどこ吹く風の体であった。
「おや、何の話でしょう。私は今、グラキエス様のお世話で手一杯なのです。つまらぬことで手を煩わさないで頂きたいですね」
 ゴルガイスとロアを軽くあしらうエルデネストと、訳が分からず能天気な笑顔を浮かべるグラキエス。
 よもや、いきなりこんな大物に引っかかってしまうとは――サニーさんと遭遇せずに済み、無事に任務をこなせそうだと安心し切っていたセレアナは、どうしようもない疲労感に襲われていた。
 だが、その一方で。
「うっわぁ、また随分と玄人な楽しみ方を期待されてますねぇ! お姉さん、一本取られちゃったなぁ!」
 セレンフィリティのこの切り返し方は、ウィットを利かせて咄嗟に閃いたというような上等な反応などではなく、心底感心しているいった様子が、ありありと見て取れる。
(セレン……それは、絶対違うから)
 いきなり頭痛に悩まされる展開に遭遇し、セレアナは眩暈を覚えてしまった。

 だが勿論、グラキエスやエルデネスト達のような倒錯した感性の観客は極々少数であり、大半は一般的な野球の試合を楽しみに来ている者で占められている。
「よぉしよし、もうじき始まるようだ。皆の者、待たせて済まなかったのぉ〜!」
 スタンドの一角で、夏侯 淵(かこう・えん)が自ら招待した旧バスケス領のひとびとに笑顔を振りまいた。
 今回彼は、ピラーの一件で顔なじみとなった集落のひとびと(特に子供達と、その家族)を、自らが組んだ観戦ツアーに無料で招き、野球を楽しんで貰おうと計画し、それを実行に移していた。
 初めて見る野球という競技に、嬉しそうに目を輝かせている子供達の顔を見ていると、淵自身がひどく嬉しい気分となった。
 嬉しいのは淵だけではなく、彼のサポートとして同伴しているカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も同様に、子供達の笑顔に心が和む思いだった。
「こっちにボールが飛んできたら、俺が必ず取ってきてやるからな。ファールボールは、届けたら交換してくれるからな、後でサイン貰いに行こう。良い思い出になるぜ」
 カルキノスの説明に、子供達だけでなく、保護者の大人達も随分と興奮した様子で小さなどよめきを起こしていた。
 最近はある程度、過疎地でも情報伝達の速度が速まっているのだろうか、野球に関しても結構知っている者が多いらしい。ましてや今回、プロ野球に有名人達が絡むという滅多に見られないコラボレーション企画なのである。
 サインが貰える、というのはそれだけで、ちょっとした非日常の冒険に近しい感覚であったろう。
 その時、同じスタンドの別の一角で、不意に横断幕が掲げられ、実に整然とした揃いの動作を見せながら、応援歌らしき歌声をあげる一団の姿があった。
 どうやら、ハイブリッズを応援する為に結成された、急造の応援団らしい。
 筆頭に立っているのは、リネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の両名である。
「よーっし、準備は良いな!? 盛り上げていくぜぇーっ!」
 フェイミィは大声を張り上げ、気合全開で応援に興じているが、一方のリネンはというと、妙に恥ずかしげな様子で声もしっかり出ておらず、本当に応援団の一員なのかと他者から見ても首を傾げたくなるような始末であった。
「ほれ、リネンももっと、声出さねぇか! そんなんじゃ、折角の恋人の晴れ舞台だってぇのに、全然気づいてもらえないぜ!?」
「ちょ、ちょっとフェイミィってば、大声でやめてよ、恥ずかしい……!」
 一応口ではそう抗議してみるものの、実際はリネンも、羞恥心さえなければもっと声を張り上げて、大切なひとの為に精一杯の応援をしたいとは思っていた。
 しかしその肝心の人物、即ち英雄空賊たるフリューネはどうやら先発メンバーには名を連ねていないらしく、そんな中で無心に声を張り上げるというのは、彼女にとってはいささかハードルが高過ぎたようであった。
 ところが、そこへ思わぬ助け舟が飛び込んできた。
 淵である。
「おう、見事な応援であるな。もし良かったら、あの子達も混ぜてやってはくれぬか?」
「ん? 子供達?」
 フェイミィは歩み寄ってきた淵の背後に控える十数名の子供達の姿を認めるや、大きく眉を開いて何度か頷き返した。
「おぉ〜! こりゃまた、可愛い応援団じゃないか! 勿論構わねぇさ! なぁリネン!」
 ひとつ返事で快諾したフェイミィだが、実はそれ以上にリネンの方が救われた気分になっていた。
 子供達が無邪気に声を上げて応援する姿の隣であれば、自分も一緒になって無心に応援することが出来る――便乗、といってしまえば表現はいやらしくなるが、それでも今のリネンには、子供達の可愛らしい声援は大いに助かった。
「えぇ、それはもう……是非、一緒に楽しく応援しましょ!」
 すると子供達は、一斉に手を挙げて、
『はぁ〜い!』
 と元気に返事の声を張り上げる。
 リネンはそんな子供達の姿を微笑ましく思うと同時に、その幼い笑顔の数々に、力強い勇気を分けてもらったような心境でもあった。
「よぉし! それじゃあまずは練習だ! せぇ〜、のっ!」
『かっとっばせぇ〜! ハイブリッズ!』
 子供達の元気な声に紛れる格好で、リネンも腹の底から大声を絞り出していた。

「うわぁ〜……何だかあっち、すっごく楽しそう」
 球場アルバイトとしてスタンドの階段通路を上下していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、リネン達のハイブリッズ急造応援団が張り上げる応援歌を耳にして、心底羨ましそうな視線をその方向に向けた。
 今回は裏方として、客席売り子という立場に甘んじている美羽だったが、本来彼女は、蒼空ワルキューレの公式応援団の発足を進める筈であった。
 しかし今回、開幕が延びてしまったということで、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と共にお披露目する筈だった応援団の華麗なチアリーディングは、残念ながらお預けを食っている格好となっていた。
「私も早く、ワルキューレの皆をあんな風に応援してあげたいなぁ……」
「今は辛抱だね。それに、今日の売り上げは応援団の予算に全部つけてくれるって話だし、頑張って稼いでおかないとね」
 コハクが明るく、それでいて落ち着いた声をひたすら残念がっている美羽へと向ける。
 ふたりが売り子用バスケットに詰め込んでいるのは、バット型メガホン、サインボール、冷凍ミカンなどといった定番に加え、十二星華達のブロマイドやSPB所属のプロ選手達のトレーディングカードなどにまで至っており、バラエティーに富んでいるといって良い。
 売れ行きは好調で、このまま二試合に亘って販売を続ければ、何の障害もなく応援団を設立出来るだけの資金は用意出来そうな勢いであった。
 それは分かっているのだが、しかしどうしても、美羽の口からは先に愚痴が飛び出してきてしまう。
「でも、売り子ばっかりってのも、正直ちょっと飽きてきちゃったかなぁ、なんて」
「……それじゃ、後でハイブリッズのロッカーに陣中見舞でも行ってみるかい? 噂によれば、十二星華と馬場さんの間が、どうもしっくりいっていないみたいだし、ちょっと間に立って、彼女達の間を取り持つようなことをしてみても良いんじゃないかな」
 コハクの提案に、美羽は一も二もなく飛びついた。
「それ良いね! 是非、行こうよ!」
 急に元気を取り戻した美羽の現金さに、コハクはつい苦笑を浮かべた。ここまで食いついてくるとは、正直なところ思っても見なかったのである。
「お疲れ様です。調子は、どう?」
 不意に階段通路の下方から呼びかけられて、美羽は慌てて振り向いた。
 見ると、グラウンドキーパーの制服に身を包んだ董 蓮華(ただす・れんげ)スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)の両名が、それぞれ紙コップを携えて階段通路を登ってくるところであった。
「まぁぼちぼちって感じだね。そっちは、次は三回と六回終了後まで、しばらく時間が空くんだよね?」
 美羽がサービスにと冷凍ミカンをひと包み放り投げると、スティンガーが器用に片手で受け取りながら頷き返してきた。
「お、サンキュー……ま、急に雨でも降らない限り、その通りだね。試合中の細かい整備は、ヒラニプラ園芸のプロの皆さんがやるって話だし」
 それまでは少し暇だから、スタンドで観戦しよう、という運びになったらしい。
 蓮華にしろスティンガーにしろ、野球についてはそこそこ経験がある。プロの試合を楽しむ為の下地は、既に完成されているといって良い。
「しっかしグラウンド整備って、思った以上に大変だよなぁ……ま、蓮華がどうしてもって頼むから来てやったけど、毎回出来る仕事じゃないね」
「あら、そうなの? 私が話を振った時、妙に嬉しそうに見えたけど……」
 蓮華に突っ込まれた瞬間、スティンガーは思わず目を白黒させて、頬を幾分上気させた。
「う、煩いなぁ! 大体、何で選手じゃなくてバイトなんだ? 俺はそっちの方が気に入らないぜ」
 話をごまかしたつもりのスティンガーだが、すると今度は美羽の方から思わぬ言葉が飛んできた。
「あら? 知らなかった? 一応素人でも、今回だけは特別に参加出来るんだよ? っていっても、多分ベンチウォーマーで終わる可能性の方が高いけど」
「……マ、マジか!?」
 スティンガーが、蓮華もびっくりする程の勢いで美羽の言葉に食いついてきた。
 だが、これは事実である。
 実際何名かのノンプロ選手が、SPB代表チームとハイブリッズの双方に参加している旨の話を、美羽は山葉オーナーからそれとなく聞き出していたのである。
「どあぁ〜! 失敗したぜぇ! んなことなら、思い切って申請用紙出しとくんだった〜!」
 ひとり大袈裟に嘆くスティンガーを横目に、蓮華は小さく苦笑を漏らしながら肩をすくめている。
 事情がよく呑み込めない美羽とコハクは、不思議そうに顔を見合わせるばかりであった。