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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 九章 節制の従士

 刻命城、エントランス。
 煌びやかなシャンデリアが灯りを点すエントランスで、節制の従士と契約者は死闘を繰り広げていた。
 現在、彼女の血に塗れた大槌と至近距離で打ち合いをしているのはリーシャ・メテオホルン(りーしゃ・めておほるん)
 リーシャは光条兵器の狩猟笛を両手で力一杯握り、力負けしないように精一杯振るった。

「はぁぁああ……!」
「やぁぁああ……!」

 裂帛の気合をこめ、巨大な質量を持った二つの鈍器がぶつかり合う。
 鈍い重音がエントランスに反響。互いに武器が弾かれるが、その力の流れを殺さず両者は身体を回転させ、流れるように大振りの一撃。
 得物は互いに同じ。武器の強固さも、大きさもほぼ同等。ならば戦いを左右するのは持ち手の技量。その点では百年以上生き、数多の戦いを経た節制の従士のほうが勝っていた。

「まだまだ、それじゃあ甘いねぇ」

 節制の従士は自身の大振りの強打のタイミングを少しばかり遅延させる。
 そうして、自分の懐に狩猟笛が肉迫したときに角度を変え、狩猟笛を真上から叩き落す。
 力が正常に働く真正面からぶつかり合うよりも、横や上のように力の働かない方向から打ち落とすと驚くほど簡単に弾くことが出来る。
 叩き落された狩猟笛はエントランスの床に激突。床を木っ端微塵に破壊。リーシャが狩猟笛を振り上げるより先に節制の従士は身体を回転。

「あたしの必殺だ。肋骨が砕けて内臓が破裂するぐらいは覚悟するんだね」

 節制の従士は回転の力を足して渾身の力の正義の鉄槌を振るう。
 それは自分に反動が戻ってくるほどの強烈な一撃。大槌は強大な威力を有してリーシャの腹部に迫る。

「それは困る。俺のパートナーが負傷するのは勘弁してもらおう」

 マグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)はリーシャを押しのけ、鬼神力を発動。鬼の力が覚醒。
 体内に収まりきらないエネルギーを逃がすように熱い息を吐き、肉迫する大槌を両手で押しとめた。
 大槌が静止。ヤルングレイプの頑強な鉄の篭手を通じて、マグナの両腕に残るのは心地の良い痺れ。

「意外と軽い必殺だな、従士」
「いってくれるじゃないか……!」

 自分の必殺が止められたというのに、節制の従士は歯を剥きだして笑う。
 この二人との戦いは楽しい。身を切るような緊張感、互いに全力を尽くす充足。共に久しく忘れていた呼吸を思い出す。
 百年以上戦いを忘れていた彼女の心は、今や城主が生きていたころと同じ、どこか満たされた気分に包まれていた。

「なら、特別に……全身全霊の奥義をお見舞いしてやるさ」

 節制の従士はマグナを前蹴り。吹き飛ばされたマグナの身体をリーシャが受け止める。
 彼女は二人を片手で指差し、静かだか激情のこもった声色で呟いた。

「これで終わりさ――死刑宣告」

 ぞくりと二人の背筋に冷たいものが這い上がる。それは死の予感とでも言うべきもの。
 節制の従士が放つ雰囲気が膨れ上がり、触れるだけで切り裂かれそうな鋭い殺気が二人を襲う。
 ――これを受ければヤバい。二人が同時にそう思った瞬間。

「その攻撃は駄目。嫌な予感がする。――だから、止めさせてもらうわ」

 クレアがバーストダッシュで節制の従士に飛燕の速度で肉迫。
 彼女との間合いを詰めたクレアは、必殺を行使するより先に雷電を帯びた刃を奔らせた。
 轟雷閃。バチバチと迸る雷の刃が描く一閃は節制の従士を袈裟切りしようと軌跡を描く。

「おっと、いいとこだったのに。まあ、いいさ」

 節制の従士は大槌でこれを受け止める。
 カキィィ……ン、と鋭い金属音が鳴り賢騎士の剣と大槌が接触。
 しかし武器の質量で勝る大槌に弾かれ、クレアは大きく怯んだ。その隙に節制の従士は片手で大槌を天高く振り上げる。

「この程度では終わんないだろう? ねぇ、守護騎士のお嬢ちゃん」
「……もちろん。ザンスカール家に仕える守護騎士がここで退くわけにはいかないわ」

 節制の従士はにやりと口元を吊り上げて、大槌を勢い良く振り下ろした。
 クレアは歴戦の防御術で立ち回り、片手に構えるラスターエスクードの少し膨らむ形状を利用して滑らすように受け流す。
 そのまま、クレアはその巨大な盾をかざして体当たり。節制の従士の体勢がわずかに崩れ、その隙にもう一度轟雷閃を奔らせる。
 雷電の刃の切り込みは浅いが、節制の従士に初めて傷を負わせた。その事実に彼女が小さく笑いをこぼす。

「いつからだろうか、忘れてたねぇ。戦いで負う傷ってのは痛いけど……勲章みたいで少しだけ誇らしいってことを」

 しみじみとそう呟いてから、節制の従士は足払いを放った。
 それは逮捕術を学ぶすえに修得した体術。クレアはバランスを崩し、その場に倒れこむ。
 節制の従士は追撃をかけようと大槌を両手で思い切り振り上げて打ち下ろそうとした、が。

「おっと、悪いね。うちの妹を傷つけさせるわけにはいかない」

 後方で支援を中心として動いていた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が両手で魔法陣を描く。
 煌々と輝く魔法陣が二つ。魔力を込めて飛び出してきたサンダーバードも二羽。
 雷の翼を大きく羽ばたかせ、飛燕の速度で節制の従士に飛翔する。

「サンダーバードかい。……距離を開けた戦いは苦手なんでね。退かせてもらうよ」

 節制の従士はバーストダッシュで空中に退避。
 涼介は連続してサンダーバードを召喚。予想がつかないよう周囲に飛ばす。
 彼女は魔法的な力場を継続的に展開させ、巧みにベクトル操作を行いながら、エントランスを縦横無尽に駆け回りこれを避けていく。

「お手合わせ願います」

 クリビアも節制の従士と同じヴァルキリー。
 レーザーナギナタに改良を加えたリヒト・ズィッヘルを抱えてバーストダッシュを発動。空中で迎撃に向かう。

「ははッ、空中戦かい。ヴァルキリーの独壇場だね。いいさ、同じ種族として楽しもうじゃないか」

 空中で両者はバーストダッシュを応用。互いに魔法的な力場を利用して地上と変わらぬ環境を作り出す。
 ほぼ同時に互いは武器を振るう。青い光が成した片鎌槍の刃と返り血で汚れた大槌が衝突。質量で勝る大槌の勝利。
 しかし、クリビアは弾かれたところで隙を見せない。すかさずバーストダッシュで加速させた蹴りを大槌に放ち、行動を妨害。

「おや、お姉さんは随分戦い慣れているようだねぇ」
「あなたほどではありませんが、ね……ッ!」

 クリビアは呼気を破裂させ、裂帛の気合を込めた斬撃を放つ。
 節制の従士は肉迫する青い刃を身体を逸らして紙一重で回避。
 お返しとばかりに大槌を渾身の力で打ち下ろし、クリビアを地上に叩き落す。
 空中から急速落下するクリビアは飛ばされながら光の羽を開き勢いを緩衝。おまけに体勢を立て直しエントランスの床に両足で着地した。
 間髪入れず、節制の従士はクリビアに追撃をかけようとバーストダッシュで急加速。
 クリビアはその追い打ちを阻止するために素早く青の魔法陣を展開、発動。氷術で分厚い氷の壁を節制の従士の目の前に作成した。

「こんなもの、あたしの足止めにもならないさ」

 節制の従士は大槌の一撃で、その氷の壁を木っ端微塵に破壊。
 飛び散る氷の粒がシャンデリアの光を浴びてキラキラと乱反射する。

「やりますね、こうで無くては」

 クリビアは突撃してくる節制の従士を見て口元を僅かに吊り上げた。
 それは戦士の笑み。戦いを心から楽しむことの出来る者だけに許された表情だ。
 クリビアはリヒト・ズィッヘルを構え直し、凄まじいスピードで突撃を開始。

「ははは……ッ!」
「ふふふ……ッ!」

 二人のヴァルキリーは嬉々とした表情を浮かべながら、また空中で激突した。