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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 五章 過去の傷

 背後からは戦いの音が聞こえてくる。節制の従士に続き、月の従士も、悪魔の従士も、塔の従士も、他の契約者が抑えてくれていた。
 回廊への道をひた走りながら、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は厳しい表情で呟いた。

「死は次の生の糧となる。団長の言葉を俺は信じています。だから彼らがどれほどの想いで城主を生き返らせようとしていても、俺は阻止します」
「まあそうなんだろうけどよ。あんまり気張りすぎちゃいけねぇよ? 無茶は絶対したらいけねぇからな」

 レリウスと平行して走りながら、ストレスで胃に穴が(多分)空いたハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、レリウスに釘を刺す。
 しかしレリウスは首をかしげ、何言っているんだこいつ、みたいな不思議そうな表情をしながら口を開いた。

「無茶などしていません」

 レリウスのその言葉に、ハイラルの頭のなかでプツリと音がして何かが切れる。
 瞬間、ハイラルは目を尖らせレリウスに掴みかからんとする勢いで大声を発した。

「どの口が言ってんだゴルァァッ!」
「静かに。先程の戦いで消耗しているはず。敵に遭遇しては危険です」
「…………」

 レリウスの冷静でもっともなその言葉に、ハイラルは押し黙る。
 そんな二人の少し後方を走るグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、沈痛な面持ちで静かに呟いた。

「先程の従士、信念と言うより、強い執念を感じた。よほど城主に置いて行かれた事が悲しかったんだろうな……」

 そう呟き終えると共に、とある光景がグラキエスの脳裏をかすめた。

(『何故……』)

「なん、だ? 今、何か見えた……」

 それは過去の断片。忘れていた、失われていた遠い日々の記憶。
 グラキエスは足を止め、その場にうずくまる。苦しげな呻き声を洩らすが、だんだんと蘇る記憶を止めることは出来ない。

(『置いていかないで』)

 波のように押し寄せる記憶のなかに、一人の男性が現れた。
 白髪のショートカットに、優しげな青色の瞳。端正に整った顔立ちは、パートナーのロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)に似ている。

「……キース? いや、あれは……」

 グラキエスは頭を片手で押さえながら、虚空に向けて震える手を伸ばした。
 記憶のなかに現れている彼に触れようと。しかし、所詮は記憶。触れることも、掴むことも、何も出来はしない。

(『嫌だ』)

「――嫌だ……! 置いていかないで……!!」

 突然のグラキエスの大声に、前方を走るレリウスの足が止まる。
 そして振り返り、うずくまるグラキエスを見るやいな、その場に駆け寄った。

「グラキエス、どうかしたんですか?」

 レリウスは心配そうに声をかけるが、グラキエスには届かない。
 グラキエスはただ一人、焦点の定まっていない虚ろな瞳で、ぽつりと言葉を洩らした。

「こんなもの……苦しくない、痛くない。あの時とは違うんだ。
 そうだ、帰って来て貰おう。今の俺を見てくれたら、きっと安心して側に居てくれる」

 グラキエスは笑った。それは普段は決して見せない、歪んだ笑み。

「どうしたのですか? エンド。もしかして身体が痛むのでしょうか。
 なら、バイタルはそれほど低下していませんが、念のため回復を……エンド!?」

 心配して傍を駆け寄ったロアを押しのけ、グラキエスは走り出した。

「一人で行っちゃダメです!」

 ロアの忠告も聞かず、グラキエスは一心不乱に走る。
 パートナーのおかしな様子に気づいたアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は、魔鎧状態を解除して人型に戻りグラキエスを止めようと両肩を掴んだ。

「主! いけません、お一人で先行など!」
「どけ……!」

 グラキエスは自身の心身を蝕み続ける狂った魔力を解放。
 魔力の塊が力と意思を持って、アウレウスを通路の壁へ叩きつけた。

「……主!?」

 アウレウスの発言を無視して、グラキエスは同時に痛みを知らぬ我が躯を発動。
 狂った魔力の消耗と共に自身に返ってくる反動をそれで耐え、他の仲間を置き去りにして通路を走り抜けていく。

「どうなさったと言うのだ、俺の声が聞こえないのか?」
「しまった。……アイゼンヴォルフ君、追いかけますよ!」

 ロアの切羽詰った言葉に、レリウスは頷き走り出した。
 それにハイラルとアウレウスも加わり、四人は先走るグラキエスを追いかける。

「しかし、どういうことなのですか? グラキエスのあんな姿を俺は見たことがない……」

 レリウスは走りながら、ロアに問いかけた。
 ロアはしばし考えたあと、ゆっくりと語り出した。

「エンドの暴走には理由があります。実は――」

 ――――――――――

 五人が走り抜けたあと、その通路をチンギス・ハン(ちんぎす・はん)が通っていた。
 その小脇には縄でがちがちに縛られ身動きのとれなくなった征服の従士を抱えている。

「は、な、せっ! いったいあたいをどうするつもりだ、侵略王!」

 征服の従士が声を張り上げるが、チンギスは返事すらせず、何食わぬ顔で通路を闊歩する。
 チンギスの目的は二つある。一つは、刻命城の面々の現主であるフローラが敗北するところを見せ、征服の従士の望みや心をへし折り征服者の従士を手に入れる。
 もう一つは、いろいろと気になることがあるのでフローラの部屋までの道中に、征服の従士に質問をして確かめることだ。

「……貴様等は百年前からの存在らしいが、何故全盛期の力を出せる?」

 突然のチンギスの質問に、征服の従士は首をかしげた。

「どういうことだい、侵略王?」
「ヴァルキリーの寿命は二百年前後。百年前に仕えていたのなら、貴様も結構な歳だろう? そんなものが百年も全盛期を維持出来るはずがない」
「……お言葉だけどね、侵略王。何かを為すために死力を尽くせば、年齢なんかそう問題にはならないもんだ。ただの障害に過ぎないもんだよ」
「ふむ……それもそうか。なら、質問の趣向を変えよう。貴様等は『生きている』のか? 『生かされている』のか?」

 今度の質問に征服の従士は押し黙る。そして、しばし考えたあと口を開いた。

「……どちらかと言えば、生かされていた、かな」
「征服者が生かされるだと? 己の命は己のモノ、生かされる存在が征服者などとは認めん」

 チンギスの辛辣な言葉に、征服の従士が乾いた笑いを洩らす。

「はは……またまた痛いとこを突くねぇ。
 でもまあ、刻命城のことがあるし、他の従士達がいたから、あたいは主のあとを追って死ねなかった。
 そういう意味では亡き主が残してくれたもののお陰で生かされていた。それは他の従士も一緒だと思うよ」
「他の仲間がいたから死ななかったのに、なのに次は刻命城の主のために死のうとするのか? たいした矛盾だな」
「ああ、笑えるぐらい矛盾だね。でも、人の心なんてそんなもんだろう?
 会いたい、会いたい、と思っていた人に会えるかもっていう希望が生まれたから、あたい達は百年以上前から忘れていた希望とやらを思い出した。
 侵略王の言葉を借りれば、生かされていたから、生きているにそこで変わったのさ。そういう意味では、あの胡散臭い愚者とやらに感謝しているよ」
「ふむ……なら、貴様は魔剣という道具があるから今回のことをやろうと思ったのか」
「ああ、その通りだよ」

 征服の従士のその返答に、チンギスは豪快に笑う。

「ガハハハハハッ! そうであれば、貴様は己の意思を征服されているのだ! 征服者の従士だと? 笑わせる!」
「……うるさいなぁ。侵略王はあたいをどこまでへこませたいんだい?」
「無論、貴様が我様のモノになるまでだ!」

 チンギスとは対照的に、征服の従士は辟易とした顔をした。
 そんな二人の後方、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)サー パーシヴァル(さー・ぱーしう゛ぁる)がその後をついて行っていた。

「テラー、テムジンが何かやらかしそうだが大丈夫か?」

 パーシヴァルが言うテムジンとはチンギスの本名のこと。
 チンギスと親しい者達は、チンギスのことをそう呼んでいるのだった。

「ぅぐぁぐげげげぅ!」

 トリケラトプスの着ぐるみを着たテラーは、四足で走りながらそう吼えた。
 テラーの言語を理解できるものは少ない。しかし、パートナーであるパーシヴァルは理解出来たのだろう。

「そうか、遊んでくれる人が増えるといいな」

 パーシヴァルは優しげな声色でそう言った。
 そんな会話を行いつつ二人が進んでいると、壁をまじまじと見つめるウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)をテラーは見つけた。

「がぅ!」
「ん、どうした? テラー」
「がぉがぁ、がぅがぅが!」
「……なるほど、確かに。しかし、あれは刻命城の者ではなさそうだが」

 二人のやり取りに気がつかないほど、ウルディカは集中して通路の壁を見つめていた。
 その壁は先ほどアウレウスが叩きつけられたところ、狂った魔力により傷つけられた壁だ。

「魔剣の噂を聞いて来てみれば……。もう何千年だ? 諦めかけていたが、見つかる時は見つかるものだ」

 ウルディカはそう一人ごちると、視線を外して通路の先に目をやった。

「とりあえずはあの暴走を止めなければ」

 ウルディカはそう呟き、目的とする人物を追うため、走り出した。

「がぅ?」

 謎めいたウルディカの行動に、テラーが首をかしげた。