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「? 計器の数字が急に上昇してきてない!?」
 セレンフィリティが、手にしたノートパソコンの画面を覗き込んで声を上げた。
「回路が……この音……!」
 ダリルも、厳しい顔をして、床一面に張り巡らせた回路を見回す。技師でも研究者でもなくても、異変は分かった。ヒューン、ヒューンという高く細いうなり声を上げ、回路が作動しているのだ。各所へのエネルギー供給のピッチが速くなり、結果として……プラントゾーンで再び、過剰エネルギーが漏れ出して――
「気を付けてくれ! また植物が暴れ出すかも知れんぞ!!」
 イーリーが叫んだ時だった。
 階段の方でごんっ、という鈍い音が一瞬響いたかと思うと、

「フハハハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!
カフェ・マヨヒガの時空転移装置の秘密は、我らオリュンポスがいただき、世界征服のための道具としてくれるわっ!」

 という大音声とともに、そこに一人の白衣の男――自ら丁寧に「悪の」を付けて名乗った通りのドクター・ハデス(どくたー・はです)と、そのパートナーの高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が立っていた。本当はもう一人、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)がいるのだが、階段を降りた時に、そこに散らばっている刈り取った巨大な葉っぱに足を取られて派手にすっ転び、「だ、大丈夫か?」と傍らで収穫物から余計な茎葉を取っていた虎臣に案じられていた。
「ククク……、なるほど、何だかしちめんどくさそうな巨大な機晶回路!!この回路が時空転移を可能にさせているというわけだな!」
 眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、ハデスは不敵に笑った。
「よし、悪の女幹部咲耶、暗黒騎士アルテミスよ! こやつらの邪魔をし、この俺が装置を調べる時間を稼ぐのだ!」

(え〜……)
 と、内心咲耶がうんざりしたのは、毎度毎度の兄の暴走を呆れていたのもあったが、この兄の宣言が、何か緊急事態が起こったのか全体的にバタバタ動いているこの地下の人々のほぼ全員の耳に届いていないのが明らかだったからである。
 もちろん、ハデスは全然、全くもって気付いていない。
「ではいくぞ! むむっ、思ったより長いな!!」
 とハデスは勝手に宣言して、回路に添って走り出したが、回路は結構な大きさのため、
「天才科学者である俺に分からぬことはないっ! なるほど、ここがこうなって、それがこうで、あれがこうなのだなっ!」
回路の形を見ながら何だかそれっぽく納得したかのようなことをひとりごちてはいるが、走りながらでははしゃいでいる子供のようにしか見えない。
その通路の傍ら、業務用機械との接続部分近くで、イーリーとセレンフィリティ、ダリルは、突然回路が過剰活性化した原因についてあーでもないこーでもないと熱く議論を始めている。回路が立てるヒューヒューという音は少しずつ高くなり始め、暴走へと向かっていることを予想させた。三人はハデスらの出現に気付いていない。
おまけにイーリーの言葉通り、一旦はかなり静まっていた植物たちが、再び暴れるように過剰成長を始めたのだ。一同がざわめき立ち、再び臨戦態勢に入る中、さらにハデスらの存在は無視されている。
なんか、あえて自分たちが動く意味があるのかないのか分からないけど……しかし兄が言うのだから、従わないわけにはいかない、と、ブラコンの咲耶はアルテミスを連れ、取り敢えず兄が現在回路を観察している場所に近くて、(自分たちに全く注意を払っていないが)人が多く集まっているプラントゾーンに飛び込んだ。
「あのっ、み、皆さん! 聞いてないかもしれませんが……ちょっとの間だけ、そこを動かないでいてくれると嬉しいのですが」
「オリュンポスの騎士アルテミス、ハデス様の命により、皆さんを通すわけにはいきません!」
 しかし、事態は彼女たちに味方しなかった。
「あっ、ちょっ……何!?」
「え!? きゃっ、きゃあっ!」
 人だけ見ていて荒ぶる植物たちに気付いていなかった彼女たちは、まとめて蔓植物の餌食になった。絡みつく蔓はそれだけでは止まらず、暴走して服の隙間から入り込む。
「やあっ! 何これっ!」
「やめてえぇぇっ」
 健気な美少女二人が蔓草の餌食……という、何やらいかがわしいものを連想させなくもない、見る人が見れば美味しい(?)場面も、幸いなのか不幸にもなのか、緊急事態に臨戦態勢に入った人たちの目にはほとんど入っていない。レキとミアは「おおお懲りない奴らめ負けないぞぉぉ」「また凍らせてくれるわ」などと身構えながら、内心イチゴが急速成長しているのに目を輝かせまくっているし、永夜は回路の変調を見て業務用機械(というかアイスクリーム製造機)が心配なあまりそっちへ走っていってしまって冬真が慌てて追いかけていくし……
「ククク、よし、大体重要な部分は理解したぞ。というわけで、撤退だ!
 ……むむ、どうした咲耶、アルテミス!! …………なるほど、取り込み中か!! 後で追ってくるがいい! では俺は一足先に!!」
 回路を一通り見渡してどうやら満足したらしいハデスは、二人の窮地に構わず、ひとりで地下を脱出してしまった。
 ――ただし、階段を昇ろうとした途端、虎臣がむしっていたベリーの葉の山に足を取られて派手にすっ転んでいたが。
「……そんなにここは邪魔なのだろうか。何やら回路の周辺も慌ただしくなっているし……これ以上邪魔にならんよう、引き上げるか」
 虎臣がそんな独り言を言って片付けをしている間に、ハデスはびっこを引くように跳ねながら階段を駆け上っていった。

「どうしたんだい心配はいらないよ、だからこの茎の先を少しだけ……おや、これは素敵なお嬢さん方。花を差し上げたいところだが、もうすでに美しい花に彩られて、ご自身が花のように美しく咲いておいでのようだ」
 渾身の労りと植物愛でもって、再び暴走を始めた植物たちを相手に剪定に専心していたエースは、キュウリの蔓にぐるぐるに捕まってぶら下がっている咲耶とアルテミスが、蔓の暴走によってキュウリの黄色い花を頭やら腕やらに咲かせているかのような姿に、にっこりと微笑み、フェミニストらしく慇懃に一礼して見せた。
「エース!? どうしたんですか、完全にズレちゃってますよっ!??」
 その異様な光景に、さすがにエオリアが、(彼なりに)声を張ってツッコんだ。