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 その頃、地下では。
「わ〜〜〜〜っ」
 悲鳴にしては楽しげな声が、波打って動くベリーの枝の隙間を縫って響きわたる。
 育ちすぎた果物の草木の枝を軽やかにかわしながら、隙をついてその枝や蔓を鋭く伐り落としていく。なのに、機関銃のように枝が飛ばしてくる木苺はぶべべべという勢いでぶつかる。
「うわぁ〜、……もうちょっとしゃがめばよかったかな」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、口の周りについた果実を舐めながら、息を切らして、自分が伐り落とした木の枝を拾い集めた。店で出すのに使えそうな果実がついているものと、ただ剪定して伐り落としだけの枝とは、分けてた集めておくのだ。
 ちなみに、今飛んできた木苺爆撃は七割ほどレキの顔や肩周辺に当たり、一割ほどはレキが武器代わりに握っていた伐り落とした枝に当たってその辺りに落ち、残り二割ほどはどこかに飛んでいって行方不明である。
「よく痛みを堪えてまで果実を体で受け止めるな」
 パートナーのミア・マハ(みあ・まは)が呆れたように、果実で赤く染まった口をもぐもぐさせているレキを横目で見ていた。
「だってほら、なんか暑くなってきたし、水分補給しないと倒れちゃう」
 どう見ても倒れそうな体調には見えないレキは悪戯っぽく笑って、唇の端についた果肉の欠片を舐めた。
「暑いのか。ならば、わらわが今から掛けるブリザードを食ろうてみるか」
 ちょうどこの辺り一帯の蔓草をなぎ払うため、一気に凍らせて砕こうと思っておったところじゃ、と杖を構えながらミアが言うと、う、それは勘弁、とレキは思わず後ずさった。パートナーがちょっと怯んだ顔をしたのに気を良くしたらしく、ミアはニヤリと笑って杖を下ろした。
「で、その木苺、味はどうじゃ」
「うん、よく熟してて美味しいよ。もっと酸っぱいかと思ってたけど、機晶回路のエネルギーで育てられてると、甘みが増すのかな?」
「なるほどのう。わらわもちょっと味見してみるか」
 頷いて、頬にべたっと張りついた一際大きな一個に気付いていないらしいレキにずいっと近づくミア。
「!? な、何っ!?」
「大人しくせい。ただの味見じゃ(ぺるん)」

「……。でもまぁ、凍らせて果実を採るというのも、手の一つかもしれないですね。スムージーとか作れそうですし」
 レキとミアの顛末を傍らで不可抗力的に目撃してしまってなんだか何とも言えない気分になってしまったのを独り言で紛らわし、あぁでもこの店ではスムージーなんかは扱わないかな、などと実に控えめな声で呟きながら、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は、隣で剪定に勤しむパートナーを横目でちらりと見る。
「あぁ、とても柔らかな新芽、綺麗な緑色で瑞々しい美しさだね。……君に健やかに育ってもらうために、この堅くなってしまった枝の先は、少しだけ落とさせてもらうよ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、全く聞いてもいなければ見てもいなかった。彼がひたと見つめているのは、その指に絡まってうねうね蠢く柑橘樹の枝の先(絡まっているのはいきなり掴まれたからであろう)だった。
「――あ、エオリア、何か用だった?」
「いえ何も」
 軽くため息をついて、エオリアは自身も剪定の作業に戻った。

 今日何度目かの溜息――注意深く押し殺したつもりだけど――をついて、皐月はカップを皿の上に戻す。コーヒーはもう半分以上なくなっている。
「しかしホント、口が悪いのな、おまえ」
 ふっと漏れた息と共に、こぼれた言葉で、刹那、滑らかに動いていたレイナの口が止まった。
 なぜ、その言葉を口にしてしまったのか、皐月は自分でも不思議に思った。特に言うつもりのなかった言葉だった。事実ではあるが、言う必要のない言葉。
「……ふふ。後悔しているようね」
 レイナは冷く、それでも微笑していた。
 ――彼が誘ったのは自分でなく「あの子」。お呼びでない存在なのは分かっていて、この状況を楽しんでいる。相手の反応なんてどうだって構わない――
「…してねえよ」
「強がって。もう私の話なんか聞きたくないんじゃない?」
「いや。話せよ。お前のことだろ? 知りたいよ」
 これも、事実。毒舌は身内で慣れているし、どうってことはない、と、再び皐月はコーヒーのカップに手を伸ばす。
 レイナはしばらく黙った後、ついさっき運ばれてきたフルーツパフェに、長い匙を突き立てた。