百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ

リアクション公開中!

【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ
【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ 【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ 【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ 【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ 【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ 【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ

リアクション

 第3章 空に近い場所で、星空を
 
 
 空京の夜は、穏やかだった。小さな喧騒はどこかできっと起こっているが、目に映る場所での大きな事件はどこにもなく。街に集うそれぞれの人々が、それぞれの日常を過ごすその時間。
 1台の可変型機晶バイクが道路を駆っていた。運転する武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の後ろにはセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)が乗っていて、彼女の両腕は牙竜の腰に回されている。
「セイニィ、星空見に行こうぜ!」
 夕方、空が茜色になる頃に誘いに行くと、セイニィは「え」と驚きを見せて一瞬眉を寄せてから、了承した。
「……ひまだし、別にいいけど」
 しぶしぶという態だが、その表情は“そこまで嫌でもない”という類のものだった。誘われるのも悪くない、というような。
「よし! じゃあ行くぞ!」
 先にシートに座り、ヘルメットを投げる。放物線を描いて手元に収まったそれを両手で持ち、セイニィは続いて後部座席に座った。
「で? どこで見るのよ」
「ああ、それはな……」

 ――空京の近くにある、標高600メートル程の山の頂き付近。
 気軽に登山が楽しめると休日には多くの人が訪れるそこには、食事が出来る小さな休憩施設や土産物屋も設えられている。この時間、そのどれもがシャッターを下ろして営業終了のプレートを出していて、駐車場に着くと、灯りの消えた建物から少し離れた場所を選んでビニールシートを敷いた。
 今はその上に2人で座り、彼の持参したサンドイッチを頬張りつつ星空を眺めている。
「空気がおいしいわね。澄んでるって感じ」
 人工的な明りが多い街中では、見える星の数も少ない。でも。
「ここまで上れば、普段見えない星も見えるだろ?」
 そう言いながら、牙竜はポットから注いだホットコーヒーをセイニィに渡す。
「ありがと」
 コーヒーを受け取って、彼女は湯気の立てるそれに口をつける。猫舌だからか、ちびちびとした飲み方だった。舌をやけどしないように慎重になっているのだろう。
 首を上向ければそこには沢山の星が瞬いていて。セイニィはコーヒーを両手で包み込み、じっ、と夜空を眺めていた。直接言葉にはしなくても、ランタンの灯りに淡く照らされた横顔からは“きれい”という感想が伺える。
 自然の音だけを背景に、静かに緩やかに時は流れる。ふと、隣から小さなくしゃみが聞こえた。牙竜は、持って来ていた毛布をセイニィを包むように掛けてやった。礼を言って、彼女は背後にまわった彼を仰ぐように見る。
「用意がいいのね」
「夏が近いとはいえ、まだ空気が暖かいとはいえないからな」
 そうして隣に戻ると、牙竜は改めて夜空を見上げ、しみじみと言う。
「星空は、何も考えず心を空っぽにして眺めてると吸い込まれそうになるところがいい」
「!? な、なに言ってんのよ、詩人にでもなったつもり?」
「セイニィが喜ぶならそれもいいが……俺は思ったことを言っただけだぜ」
「…………」
 猫みたいな目を少し見開いて、数十センチ位先程よりも上体を離していたセイニィは、それを聞いて呆れたような表情を浮かべた。
「……もう、黙って星だけ見てなさいよ。あっ、ほら、流れ星よ」
 そこでセイニィが、空を指差して笑顔になる。小さな光が1つ、地平線へと落ちていく。
 彼女をここに誘ったのは、普段忙しそうだし、のんびり過ごせるのがいいかと思ったから。この日初めてともいえる彼女の忌憚無い笑顔を、牙竜は見守る。
(なんか、情緒不安定と噂で聞いたからな……)
 こんな時間も必要か、と思っていた。情緒不安定な理由は“恋愛の狭間”らしく。
(原因の1人が言うのもなんだが……セイニィが悩んでる姿は見たくないな)
 そう思ってしまうのは自分の我儘かもしれないし、本人には言わない方がいいだろう、と口は噤んでおくが。
 流れ星は、最初の1つを皮切りに1つ、2つと増えていく。時を待たずして流星群と化し、山を越えたそれは、まるで、空京の街に降り注いでいくようだ。パラミタの星の知識はなく名称も知らないが、それはとても綺麗に見えた。
 また、隣の彼女も。
(流星群をバックにしたセイニィが神秘的に綺麗だが……)
 それは心で思っておこう。
「? な、なな何よ。じーーーっと見ないでよ!」
 視線に気付いたセイニィは、動揺したようにそう言ってから慌ててそっぽを向いた。
 そう、心で思っておこう。
 表情には出てるかもしれないが。


 夜も深まり、人通りの少ない車道をバイクで走る。来る時と同じように2人乗りで。そして、腰に巻きついた両腕が込める強さは――
「セイニィ。少しは心が晴れたか?」
「……そうね。悪くはなかったわ」
 走行中でありヘルメットを被っての答えではあったが。
 その言葉は、確かに彼に伝わった。