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最後の願い エピローグ

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第18章 同じ機晶姫なのにっ……
 
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、パートナーの久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)に事後処理を押し付け、リリ マル(りり・まる)と共に、空京のとある小さな病院を訪れた。
 そこは、ハックマンという魔法医師の開く個人病院で、そこに、暫く前から居候をしている少女がいるのだ。
「こんにちは」
「アリーセさん」
 ヘリオドールの表情が和らぐ。
「いらっしゃい。今日はメンテナンスの日だったかね」
 ハックマン医師が訊ねた。
 機晶姫であるヘリオドールの容体を看に、アリーセは定期的に彼女の元を訪れている。
 いつもは休診日に来るようにしているが、今日は病院の診療時間が終了した後に来たので、既に陽も暮れかけていた。
「少し日程をずらしました。先生、お願いがあるのですが」
「ん?」
「ヘリオドールがよかったらですが……お休みを頂いてもいいですか?
 ツァンダの方でお祭があると聞き、誘いに来たのですが」
「お祭?」
 ヘリオドールが訊き返す。
「ええ。
 大々的なものではないので、負担にもならないのではないかと。
 場所が、聖地カルセンティンなのです。
 アレキサンドライトさん、憶えてますか」
「勿論です」
 ヘリオドールは頷いて、ハックマン医師を見る。
「行っておいで」
 彼は笑った。
「たまには、外に出るといい」

 この機会に、と、アリーセは、彼女に余所行きの服を何着かプレゼントした。
 ヘリオドールは着るものに無頓着のようで、持っている服の数が少ない……と、常々思っていたのだ。
「こんなに……いいのでしょうか」
「いいんです。着てもらえますか?」
 選ぶのに迷っているヘリオドールの代わりに、その中から一着選んだ。
「それでは、リリ、留守番よろしく」
「ひどいのであります!
 同じ機晶姫なのに、扱いに差がありすぎるのであります!」
 喚くリリを半ば無視して、アリーセはヘリオドールと共に、聖地カルセンティンに向かった。


 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、パートナーの悪魔、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)と魔道書のロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)を地祇の祭に誘った。
「地祇の祭?」
「うん、レリウスに誘われた」
「アイゼンヴォルフ君と祭、ですか」
 ロアはやや心配そうに言う。
 確か彼は、酷い怪我をしていて、先日もかなり無理をしていたようだったが。
「何でも、ついに相棒を得たんだって。
 俺達の、ガディとスティリアとも会わせたいらしい。
 外出できるってことは、傷はそれほど悪化してないんだな。よかった」

 サルヴィン川での巨人との戦いの後、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は意識を失って、倒れそうになるイコンをグラキエスが支えた一幕もあった。
 心配していたのだが、彼のパートナーが外出を許したのだから、もう心配は無いのだろう。
「よかったですね、エンド」
 その報に、ロアも喜ぶ。
(ヘイル君の胃も、危険を回避できましたかね……)
「ん? 何か言った?」
 見上げたグラキエスに、「いいえ」と笑う。
「聖地カルセンティン、楽しみです」


 メールの相手は、久しぶりの友人だった。
「カヤ?
 おー、久しぶりだな。元気かな」
 トオルは、火村 加夜(ひむら・かや)からのメールにテンションを上げる。
「ツァンダで祭り? 行く行く!
 フェイも誘うのか、いいな! シキも引きずって行くよ」
「多分今度のお祭りは、シキさんも嫌がらないと思いますよ」
 と、加夜のメールにはある。
 トオルのパートナー、シキは人混みが苦手だ。
 だが、今度のお祭りは土着のもので、ささやかに行われるものなので、シキもきっと、楽しく過ごせるのではないかと加夜は思っていた。
 絶対行く、と返信してから、トオルは、早速シキを呼びに走る。
 彼は、あまり携帯を使わないのだ。



 モーリオン。
 キマク地方の砂漠地帯にあるそこは、かつての戦いで、住まう人が死に絶え、一旦は穢れてしまった聖地である。
 ひとり残された地祇、もーりおんが今、静かにその土地を護っている。

 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)達がモーリオンを訪れた時、もーりおんは、花畑の中でうつ伏せに倒れていた。
「もーりおん? どうした!」
 慌てて駆け寄ると、もーりおんは顔を横にしてエース達を見た。
「エース」
「うんそう。どうしたんだ?」
 大事があったわけではないようだ。安堵しつつ訊ねる。
「花の声を聞いてた」

 かつて、そこは荒涼とした土地だった。
 しかし、女王の復活と共に少しずつ生命の息吹を取り戻しはじめ、そして、エース達が願いを込めて植えた花々が、今、一面に咲き誇っている。
「うん、綺麗だな」
 エースも周囲を見渡した。
 あの荒廃が嘘のようで、努力が実ってきて、本当に嬉しいと思った。
「もう少しして、もっと根付くようになれば、もっと綺麗になって行くわ」
 花妖精のリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がそう言って、もーりおんの傍に屈み込む。
「もーりおんちゃんとは初めてね。よろしく」
 にっこり笑って、ぎゅっともーりおんを抱きしめる。
「エースがいつも花暴走して、迷惑かけてないかしら。
 全く、花は生命の象徴だから、大地を花で一杯にしたいって鼻息が荒いのよね」
 ううん、と、もーりおんは首を横に振った。
「花は、綺麗で好き。嬉しい」
「そう。よかったわ」
 リリアはにこりと微笑む。

「ところでさー」
 魔女のクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、なあなあ、と、口を開いた。
「カルセンティンで、地祇の猫集会があるんだって!
 オイラ達、誘いに来たんだよん」
「猫集会違う」
 エースが突っ込む。
 ぽけっ、ともーりおんはクマラを見た。
「猫集会」
「お祭だってさ。青い花を持って集まるって。
 此処の花畑の花で、花束を作って持って行こうと思って。
 もーりおんも行こう」
「お祭……」
 こく、と、もーりおんは頷いた。

 サイネリア、スターチス、ブルーデイジー、青いトルコキキョウ。そして、勿忘草。
 青い花は、沢山ある。
 色々な種類の花を、エース達は植えていた。
「うん、かなり増えてきたな。少しずつ賑やかになってきた」
 花を摘む手をふと休めて、エースは満足そうに言う。
 折を見ては手入れに通っているが、やはり、そう頻繁に、というわけにはいかない。
「いつも一緒にいれなくてごめんね」
 エースがもーりおんに言う。
「花が、綺麗だから、平気」
「そうか」
 エースは笑った。
「いつか、此処が『花のモーリオン』と呼ばれるようになって、沢山の人が暮らして、花を楽しむ為に訪れる人も増えるといいね」
 うん、ともーりおんは頷く。

 パラミタは今、滅びの危機に瀕しているという。
 この土地が傷つけば、もーりおんも傷つくのだろう。
 もーりおんも大事だし、モーリオンと繋がるこの大地、そして此処に眠る人々も大切だった。
 だから、滅びを回避する為に、力を尽くそうと、改めてエースは誓う。

 考えに耽ったエースを、もーりおんが不思議そうに見ている。
 何でもないよ、と笑った。
「ちょっと、モーリオンの未来のことを考えてた」
「未来」
 もーりおんは花畑を見渡す。
「……百年後、砂漠が全部、花畑になる」
「あはは、それはいいな。見届けられないのが残念だ」
「ダイジョーブ。
 おいらがちゃーんと、見届けてやるよん」
 クマラが胸を張った。
 永遠の10歳を自負するクマラの寿命は、人よりも長い。
「もーりおんの御守もちゃんとするので、エースは安心すると良いのにゃ」
「ホントに大丈夫なんだろうな?」
「しっかり者のオイラに任せたまえ!」
「ポケットをお菓子で膨らました奴に言われてもな……」
 エースは苦笑する。
「これは、お祭りで皆に振る舞うんだよん。
 あ、もーりおんも食べる?」
 クマラはクッキーの包みを取り出して、もーりおんに渡した。
「バッグにいっぱい入ってるから、遠慮しなくてダイジョーブ」
「じゃあ、それはやっぱり自分の分なんじゃないか」
 呆れた口調で、エースが言った。