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キマクでのめざめ

 
 
「はっ!」
 飛び跳ねるように起きて、メニエス・レインは頭をかかえた。
 何か酷い夢を見たようであるが、はっきりとは覚えてはいない。
 ベッドの隣に眠る人影を見つけて、あわててモノクルをつける。はっきりとなった視界に、ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)の姿が見えた。いつの間に、人の寝床に潜り込んできたのか。
 先ほどの悪夢は、夢魔であるロザリアス・レミーナの見せた物だったのだろうか……。
「なんかおかしいけれど、大丈夫?」
 メニエス・レインが起きたのに気づいて、目を覚ましたロザリアス・レミーナが訊ねてきた。
「ええ。ちょっとだけ、悪い夢を見たようだけれど、おかしくなどは……」
「違うよ、おねーちゃんずっとおかしいじゃん」
 そう言うと、素早く身を翻したロザリアス・レミーナがメニエス・レインの上に馬乗りになった。
「何?」
「どうしたの? 嫌なことでもあったの? どいつが原因? あの男? あいつを殺せばいつものおねーちゃんに戻る?
「な、何を言いだ……」
「失礼いたします」
 メニエス・レインが少し狼狽したときに、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が寝室に入ってきた。
「すでに起きていらっしゃいましたか」
 メニエス・レインに対して一礼すると、ミストラル・フォーセットがロザリアス・レミーナに目線を移した。
「ロザ、メニエス様はまだ起きたばかりですわ。しばらく外に出てていただけますか」
「ひはははは、ごめんなさーい」
 目でミストラル・フォーセットに威嚇されて、ロザリアス・レミーナがあわてて寝室から逃げて行った。
「あまりお眠りになられませんでしたか?」
「問題ない」
「では、すぐに紅茶を用意いたします」
 メニエス・レインに上着を掛けると、ミストラル・フォーセットは紅茶を入れに寝室を出ていった。
「夢……。何考えてるのよ……いまさら戻れるわけないじゃない……」
 朧に残っている夢の記憶をかかえて、メニエス・レインが自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「貴方に変わられてしまっては困るのですよ」
 寝室の外では、背をドアにもたれかけたミストラル・フォーセットがつぶやいていた。
 
    ★    ★    ★
 
『本日の第三レース、結果が表示されました。一着は、ドージェノホマレ。二着は、アトラスボンバー。三着は、キマククズレとなっております。続く第四レースは、パドックに恐竜たちが揃いましたので、そちらを御覧ください』
 出張で競竜アトラス噴火記念杯の実況としてきているシャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)が、終わったばかりのレースの結果を読みあげていた。その声が、わんわんと場内に響き渡る。
「ええい、どうなっているのです。でも、まだまだ、勝負はこれからですわ
 竜券を細かく千切って紙吹雪にして捲きながら、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が叫んだ。またもや、キマクの競竜で大外れを引いてしまったようだ。
「また外れたのですか。仕方ありません、これで最後ですよ」
 そう言うと、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が新たな資金をエリシア・ボックに渡した。
「次で決めますわよ。得るもののため、私は負けるわけにはいきませんわ。それにしても、あなたよく資金が続きますわね」
「先ほどのレースで、また儲けましたから。だてに御神楽家は名乗れません。御理解いただけましたか?
 すでに強大な金運に目覚めている御神楽舞花がエリシア・ボックに答えた。
「後で、陽太を締めさせていただきますわ」
 ボソリと、八つ当たりのように、いや、完全に八つ当たりして、エリシア・ボックがつぶやいた。
 パドックでは、次のレースに出る恐竜たちが、のそりのそりと歩き回っている。
「あの恐竜……。何か、感じましたわ! びんびんに感じます!」
 キャロリーヌと名札をつけたTレックスを見て、エリシア・ボックが目を輝かせた。何かの直感に目覚めたらしい。とはいえ、その恐竜は今日が初疾走の、まったくの無名だった。人気もほとんどない。はたして、その実力は……。
『さあ、いよいよ次は本日のメインレース、アトラス噴火記念杯です!』
 シャレード・ムーンの声が響いた。
 いよいよ、メインレースの開始である。
「やっておしまいなさーい!!」
 最前列の柵から身を乗り出して、エリシア・ボックが叫んだ。
 ドーン。
『号砲一発、各恐竜が走りだしました。先頭はユグドラシルトップ、続いてジェイダスローズ、ユキダルマオー、プラヴァーキラー、ナラカキング、キャロリーヌと続いております。
 第一コーナーを回ったところで、キャロリーヌが出て来た。前を走るナラカキングを吹っ飛ばしてリタイアさせました。キマク競竜ではルールなどありません。敵を蹴散らしてでも勝てば問題なしです』
「よくやった、行けー、行ってしまえー!!」
 もう、エリシア・ボック大興奮である。御神楽舞花が冷静なので、よけいに興奮が強調される。
『先頭はユグドラシルトップ、だが、ジェイダスローズがならんだ。プラヴァーキラー、ユキダルマオーを追い抜いて三位に上がりました。
 おおっとどうしたことか、プラヴァーキラー、第二コーナーを曲がれずに観客席に突っ込んだ。よくあることです。観客の皆さんは、自分の身は自分でお守りください。
 激しい戦闘争いをしている二頭に、残る二頭が迫る。
 おおっと、ユグドラシルトップ、ジェイダスローズ、互いに相手に噛みついた。そのまま、もつれ合ってコースアウトしていきます。これは大波乱だ!』
「キタ―!! あたる、今度こそあたりますわぁ。雪だるまなんかぶっ転がすのですう!!」
 思い切り身を乗り出すエリシア・ボックが落っこちそうになったので、あわてて御神楽舞花がお尻をつかまえて支えた。それでも、エリシア・ボックの興奮は絶好調で収まる様子がない。
『さあ、残った二頭の勝負となりました。最終コーナーを回ります。
 両者ラストスパート……。おおっと、ユキダルマオー転倒! 何かを踏んで滑ったようです。バナナの皮でしょうか。これは、キャロリーヌ有利か!』
「やった、これで、これで……」
 勝利を確信したエリシア・ボックが、興奮のあまり涙ぐむ。
『いや、まだ分かりません。転んだユキダルマオー、凄い勢いでコースを滑っていきます。さすがは雪だるま、その名に恥じません。はたして、キャロリーヌは追いつけるか。じりじりとその差は縮まっています。だが、もうゴールはすぐそこだ。
 ユキダルマオーか、キャロリーヌか! 両者ならんだ。
 ゴール!
 両者、ほとんど同時にゴールしました。はたして勝敗は……。
 ただいま写真判定が行われています。お手持ちの竜券はお捨てにならないようにお願いいたします』
「キ、キャロリーヌの勝ちに決まっておる……」
 竜券を固く握りしめて、引きつった顔でエリシア・ボックが言った。
『出ました。鼻の差でキャロリーヌが第一位です!』
「やったあ!」
 もう、エリシア・ボック狂喜乱舞である。生まれて初めてあたったのであるから無理もない。もっとも、通算戦績では何万ゴルダもマイナスであるから、まだまだとうてい赤字は埋められないのだが。
「よかったですね」
 ちゃっかり保険としてキャロリーヌの竜券も買っていた御神楽舞花が、エリシア・ボックに言った。
 
    ★    ★    ★
 
「あついぃ……」
 布団を蹴っ飛ばして、天野稲穂が呻いた。
「大丈夫か、ほら、水枕」
 氷水を入れ替えた氷枕を、天野木枯が天野稲穂の頭の下に差し入れた。
「ありがとうございます、木枯さん。少し、楽になりました。なんだか熱で変な夢を見ていたみたいで……」
「夢?」
 天野木枯が聞き返した。
「ええっと、変な夢です」
 まさか、幽霊になった自分を、天野木枯がドラゴンから必死に守って、ずっと手を引いていてくれたとは言いだせずに、天野稲穂が布団の中に顔の半ばまで潜り込んだ。
「まあ、風邪ひきだからねえ。変な夢ぐらい見るさぁ」
 そっと天野稲穂の額に手を当てて、天野木枯が言った。
 またちょっと、天野稲穂がう〜っと小さく唸る。
「さあ、また寝なさいねぇ。私が横にいるから、もう変な夢なんか見ないよぉ」
「はい」
 天野木枯に言われて、ちょっと安心したように天野稲穂が答えた。
「お休みぃ」
「お休みなさい……」