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葦原でのめざめ

 
 
「しっかりしてください、ハデスさん」
「まさか、オリュンポス・パレスが落ちてくるとは……」
 下川忍に肩を貸されたドクター・ハデスが、小さな声で呻いた。機動要塞オリュンポス・パレスの墜落から逃れて、なんとかツァンダから葦原島まで逃げてきたのだ。
「また、修理でローンが……」
「でも、もう悪の組織とは関係ないのですから、支払いはないんじゃないんですか?」
「そうか!」
 下川忍の言葉に、ドクター・ハデスがぱっと顔を明るくした。
「あらあらあら、そうはいきませんわよ。わたくしが立て替えておきますけれど、しっかりとローンとしてお小遣い帳に記載いたしますわ」
 そう言って、ドクター・ハデスの希望をぶった切ったのは、ミネルヴァ・プロセルピナだ。彼女の乗る豪華な自動車の上には、ヘスティア・ウルカヌスが乗っている。きっと、後で車の屋根は打ち直し修理だろう。もちろん、これも、最終的にはドクター・ハデス持ちである。
「こ、これのことか。なら、なおさら、渡すことはできないぜ」
 ドクター・ハデスが、下川忍が持ち出してきたお小遣い帳を握りしめて言った。
「それは!! ヘスティアさん、焼き払え!」
「承知いたしました、お嬢様」
「ちょっと待て、撃つな、ヘスティア。俺の命令が聞こえないのか」
 今にもミサイルを発射しようとするヘスティア・ウルカヌスに、ドクター・ハデスが叫んだ。
「命令優先順位、第一位はミネルヴァお嬢様です。ハデス様の前には、世界樹よりも高い越えられない壁があります。ですので、発射!」
「逃げます、ハデスさん!」
 ヘスティア・ウルカヌスがミサイルを発射するのと同時に、下川忍がドクター・ハデスの襟首を掴んで、バーストダッシュで逃げて行った。
「早く、唯斗の所へ……」
「分かりました」
 ドクター・ハデスに言われて、下川忍が紫月唯斗の家へと逃げ込んだ。
「何者だ! ハデスか?」
 突然の来訪者に、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が誰何した。広い庭にいた動物たちが一斉にドクター・ハデスと下川忍に注目して軽く唸りをあげる。
「ここは、動物園ですか!?」
 ちょっと驚いて、下川忍が紫月唯斗に訊ねた。
「みんな、俺の大切なペットであり、りっぱな自宅警備員だ。それにしても、いったいどうしたんだ?」
 かくかくしかじかとドクター・ハデスたちが紫月唯斗に説明する間に、ペットたちがぞろぞろと集まってきた。その数、ファイティングパンダ1、獅子たくさん、マーメイドたくさん、アンダーグラウンドドラゴン5、ブルードラゴン1、ダークドラゴン1、ブライトドラゴン1、クリムゾンドラゴン1、サンダードラゴン1、レッサードラゴン1、ブレードドラゴン1、ラクダ1、猛き霊獣1、ハンニバルの戦象3、アーマードユニコーン1、レッサーフォトンドラゴン5、レッサードラゴン2、ユニコーン1、ピュアリィ1、シボラのジャガー1、軍馬1、馬1、アルラウネ1、鷹1、小さな恐竜1、スクィードパピーたくさん、スカイフィッシュ1、サラマンダー1、賢狼たくさん、白鳩たくさん、シマリス20、モグラ10、ドーベルマン2、わたげうさぎ1、アルパカ1、シルバーウルフ1、ヘルハウンドたくさん、ドンネルケーファー1、古代の霊獣1、こぐま1というラインナップであった。
 自宅警備に目覚めた紫月唯斗が、こつこつと集めたペットたちである。
「追い詰めましたわよ」
 ヘスティア・ウルカヌスを前面に押し立てて、ついにミネルヴァ・プロセルピナが紫月唯斗の家の前にやってきた。
 紫月唯斗邸の自宅警備ペットたちがいきりたつ。
「まあまあ。おとなしく裏切り者を渡せばよし、さもなくば、ミサイルでお家ごと吹き飛ばしてさしあげますけれど、よろしくて? たくさんお仲間がいるようですけれど、逆にわたげうさぎ一匹の怪我人も出さないですむとお思いかしら」
「そ、それは……」
 さすがに、かわいいペットたちを見回して紫月唯斗が唸った。
『私が出よう』
 そう書かれたプラカードを掲げて、ファイティングパンダが前に進み出た。
「師匠!」
 自分も戦うという紫月唯斗を押さえて、ファイティングパンダがたった一匹で門の外に出る。
「なんですの。あのぶっさいくな生き物は。パンダのくせにかわいくないですわね。ヘスティアさん、やっておしまいなさい」
「はい。ターゲットロックオン! ミサイル全弾発射ですっ!
 ミネルヴァ・プロセルピナに言われて、ヘスティア・ウルカヌスがミサイルを一斉発射した。
『パ!!』
 ファイティングパンダが、持っていた看板で、飛んできたミサイルを全弾叩き返した。ひゅるるんと、元の場所へと戻っていく。
「あらあらあら、どうしましょう……」
 のほほんとしているミネルヴァ・プロセルピナがヘスティア・ウルカヌスと共にちゅどーんっと吹っ飛ばされていった。
「助かったぜ」
 追っ手がいなくなって、ドクター・ハデスがほっとしたように言った。
「それで、奴らは何を追っていたんだ?」
「このお小遣い帳なんだが……」
 紫月唯斗に聞かれて、ドクター・ハデスが機密文書であるお小遣い帳を開いた。それこそは、秘密結社オリュンポスの裏帳簿だったのだ。
「ええっと、なになに……。紅茶1、ケーキ2。ケーキ3、クッキー2。ミルク1。マフィン1……。お茶菓子ばっかじゃないか……」
 お小遣い帳をのぞき込んだ紫月唯斗が呆れた。
「おのれ、ミネルヴァめ、自分のお茶代にオリュンポスの貴重な資金を使い込んでいたのか! 許せん」
 ちょっと怒りに震えて、ドクター・ハデスが唸った。
「いいだろう、今日よりかつての秘密結社オリュンポスは、旧オリュンポスと改名するそして、俺の率いる新オリュンポスこそが、真の秘密結社オリュンポスとして、世界征服を目指すのだ!!」
 新たに世界征服に目覚めて、ドクター・ハデスが叫んだ。
「それって、もしかして元の木阿弥?」
 唖然として、紫月唯斗がつぶやいた。