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【五 対巨大魔獣戦の火蓋】

 大型トレーラーから見て、二時の方角。
 アシュラムの操縦席で、清泉 北都(いずみ・ほくと)は予想外の姿に遭遇し、内心で若干、狼狽してしまっていた。
「大丈夫、ですか?」
 サブパイロットシートから、クナイ・アヤシ(くない・あやし)が北都を気遣う声を投げかけてきた。
 正直なところ、北都は絶対に大丈夫だと胸を張る自信は無かったのだが、敵を前にして怯えた姿を晒すのは、自分自身にとっても気分の良い話ではない。
 空元気だとは思いつつも、北都は強張った笑みを口元に浮かべた。
「いや、うん……大丈夫、だと思うよ、多分」
 辛うじて、それだけ言葉を絞り出してから、北都は再度、メインコンソールに視線を落とした。そこに、あまり直視したくない恐ろしげな姿が、漆黒の影となって映し出されているのである。
 正子から渡されたデータによれば、それはフォートスティンガーと呼ばれるフレームリオーダーであることは、恐らく間違いないであろう。
 だが、その巨獣形態までは、正確な情報が事前に存在していなかった。
 単なる巨大な魔獣、という程度であれば北都もここまで緊張することはなかったのだろうが、このフォートスティンガーの巨獣形態は、ひとことでいえばずばり、蠍であった。
 尾を除いた胴部全長が20メートルを越える超巨大蠍という外観であり、全身を覆う甲殻は超硬金属素材と同等の強度を誇るらしい。
 鋏形の前肢は二対あり、上段と下段に分かれての波状攻撃が可能であるように思われる。
 加えて、胴部の倍近い長さを誇る尾は合計三本、そのそれぞれの先端は刀剣状に硬質化しており、前後左右どの位置の敵に対しても猛威を振るうのは、容易に想像出来た。
 そしてひとつ、厄介な問題がある。
 この刀剣状の尾先端部には腐食性の高密度バクテリアが寄生しており、尾先端の直撃を浴びた攻撃対象は、生物・非生物を問わず、被弾部位から即座に腐食を始め、およそ十数秒間に亘り、被弾部位を中心として物理的組成が破壊し尽くされてしまう、というのである。
 その腐食性破壊の威力はたとえイコンといえども免れる術は無く、唯一この攻撃から逃れ得る方法は、とにかく尾先端部の攻撃を受けないこと、の一点に尽きた。
「あの装甲は、遠距離からの攻撃がほとんど通じないらしいね……となると、接近戦しかないかなぁ」
 いいながら北都は、一瞬怖気を感じた。
 不意に、レーダーが右手に別の機影を捉えた。
 富永 佐那(とみなが・さな)立花 宗茂(たちばな・むねしげ)が駆るザーヴィスチが、北都とクナイのアシュラムに合流してきたのである。
 そのザーヴィスチの操縦席内では、佐那の緊張に強張った視線が、北都と同じくメインコンソール上のフォートスティンガーに釘付けとなっていた。
「成る程……毒針要塞、とはよくいったものですね」
 戦闘技術では相当にトリッキーな戦術を駆使する佐那だが、目の前のフォートスティンガーは、存在そのものが奇抜であるともいえる。
 主に白兵戦を好む佐那だが、この相手は非常に強敵であるという直感が、彼女の突撃精神に対して強烈なブレーキをかけていた。
「接近戦以外では打撃を与えづらく、その接近戦では厄介な武器を幾つも揃えている……要塞の名に恥じぬ怪物ですな」
「でも、やるしかないですね……柳川の殿、機動戦を仕掛けます」
「御意」
 直後、ザーヴィスチが低空飛行に入った。
 敢えてフォートスティンガーの得意とする接近戦を挑もう、というのである。
 その光景をメインコンソール上で眺めていた北都も、ひとつ大きな吐息を漏らしてから、表情を引き締めてクナイに振り返った。
「じゃあ、行こうか。僕達も、ここでぼーっとしている訳にもいかないからねぇ」
「……お手伝いします」
 クナイが応じると同時に、北都はアシュラムを急降下させた。目指すは、フォートスティンガーの背面部。
 三本の長大な尾が迎撃してくるだろうが、これをかいくぐらなければ、死中に活は見いだせないのである。

「龍心咆哮! ドラゴランダー!」
 荒野の一角で、野太い声が殷々と天を割るように響いた。更に続けて、
「龍帝機キングドラグーン!」
 何かに呼びかけるような調子で、矢張り同じ声が砂塵の舞う宙空を殷々と震わせる。
 そして――。
「行くぞ黄龍合体! グレート・ドラゴハーティオン!」
 半ば絶叫に近いその号令が合図となって、グレート・ドラゴハーティオンの雄姿が灼熱の陽光のもと、魔獣の如き咆哮を放ちながら大地を踏みしめていた。
 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)の、ある意味、これが本来の姿といっても良かろう。
 巨大な双頭の銀狼を思わせるフレームリオーダーテラハウンドを前にして、コア・ハーティオンとドラゴランダーは一切怯むことなく、グレート・ドラゴハーティオンを駆って堂々と対峙した。
「心の光に導かれ、勇気と共にここに見参! テラハウンド、ここから先は、一歩も進ませんぞ!」
 最早ここまでくると、単なる演出などではない。
 異形の魔物との戦いを前にして、味方兵力、或いは自分自身を鼓舞する為の、一種の儀式に相当するといっても良い。
 事実コア・ハーティオン自身は、この口上を大声で張り上げることで、自らの闘争心を大いに高めていたのである。
 ドラゴランダーが、言葉にならない唸り声を上げて警戒の念をコア・ハーティオンの精神へと送りつけるが、コア・ハーティオンは更に自身の気力を奮い立たせ、テラハウンドに挑みかかろうとしていた。
「こちら高天原。テラハウンドと接敵。これから戦闘データ採取に入る。そちらの状況は?」
 少し離れたところで、支援トラックの運転席に座る高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)が、通信回線の向こう側に居るラブ・リトル(らぶ・りとる)に対して状況を伝えると同時に、ラブ・リトルが同行している正子達UBF本隊の動きに関する情報を求めた。
 ラブ・リトルの側は、未だフレームリオーダーと接触していない為か、声に緊張感が無い。
『えぇ〜っとぉ……こっちはぁ、今んとこ何も無ーし』
「……随分呑気ね。ハーティオン達が初めて遭遇する怪物と一戦交えようって時なのに」
『えぇ〜、そんなこといわれたってぇ〜』
 ラブ・リトルにはそういってみたものの、実際、敵と遭遇してみないことには、緊張感というものはなかなかすぐには湧いてこないものであろう。
 鈿女もそのことは重々承知しているから、それ以上は責めるような言葉を重ねようとはしなかった。
「まぁ良いわ……それで、他の隊の情報は入ってるのかしら?」
『うん、えぇっとね』
 ラブ・リトルからの情報によると、メガディエーターとフォートスティンガーと接触したチームから、戦闘データが転送され始めている、とのことであった。
 いずれも、ラーミラを乗せた大型トレーラーからは相当に距離が離れている為、今すぐにどうこう、という問題にはなっていないらしい。
「じゃあ、こっちも早速、戦闘データ転送を開始するわね。でも、早く援軍を送るようには伝えておいて。いくらハーティオンとドラゴランダーが頑丈だとはいっても、相手は得体の知れない怪物だからね」
『りょ〜かい!』
 そこで、通話は一旦途切れた。
 ラブ・リトルがどれだけ迅速にことを進めるつもりなのかは鈿女にもよく分からなかったが、全てを把握しているのが正子だから、ある程度は安心しても良いと思っている。
 一方、ハーティオンとドラゴランダーは、早くもテラハウンドの脅威を目の当たりにしようとしていた。
「おぉっ、これが奴らの構造再配置というやつか!」
 どこか感動している風にも思えるコア・ハーティオンの声音に、ドラゴランダーが再び獣のような唸り声を響かせて、再三の警戒を促してくる。
 テラハウンドの巨人型戦闘形態への変形は文字通り、一瞬で完了していた。
 関節のどこがどう動いたのか、などという生ぬるい表現では済まない程、テラハウンドの変形は複雑な構造再配置プロセスを経ている。
 単純に目で追いかけただけでは、その変形機構を理解するのは至難の業であった。
 巨人型戦闘形態へと変形を遂げたテラハウンドは、グレート・ドラゴハーティオンと比較すると、およそ二倍近い巨大さを誇る。
 これ程の威容を見せつけられて、コア・ハーティオンの闘争心に火がつかない訳が無かった。
「相手にとって不足無し! いざ神妙に、勝負!」

 一方、デラスドーレの街に程近い、領境付近の岩山の裾野では。
「やっぱり……居た!」
 {ICN0003800#グレイゴースト?}のメインパイロットシート上で、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は前方に立ち塞がる、見覚えのある巨体に鋭い視線を向けていた。
 八本の角を擁する、巨大なトリケラトプスの如き外観の魔獣――オクトケラトプスが、ローザマリアとフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)の前に姿を現していた。
 デラスドーレまでの経路をつぶさに調べ上げていたローザマリアは、この岩山での奇襲あり、と事前に予測を立てており、逆に先制攻撃を仕掛けるべく、自らのイコンをここまで奔らせてきたのである。
 果たして敵は、そこに姿を現した。それが、オクトケラトプスであった。
『出たか、ローザ』
 通信回線の向こうから、大型トレーラーに随行しているグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の声が響く。その声音には、ローザマリアを諌めるような響きが込められていた。
「予想通りよ……それも相手は、オクトケラトプスだったわ!」
『……ローザよ、オクトケラトプスを気に掛けるそなたの気持ちも、分からぬではないが』
 スピーカーから響いてくるグロリアーナの声は、ローザマリアに慎重さを要求していた。
『目的を、取り違えるでないぞ。われらはあくまで……』
「分かってる……大丈夫だよ!」
 ローザマリアが応じたその瞬間、メインコンソール上に映し出されているオクトケラトプスの巨影は、八本の角をこちらに向けて、獰猛な勢いの突進を開始しようとしているところであった。
「来るよ!」
 フィーグムンドの叫びに、ローザマリアは瞬間的に反応した。
 グレイゴースト?はオクトケラトプスの突進軌道上から紙一重のタイミングで角の一撃をかわすと、入れ替わるような形で相手の背後を取り、後ろ足の足首に照準を定めて先制の打撃を加えようと態勢を整えた。
 ところが。
「うっ……は、速い!」
 サブパイロットシートのフィーグムンドが、思わず唸った。
 オクトケラトプスは一瞬にして巨人型戦闘形態へと変形し、その場に踏みとどまって、空手でいうところのトラースキックを後方に向けて放ってきたのである。
 その蹴り足には、つい先程まで頭部に生えていた筈の八本の角のうちの二本が生えており、蹴りの軌道の延長上にまで破壊の余波が及ぶ格好となっていた。
 素早いバックステップで辛うじてかわしたグレイゴースト?だが、操縦室内のローザマリアはというと、オクトケラトプスの巨体から繰り出された信じられない程の高速攻撃に、これから展開されるであろう激闘が如何に苛烈なものになるのかを、脂汗と共に実感させられる破目に陥っていた。
「こいつは……どっちかが生きるか死ぬか、っていう勝負になるね」
 中途半端な結末では終わらない――ローザマリアは戦慄にも似た予感を、脳裏に走らせた。
 オクトケラトプスの戦術は、基本的には単純である。
 八本の角を活かした突進を敢行した直後、即座に変形して後方への追撃を加える、といった内容であるが、一連の動きに全く無駄が無い為、隙を窺って急所に一撃を加えるというカウンターアタックは、ほとんど不可能に近かった。
 それならば、とローザマリアが操縦桿を引いてグレイゴースト?を宙空に舞い上がらせると、オクトケラトプスは両腕の角を左右に振り、マッハに近い速度の衝撃波を放ってくる。
 下手に距離を取れば、回避が難しい飛び道具を駆使してくるのである。戦術としては、実に合理的であると、ローザマリアは内心で舌を巻いた。
「やっぱり、白兵戦は避けられないか!」
 再び地上に降り立ったグレイゴースト?の操縦室内で、ローザマリアは次なる突進に備えて姿勢制御システムを早めに機動させていた。
 果たして、オクトケラトプスはそんな対処など無駄だと嘲笑うかの如く、再び魔獣体型に変形して突進を仕掛けてきた。
 オクトケラトプスの狡猾なところは、突進のたびに速度と角を突き入れるタイミングを微妙に変えてきているという点であろう。
 その為フィーグムンドは、反撃に転じるタイミング調整に毎回、手間取る破目に陥っていた。
「全く同じ攻撃方法に見えるけど、速度とタイミングを組み合わせることで、実は変幻自在の幻惑戦術に仕立て上げてるって訳か……こりゃ、一筋縄じゃいきそうにもないな」
 ローザマリアは、しかし、その形の良い唇に不敵な笑みを浮かべていた。
 待ちに待った、オクトケラトプスとの勝負である。矢張り、こうでなくては。
 軍人の家系に生まれた闘争心がこの時、最大限にまで燃え上っていた。