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ツァンダを歩く

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ツァンダを歩く

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 ルシア達が港湾区の空にいた時、耀助はアウトレットモールで息をついていた。リカインを何とか振り切った彼は、同じようについてきたレキとチムチムたちと息を整えている。
「あの人の剣幕はすごかったね。置いてけぼりにされちゃったよ」
 息を整えたレキは近くで買ってきた飲み物にストローを差し込む。勢いよくそれを吸うと、見る見るうちにコップが痩せていった。
「それでも……予定通り……アウトレットモールに到着することができました……ぜぇぜぇぜぇ」
「うん。まずどこのお店に行こうかな? 広くてわからないや」
 左右を見回すと、飲食店や、おもちゃ売り場など洋服以外のお店も乱立している。洋服売り場を探すための地図を探すにも、難儀だろう。目の前のすれ違う人は多彩である。
 その中で耀助が誰かを見つけた。その誰かも耀助を視界に見つけたらしく、人ごみの中を縫って進むと、耀助たちの前に姿を現した。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は耀助を物珍しげに眺める。耀助はセレンフィリティたちの容姿に、ピンと来るものがあったらしく、疾走による疲れをどこかへ隠してしまった。
「こんにちは。そんなに俺たちが目立っていたかな? このカメラはテレビの取材用なんだ」
「本当にテレビの取材なの? やだー。信じられないわ」
 セレンフィリティは耀助の頭のてっぺんからつま先まで眺めると、背後にいたレキやチムチムにも好奇心を剥き出しにさせる。その背後でセレアナが冷めた視線で彼女の背中を眺めていた。
「ツァンダの街を紹介するというものでね、けれど俺たちはアウトレットモールの地理に詳しくなくて。よろしかったらここを案内してもらってもいいかな?」
「願ってもないことだわ。偶然だけれど、このあたしたちと会えてよかったわね。このアウトレットモールならこのセレンフィリティとセレアナにガツンと任せてみなさい」
 耀助の手を両手で握りしめる。ぶんぶんと上下に振る。そのつながれた手をセレアナは頭に手を当てながら見つめていた。
 勿論、セレンフィリティはここに耀助が来ることを待っていた。偶然を装っているが、彼女もテレビに出たかったのだろう。しかし仕込みは思えないような彼女らしい振る舞いに、だんだんと彼女のペースに巻き込まれているような気がして頭が痛くなっていたのだった。
 耀助たちの後ろにいるレキとチムチムに軽く挨拶をする。
「あなたたちも買い物に来たのかしら?」
「うん。ボクはボクに似合うような服が欲しかったの」
「それなら心当たりがあるわ。ついてきて頂戴。案内してあげる」
 セレアナの声にレキは両手でガッツポーズを作る。セレアナが先導すると、レキがその後ろに並び、耀助、そして彼の手をいまだ掴んでいるセレンフィリティが続いていた。
 目的のお店に向かう道すがら、耀助の話し相手は主にレキとセレンフィリティだった。
「へぇ。レキちゃんは白百合学園の生徒なのですか」
「うん。今の服装なら全然そんなには見えないかな」
「あら? それならあたしも軍人なのだけれど、軍人とは思えないってよく言われているわ」
「そんなところで張り合ってどうするのよ」
 セレンフィリティが得意げに話している傍らでセレアナが彼女のこめかみをつつく。
「それで自分に合ったものを買うためにツァンダまで来たというの?」
「うん。本当はミアっていうんだけれど、その子と一緒に来るつもりだったのだけどちょっと事情があって来られなかったの」
 ふとレキはチムチムの姿が見えないことに気づく。耀助以外の人物はそれに気づいているらしい。レキははぐれたのではないかと一瞬不安になったが、そうではないことを見抜き、耀助の後をついて行った。
 耀助はセレンフィリティとの会話に夢中になっている。
「セレンフィリティさんはここにどうしてきたのですか?」
「ちょっと確認したいことがあってね」
「それはいったい何なのでしょうか?」
「そうね。秘密。後で教えてあげるわ」
 そして皆は目的の店にたどり着いた。ポップな音楽が頭上から弾んでいる。そのリズムに呼応して、ここに来る人の気持ちを弾ませているようだった。
 緑や、深い青といった落ち着いた自然の色で構成されている内装が、耀助たちに安らぎを作りそれを染み渡らせている。
「レキ。ここならあなたに合いそうな服が見つかるかもしれないわ」
「本当。ありがとう」
「よかったら一緒に探してあげるわ」
 セレンフィリティとレキが店員と話し始め、耀助はほくほくとした笑顔でその様子を見守っていた。
 数分後にレキが耀助の前に姿を現す。セレンフィリティが会心の笑みをこぼしている前で、耀助は思わず唸っていた
「ジーンズと襟付きのシャツに上から紺色のジャケットを選んでみたのだけれど、一番似合っていると思うわ」
「そうかな? えへへ」
 レキの頬がほのかな赤みを見せると、彼女のポニーテールが左右に揺れた。まるでレキのために用意されていたようだ。耀助はレキが秘めていた個性が引き出されていることに、ただ感嘆を繰り返していた。
 この服装を褒めることがこの場にいる男としての役目なのだろう。そう使命感に燃えた彼はレキに向かって第一歩を踏みしめる。自分の語彙力を総動員し、一番歓喜を覚えてくれそうな言葉を探していた。 
 後数歩でマイクを持ってこれそうな距離にまで近づく。そう思った矢先に、耀助は何かにぶつかり困惑に口が開く。
 目の前に何かぶつかったはずなのに、目の前には何もなった。レキが数歩前で笑っているおいしい光景が広がっている。しかし近づけないのである。
夢でも見ているのかと彼は言葉を失った後に、頬をつねられた。
「いたたた。痛い!! これはやっぱり夢じゃないのか?」
 知らない人間が見たら耀助がパントマイムをしているのかと、思ってしまうのかもしれない。慌てふためく耀助にレキがとうとう抑えきれなくなり大笑いをする。
「あはは。チムチムもいたずらはやめて、もう出てきたらいいよ」
 頬を抑えながら耀助はチムチムの不在にようやく気づく。それと同時に目の前がわずかに歪み、スイッチが切り替わるようにチムチムの姿が登場した。
「光学迷彩だったのか。どうりで見えなかったわけだ」
「もう。チムチムはどういうつもりなの? いたずらなんてして」
 レキにたしなめられると、チムチムは悄然としながら、人差し指をちょんちょんと合わせていた。
「だってせっかくのテレビなのに、チムチムは全然出られないアル。レキちゃんばっかり映すアル。チムチムもゆる族のアピールをするアル」
「ゆる族か。確かにアピールするべきだったよ。俺も少し自分を見失っていたぜ」
 首筋をさすりながら、耀助はしばし前にリカインによって刻み付けられた痛みを思い出していた。あの締め上げに比べたら、さっきの頬をつねられることなど優しいものである。
「カメラに出られるなら、もういたずらはしないアルヨ」
「そうだわ。ならあたしたちの傍にいたらどう? これから耀助にはあたしたちのことをたっぷりと知ってもらおうと思っているから」
 セレンフィリティが指を一本立てると、瞳の片方を閉じる。チムチムはその提案に尻尾を振って承諾する。
セレンフィリティの閉じられていない瞳には妖しい色がうっすらと塗り重なれていたが、それを気づけたのはセレアナだけだった。セレアナは止めようかとも思ったが、カメラがある手前で大胆なことは彼女でさえ行わないだろう。
 その判断に後悔するのはそれから数十分後になるのだった。