百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

デート、デート、デート。

リアクション公開中!

デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●Interlude 2

 花火も一緒に見ようよ、という友人たちからの誘いを丁重に断って、ローラ・ブラウアヒメルは制服姿に着替えた上で道を急いでいた。
 いつも向日葵のように明るいローラを知る者であれば、珍しく彼女が頬を染め、走っているわけでもないのに息を弾ませているのに気づいたことだろう。手紙を一通、胸のところに、後生大事に抱いていることにも気づいたかもしれない。
 手紙は、彼女をこの場所に誘うものであった。山葉涼司経由で手渡されたものである。
 差出人は――。
「グラキエス!」
 ワタシ、来たよ、と抱きつかんばかりにして嬉しそうに、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)を見つけたローラは声を弾ませた。スプラッシュヘブンを出てしばらく行った場所だ。殺風景な一帯ではあるが、ここからでも花火はよく見える。空を彩る炎の数々が見えた。
 ところが元気に呼びかけたのに、グラキエスのほうはいたって静かな反応だった。
「そうか……あなたがローラか」
 初めて会う人に見せるような笑みを、彼はうっすらと頬に浮かべるにすぎなかったのである。
「グラキエス、ワタシ、ローラよ? どうしたか? 『ロー』呼んでもいいよ?」
「うん。そう聞いていた人のようだね」
「エンド! 私から離れてはいけないとあれほど言ったじゃないですか! ただでさえこんな暑い時期に外出するのは体のためにも……」
 言いながらつかつかと、靴音高くロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)がやってきた。
 だがロアはローラがいることに気づくと、両脚を揃えて停止した。
「ブラウアヒメル君……? 会うことができて良かった。事情は私から説明したい」
 それは、ほんの少しだけ以前の話だ。
 ある戦いのさなか、グラキエスは身に巣くう狂った魔力の『核』を摘出することに成功した。しかしその代償として、魔力の暴走以前からの記憶の大半を失ってしまったのである。それこそ、みずからのパートナーの名すら忘却の彼方においやるほどに。
 失われたグラキエスの記憶が『消滅』したのか、それともただ一時的に『封印』されているのかはわからない。けれどグラキエスからのパートナーたちへの精神的な繋がりは失われておらず、コントラクターとしての契約は現時点でも続いていた。
「だからグラキエスは以前の彼ではない。これまでのことは何も覚えていないんだ。少なくとも人に関する記憶は確実に……ね」
「それ、ほんと、なのか?」
 ローラはロアのほうを見ていなかった。グラキエスの両手を握って、ゆっくりと話しかけていた。まるでそうすることで、彼の記憶が蘇るとでもいうかのように。
「すまない」
 グラキエスはきっぱりと言った。ローラの手が、ぶらんと下方に垂れた。
「『前の自分』の手記から、『今度ローラと一緒に』という一文と、花火の写真を発見した。それが胸ポケットに入っていたんだ」
 これだ、と言ってグラキエスは写真と手記を取り出した。
 グラキエスもまさかそれが、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が服のポケットに入れておいてくれたものとは思わない。
 ウルディカはグラキエスが出歩くことを喜んではいなかった。それがしばしば無断であるならなおさらだ。しかし、「塞ぎ込んでいるよりはいい」とウルディカが考えていることもまた事実なのである。だから彼は、グラキエスの胸ポケットにこれらのものを忍ばせておいた。グラキエスの気持ちが明るくなることを、ウルディカもまた望んでいるのである。
「ローラ、俺は、過去の俺について何も覚えていない。あなたと何があったのか、どういった関係なのかも……」
「ほんと、なのか……」
 ローラは俯いた。手紙を取り落としそうになったが戻した。
「ワタシの命を助けた記憶、もうないね?」
「その通りだ」
「それからの思い出、楽しいことも、忘れちゃったね……?」
「本当にすまないと思っている」
「でも、大変なことあったと、聞いた。それでもグラキエスが生きてたこと、それがワタシ、嬉しい。記憶なら、これから、作ればいい。そうだね?」
 だが顔を上げたローラは目に、あふれそうなほど涙を溜めていた。
 ロアはもう見ていられないとばかりに視線を外した。たかが記憶、とリアリストならば言うかもしれない。しかしその『たかが』は人間にとってこの上もなく貴重なものなのだ。機晶姫ローラ・ブラウアヒメルはそのことを学んだだろう。ロア自身も学んだ。
 けれどロアは知っている。記憶を喪ったときから毎日、毎分、毎秒のように、グラキエスはそれを思い知らされているのだと。一番つらいのは自分たちではないのだ。
 ローラも大雑把なようでいて繊細さのある娘だとロアは見ていた。だから彼女が涙を拭って、手をグラキエスに差し出すのを見ても驚かなかった。
「なくなったもの、惜しむより、これからのこと、もっと大切。あらためて、よろしくね」
「ありがとう」彼は彼女の手を握った。
「ワタシ、前のグラキエス、大好きだった。だから、これからのグラキエスも、好きになれる、思う」
「そうありたいな。今の俺とも仲良くしてほしい」
 彼は続けた。
「『俺』は、ローラと一緒にこの花火を見たかった。あなたに喜んで欲しかったんだろう。その気持ちが分かった。記憶はなくしても『想い』は残っている。だから、今日は来たんだ」
「だったらワタシは」
 ローラはそっと、グラキエスの背中に腕を回した。ハグして、頭を彼の肩に乗せる。
「だったらワタシは、前のグラキエスに、ありがとう、言うね。そして今のグラキエスには、これからよろしく、と……」