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忘却の少女

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忘却の少女

リアクション

 
〜 二日目・同時刻 午後9時 学園内研究施設棟 〜
 
 
 「雅羅から報告、スイレンの姫君がお目覚めだって」
 
給湯室からコーヒーの入ったポットを抱えて部屋に入りながら霧島 春美(きりしま・はるみ)は中の人物に報告をする
ヤクモが目覚めた一昨日から、ずっと研究と解析を担当している面々が揃っているラボの一角

通常なら徹夜続きと言うこともあり、もう少し荒れたり殺伐としていてもいいものだが
予想に反して綺麗に整えられているのは、解析の中心人物の几帳面な性格ゆえか
 
その当人……ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、一息を入れるようにキーボードパネルから手を離しコーヒーを受け取る
先程まで徹夜に付き合うと頑張っていたサポートの林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は、やっぱり限界だったようで
後ろのソファーで丸くなって眠ってしまっているようだ
そんな彼女に毛布をかけながら、春美はダリルに経過を尋ねる事にする
 
 「で、真実を求める者達の研究の成果の程はいかに?」
 「外堀はだいぶ埋まったよ。中身は謎だとしても生きている存在がいると言うのはやっぱり大きい
  あと君が集めてくれた古代史の資料もね、探偵というのはここまで博学なものなのか?それともシャーロキアン……」
 「ホームズはそんなに博学ではないわよ、彼の得意分野は化学だけ
  どちらかと言うと博学・多趣味はヴァン・ダインの【名探偵ファイロ・ヴァンス】の方
  何にせよ、魔法に関わる事象の真実を推理するのなら、古代史は必須、その為の知識獲得は惜しまないつもりよ」
 「学問の鑑だな……とりあえず、これが今まで判明した事実だ」
 
知識の応酬が出来る相手がいるのは相当に心地の良いものらしく、珍しく上機嫌なダリルがモニターにデータを映し出す
自分の分のコーヒーを飲みながら、春美はその膨大な情報に目を通し始める
 
 「遺跡の模様や装飾、あと彼女の衣服の特徴から、君の見立て通り文化圏は【マホロバ】のものと一致した
  ただ【葦原藩】のそれとは微妙に色々異なる事も含め、彼等の様に王国滅亡の折に流れてきた面々とは違うらしい」
 「まぁ【機晶姫】の存在自体【ヒラニプラ】の技術なわけだからね
  でも【ヒラニプラ家】が管理しているデーターとも微妙に造りが違うんでしょう?ここまで解析が難航してるって事は」
 「まぁな……構成素体の一部が俺達【剣の花嫁】に似てるんだ
  いずれにしても【古代王国】に礎を持つ技術である以上、それぞれの技術がはっきりと枝分かれする位の時期に
  試験的にお互いの技術を参考に作られた実験体の一種だった可能性が高い」
 「なるほどね……ちなみに【八雲】って古代史では【たたら製鉄】を形容してる説もあるって知ってる?」
 「君の資料に書いてあったのを見たよ
  総じて【マホロバ】の源流を組む【機工】的な技術を持つ一族の流れじゃないかっていう君の仮説もね
  中々興味深いが……やや異端過ぎる気もするな。いや、そもそも………」
 
そこまで会話を続けていたダリルがふと口をつぐむ、その言葉の続きを察し春美もやや続きを言いあぐねていたのだが
それまで二人の話を黙って聞いていた、もう一人の人物がようやく口を開いた
 
 「【彼女の存在自体が異端】……と言いたいのだろう?
   【マホロバ】【機晶技術】【それ以外の古代シャンバラの技術】どれも中途半端に取り込みすぎる
  技術者としては糾弾され、排斥されてもおかしくはない八方美人っぷりだ」
 
神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)の言葉に黙って頷くダリルと春美
言いあぐねていた言葉が出た事に押され、春美が手にしたマグカップを見つめながら話を引き継ぐ
 
 「これ……あくまで推測なんだけど
  昼に許可をもらって維持カプセルを調べさせてもらったでしょ
  結果、よくある古代遺跡に見られる特徴が無くて……ワンオフの構造だった事がわかった
  【ロータス・ルイン】の特徴も含め、技術力は高いものがこんな【ツァンダ】の学園の一角に在り
  それでいて今話した【節操の無さすぎる技術と文化の融合】の技術が垣間見える事実
  ………多分、彼女の創造主は【古代王国】から国を追われていたんじゃ無いかしら」
 「多分な。わからないのは【技術】故に国を追われたのか……【技術】の為に自ら国を出て行ったのか、だ
  こればかりは、彼女がこうして目覚めた以上、調べて伝えて、聞けば済む……という問題でもない」
 
ダリルの言葉に二人も頷く
彼女を取り巻く真実に、重い背景が感じられる以上、【記憶】が無い事実にも意図的なものを感じられずにはいられない
あえて彼女が彼女で在り続けるために【記憶】を封じられた可能性も否定できないわけで
流石のダリルや春美も、このまま深い解析を進めて良いのか迷っていたのである
 
 「機晶姫としてのフォーマットは汎用と同じだから、俺なら消えたメモリーを機械的に解析し復活させる事も可能だ
  消去で無い場合は、外部的な働きかけでロックを外せば記憶は蘇る……その方法まで進めたんだがな……」
 
ダリルの言葉も流石に重くなる
……だが、そんな二人の迷いを払うように、ゼミナーがしっかりとした口調で口を開いた
 
 「古代から未来に託された【書】の一員として我は考察する
  我ら【造られた者】には、ヒトと異なり、課せられた使命がある。それは主も同じであろう?シャンバラの剣よ」
 
自らの事も指摘され【剣の花嫁】であるダリルが黙って頷く
 
 「ならその使命は……個々の意識とは別に、厳然として存在する。善悪定かならずとも、それは必定 
  生まれ落ちた後に決める、または決まるヒトとは異なるが、無論差を指しているつもりも無いし
  どちらが幸福……などという禅問答をするつもりもない。この機晶姫が遺された事にも意味が有るはずだ」
 「そうね……こうやって残された以上、在ることを願う創造主の願いはあるんだと思う」
 「ならば、それを探求する手を休める必要などは無い……我らは我等に出来ることをやるだけだ」
 
 
 「そうそう、それに昔と今は違うんだ。
  昔のことはわからねぇが、今、仲良くしたい真剣に思う奴だって居るんだぜ
  なんたって俺はヤクモとダチになりてぇからな!」
 
力強く投げかけられたに3人が振り向けば
入ってきた匿名 某(とくな・なにがし)の傍らで大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が元気に拳を握り締めて立っていた
前置き無しに会話に割り込んだパートナーの行為に、苦笑しながら某がフォローを入れる
 
 「すまない、今日の学園案内役のちょっとした変更の報告に来たところだったんだ
  会話が終わるのを待っているつもりだったんだけど、すっかり聞き込んでしまった、申し訳ない」
 「いや、どのみち、伝える人には伝えないといけない問題だからかまわないさ
  それに、面子が面子だったんでね……彼のような前向きな言葉は助かる」
 
康之の言葉がちょっとした風になったのか、重かった空気が一掃されたのを感じ、ダリルが苦笑しながら言葉を返す
宣言一番、ゼミナーから今の話の詳細を聞き始めている康之の姿を見て、某が言葉を続けた
 
 「ちょっと前に色々あってね、似たような境遇の【機晶姫】の手助けをした事があるんだ
  今もアイツはそいつと友達だから、色々重ね合わせたんだろうな……全力で力になりたいと言っている
  まあうちの学校で見つけたって事は俺の後輩って事だ、俺も後輩が困ってるなら先輩が助けなきゃと思ってるし
  彼女のことは出来る限りフォローするよ……だから引き続き、解析を頼む」
 「わかってる、あと一日……出来る限りのことはさせてもらう」
 
その身に何かを抱えるという不安……某の愛するパートナーの境遇を考えると、他人事でないのは彼も同じなのだろう
仮に彼女を形作る背景に色々な敵意があったとしても、今はこうやって彼女を本気で想う者がたくさんいる
 
差し伸べる手の暖かさは、過ぎ去った過去よりもきっと力強く、生きていく力になるはずだ
だから、それを信じて自分達も真実へ辿り着くことを躊躇するのはやめよう……そうダリルは決意する
 
カップに残った残りのコーヒーを飲み干すと、改めて自分の役割を再開する為に深く椅子に腰掛けるのだった
 
 
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 「お、ゼミナーから解析データーが届いたみたいっスよ」
 
手元の端末に映し出される仲間からの噂の【機晶姫】に関する膨大な情報
それに目を通しながらシグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)は自らのマスターにそれを報告する
 
場所は遠くに【学生寮】を望む校舎の屋上
一通り周囲の警戒を終わらせたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)も、自分の端末に映し出されるそれに目を通し始めた
 
 「成る程な、この前の事といい、なかなかどうして背負う物を持った者のようだな、ヤクモという少女は
  だが己に課せられた使命は、己にしか解決できない。いや、解決すべきだ……それでこそ前に進む力となる」
 「【古代王国】最盛期に近い異端の技術っすか……帝王」
 「わかっている、異端であるなら接触していった可能性もあると言いたいのであろう?
  これだけの技術なら目をつけられていた可能性もあるからな……例の忌まわしき【邪教】にな」
  
二人の脳裏に浮かんだひとつの単語に、それぞれが眉を潜める
【鏖殺寺院】……シャンバラの歴史を学ぶものなら誰もが知る王国の滅亡を促した【邪教】
 
元々、様々なケースがある【機晶石】技術の問題ゆえ
この話があがったときに、ヴァル達が考えたのは【環境の保全】……つまり、周囲の警戒だった
例えば、彼女に何らかの価値を見出し、彼女を利用とする輩の存在
直接彼女に接触が無いとしても、周囲に取り巻く意志が影響を及ぼし、流れをコントロールされてしまう可能性もある
 
万が一……という可能性でも、一でも可能性があるのなら全力で立ち向かうのが【帝王】の矜持
 
ゆえに彼女が仲間と共に学園を散策している間、シグノーと共にずっと陰ながら警戒役を務めていたのである
なら傍で警護してればいいじゃない……などと雅羅が言ってはみたのだが
『自分自身が不審者とみられないように』と彼なりの言葉であっさり断られたらしい
(もっとも、雅羅の推測を語れば【彼女を怯えさせるため】あたりが本音じゃないかと思っているのだが……)
 
そんなわけで、彼女への直接の接触や観察等は雅羅やに任せ、こうやって遠距離から警戒にあたっている
とりあえず、学園内の環境は問題は無い……昨日の状況を思い出し、そういう結論に至ったところでこの情報である
 
 「……どうします?情報を洗うなら、完全に学園から離れる必要があるッスけど」
 「今日一日の学園内の事はまず問題ないだろうな
  問題は……明日の校外移動……遺跡への移動だな。問題ないとは思うがそちらに念を入れる必要がある」
 
つかの間の思考の後、索敵用の装備を片付けながらヴァルが決定事項を告げる
 
 「街へ出るぞシグノー
  今日一日、犯罪組織の動向の調査、あとツァンダに移住している古代マホロバを祖に持つ者に聞き込みを行う
  彼女の件は引き続きゼミナーに一任しよう。昨日に続き長丁場になるぞ、いいな」
 「【百の杞憂で一の悲劇を防げるなら本望】ってとこスか、りょーかい」
 
急ぎ、シグノーも自分の装備を片付けることにする
何だかんだで自分も似たような境遇を【帝王】に助け出された身だ
自分が思うところがある様に、彼もその時を思い出して、また全力で彼女に出来ることを全うするに違いない
 
 「…ま、今になってようやく分かったッスけどね。一丁帝王を手伝ってやるッスよ!」
 
パタンと端末をしまうと、すでに屋上を去ろうとしている己が【帝王】を追いかけるシグノーであった