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森の支配者、巨大食虫植物

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森の支配者、巨大食虫植物

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第三章 歪な森の支配者


 森の深部を歩くキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)が呟いた。
「大分奥まで来ましたが、中々見つかりませんねぇ」
「大きなモンスターと言っていたし、見落としている可能性は低いと思いますが……」
 セラータ・エレイソン(せらーた・えれいそん)が周囲を見渡すが、特に目立つものは無い。
 彼らは森から逃げ出した生徒が言っていた、『巨大な食虫植物のモンスター』を退治するべく森へ踏み入っていた。

「方向はこっちで合ってるはずだけど……。
 ん? 誰かいますね」
 先頭を行く騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が前方に二人の人物を見つけた

 銃型HC弐式を覗き込んでいたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、近づいてくる詩穂達に気付く。

「あら、貴方達もモンスター退治に来たのかしら?」
「はい、そうなんですけど……あの、何でそんな格好をされてるんですか?」
 詩穂が遠慮がちに聴く。セレアナは、レオタードの上にロングコートを羽織っているだけという、素足を広く露出させている服装をしていた。

「いいの! どうせ森の中は燃えてるから暑いし、これで充分よ!」
 そう答えたのはセレアナの隣に立つセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
 こちらはロングコートの下にビキニだけという、更に露出の高い服装である、

 セレンは詩穂の戸惑いにもお構いなしに、持っていたHCを彼女達に見せる。

「これ、サーモグラフィなんだけど……この先に、かなり大きな熱源があるのよね」
 詩穂達がHCを覗き込む。画面には熱源を示す赤い色が表示されていた。それもかなりの大きさである。

「私達だけじゃ心許ないと思っていた所なのよね、一緒に来てもらえるかしら?」
「もちろんですっ!」
 セレアナの問いに、詩穂が勢い良く返事をする。

 彼女達は熱源のある場所へと向かう。
 しばらく進むと、巨大化した木々に遮られて見通しの悪かった視界が、急に開けた。

「これは……大きいですね……」
 キリエが油断無く杖を構える。
 彼らの目前には、数メートルはあろうかという巨大な植物がそびえ立っていた。
 いくつも連なった太い茎の先には、ずらりと牙の並んだ二枚貝のような葉が。
 全ての茎の先に付いているそれは、モンスターの頭のようにも見える。
 その一つがキリエ達向け大きく口を開く。シューという空気を搾り出すような音と共に、真っ赤に染まった口内が良く見えた。

「さっさと片付けるわよっ!」
 『レビテート』で浮かび上がったセレンがモンスターへ接近し、『パイロキネシス』を発動する。
 植物モンスターの茎の一つが小さな煙を上げ始め、先端に付いている二枚葉が耳障りな悲鳴を上げた。
 だが、それを聞いた別の二枚葉がセレン目掛けて襲い掛かる。

「ちっ!」
 セレンは舌打ちすると、攻撃を止めその場から離れた。
 目標を逃した二枚葉はその勢いのまま近くにあった木へとぶつかり、喰い千切る。
 
「まったく、こう数が多いと面倒ね」
 セレアナがセレンの隣に立ち、苦々しい声で言った。
 植物モンスターの頭の数は八。彼女達より多い。
 一人一つならなら楽だったろうが、こう数が多いと先程のように他の頭に邪魔をされ、満足に攻撃できない。

 少し離れた場所では、詩穂やキリエ達も苦戦しているようだった。

「せめてあと数人、仲間がいれば……」

 セレンが歯噛みする。

 その眼前では、モンスターの二枚葉の頭が鎌首をもたげ、彼女達へと狙いを定めていた。




「何かあっちの方騒がしくない?」
 緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が近くに居るネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)へと声を掛ける。
 ネームレスはというと、二匹の瘴龍と共につい先程倒したばかりの植物モンスターを食していた。

「ほんと……何か、聞こえ……る」
「ちょっと行ってみましょ。にしてもそれ、ホントにおいしいの?」
 輝夜の問いに、ネームレスは首を傾げつつ答える。
「ええ……おいしい……ですよ」

 対する輝夜は信じられないといった表情だ。
「ふーん。ま、あたしはいらないけどね。
 まったく、仕事の依頼は薬草集めだったってのに、何でこんな面倒な事に……」

 彼女達は、居なくなってしまったエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の捜索費用を稼ぐため、薬草集めのバイトをしていたのだった。
 だが、この度の異変で植物達が異形化。モンスターとなって襲ってくる植物まで出てきたため、ゆっくりと薬草を探していられる状況では無くなってしまった。
 本日何度目かになる溜息をつきつつ、歩き出す輝夜。
 ネームレスもモンスターの残骸を食べ終えると、その後を追った。

 ややあって、彼女達の視界に巨大な植物モンスターと戦うキリエ達の姿が映る。

「何かおもしろそうな奴がいるじゃない。あたしも参加させてもらうよっ!」

 輝夜が一番近くにある食虫植物の頭へと飛びかかる。
 突然乱入してきた彼女に気付いたモンスターは、口を大きく開け輝夜へと喰らいつく。
 
「危ないっ!!」
 悲鳴を上げる詩穂の視界に、巨大な口に飲み込まれる輝夜の姿が映る。
 だが、その直後、モンスターの茎が切り裂かれ、大きな悲鳴が上がった。

「残念、そっちは偽者だよ!」
 輝夜の姿はモンスターの根元にあった。
 モンスターが喰らいついたのは彼女のドッペルだった。本物の彼女は腕にフラワシを纏わせ、その鋭い爪でモンスターを切り裂いていた。

 茎を大きく傷つけられのたうち回るモンスターに、巨大な大斧を持ったネームレスが肉薄する。

「……おいしそう」
 そして輝夜が切り裂いた箇所へと大斧を振り下ろす。モンスターの茎は切断され、巨大な二枚葉が大きな音を立てて地面に落下した。

 他の二枚葉が一斉に悲鳴らしき声を上げる。

 すると、モンスターは突然その根を周囲の木々へと伸ばし始めた。
 根は近くにあった木の幹へと絡みつく。
 そして絡みつかれた木々は突然動き出すと、近くに居る者へと枝を振り下ろした。

「これだね、生徒達が言っていたのは!」
 振り下ろされた枝を避け、詩穂が符を構えなおす。
 ふと、彼女はあることに気がついた。

「……そうか、もしかしたら……!」
 彼女は符をしまうと、食虫植物の頭上へと目を向ける。そして叫んだ。
「静夜の訪れ、『闇洞術『玄武』』!」
 モンスターの頭上に闇が生まれ、辺り一面を覆った。
 それにより太陽の光が届かなくなると、食虫植物を含むモンスター達の動きが鈍くなる。

「植物達よ、私に力を!」
 キリエが『エバーグリーン』を使い、モンスターと化していない植物達を操る。
 それらは枝を振り回す植物モンスターへと自分達の枝を絡ませると、その動きを封じた。
「やはり、モンスターには効きませんか……」
 キリエはモンスター化した植物達にも『エバーグリーン』をかけていた。だが、効いている様子は無い。

「木々は私が抑えます。今の内にあのモンスターを!」
「任せてっ!」
 詩穂は魔力を込めた符を構えると、モンスターへと投げつけた。
「舞え、火粉! 『滅焼術『朱雀』』!!」
 モンスターの二つの頭に命中したそれは炎を上げ燃え始める。二枚葉が燃え、耳を劈くような悲鳴が上がる。
 これで合計三つの二枚葉が無くなり、残りは五つ。

 輝夜とネームレスもそれぞれ一つの頭を相手にしていた。
 輝夜が手に纏った爪で二枚葉をばらばらに切り裂く。
 ネームレスは、瘴龍と共に茎の一本へと飛びかかり、貪り食っていた。

 『エバーグリーン』を発動しているキリエに、二枚葉の一つが迫る。
「セラータ、頼みます!」
「ええ、邪魔はさせませんよっ!」
 キリエの前にセラータが割り込み、煉獄斬を繰り出す。
 炎を纏った連撃に、モンスターの二枚葉は燃え尽き、灰となって崩れ落ちた。

 セレン達も二枚葉の一つを相手にしていた。
 セレンがモンスターへ向け帯電した銃弾を放つ。続けてその傷口に電撃を浴びせ、さらにセレアナが駆け込み、槍で突き刺して傷口を広げた。
 そしてセレンは『パイロキネシス』を発動。傷口から炎を侵食させる。
 やがて侵食した炎がモンスターを内部から焼き始める。
 茎が焼き切れ、二枚葉が地面へと落ちた。

 詩穂やセレンの放った炎は、モンスターの茎を伝い、徐々に根元へと燃え広がっていた。
 そして炎は、残り一つとなっていたモンスターの頭へと、茎を伝い燃え移る。
 最後の二枚葉は一際大きな悲鳴を上げると、炎に飲まれ、やがて燃え尽きた。
 炎を纏う植物モンスターは完全に動きを止めていた。

「このままじゃ火事になるわね。消火するわ」
 セレアナがブリザードを放ち、炎を消していく。

 炎が消えると、焼け焦げて殆ど原型を留めていない、食虫植物だったモノがそこにあった。
 
 突然、その姿が縮み始める。
 数秒後、そこには先程と同じ焦げ付いた跡のある、しかし手のひらに治まりそうな程小さくなった植物の姿が。
 そして周囲の木々も、徐々にもとの大きさに戻り始めていた。

「森が元に戻っていく……やっぱり、あのモンスターが原因だったのかな?」
 詩穂が元の姿に戻りつつある森を眺め、誰とも無しに呟いた。

「いいえ、そうでは無さそうですよ」
 それに答えたのはキリエだった。彼は先程の小さくなった食虫植物の前に膝を着いていた。
 キリエが立ち上がり、脇に退く。
 そこには、先程の焦げ跡の残るものではない、綺麗な姿をした食虫植物が生えていた。

「奇跡的に球根が無事だったので、『エバーグリーン』をかけてみたのですが……
 どうやら、これ自体は普通の植物のようですね。モンスターでもありません」

「え、じゃあどうしてこんなことに……?」
「……もしかすると、何か別の原因があるのかもしれませんね」
 




 彼等は知らない。
 
 この騒動を起こした張本人は既に見つかっているという事実を。
 そしてその犯人が、今まさに学校で猛烈なお叱りを受けている最中だという事も。