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洞穴を駆ける玄王獣

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洞穴を駆ける玄王獣

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第3章 洞穴奥部

 借り受けた犬を先頭に立てて、源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が洞穴の最奥部へと向かっていた。
 迷いやすい道は方向感覚をも危うくさせるが、それでも奥へと入っていくつつあるという実感は、だんだん熱くなってくる空気が知らせてくる。ここを通った玄王獣の置き土産であろう、瘴気の気配も相まって空気が悪い。
「息苦しくないか?」
 鉄心が振り返ってパートナーたちを気遣うと、ティーは穏やかに笑ってみせた。
「大丈夫です」
「わたくしも大丈夫ですわ! 汗をかいたらドリンクもありますわ」
 イコナはスポーツドリンクを入れて持参した水筒を掲げる。魔道書だからと火の気がある洞穴最奥に行くのを心配されるのがすこし疎ましいらしく、役に立つ自分をアピールしている。
「お前も大丈夫かな? …大丈夫そうだな」
 先頭を行く茶色の背中に声をかけた時、鉄心のHCに着信があった。洞穴に入っている他の契約者からだ。
「どうやら、祠の位置が特定できたらしいな」
 その位置情報を、自分のマッピングと重ねあわせると、かなり洞穴内部の地図が出来上がってきていることが分かった。もちろん、自分が歩いて得た地理情報も、仲間たちに送信している。洞穴内にいる契約者たちのかなりが、この地図を共有できているはずだ。幻獣捕獲の報も、ちらほら入ってきている。
「封印の準備は始まっているんでしょうか?」
 ティーが尋ねてきた。
「現場で調べなきゃいけないことがいろいろありそうだが、それが済めば始まるだろうな」
「そうですか……」
 ティーは少しだけ悲しげな眼をした。
 このような事態を引き起こした玄王獣ではあるが、人に滅ぼされた獣だと思うと少し可哀想な気もするのだ。事態は収束されなくてはならないし、何より利用されている白颯や攫われたベスティは解放されなくてはならない、そのために力を尽くすつもりではあるが……
「……交渉の余地があれば、いいんだがな」
 鉄心はさりげなくそう言った。
 犬が立ち止まり、毛を逆立てて尾を股に挟み、うーっと歯をむき出して唸りだした。
「……近いのかも、しれんな」
 三人は息を飲み、犬が睨む通路の先を見やった。


 瘴気が濃くなる最奥部を、御凪 真人(みなぎ・まこと)名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)もまた、進んでいた。
「ここまで来るともう、道案内なしでも分かりますね」
 敵の大将が近いということが、という言葉は濁して、真人は、目の前に再び現れた分岐を見た。今まで同じような分かれ道を何度も通ってきたが、どちらが奥へ続いているのか自然と察せられる。空気の悪さの度合いもさることながら、何となく暑さが感じられるようになってきたのもあった。洞穴は大昔のマグマが流れた跡が完全に冷え切ってできているものだが、その奥が未だ活動しているマグマに繋がっているとは……見えたぎるマグマの熱を想像すると、ぞっとしない話である。
 二人の足元を先行するようにぼこぼことした地面の盛り上がりが進んでいたが、突然そこからボコッと小さな頭が出た。二人が借り受けたモグラである。
「なんじゃ、わざわざ瘴気で濁った地面の上に顔を出すとは」
 地中の方が気が休まろうに、と白き詩篇が呆れたように言う目の前で、モグラは完全に地面の上に出てきてしまった。
「もしかしたら、地中がかなり熱くなってきたのではないでしょうか」
 そう言って真人は、その小さな体をひょいと摘み上げた。
「マグマ溜まりが近い、ということか?」
「えぇ、その可能性は……、!」
 掌の上で変にじたばたするモグラを見ているうちに、真人はハッと気づき、辺りを見渡した。
「まさか……幻獣が近くにいるのでは」
 モグラは何かを感知している様子に思えた。玄王獣だろうかとも思ったが、それにしては瘴気の呼気を感じない。幻獣の中には、岩陰に潜むことにたけた者もいるだろう。
 これまで2人は、玄王獣に追いつくのを最優先と考え、幻獣との遭遇戦は回避する方法で進んでいた。モグラが幻獣の接近を感知したら、いち早くそれを避けてここまで来たのだ。かなり最奥に近付き、いつ玄王獣に出くわしてもおかしくない状況の今は、特に余計な戦いは避けたいところである。戦闘の気配に玄王獣が気付けば、逃げるか、マグマ溜まりへの足を速めるかするだろう。それによって白颯とベスティの保護が手遅れになるのは避けたいところだ。
 ぶわっ、と、熱気が二人の顔にかかる。岩が身じろぎするように動き、その陰から出てきたのはサラマンダーだ。
 のそのそと歩み寄ってくる、その姿から放たれる強い炎熱の気配で、地面が焦げ付きそうである。炎を吐くという口から時々はみ出す舌が、すでに青火のような色だ。
「まずいですね……ここで戦うのは避けたいところですが」
「しかし、先に進ませてはくれなさそうじゃぞ……」
 二人が身構えたその時。――サラマンダーの目の前で、『氷術』が弾けた。
 サラマンダーの有する高熱と氷術がぶつかり、蒸気が音を立てて立ち昇る。直撃は避けたものの後ずさったサラマンダーと、真人らの間に人影が現れ出た。――『隠れ身』でサラマンダーに近付いてきたロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)である。
「ここは私たちが引き受けるヨ!」
「サラマンダーは私たちが捕獲します。どうかあなた方は、玄王獣を追ってください!」
 2人に言われて、真人と白き詩篇は頷いて、奥へと続く道に足を向けた。
「お願いします。気を付けてくださいね!」

 真人らが去ると、サラマンダーは最初の標的を逃して不機嫌そうな目を、ロレンツォたちに向けた。青火の色の下でちろりと口を舐めたかと思うと、いきなり炎を吐いてきた。それを避け、ロレンツォが再び氷術を放り、火炎を相殺した。
 広いバトルフィールドなら火炎を吐かれまくっても避けられるが、狭い洞窟内では追い詰められる可能性もある。
(なるべくなら傷つけずに保護したいところだけどネ……)
 幻獣のダメージがベスティにも及ぶことを考えると手荒な真似は出来るだけ避けたいとロレンツォは思うが、こちらがやられては元も子もない。最悪与えたダメージは後からヒールで回復させることも視野に入れ、火炎に『アルティマ・トゥーレ』で応戦しながら、じりじりと機を待つ。サラマンダーが自ら発する熱で蒸気が常にその身の回りに立ちこめ、半端な水や氷の攻撃では届きそうにない。
(あの火炎さえ封じられれば……)
 吐き疲れて口を閉じる一瞬を狙う。それまで、アリアンナが『ミラージュ』で謝った方向に攻撃を誘導し、消耗させる。
(今だ!)
 その瞬間が訪れた。即座に『サイコキネシス』で体を捕縛する。相当な力で抵抗するのを、口を中心に押さえつける。炎を吐けなくなれば、勝利は見える。とにかく口だけは自分やアリアンナに向かないよう、必死に顎をねじったり、体をそりあがらせたりして押さえた。
「トカゲさんの分際で人間に逆らわない!」
 だいぶ反撃する力が弱まったところで、
「いい子だから、おとなしくしてね? あなた元々、悪い子じゃないんだから」
 アリアンナが『ヒプノシス』をかける。
 やがて、サラマンダーの体からぐったりと力が抜け、完全に睡眠に落ちたらしく、動かなくなった。
「やったネ。怪我もほとんどない。よかった!」
「お互いにね。でも、この子……どうやって運べばいいの?」
 意識を失ってもなお、その体からは蒸気が立ち昇るほどに高熱を持っているサラマンダーを見つめて、アリアンナが呟く。
「うーん……アツアツネ……」
「やっぱり、サイコキネシスで運搬かしら……」


 洞穴の最奥は、完全にマグマ溜まりに通じているわけではない。というより、穴を開け貫通させたりして通じてしまえば、マグマや火山ガスが洞穴の方にまで流れ込んできて大変なことになる。
 それを、玄王獣は貫通させようとしている。ただ、硬い岩盤で阻まれていてなかなか到達できない。
『……騒がしくなったな。人間ども、嗅ぎつけて来たか……!』
 玄王獣は、背中に迫ってくる影を、遠くから響いてくる戦闘の物音で感じている。その体を乗っ取っている山犬・白颯の足で、マグマ溜まりに通じる岩盤を掘らせていたが、遅々として進まないことに苛立っていた。無理はない。玄王獣の力がいかに強くても、あくまで肉体はただの山犬で、その前肢二本の爪頼りでは硬い岩盤相手に捗々しく進むはずもない。口に魔道書を咥えた不自然な状態であるから尚のことだ。
 舌打ちをして、玄王獣は、己が霊力による発破を考え始める。
 そこへ、

「!!」

 双龍の傀儡――傀儡【銀星】が、岩盤を抉らんとする勢いで飛び込んでくる。柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の操る傀儡は、白颯がその口に咥えたベスティの奪取を狙ったが、間一髪で躱されてしまった。玄王獣が背後からの戦闘の気配にピリピリしていたからだろう。強い警戒心が白颯の口を固め、何としても離すまいという力みで魔道書を歯の間に挟む。
 それほどまでに、獣の霊は己の復活と、復讐計画を成功させることに凝り固まっている。
(くそっ……急いだんだが、もうこんなところまで来てやがった……)
 巨大な溶岩石の柱の陰に身を潜め、恭也は忌々しげに息を詰める。全力で走る恭也の案内をして全力で駆けてきたリスが、玄王獣の殺気に当てられて怯えた様子で恭也の肩に乗っている。それを軽く宥めるようにぽんと叩いて、恭也は身を隠したまま、玄王獣を睨む。
 手遅れにならぬよう、瘴気やマグマの熱に対する耐性はあらかじめ可能な限り高めて、一直線に玄王獣を目指してきた。奇襲でベスティを奪い取れれば良かったのだが、あと一歩の所で失敗してしまった今、玄王獣は警戒を強めている。内心苛立ちながら、恭也は【銀星】を操りつつ、次の策を画する。力づくは、下手をするとベスティを損ないかねない。
 陽動、奪取して後の保護しつつの逃走。
 ……やっぱ、人手が必要だな……
 傀儡も戦闘では人手になるが、限度がある。“目的”を果たすためには役割分担が、役を分け担う仲間が必要だ。玄王獣の挙動を睨みながら恭也はそう考え、今はとりあえず気を窺いつつ岩盤突破を阻止して足止めすることに専念することにした。