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序章

「なんと、見事でござるな!」
 山々を彩る紅葉の鮮やかさに、真田 佐保(さなだ・さほ)が感嘆の声を上げる。丹羽 匡壱(にわ・きょういち)も、その色を競い合うかのように、小道に伸びた枝を見上げた。
「まさしく、燃えるような赤、だな。『もみじ』の語源は、霜や時雨の冷たさに揉み出されるようにして色づくことによるというが……」
「葉が緑色に見えるのは、クロロフィルの働きによるのだが、日照時間が短くなり、気温が低下すると、これが分解され、蓄積された糖によって、新たな色素が作られるのだよ。しかし、その要因や機能については、今だ解明できない点が多い……興味深いな」
 空京大学の教授アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)は、数学だけでなく、すべてのことがらへの知識欲を抑えることができないらしい。
『そろそろ、宿へ到着するのではないか?』
 先を歩く佐保と匡壱の脳内へ、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)の精神感応の声が響くと同時に、紅葉で塞がれていた視界がさっと広がって、旅人たちは、建て増しや改築を繰り返しながらも、老舗らしく落ち着いた趣を保つ温泉宿・風船屋に迎え入れられた。

「また、この超優秀なハイテク忍犬である僕の看板力が必要になる日が来たのですね! ご主人様、お任せ下さい、この僕の活躍で、満員御礼にしてみせましょう!」
 緑の首輪がトレードマークの豆柴、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が命じるよりも早く飛び出して、千切れんばかりに尻尾を振る。
「そこの下等生物たち、よくぞ遥々遠方からお越し頂けましたね! その労力を称えて、この優秀なハイテク忍犬であり、風船屋名物看板犬である僕が、直々に出迎え褒めてやりましょう。さあ! 今日は美味しい料理を食べ、名物温泉に入り、存分にリフレッシュしていくがいいのです!」
 偉そうな口調だが、愛らしさを駆使した熱烈歓迎ぶりに、つい、佐保も高根沢 理子(たかねざわ・りこ)も「かわいいでござる」「おりこうね」と、頭を撫でてしまう。
 ますますいい気になったポチの助は、客たちにまとわりつきながら宿へと駆けて、
「まぁ、今日も大活躍ですね」
 と、フレンディスに褒められながら、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)にちらりと自慢げな視線を流して、ふふん! と鼻で笑うのだった。
「エロ吸血鬼は、黙って働くといいのです」