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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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【七 そのひと言の意味】

 源次郎は、単独ではない。
 この情報は瞬く間に、ソレムへ突入したコントラクター達の間に衝撃を伴って広がっていった。
「しかも……あいつのPキャンセラーはコントラクターの能力に対してだけじゃなく、装備に対しても効果を発揮するって話じゃない。そんなの、ちょっとずるくない?」
 S3ワクチンを求めてソレム入りした天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、乾いた銃声がそこかしこで鳴り響く路地裏の一角で、スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)夜愚 素十素(よぐ・そとうす)相手にぶつぶつと文句を垂れ流していた。
 レイビーズS3の経口感染を予防する為にポータラカマスクを着用しているスベシアは、表情がやや読み取り辛いものの、概ね、彩羽の意見に同意している様子である。
「しかし、矢張り厄介でござるな。仲間が居るというのは……」
 スベシアはマスクの奥で声をくぐもらせつつ、思案顔で呟いた。
 困っているのはスベシアだけではなく、先程までナノマシン状態で周囲を徘徊していた素十素も、不満げな表情でその場にむっつりと佇んでいる。
 ヒプノシスが絶対に有効だと思い込んでいた素十素だが、脳幹支配を受けている武装住民には精神的作用である催眠系の術は一切通用しない事実を、身をもって思い知らされる結果となっていた。
「この調子じゃあ、Pキャンセラー対策や時空圧縮対策ばっかりに気を取られてる連中は、片っ端から返り討ちに遭うんじゃないかなぁ」
 情報によれば、源次郎の配下となって彼の傍近くに控えるのは、生胞司電で操られている者が二名、そしてS3に感染して操られている者が二名の、合計四名。
 源次郎は依然として、北街門上の楼閣からは動いていない様子であったが、あれだけの陣容を構える上に、時空圧縮で戦局を完全に握られることが分かっているような危険な場所へ、おいそれと近づける道理が無い。
 刀真を救出したヘルが他のコントラクターに語ったところによれば、源次郎は狙撃を警戒しているのか、決して窓には近づかないということであった。
「それがしの機晶スナイパーライフルも、この分では活躍の場が無さげでござるな」
 幾分残念そうに肩を落とすスベシアだが、しかしだからといって、S3ワクチンの獲得を諦める訳にはいかない。
 彩羽は改めて気合を入れ直し、今後の作戦について改めて検討し直そうと頭を切り替えていた。
 と、その時。
「もしかして君達も、ワクチン入手の為に動いているのかな?」
 大通りから武装住民のグループを避けるようにして、裏路地に駆け込んできた影が三つ。
 彩羽達と同様、こちらもS3ワクチンの獲得を目指してソレム入りしていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)、そしてコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の三人であった。
「若崎源次郎は、コントラクターを四人も配下に引き入れたらしい……出来ればこちらも、それなりの戦力を揃えていった方が無難だと思うよ」
 コハクの言葉には、彩羽達も異論は無い。だが、これまで他のコントラクター達とは連携らしい連携を取ってきていないのが現実である。
 それは美羽の側も同じであり、今から即席のチームを組んでみたところで、果たして上手くいくかどうか。
 逆に源次郎の方はというと、配下に控える四人のコントラクター達はいずれも源次郎の意思に沿って乱れなく行動する為、その連携は高いレベルで完成されているともいわれている。
「ただ人数だけを揃えて考えなしに特攻しても、結果は目に見えているという訳ですね」
 ベアトリーチェのとこか疲れたような溜息を漠然と聞いていた美羽だが、直後に無線を介して飛び込んできた情報に触れ、呑気なことをいっていられなくなってきた。
 聞けば、教導団とは別に単独で行動している紫月 唯斗(しづき・ゆいと)瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の二名が、源次郎達の待ち受ける楼閣へ向かっている、というのである。
「ちょっと……拙いんじゃ、ないかな?」
「そうね。これ以上、向こうの戦力を増やされたんじゃ、堪ったものじゃないわ」
 美羽と彩羽の意見は、ほとんど一瞬にして合致した。
 このまま唯斗と裕輝の両名を源次郎の手の中に落とさせてしまっては、ワクチン入手が更に厳しいものとなってしまう。
 そうなる前に、何とか手を打たなければ――六人のコントラクター達は一斉に動き出し、北街門の楼閣方向へと足を急がせた。

 だが、彩羽や美羽達の懸念を余所に、唯斗と裕輝の両名は早々に北街門上の楼閣へと突入し、そしてこれまた早々に窮地へと追い込まれていた。
 唯斗は武人としての強靭な精神力、即ち気合をもって、そして裕輝は恐怖を敢えて受け入れる危機察知への鋭い感覚をもって、それぞれ源次郎に挑もうとした。
 だがふたりとも、源次郎に触れるどころか、挑戦権を得ることすらままならない。
 彼らの前に立ち塞がる竜造、エッツェル、ザカコ、そして月夜の四人が、圧倒的な連携力を駆使して、ふたりの武道者をあっという間に追い込んでしまったからだ。
 唯斗にしろ裕輝にしろ、源次郎と直接戦うことだけを考えてこの場に臨んできたのだが、対する源次郎は、最初からその気は無かったらしい。
 パイプ椅子に腰かけて、がぶがぶとコーラを呷る源次郎のひとを食ったような態度に、唯斗は心底、腹が立ってきた。
「貴様……人間舐めんなよ」
「何ぼでもほざいときぃな。君らがどんだけきゃんきゃん泣いても、コーラが美味いことに変わりはないねんから」
 武人の誇りを安物のコーラと比較されたのでは、堪ったものではない。
 だが源次郎にとっては武人の誇りや、武道を極めんとする者の鋼の意思など、全くどうでも良いらしい。
「なんやねん、あのおっさん……ほんまにこっちのやろうとすること、片っ端から肩透かし食らわせてくれるよなぁ」
 裕輝も肩で息をしながら、すこぶる不機嫌そうな表情で小さく吐き捨てた。
 そんなふたりに対し、竜造はさも可笑しげに、口角をにぃっと吊り上げる。
「おめぇら、相手が悪過ぎたな。あのおっさんはな、根っからのアンチバトル主義者らしいぜ。面倒臭ぇこたぁ全部お断りなんだってよ」
 そんな竜造に対し、唯斗と裕輝は驚きを隠せない。
 源次郎が非戦主義者であるということも信じられない話だが、それ以上に、支配を受けている筈の竜造が、いつもの竜造と何ら変わらないことに、理解が及ばなかった。
「おっと、そんなビビった顔見せてんじゃねぇよ。俺だって支配されるのなんて癪だがよ、心の奥底に楔みたいなもんを打ち込まれてる感じであのおっさんには逆らえねぇってだけで、他はいつも通りだぜ」
 竜造の哄笑に、唯斗も裕輝も、それ以上は何もいおうとはしなかった。
 最早、呑気に言葉を交わしている余裕が無くなってきている、といった方が正しいかも知れない。
 エッツェルの異形がずい、と前に出て竜造の隣に並んだ。
 この両者が共に力を合わせて襲いかかってくるというその事実だけで、コントラクター達には絶望に近い無力感が容赦なく降りかかってくる。
 気合も、恐怖を受け入れる無心も、源次郎という男には通用しないというのか。
 いや、厳密にいえば価値観が全く異なる相手に己の武道的観念だけで挑もうとしたのが、そもそもの間違いだったのかも知れない。
 竜造がいうように、源次郎は個人単位での格闘戦など、端から興味が無いらしい。彼の頭にあるのは売上が良いか悪いか――ただその一点に尽きるようである。
 戦っている暇があれば、そろばんを弾く。
 時空圧縮や生胞司電などの圧倒的な戦闘力を誇りながら、その本質は根っからの商売人であるというのが、唯斗や裕輝の挑戦に狂いを生じさせた最大の要因であるといえるだろう。
 源次郎にしてみれば、唯斗や裕輝と拳を交えたところで一銭にもならないのだから、これ程無駄な仕事は無いといったところであろうか。
 そういえば、ベリアルの挑戦を馬鹿馬鹿しくてやっていられないと源次郎が語っていたのを、刹那はふと、思い出した。
 それは間違いなく、勝ち負けではなく損得勘定を最優先させる者の言動であった。
「せやけど……これほんまに拙いな。どないしてこの窮地を抜け出したろかいな」
 裕輝は軽口めいたひと言で僅かに笑みを浮かべたが、しかし実際のところ、打開策は何ひとつないのが現状であった。
 更にザカコと月夜が左右に展開し、唯斗と裕輝の逃げ道を塞いでくる。
 しかし、捨てる神あらば、拾う神あり。

 突然、楼閣内に機晶スナイパーライフルから放たれる銃弾が二発、三発と撃ち込まれてくる。
 素早く反応したエッツェルが源次郎の傍へ移動し、その身を挺して壁となる位置を取った。続けて美羽、コハク、ベアトリーチェ、そして彩羽といった面々が楼閣内に乱入してきた。
「また急にお客さん増えたなぁ」
 源次郎は相変わらず、パイプ椅子でコーラをがぶがぶ飲みながら、たった今袋を広げたばかりのポテトチップスをばりばりと頬張り始めている。
 どこまでも、ジャンクフードが好きな人物であるらしい。
 竜造、ザカコ、月夜の三人は、数で勝る美羽達に陣形を乱された格好となった。
 その間に彩羽が唯斗と裕輝の手を取り、ナノマシン状態から人体形態へと戻った素十素に誘導させ、楼閣の外へと引っ張り出していく。
 美羽達も、何の対策も無いまま源次郎達に挑むつもりはなく、早々に退散する姿勢を見せた。
「若崎源次郎! ワクチンを貰いに、また来るからね!」
 半ばやけっぱちで叫んだ彩羽だったが、意外にも源次郎は飄々とした顔つきで、こんな返答を口にした。
「あ、そうなん? まぁ、あと二、三時間ぐらいしたらおいでぇな」
 彩羽は一瞬、源次郎が何をいっているのか、よく理解出来なかった。
 その間も美羽とコハク、ベアトリーチェの三人が、態勢を立て直した竜造とザカコを迎え撃ちながら、必死に後退戦を展開している。
 源次郎の言葉が妙に引っかかって集中力が乱されてしまった彩羽だが、とにかくもスベシアの機晶スナイパーライフルを接近戦の距離で乱射させるという荒業を駆使して、何とか楼閣を飛び出すことに成功した。
 竜造とザカコは、敢えて深追いしようとはしなかった。
 源次郎のもとにS3のワクチンがある以上、どうせまた、コントラクター達の方から仕掛けてくるだろうという予測があってのことである。
 一方、何とか唯斗と裕輝の両名を脱出させることに成功した美羽と彩羽達は、武装住民による襲撃を避ける為に、そのままソレムの町ではなく、北街門からモルベディ鉱山へと向かう山道方向へと転進した。
 さすがにもう追手は来ないだろうと思われる距離まで突き進んでから、一同はようやく、落ち着いてひと息入れることが出来た。
「いやぁ、助かったわぁ……正直、かなりやばいとこやったわ」
 裕輝が素直に礼を述べている傍らで、唯斗は複雑な表情で曖昧に頷くばかりである。
 これに対し美羽は、苦笑を浮かべて小さくかぶりを振った。
「気にしないでね。こっちだって、これ以上あのおじさんの仲間が増えるのが怖かったから、無理矢理加勢に入ったようなものだしね」
 美羽の言葉を受けて、裕輝はあっけらかんと笑い、頭を掻く。
 コハクやスベシアも釣られて笑いの輪に加わっていたが、ベアトリーチェは彩羽の神妙な表情にいち早く気づき、どうしたのかと問いかけてきた。
「ん……いや、ちょっと、ね」
 彩羽は言葉を濁してはみたものの、しかしその面に張りつく戸惑いの色は、どうにも隠しようがない。
 彼女を困惑させているのは、源次郎が最後に放った、あのひと言であった。
(若崎源次郎は、あと二、三時間程したら、もう一度来いといった……あの台詞……あれは決して、何度来ても追い払ってやるとか、そういうニュアンスじゃなかった……)
 彩羽自身、確証がある訳ではない。
 だが女の勘が、彼女の中で鋭く閃いていた。
(ただの思い込みっていわれても、仕方のないところだけど……若崎源次郎は、最初から、こっちにワクチンを渡すつもりなんじゃ……)
 でなければ、あんな台詞が出てくる筈がない。少なくとも彩羽は、そのように考えた。
 勿論、他の面々は脱出に集中していた為、源次郎の言葉などほとんどまともに聞いていなかっただろうから、そこまで深く考えていないだろう。
 しかし彩羽だけは、とにかくあの最後の台詞が気になって気になって、もうどうしようもなかった。