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リアクション
【九 突入】
オペレーションコード・タイトラインの作戦開始と同時に、ソレム全域に向けて、急遽作成された妨害電波が一斉に放出された。
大型飛空船SKチヌークH2が、臨時指令所に隣接して設営された停泊場をゆっくりと飛び立ち、その周囲を護衛の小型飛空艇が十数機に亘って旋回し、守りを固める。
第一分隊長のルカルカは、チヌークH2の操舵室に身を置き、全体の指揮を執る役割を任されていた。
「ルカ、くれぐれも全体を見渡す視点を失わないようにな」
「分かってるよ、ダリル……部隊運用については、ちゃんと勉強してきたんだから」
ルカルカは僅かに頬を膨らませて、傍らのダリルをじろりと睨みつけた。
だが、その内心は決して穏やかでもない。事実、ザカコが源次郎の手に落ちたという連絡がヘルからもたらされた時には、心臓が止まるかと思う程の衝撃を受け、しばらくは救出部隊の指揮について頭が廻らなかったのである。
そのルカルカの心情は、ダリルもよく理解している。だからこそ、敢えて憎まれ口を叩くことで少しでもルカルカの意識を作戦に集中させようと心を砕いているのだ。
ルカルカ自身もその辺は分かっており、ダリルに対して必要以上に噛みつかなかったのも、心のどこかでは感謝の念が自然と沸き起こっていたからであった。
『こちら、第二分隊。これより、掃討戦に入ります』
無線を通じて、白竜からの連絡が入った。
第二分隊は第一分隊のチヌークH2に先んじてソレムに突入し、チヌークH2の航路上の全ての脅威を排除する役割を任されている。
その第二分隊の移動には、ルカルカ達が用意したトラックのうちの二台が部隊運用される運びとなった。
分隊長である白竜とパートナーの羅儀は小型飛空艇ヘリファルテでの空中援護に入るが、それ以外の分隊員は基本的に、地伝いにてソレムに入り、そこから地上戦を展開することになる。
尤も、妨害電波が有効であれば、然程の戦闘は発生しない筈なのではあったが。
「しかしあのトラックで、本当に大丈夫かな? 脱出用にと思って用意しただけだから、大した装甲強化もしておらんし、武装の類も一切無いぞ」
操舵室の隅で、淵が微妙な表情を浮かべて小首を傾げていた。
カルキノスも同じく、不安を拭いきれない様子で腕を組み、小さく唸った。
「……まぁ、乗っていった連中の実力を信じるしかねぇだろう。教導団の一般兵だけならともかく、それなりに鍛錬を重ねたコントラクターも同乗してるんだしな」
「うむ……それは確かに、そうなのだが」
淵もカルキノスの言葉に異論は無かったのだが、矢張りどうしても、自分達の用意した輸送手段が後になって作戦に大きな影響を与えてしまった、というような話になっては目も当てられないという不安が残り、尚も微妙な表情が隠せない。
その一方で、第二分隊の地上部隊にはカルキノスが前もってマスクの着用を依頼し、屍躁菌の経口侵入を防ぐ措置が取られている。
彼らとしてはやれるだけのことはやっているのだし、後はもう、現場の者達に全てを委ねるしかなかった。
『ねぇ、見える? 始まったみたいよ』
再び無線回線が開き、今度は理沙の声が操舵室に飛び込んできた。
見ると、操舵室前面のフロントシールドガラス前に、理沙とセレスティアの駆る二機の小型飛空艇ヘリファルテがやや先行する形でチヌークH2の前方を飛んでいる。
そのヘリファルテ上で、理沙がソレムの方角を指差して、操舵室に振り向いていた。
『地上部隊がもう、ソレムの南街門から町中に突入したっぽいよ。さすが白竜さん、仕事が早いわね』
『感心してる場合じゃないでしょ、理沙……こちらも気を引き締めて、警戒を続けないと』
理沙の無線に、セレスティアが無線で割り込むという妙な形となったが、しかし彼女のいう通り、ソレムの町中で戦闘が始まったということは、妨害電波による武装住民の鎮圧は、決して成功したとはいえないという結論になるのである。
決して、安穏と出来る状態ではなかった。
白竜率いる第二分隊は、ソレムの南街門から町中へと突入した。
その直後から、武装住民側から浴びせられる嵐のような弾丸の渦が、容赦なく襲いかかってきている。
地上突入部隊が人員輸送に用いたトラックは、早々に蜂の巣にされてしまい、分隊員全員が降車しての迎撃を余儀なくされてしまった。
一方、上空を舞う白竜と羅儀の小型飛空艇ヘリファルテも、熱源追尾式ロケットランチャーによる対空砲火の洗礼を浴び、こちらも早い段階で撃墜の憂き目を見た。
「まさか、こんなに早く撃ち落とされるとは……少々考えが甘過ぎましたね」
激しい銃声や爆発音が辺り一面で鳴り響く中、白竜はいささか自信消失気味に呟いた。だが、これだけの激しい銃撃音の中でも、羅儀はきっちりと白竜の独白を聞き拾っており、突っ込んでくるのを忘れない。
「ぼやいてねぇで仕事だ、仕事。他の分隊員達が、指示を待ってるぜ」
「うっ……それも、そうですね」
羅儀がホワイトアウトを駆使して敵の視界を遮ると、白竜はその中を一気に走り抜け、第二分隊員達に次々と指示を出して廻る。
ここで足止めを食う訳にはいかない掃討戦なのだから、とにかく少しでも前へと進み、武装住民を無力化せねばならない。
「よぉっし、それじゃあ一丁、やってみるかぁ」
「あのな、やる気があるのか無いのか、はっきりせんかい」
気合が入っているのかいないのか、今ひとつ判然としないアキラの声に、ルシェイメアの呆れた突っ込みが続いた。
激しい市街戦の中にあって、いつもの調子でいつものミニコントを繰り広げるだけの余裕があるのだから、矢張り彼らもいっぱしのコントラクターだといえるだろう。
だが、状況は決して楽観出来ない。
ルシェイメアやセレスティアが当初用意していたヒプノシスでの催眠鎮静化策は、既に効果が無いことが分かっている。
となれば、後はもう出来ることは限られてきていた。
「取り敢えずゴーレムさん達、頑張ってくださいませ〜」
セレスティアが使役するゴーレム達が、ソレムの町を南北に貫く大通りに、その頑健な巨躯を現した。
普通であればその威圧的な容貌に誰もが怯むところであろうが、今の武装住民達は、そういったまともな精神作用が働かない。
彼らはただ黙々と、目の前に現れた敵に対して激しい銃撃を浴びせるばかりである。
「う〜ん、こりゃ参ったな……折角の矢文作戦が、中々実行出来ないかも」
「そんな作戦は端から結構デス」
アキラによって矢にぐるぐる巻きにされたアリスが、真剣に悩んでいるアキラに悪態をついてみせたが、アキラはまるでお構いなしである。
それでも何だかんだいいながら、的確に前進を続けているところが、アキラ達の実力の高さを物語っているといえるだろう。
その一方で円達は、武装住民達を相手に廻して、若干後手後手になってしまっている。
彼女達は若崎源次郎との遭遇戦を主に想定していたらしく、救出部隊に参加しておきながら、対武装住民策はほとんど何も用意していなかったのだ。
「う〜ん……こんなところに罠なんか張っても、若崎さんが自分からやって来るなんて、ちょっと考えられないし……」
オリヴィアがすっかり困り果てた様子で、瓦礫の山の裏側にて、頭上を飛び交う銃弾を避けるように首を竦めた。
傍らの円は、銃型HCでソレムの見取り図と大講堂の図面を見比べ、自分達の突入経路と、若崎源次郎が現れそうなポイントを割り出そうとしているのだが、これまでに入手した源次郎の出現位置から考えても、自分達があの男と遭遇出来そうな見込みは、正直いってあまり高くはなさそうであった。
「ミネルバちゃんも頑張って囮になろうと思ってたんだけどなー。あのおじさん、全然出てこないねー。とっても残念!」
どのような状況下にあっても、ミネルバは相変わらず、ミネルバであった。
レキ率いる四人の突入チームは、武装住民の武器そのものを無力化する方策が功を奏し、順調に大講堂への経路を突き進みつつある。
ミア・マハの催眠戦術は無駄に終わったが、チムチムのアルティマ・トゥーレや、武装住民の武装に標的を絞ったカムイの光条兵器などは見事に効果を発揮し、武装住民の火力を次々に殺いでゆく。
更にそこへ、Sインテグラルポーンを盾にしながら突入してきたシルフィスティが加勢として飛び込んできた為、いよいよもって、大講堂へと繋がるチヌークH2の航路は、地上部分では次第に、その脅威を失いつつあった。
「それにしても、意外なんだよ……ヘッドマッシャーが全然、姿を見せないなんて」
「いや、そうそう出てこられても困るアル」
幾分余裕が出てきたレキに、チムチムがぴしゃりといい放った。
何よりも、油断は禁物である。順調にいっている時こそ、慎重に事を進めなければならない。
「……でないと、うっかり足元をすくわれるかも知れないしね」
シルフィスティの言葉に、ミア・マハとカムイが揃って頷いた。
この中で気を抜いているのは結局のところ、レキただひとり、ということになるのだろうか。
ところが。
『こちら、第一分隊。現在、ヘッドマッシャーと交戦中』
不意に飛び込んできた、チヌークH2からの無線通信。
ルカルカの冷静な声とは裏腹に、その後ろから聞こえてくる銃撃音は熾烈を極めていた。
レキ達は、ほとんど瞬間的に顔色が一変した。
「こっちじゃなくて……あっちに出たんだね!」
「ここからですと、飛空艇を飛ばして何とか間に合うかどうか、といったところですか……!」
レキとカムイが揃って、悔しげに後方を振り返る。視線の先で、チヌークH2の巨影がゆっくりと近づきつつあるのだが、姿勢制御が攻撃されたのか、微妙に左右のバランスを失いながら飛行を続けている。
と、そこへ理沙とセレスティアの駆るヘリファルテが、チヌークH2を離れて一直線に飛来してきた。
ふたりはいずれも、レキ達がチヌークH2のカタパルト内に置いてきた小型飛空艇を、自動操縦で牽引してきていた。
「悪いけど、あっちの応援に行ってくんない!? こっちの制圧戦は、私達が代わりにやっておくから!」
理沙はレキ達が、対ヘッドマッシャー戦に応じた策を用意していることを、事前に聞いて知っていた。
だから、ルカルカと白竜の許可を得て、こうして慌てて急行してきたのである。
レキ達もヘッドマッシャー戦を任されることは、決してやぶさかではない。
「分かった、やってみるよ。チヌークが変なところで落とされたら、機晶鉱脈の連鎖爆発とか起きるかも知れないしね」
かくしてレキ達四人が、チヌークH2を攻撃するヘッドマッシャーへの対応に当たることとなった。
入れ替わりに理沙とセレスティアが第二分隊に異動し、白竜の指揮下に入る。
「それじゃあフィスさん、ちょっといってくるよ」
「頑張ってね!」
シルフィスティと理沙達に見送られる格好で、レキ達四人はそれぞれの小型飛空艇を駆り、チヌークH2へ急行することとなった。
残された理沙、セレスティア、そしてシルフィスティの三人は引き続き、武装住民への武装解除を試みる。
「ゴーレムさん達を残していってくれたんだね……よし、これで何とか押し切ってみようか」
理沙はヘリファルテを降りて、地上戦の準備に入った。
ここから先は非制圧空域である為、このままヘリファルテで進めば撃墜される可能性がある。
理沙とセレスティアが地上戦に転じたのは、極自然な流れであった。
「ついでだから、隠し通路なんかも探してみようかしら」
「理沙ってば……まだそんなところに拘ってたのね」
セレスティアは、意外に執念深い理沙の拘りに、心底呆れた。
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