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【ダークサイズ】未来から来た青年

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【ダークサイズ】未来から来た青年

リアクション



 月の港からニルヴァーナの回廊に入り、不思議な浮遊感の後に、秋野 ひなげしは粗い岩が目立つニルヴァーナの大地に足を降ろした。

「俺が生まれる前のニルヴァーナ……まだ何もないんだね、母さん」
「う、うん」

 そう言って、ひなげしは秋野 向日葵(あきの・ひまわり)を振り返った。
 彼の仕草は、小さな子どもが公園で母に問いかけるようなあどけなさが残るものだったが、その顔を見た向日葵の方も、なんだか背中がかゆくなる。
 向日葵は、未来からの息子の出現で、前回の精神的ダメージもすっかり忘れた様子で、

(母さん……あたしがお母さん……)

 と、複雑な顔をしている。
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が回廊からぴょんと飛び降り、いつもより三割増しほどの笑顔で向日葵の横顔を眺める。

「な、なに? ノーンちゃん」
「サンフラワーちゃん嬉しそー」
「えっ、いやそんなつもりなかったけど……そんな顔してた?」
「してたー」

 ノーンはそう言いながら、便箋を取り出して向日葵に差し出す。

「はい、サンフラワーちゃん」
「なに?」
「おにーちゃんからお手紙だよ」

 向日葵が受け取った便箋の表には『向日葵さんへ』とあり、裏を返すと『御神楽 陽太(みかぐら・ようた)』とある。
 彼の妻である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が見繕ってくれたのだろうか、シャレた封を切って取り出した手紙もまた、シンプルだがすっきりした手触りのものだ。

親愛なる向日葵さん
いつもノーンの面倒を見てくれてありがとうございます。
それから、ノーンから話を伺いましたよ。
ご出産おめでとうございます!


「まだ産んでないよー!」

 向日葵が手紙に向かってツッコむ。

頑張ってください
遠くから応援しています


 などなど、お祝いと激励の文面が続く。

「おお、着いたようだな、ヒマワリ」

 声をかけられた向日葵が手紙から顔をあげると、そこには コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)を始め、ダークサイズの野望を止めんとやってきた面々が既に揃っていた。
 遠くに見える大瀑布を背にした彼らのシルエットを見て、

(ヒーローたちだ……)

 ひなげしは背筋に興奮が走るのを感じた。

「君が、ひなげし君だね? 確かに向日葵さんの面影があるね」

 感動冷めやらぬひなげしの右手を、 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が取る。

「君の話によると、ダークサイズがイコンを開発することで、彼らのニルヴァーナ征服が決定的になってしまうということだけど……」

 涼介がひなげしの話を把握しようと、早速事態の整理の話をする。
 ひなげしは涼介の問いかけにハッと我に返り、うなずいた。

「彼らのイコン開発は絶対に止めなくちゃいけない。ニルヴァーナの未来を、悪の組織に渡してはいけないんだ!」

 ひなげしの純粋な瞳の輝きを、コアは満足げに見下ろして頷き、

「うむ、私も未来のニルヴァーナにヒナゲシのような人材が育っていると知れて嬉しいぞ。ヒマワリ、良い子を産んだな!」

 と、向日葵に目を移してひなげしの肩に手を置いた。

「まだ産んでないんですけどっ」

 向日葵は夫はおろか恋人すらいない現状に、片ほほをふくらませる。

「ともあれ、サンフラさん。既に俺たちで作戦を立案したんだ。聞いてくれるか?」

 大岡 永谷(おおおか・とと)が、向日葵とひなげしを、地面に描いた作戦図に案内する。

「もう作戦できたの!? すごい!」
「ああ。段取りはこうだ。まず何より、俺たちの顔はとっくに割れている」
「ふむふむ」
「なので、ダークサイズの拠点となっている遺跡には正面から入っても問題ないだろう。こそこそ侵入しても怪しまれるだけだからな」
「そだね。それでどうするの?」
「ダークサイズがイコンの原型を発掘をしはじめたら……」
「そっか! 油断を突いて……」
「手伝う」
「こうげ、ええー! 手伝うのー!?」

 向日葵が驚くのも無理はない。
 ひなげしも思わず、

「て、手伝うだって!? ダークサイズに荷担してどうするんだよぉ!」

 と声を高める。
 それを、コアがひなげしのに向かって右手を挙げて言った。

「ヒナゲシ、怒らないで聞いて欲しい。未来を知る君には、危なっかしく聞こえたかも知れない。
だが、未来の結果を知った私たちには、それとは別の、新たな未来が見えたのだ」
「新たな……未来?」
「そう。つまり、イコンの平和利用だ」

 彼らによると、今回の作戦はこうだ。
 ひなげしの登場でニルヴァーナの危機はよくわかった。
 だがもうひとつ、隠れた危機がある。

「向日葵ちゃんが、空京放送局を首になるのは、嫌だからね」

 後ろから聞こえた声に向日葵が振り返ると、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)が微笑んでいるのが見えた。

「そうでしょ?」

 と、リアトリスは重ねてニコリと微笑む。
 向日葵は一瞬ぽかんとして、

「そ、そうだった!」

 と、開いた口に手を当てた。
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)が向日葵の周りを飛びながら、腰に手を当てて怒っている。

「あなたねー! 肝心なこと忘れてどうすんのよ!」
「あはは」
「あははじゃないわよ。せーっかくニルヴァーナと一緒に向日葵も助けてあげようって作戦立てたのに 」

 リアトリスがラブの両脇をひょいと抱えてまた微笑む。

「ダークサイズを止めた上に、スクープ写真も撮れば、クビ回避どころか出世できるかもしれないよ?」
「そ、そっかぁ! ナイス作戦!」
「でも、平和利用ってどういうことなんだ?」

 母親の仕事も大事だが、ひなげしにしてみればコアの言葉も気になる。
 コアがうなずき、

「うむ。つまり……」
「イコンをイイコにするってことだね!」

 言いかけるのを、閃いたノーンが割り込んだ。
 永谷が頷く。

「できればイコンを俺たちで奪ってしまいたい。それが無理でも、シャンバラ政府へ【根回し】をして、イコンを監視下に置くんだ。
そうすればダークサイズも下手な動きはできないはずだ」
「イコンをイイコにするってことだね!」
「うむ、そうだな」

 コアがノーンの頭をポンと置いた。

「パーツが揃ったら総攻撃。で、いいんだな?」

 岩に方を預けて腕を組んで話を聞いていた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)がつぶやいた。
 コアが彼の方を振り返って頷いた。

「そうだ。頼んだぞ、バウンティハンター」
「ああ」

 宵一たちはパーツの奪還作戦に従事し、同時にダイソウ トウ(だいそう・とう)を攻撃してダークサイズの力を削ぐ部隊も手配済み。
 一通りの作戦を聞いた向日葵の目はすっかり輝いている。

「すごい! まともな作戦だねー!」
「未来が……変えられる!」

 向日葵チームも、今日は人数が多い。
 ひなげしも未来からやってきた甲斐があるというものだ。
 希望に満ちたひなげしの肩に、何者かが後ろから手を置いた。

「どうだぜひなげし! 俺様達の完璧な作戦は!」

 ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)は空いた方の手を握って、立てた親指を自分の顔に向けて歯を見せて笑った。

「ひなげし! やっと会えたぜ!」
「えっと、あなたは……?」

 ゲブーは感極まった顔で自慢のモヒカンをかき上げ、こう言い放った。

「お父さんだぜっ!」
「んなわけあるかーっ!」
「あだーっ!」

 早速向日葵がゲブーをグーパンチで殴った。
 ゲブーの言葉を聞いたバーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)は、

「そ、そうだったのかい、ピンクモヒカン兄貴! 兄貴の子ならモヒカンにしなくちゃね!」

 と、問答無用で【毛神『理髪師バリバリカーン』】を構え、ひなげしに飛びかかった。
 ひなげしは飛んできたバーバーモヒカンの腕を掴み、力比べのような体制に入る。

「や、やめろー! 俺はモヒカンになりたくなーい!」
「ひなげしは兄貴の血を引いてるんだろ? それなら名誉ある印が必要だからねー」
「た、助けてくれーっ」

 ダークサイズと対峙する前から、ひなげしは早くもピンチを迎えている。
 ゲブーは腫れた頬を抑えつつ、

「いきなり全否定かよ! 照れ隠しにもほどがあるぜーっ」

 向日葵はゲブーを殴った拳を固めたまま、

「こんな爽やかイケメンに育ったひなげし君が、あんたの子なわけないでしょー!」
「なにいーっ! 瞳の色はおっぱい(向日葵)似、凛々しい眉毛は俺様似、どう見ても俺様とてめえの子じゃねーか!」
「眉毛だけじゃん!」

 向日葵とゲブーの言い合いを見ながら、

「眉毛だけで自分の子と言い張れるあの根性……大したものですね……」

 と、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)あたりは少し感心している。
 ゲブーはズボンの土を払いながら小次郎を指さす。

「へっ、それだけじゃねえぜ。俺様とおっぱい(向日葵)は、既にそれ相応の関係だからな!」
『な、なんだってーっ!』
「サンフラさん! ゲブーさんと付き合ってたのか!?」
「ヒマワリ! ダークサイズと闘争中に、いつの間にそんないかがわしい行為を!」
「え〜ん。サンフラワーちゃんが汚されちゃったよぉ〜……」

 永谷もコアもノーンも、口々に向日葵を責め立てる。

「何にもないってばあー!」

 と、両手を振って全力で疑惑を否定する向日葵だが、ゲブーは続いて向日葵の股間を指さす。

「正確にいえば、ひなげしは『あの時の子』じゃなくて、『この後の子』なんだけどなーっ!」

 と言うが早いかゲブーは【神速】で向日葵に突撃する。

「おっぱい(向日葵)! てめえフレイムタン・オアシスでネバネバのフラワシをぱんつの代わりに付けられてたよなーっ!
そいつをキレイに掃除してやるぜ、俺様のシタ(二重の意味で)でな。そしてその過程でできたのがてめえなんだぜ、ひなげしーっ!」

 自分の未来の息子(?)を姿を見たからか、テンションが明後日の方向にすっ飛んでいるゲブー。
 公衆の面前で向日葵のスカートを目指すその姿は、ただの犯罪者のそれでしかない。
 不意打ちと同時に、【神速】で目にもとまらぬ素早さの彼を、誰も止めることはできなかった。
 しかし、向日葵のスカートをまくった直後、ゲブーは衝撃の映像を目にする。

「なっ! 穿いて……ない! いや、穿いているだとーっ!」

 向日葵のスカートの中は、スライムではなく普通の布で覆われていたのだ。
 動揺のため身体が硬直し、隙を見せたゲブーの脳天に、やはり向日葵の鉄拳が振りおろされる。

「この変態がー!」
「うげあ!」

 地面にめり込んだゲブーの頭から、煙と弱弱しい声が聞こえる。

「な、なんでだぜ……スライムがないぜ……」

 そのゲブーの頭を、さらに毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が踏みつける。

粘体のフラワシなら、一週間ほどでやめたのだよ」

 以前向日葵にスライム状フラワシを仕込んだ犯人は、この大佐である。

「なんで……やめやがる……」
「あれは意外に神経を使うのでな。それに目的も達したようであるし」
「も、目的?」

 大佐の言葉に、向日葵は思わず背筋が寒くなる。

「ひなげしの存在を見れば分かるであろう。つまり秋野ひなげしは」

 大佐は、バーバーモヒカンと格闘中のひなげしを指さし、

「サンフラと私の粘体のフラワシの子供だったのだよ!」
『んなわけあるかー!!』
「この顔が、ふざけているように見えるか?」

 その場の全員が叫ぶものの、大佐の表情が全く動かないのを見て、辺りには妙な動揺が広がる。

「……えっ、マジなの?」

 何より驚いているのはひなげし本人である。

「う、嘘だろ……?」

 ひなげしの眼差しを受けた大佐は、黙ってこくりと頷いた。
 同時に、ひなげしの顔が青く変わり、その膝は震え始める。

「そ、そんなバカな……確かに母さんは、父さんの事はほとんど話してくれなかったけど……」
「ああああ、あたし、スライムの子供産んじゃうの……?」

 当然向日葵の動揺も、ひなげしに劣らず大きい。
 向日葵はついに、頭を抱えてうずくまった。

「い、いやあーっ!」

 ひなげしも自身のショックと母の悲鳴で錯乱し、叫ぶ。

「そんな! 俺にスライムの遺伝子が!? そんなことってあるか! なああんた、嘘だよな? 嘘だって言ってくれー!!」
「ああ、嘘だ」
「うわあー! 嘘だなんて! 俺の身体があれおまえこのそば、嘘かよ!!」

 口が回らずかろうじてツッコんだひなげしを見て、大佐はニヤリと笑う。

「ご覧いただけただろうか。動揺の極致に達した人間の姿を」
「ひっどーい!」

 向日葵が目に涙を溜めたまま、大佐の頭をぽかぽか叩きながら言う。
 大佐はずれたメガネを直しながら、

「先手の精神攻撃は成功したようだな。冗談はさておき、イコン開発を邪魔されるわけにはいかぬのでな」
「は! そう言えばあんた。ダークサイズの幹部じゃない!」
「だ、ダークサイズだと!」

 向日葵の言葉を聞いて、ひなげしは掴んだままのバーバーモヒカンの腕を大佐に向けて警戒する。
 一方の大佐は懐からお金が入った封筒を取り出し、

「サンフラ、こないだバラバラにした【エリート巫女服】、弁償しておくぞ」
「悪の組織が弁償だってー!?」

 ひなげしの悲鳴をバックに、向日葵に手渡した。

「あ。ありがと。永谷くん、弁償してもらっちゃった」
「ああ、わざわざ済まないな。」
「よいのだ。ダークサイズだからな」
「どういうことだー!」

 向日葵が永谷に借りていた【エリート巫女服】をズタズタにしたのも大佐なのだが、金銭の授受を見てひなげしはまた叫んだ。

「とはいえ、いざ戦いとなったら容赦なく女子の服はズタズタにさせてもらうから、覚悟するのだぞ」
「望むところだ。俺達はそれを全力で防ぐ」
「仲良しじゃないかー!」

 そして、大佐は満足したのか、ダークサイズの拠点となっている火山帯遺跡へと帰ってゆく。
 ひなげしはそれを見送りながら向日葵たちを振り返り、

「だ、ダークサイズが帰っていくぞ? このまま見逃していいのか!?」

 と警告するのだが、チームサンフラにその点では動揺がない。
 小次郎が肩をすくめて言った。

「イコンの発掘を阻止する戦闘を仕掛けたところで意味はありません。無益な戦闘が延々と続くだけです。
状況を監視しながら、あえてイコンを見つけさせた方がいい」

 小次郎の言葉を、さらに永谷が引き継ぐ。

「重要なのは、ダークサイズがどのようなイコンを作ろうとしているかだ。俺の【行動予測】では……」

 永谷が意識を集中させる。
 コアがそれを見て、

「トト、何か分かったか?」
「……何も分からない……」
「ふむ、さすがダークサイズだな。スキルを使ってすら、何をしでかすか分からんとは」
「何も考えてなさ過ぎて、未来が混沌としてるだけだと思いますけどね」

 と、小次郎がつぶやく。
 永谷は、不安そうにするひなげしをもう一度見て、

「そんな顔をするな。話はここからだ。要はダークサイズがイコンを発掘しても、悪いイコンにさせなければ、ニルヴァーナ支配を止めることができる」

 ひなげしを説得するのを見守りつつも、向日葵の護衛としてあたりを警戒していた香 ローザ(じえん・ろーざ)の眉がかすかに動いた。
 岩陰から見え隠れする何かに反応したローザが、【風銃エアリエル】を構えて発砲した。

「! 何奴!」
「ひあぅ!」

 人影は悲鳴をあげて隠れ、

「す、すみません。撃たないでくださいー……」

 と、【呪術師の仮面】で顔を隠した高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が手を挙げて恐る恐る出て来た。。
 ローザは銃を構えたまま結和に近づく。

「誰だ」
「あ、あのー……私は、せ、正義の魔法少女なのです……! ダークサイズを止めるために、お手伝いしにきたんですー……」

 向日葵は謎の魔法少女(結和)の手を取る。

「本当!? 味方が増えるの嬉しいよ。正義の魔法少女の、えっと、名前は?」
「えっ……あ、名前決めてなかったぁー……えっと、ゆ、ユーワームーン……です……」
「魔法少女、ユーワームーン……!」

 ひなげしの復唱を聞いて、結和の仮面越しの顔は真っ赤になる。

「ユーワームーンですってーっ!?」

 と、驚いた声と共に、ニルヴァーナの回廊から天神山 清明(てんじんやま・せいめい)が結和の目の前に飛び出してくる。
 結和は恥ずかしさで泣きそうになりながら、

「ご、ごめんなさいー。出過ぎたマネをー……」

 というが、清明の反応の動機は全く逆で、

「何で謝ってるんですか? うわあー、本物だー。握手してください!」
「え? え?」

 清明に手を取られ、結和はすっかり気が動転している。
 清明は結和の手を握ったまま周りを見渡し、

「ユーワームーンがいるってことは……あ! あなたが魔女っ子サンフラワーちゃんですねっ? サインくださーい!」

 と、今度は向日葵にサインペンを持って駆け寄る。
 向日葵も結和と同様に目を白黒させる。

「ええと、どちら様?」
「いやいや、清明をご存じないのも無理はないですよ。あ、サインは背中で結構ですので」
「てかあれ? 清明じゃないか。こんな所で何してるんだ?」

 と、今度はひなげしが清明に目を止める。
 清明は向日葵のサインを背中に受けながら、

「やあ、ひなげしさん。お久しぶりです」
「ん〜? なんだぁ、知り合いなのー?」

 と、のんびりした声で清明に追いついたのは斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)
 清明は目をキラキラさせてハツネを見て、

「ご近所さんの秋野ひなげしさんですよ!……って言っても、お姉ちゃんは知らないかもですが。わー、サインありがとうございます!」

 清明は背中にもらった向日葵のサイン(といってもただの署名)を見ようと、くるくる回る。
 向日葵と結和が、やたら興奮している清明にどういうわけか聞くと、

「清明の時代では、『魔女っ子サンフラワーちゃん』が放送中なんですよ! もちろん、日曜朝のアニメですよ?
ノンフィクション魔法少女アニメっていう新しい試みで、大ヒットです。主人公のサンフラワーちゃんに、それを助ける仲間の一人、魔法少女ユーワームーン!
いやー、まさかその誕生の現場に立ち会えるとは!」
『ええー!』

 ひなげしと清明がいた未来では、向日葵たちの活躍がアニメ化されているらしい。

「わ、私がアニメレギュラーのモデルにー?」

 結和の驚きはもちろんのこと、向日葵も、

「何それー! ひなげしくんそんなこと教えてくれなかったよ?」
「ご、ごめん母さん。俺アニメは全然見ないから疎くて……」
「父様、母様! 見てください。サンフラワーちゃんのサインですよ!」

 向日葵たちの反応にはお構いなしに、清明は天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)天神山 保名(てんじんやま・やすな)に背中のサインを見せに行く。
 父様と呼ばれた葛葉は、

「そうですか、それは良かったですね清明さん」

 と、未来のアニメの事は分からないが話を合わせており、

「ふゥむ。さほど強そうに見えぬがのォ」

 と、母様の保名は向日葵の出で立ちを眺めている。
 保名の言葉を聞いた葛葉は不敵な笑みを浮かべる。

「それはそうでしょう。何故なら向日葵さんはこれから強くなるのですから」

 と言うと共に、葛葉は小瓶に入ったピンク色の液体を取り出した。
 早速嫌な予感が漂う。
 葛葉は小瓶をかすかに揺らしながら、

「事情は聞かせてもらいました。聞けば聞くほど、チームサンフラの頼りなさには呆れるばかりです」
「何っ!」

 葛葉の不遜な言葉には、永谷たちが色めき立つ。
 彼はそんな彼らを手で制し、

「チームサンフラがダークサイズに勝てない理由。それはまさに、貴女に原因があるのですよ、向日葵さん」
「!!」

 葛葉の言葉は、特技の【説得】を差し引いてもまさしく核心を突いていた。
 話は続く。

「ダークサイズと開く一方の実力差、そしてそれを良しとする貴女の怠慢。
そんな調子でいつまで正義ごっこを続けるおつもりですか?」
「べ、別にサボってるわけじゃ……」
「しかし貴女は強くなる努力を何もしていない……!」
「うっ……」

 もともとそんなに泣き虫ではないはずだが、向日葵はすでに目がうるんでいる。
 葛葉が小瓶を向日葵に突き出した。

「これは、僕が作った総合EXP錠濃縮液です。貴女に必要なのは、強制的なレベルアップ。
今こそ、本物の魔女っ子サンフラワーちゃんになるのです!」

 向日葵は濃縮液を受け取るものの、迷いで手が震えている。
 彼女が小瓶の蓋を開けたところで、永谷に危機感が湧いた。

「サンフラさん待って! どんな副作用があるとも知れない。慎重になるんだ!」

 永谷は、ダークサイズ総帥の超人ハッチャンが、強くなる副作用で緑の怪人化したことを連想したのだ。
 ダークサイズに持ちこまれる薬品には、基本的にろくなことがない。
 しかし、向日葵の周囲が止めに入るのは想定済みとばかりに、保名の【妲己の尾】とハツネの【ウゲンの鎖】が展開した。
 触手と鎖が、問答無用に向日葵以外の全員の四肢を絡め取る。

『な、なんだこりゃあー!』

 ひなげしたちを拘束しつつ、

「これは娘(向日葵)の覚悟を問う儀式じゃ。外野に娘(と葛葉の実験)の邪魔はさせぬ」

 と、保名は容赦なく触手を伸ばし、

「もぉ〜、こんなことで一生懸命になっちゃって……つまんないの」

 と、ハツネは興味なさげに保名を手伝う。
 しかしよく見ると、ハツネの鎖は男子を、保名の触手は女子を、と性別で相手を選んでいる不思議。
 結和とノーンは、

「ひあぁー! ちょ、そんなとこ触らないでくださいー」
「ふえーん、ぬるぬるだよぉ……」

 とか言っているし、

「ちょっとおー! トップアイドルのあたしにこんなポーズ取らせて……あんっ……後で覚えときなさいよー!」

 と、ラブ・リトル(らぶ・りとる)は抗いながらも身体の力が抜ける。
 そんな嬌声が上がる中、向日葵は濃縮液を見、また葛葉を見る。
 葛葉は向日葵の逡巡を察してか、

「あなたが決めるのです。ダークサイズに勝ちたいか否か、自身で決めるのです」

 と、優しげながらも冷めた瞳を向けている。
 向日葵は覚悟を決め、鼻をつまんで濃縮液をあおった。

……

「……何ともない……?」

 向日葵は両手を見る。
 葛葉も小瓶を受け取り、

「おや? おかしいですね……」

 と、瓶を逆さまにして振る。
 そこに、また新たな声が土を踏みしめる足音と共に聞こえた。

「フッ、簡単なことさ。私が見るに、大切な要素が一つ抜けている」

 声の主はララ・サーズデイ(らら・さーずでい)
 彼女は長くカールのかかった髪を右手で払い、左手には畳んだ洋服を抱えている。
 ララの服装は【特注薔薇の学舎新制服】を、真っ白のタキシードにカスタマイズしている。
 そしてしぶしぶついてきているリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の頭には、黒いネコ耳のカチューシャが。

「のうララ、その白タキシードはともかく、リリのネコ耳は何なのだ?」
「そりゃあ君、魔法少女にしゃべる小動物は定番じゃないか」
「定番って一体……」
「すぐに分かる。魔法少女がコスチュームもなしに、正義の味方に変身できる道理はない。さあ、サンフラ君、これを纏うがいい!

 ララが抱えた洋服を向日葵に投げた。

「ふむ、なるほどのォ。葛葉の実験を不発で終わらせるわけにはいかぬのォ」

 と、察した保名が宙に舞う服を【神速】でキャッチし、一瞬で向日葵の脇を、砂埃をあげて通過した。
 砂の煙幕が晴れると、そこには【スペースセーラー服】に着せかえられた向日葵の姿があった。

「こ、これは!」

 向日葵が自分の服装に戸惑う隙に、ララがリリの口を動かして、

「サンフラちゃん。魔女っ子サンフラワーちゃんに変身よ!」

 と裏声で腹話術。
 向日葵はリリを見て、

「これ、変身し終わってない?」

 と言うと、ララが【薔薇の飾り】を掲げ、声色を変える。

「いやまだだ。叫べ! 『エクストラ・リフォーメーション』と!」
「え、えくすとら・りふぉーめーしょーん!」

 その言葉とコスチュームと体内の濃縮液が反応を起こし、向日葵の身体が輝く。
 そのまばゆい光に、皆思わず掌を掲げて目を細める。
 放たれた光が、向日葵の身体を包むように収束してゆく。

「さ、サンフラさん!」
「ぬう、これはすごいぞ。もしかすると、もしかするかもしれん!」

 永谷やコアたちは、変身の視覚効果に期待を寄せる。
 光が納まると、【スペースセーラー服】姿の普段の向日葵の姿があった。

『……全然変わってねえ!』
「何を言う。ちゃんとおさげになってるじゃないか」
「地味だな。ツインテールじゃないのかよ……」

 永谷たちの指摘を、ララは発光前との唯一の変更点を指して封じる。
 『エクストラ・リフォーメーション』を直訳すると『余分な改革』とかそういう感じなので、変身の意味は推して知るべしかもしれないが。

「みんなぁ! 変身できたよ! あたし、本物の魔法少女だよー!」
「すみません! この中にカメラをお持ちの方はいらっしゃいませんかー!」

 恰好がついて何だかやたら嬉しそうな向日葵と、鼻血でも出そうな勢いでカメラを探す清明。
 ララはものはついでと色違いの【スペースセーラー服】を、

「ユーワームーン。美少女戦士はチームプレーが肝心だ。正義の魔法少女は仲間の絆を何より大切にしなくてはならないんだ。
それはコスチュームに現れる。わかるな?」
「え、あの、そ、そうなんですかぁ……? あの、どうして私の服を脱がせて……」
「いいから、いいから。とりあえず形だけだから」

 と、結和に着せた。
 となると、ラブも黙っていられない。

「ねーねー、あたしのぶんももちろんあるんでしょ?」

 ララは身長30センチのラブを見て白いネコ耳のカチューシャをつけ、

「君はこれだな」
「ちょっとー! なんであたしは小動物なのよー!」

 コアがラブを見て少し笑い、

「ふむ、似合っているぞラブ」
「うっさいわね、バカ!」

 ララはそのまま全員の先頭に立ち、

「さあゆくぞ、美少女戦士たち。敵の中にはまだ私たちの仲間がいるはずだ。彼女らを救出して渾身の全員魔法を決めるんだ!」

 と、火山帯遺跡の入口を指さした。
 向日葵は結和と時と同じく、ふと思い出しララに聞く。

「あのさ、あんたってダークサイズの幹部だよね?」

 ララはいつものようにフッと息を吐き、

「分かってないな。私は美しいものの味方だ」
「ああ……そうなんだ……」

 そういうわけで、いよいよチームサンフラ改め魔法少女サンフラワーちゃん一行は、ダークサイズの拠点へと向かう。
 その一見颯爽と見えるパーティの後姿を見て、

「かっくいー! じゃあひなげし! ひなげしもモヒカンだねっ!」
「何でだ!」

 バーバーモヒカンとひなげしは、格闘しながら彼らの後を追っていった。