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新興都市シズレの動乱

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新興都市シズレの動乱

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四章 言葉無きメッセージ


 シズレの町中、とある十字路の付近。

 風馬 弾(ふうま・だん)ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)らと合流し、
 同じ目的をもつ者同士、共に熾月 瑛菜(しづき・えいな)アテナ・リネア(あてな・りねあ)の捜索を行っていた。
 が、非常に限られた手がかりの中での捜索は思うようにいかず、
 いよいよ難航を極めると思われた―――その時の事だった。

「その布きれがどうかしたの?」

 弾は、ローザが道ばたに落ちていた青い布きれを凝視している事に気がついて声をかけた。
 ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらヴす)にもその理由はわからないようで、

「ローザさん……?」
「……近くに瑛菜がいるわ。この布きれは、彼女のスカートの切れ端よ」

 まさか、と驚く2人に「ここを見て」と布きれの更に端っこの部分を示すローザ。
 するとローザの隣にいたエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が、
 その違和感に真っ先に気づいて、

「うゅ……これ、血、なの……?」
「確かに、先端部が赤黒く染まってる。
 固まり方を見た感じ、血痕がついてからだいぶ時間が経ってるみたいだね」

 瑛菜がいつも身につけているスカートは、スタンダードな青色のセーラーだ。
 更に攻撃を受けて怪我をしたのなら、血が付着した切れ端が落ちていてもおかしくない。

「でも、それだけで瑛菜さんの物だなんて、わかるのですか?」

 ノエルの疑問はもっともで、ローザ自身も確証があるとは言えなかった。
 ここシズレの町に、青いスカートを着た人物が果たして何人いただろうか……
 でも、それでも、

「わかるわ……。私と瑛菜は―――親友だから!」





 シズレ上空。

「くそっ、胸糞ワリィぜ……!!」
「落ち着いてよシリウス。まずはこの情報を、皆に伝えなくちゃ」

 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は、
 ここへやってきた時と同様、【空飛ぶ魔法↑↑】で町の中心地から離脱中だった。
 庁舎内で町の成り立ちについて調べていたシリウスだったが、
 後から国頭 武尊(くにがみ・たける)がやってきて合流したことで、予定より早く調査が完了した。
 おかげでサビクも、怪物を長時間相手取る必要がなくなり、余裕をもって撤退できたのだ。
 その流れで離脱中の今も、武尊が『DS級空飛ぶ円盤』に乗って並行している。

「待て、この情報は相手を選ばずに広めていいもんじゃないぜ。
 君達は教導団のお偉いさん方に伝えてくれないか?
 オレの方は仲間を経由して、恐竜騎士団の本隊に連絡するからよ」

 武尊は返事を待たずに、シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)如月 和馬(きさらぎ・かずま)に呼びかける。
 彼の判断は的確だった。
 この情報は慎重に扱わなければならず、かつ伝えるべき所には迅速に報告すべきだと。
 サビクも同じように感じたようで、

「シリウス、ここは彼の言う通りにしよう」
「そーだな。オレらは教導団とは繋がり薄い方だし、直接言いにいこうぜ。
 その方が信憑性も増すだろ」

 というわけで、ここからは別行動となる。
 シリウスとサビクは武尊に別れを告げると、
 教導団の本隊が駐屯する場所に向かって全速力で飛び立っていった。

「了解しました。私からメールで本隊に連絡を入れておきます。
 ……武尊さんも、一度戻った方がいいかもしれません」
「あぁ、そのつもりだ。
 和馬が件の場所に近いらしいから、現場の対応はあいつに任せよう―――」

 シリウス達が去ってしばらくして、武尊もテレパシーによる連絡を終えたようだ。

……剣の花嫁か。クソ、他人事とは思えねェぜ……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 FROM:シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)
 SUB:シズレに出現した怪物の正体について
 添付ファイル:<ジュリエンヌ商会の活動記録.doc>、<エネルギー抽出用剣の花嫁一覧.xls>

 TEXT:
 ?前略?

 国頭 武尊(くにがみ・たける)、及び庁舎にて居合わせたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)両名による調査の結果、
 怪物の正体は、暴走により変貌した剣の花嫁達であることが明らかになりました。
 暴走の原因は不明ですが、ジュリエンヌ商会が各地で拉致してきた剣の花嫁達に
 強制労働を課していた事がわかっており、何らかの関連性があったものと推察できます。
 また、その温床となっていた場が地下エネルギープラントと呼ばれる実験場で、これはシズレの地下に隠されている模様。
 詳細な資料は添付ファイルを参照のこと。

 また、教導団側の調べで、怪物の首元には番号と姓名が
 記載されたタグプレートが取り付けられている事も判明しています。
 これはジュリエンヌ商会が人身管理に使用したシリアルナンバーであると思われ、
 本事件の黒幕がジュリエンヌ商会である事を裏付ける材料となるでしょう。

 ?中略?

 以上の事柄から、今回の事件の黒幕はジュリエンヌ商会であると断定できます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 話は少し前のこと。
 布きれを発見した後の一同はローザの言葉を信じ、手分けして周辺を捜索したのだ。
 捜索中、ほとんど怪物に出会う事はなかった。
 どうやら各所で教導団の部隊などが抑え込んでいるようである。
 さて、結論から言えばあの布きれは熾月 瑛菜(しづき・えいな)の物で間違いなかったらしく、
 弾のペットのたむたむちゃん(『ミニキメラ』)が、
 近場に隠れているアテナ・リネア(あてな・りねあ)の臭いを嗅ぎつけ、発見に至った。

「はわ……アテナ……っ!!」
「エリー……?」

 アテナは発見された時、如月 和馬(きさらぎ・かずま)と共にいた。
 一目見ただけでもかなり疲弊している様子が見え、
 すぐにローザとノエルが駆け寄り、【ナーシング】や【リカバリ】で治療を試みる。
 エリシュカも治療に参加するわけでは無いが、しんゆうの傍らに寄り添い、手を握る。

「助かるぜ。オレは治療のスキルは持ち合わせてねぇからな」
「どうなっているのですか? なぜ和馬さんはアテナさんと一緒に?」

 治療しながら問うノエルに和馬は頷き、淡々と答える。

「ある情報が入ってな。この近くの民家に向かうよう任務を受けたんだ。
 その道すがら、連中に襲われているアテナを見つけ、保護したってところだ」

 連中? と疑問を口に出す前に、和馬は路地裏の方を指差していた。
 そこには3人の男がノビていた。皆赤いスカーフを身につけている。

「……ジュリエンヌ商会ね?」

 ローザが核心を突いた。
 ユキノ・シラトリ(ゆきの・しらとり)が情報を回した時点で、その存在は全契約者に周知されている。
 弾もいよいよ状況を把握できたらしく、

「まさかとは思ったけど、アテナさんが傷だらけな理由って……」
「あぁ、連中に追い回されたのさ。どうやら奴らの秘密を知っちまったようだな……
 あんたらに隠してても仕方ないし言っちまうけど、この怪物騒動もジェリエンヌ商会の仕業だ」

 エリシュカは立ち上がり、怒りに身を震わせる。
 普段、感情表現の少ない彼女なだけに、その怒りは確かなものであることが窺えた。

「うゅ……許さない、の! アテナをこんなふうに傷つけて……やっつける、なの!」
「―――待って、エリー」

 今にも駆け出しそうなエリシュカを遮ったのは、当事者であるアテナだった。

「うゅ……アテナ……?」
「瑛菜おねーちゃんが、アテナを逃がすために捕まっちゃったんだ……。
 アテナの事はいいから、お願い、瑛菜おねーちゃんを……」

 そこまで話すと、アテナは気を失ってしまった。
 想像以上に体力を失っているらしい。
 だが、それだけでエリシュカには十分だった。
 怒りで熱くなった頭は急激に冷え、アテナの願いに応えるべく覚悟を定める。

「間に合わせの処置じゃ厳しいです! はやくちゃんとした治療ができる場所へ」

 ノエルが声をあげると同時、ローザは『シークレットイヤリング』を起動。
 『創世運輸のトラック』を取り出して、護送手段を確保する。

「これで避難所まで連れて行くわ。本当は瑛菜を運ぶために用意してきたのだけど……」
「はわ……ローザ、えーなのところにいかない、なの……?」

 アテナに聞いた限りでは、瑛菜は現在ジュリエンヌ商会に捕らわれているらしい。
 エリシュカと同じく「すぐにでも救出に向かいたい」というのがローザの本心だが、
 自分が瑛菜の立場であったなら、まずはアテナを助けて欲しいと願うだろう。
 そこまで考えての決断である。

「アテナを無事に運び届けたら、もちろん助けに向かうわ。
 ……ただ、アテナも相当の実力者よ。
 そのアテナをここまで追い詰めたジュリエンヌ商会の勢力は侮れない……準備も必要だわ」

 あくまで慎重なのは、それだけ確実に、必ず瑛菜を救うためだ。
 ローザの意図を汲み取り、弾は今、己の成すべき事を見定める。

「キミが増援を連れて戻ってくるまで、僕らがジュリエンヌ商会を見張っておくよ。
 和馬さんが任務でここに来たって事は、連中の居場所はわかってるんだよね?」
「あぁ、判明してる。入り口は民家に偽装してあるようだが、
 地下に広がるエネルギープラントがジュリエンヌ商会の本拠地だ。瑛菜もそこにいるはずだ」

 和馬は「オレの任務でもあるからな」と、弾に協力を申し出て、
 ノエルも、弾と共にジュリエンヌ商会の本拠地へ向かう事に。

「みんな、頼んだわ。すぐに戻ってくる……必ず瑛菜も助け出すのよ!」

 仲間を信じて、ローザはトラックに乗り込んでいった。
 その後、エリシュカは少しだけ目線を落としてから、意を決したように、

「うゅ……和馬……アテナをたすけてくれて、ありがと、なの……」

 ほとんど口の中で呟いた風に言い残してから、ローザの後を追ってトラックへ。
 走り出したトラックはすぐにその姿を小さくして、曲がり角で完全に見えなくなった。

「……大荒野の秩序を守るためにやったことだ。礼を言われる筋はないけどな」

 そう言って頭を掻くと、和馬は再び険しい目つきに戻って、

「さて、こっからが正念場だな。
 ジュリエンヌ商会の連中はまだ動きを見せてねえ」

 その言葉に弾とノエルも頷き、

「こっちが既に情報を掴んでること、わかってないんじゃないかな」
「ほとぼりが冷めるまで、地下でやり過ごすつもりかもしれませんね」

 その予想は、おそらく当たっている。
 だからこそ情報を持ち帰ろうとしたアテナを死にものぐるいで追い回し、
 排除しようとしていたのだ。

「だったら好都合だね。
 しばらくは動かないと見ていいだろうし、
 このままローザさんが応援を呼んでくるまで、待機していよう」
「恐竜騎士団本隊のほうからも、そろそろ援護が期待できるはずだ。決戦の時は近いぜ」

 弾、ノエル、和馬は件の民家が見える位置に潜み、民家の様子を窺い続ける―――
 周囲に漂う不気味な沈黙は、これから始まる反撃の狼煙なのかもしれない。