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リアクション
3時限目 実技:音楽と園芸
ノーンの歌声が、教室に響き渡る。
それは聞く者の心を幸せにする調べ。
授業が終わった者、授業のために待機している者の耳にもその歌は届き、一瞬重苦しい任務を忘れるほどの清涼剤となる。
次第にノーンは手を、足を動かし始める。
歌に乗って、体が弾みだす。
「ほら、バニーちゃんも」
「あい」
バニーの手を取り、踊る。
バニーも、真面目な表情のままノーンに合わせ手足を動かす。
ほんの一瞬、バニーは拙さを見せたがすぐにノーンの動きをコピーし、ノーンと比べても全く見劣りしないダンスとなっていく。
「歌って」
「あい」
手をつないだまま、ノーンと共にバニーも歌う。
完璧な、彼女のコピーを。
まるで、機械のように。
「ね、バニーちゃん。歌って、音楽って、楽しいんだよ!」
「そうどすか」
ノーンは笑顔を向けるが、バニーの表情は変わらない。
音楽も踊りも、会得することはできる。
しかしそこに内包する「楽しさ」というものを実感する事、それはまた別の次元なのだろうか。
「それじゃあ、バニーちゃんに最後の歌を教えるね」
「あい」
ノーンは瞳を閉じる。
すうと息を吸うと、次の瞬間、唇からは今までの歌とはがらりと違う悲痛な歌声が零れる。
表情を変えぬまま、バニーはその歌に聞き入る。
「これはね、レクイエムなの」
歌い終わったノーンは、バニーに告げる。
「大切な人を失った時の、悲しみの歌。もしも、バニーちゃんがパラミタを消しちゃったらね、その時にはこの歌が必要になるかもしれないよ」
とんでもない事を言い出した! と、歌声に聞きほれていた他の教師たちが色めき立つ。
しかしノーンは今までと全く変わらぬ口調で、言葉を続ける。
バニーの真正面に立ち、真剣な顔のまま。
「もう生きることが出来なくなったパラミタのみんなの為に、それと一人ぼっちになったバニーちゃんの為にも歌ってくれたら嬉しいな!」
「……せっかくのノーンせんせぇの教えどすが、それは無理やわぁ」
「え?」
今まで、“先生”の言葉には基本素直に従ってきたバニーは、この時ばかりははっきりと首を横に振った。
その様子がどこか自嘲めいて見え、ノーンは慌てて聞いてみる。
「ど、どうして?」
「この大陸が消えたら、うちも消えるから」
目を丸くするノーンに、バニーは僅かに微笑むと身を寄せた。
「ノーンせんせぇに、お話しますえ」
そして、小さく告げる。
「えっ……」
バニーの言葉に、ノーンは絶句するだけだった。
◇◇◇
土のある場所、つまり屋外へとバニーを誘い出したのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。
彼とバニーの前には小さな蕾のついた植物が生えているプランターと、何も植わっていないプランター。
そしてスコップにジョウロ。
つまりは園芸用品。
「植物を育てる楽しさに目覚めてみないか、素敵なお嬢さん」
更に駄目押しの様に、エースは手に持った花束をバニーに渡す。
「……おおきに、エースせんせぇ」
花束をもらったはいいがどうしたら良いのか分からず立ち尽くすバニーに、エースは花瓶を持ってきて自らそこに活ける。
ちなみにこの花瓶は後に、教室に飾られることとなった。
「さあ、見ての通り俺が教えるのは園芸。植物を種から育てて、花を咲かせて、また種をとり、それを植えて育てて行くという、一通り会得するだけでも年単位の時間がかかり、極めるにはもっと長い年月が必要という、奥深い内容だよ」
「あい」
やけに饒舌に、楽しくてたまらないという様子で園芸について語り始めるエース。
(また始まりましたか……)
その様子を少し離れた所から苦笑しながら、しかし油断なく眺めているのはメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)。
「手をかけた子達が順調に育ってしいって美しく花開くのはとても嬉しい事だよ。そして……」
「ストップ。そこら辺にしておきなさい」
「はっ」
いつもの様に、植物についてついつい熱く語りすぎたエースをメシエが嗜め、エースが赤面する。
そこまでは、いつもの光景だった。
しかし、ここにはバニーがいた。
「……せんせぇの授業の邪魔、しはったん?」
バニーから、殺気を纏ったオーラが漏れだす。
メシエに向かって。
「何か、不満でも?」
メシエの表情が傍観者から立ち向かう者のそれへと変わる。
「いや! いや、違うんだ」
メシエとバニーの間に、エースが慌てて割って入る。
「俺が、つい話を脱線させちゃったから…… メシエは、修正して授業を助けてくれたんだ」
「……エースせんせぇを、助けはったん?」
「そう、そう!」
「そうどすか」
エースの説明に、バニーから殺気は消えた。
「さ、さあ、今回育てるのは、可愛いベル型の花が咲く、カンパニュラ・メディウム。春に種を植えて、1年かけて育てて、春に花が咲くという2年草だよ」
「あい」
気を取り直して授業を続けるエース。
種と蕾が付いた状態の花、それぞれを育てさせ、植えたばかりの世話と、花前の世話、同時に体験させようという算段らしい。
静かに話を聞いていたバニーは、エースに促されるままにプランターに種を植える。
「植えたばかりの種は表面を乾かさないように。種が芽吹いたらポットに植え替えて育てて、夏の暑さに負けないように温度・水分を管理するんだよ」
エースの説明にあいあいと頷きながら、教科書通り丁寧に世話をするバニー。
土の状態と葉をチェックして、完璧な量の水を与え、温度計で計測して完璧に良好な環境に設置する。
それで、終了。
バニーは完璧な世話を施したが、種は即座には芽吹かないし蕾が花開くことはない。
「……これで、終わりですのん?」
首を傾けるバニーに、エースは諭すように語りかける。
「いいや、言っただろう。年単位の時間がかかるって」
「……そうどすか」
どこか、不満そうな表情でバニーはプランターを眺める。
それは、彼女が初めて見せる表情だった。
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