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血星石は藍へ還る

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血星石は藍へ還る

リアクション

【4】


「はぁ、はぁ、ひ、酷い目にあった……」
 荒い息を上げながら、耀助は忍者の技術をフルに駆使し、床を這いつくばって進んでいる。
 化粧は、された。エレガントなロリータドレスは着せられた。
 ここまでされては最早手遅れかもしれないが、しかし、これ以上何かされては堪った物では無い。頭を振り顔を上げると、目の前に美しいおみ足があるではないか!
 耀助は反射的に乱れた服と髪(ドレスとカツラなのだが)を整え、ついでに声も作って斜め立ちになりながらいざナンパを開始した。
「美しいお嬢さん、この戦いが終わったら俺とデートしてくれないかい?」
 お家芸とも言える台詞を言った所で、耀助は異変に気がついた。
 美しいおみ足のお姉さんが――スカートタイプのジャンプスーツに巨乳を守る胸当てを付けたサングラスの綺麗なお姉さんが寿子を追いかけているのだ。
「待ってくれよ。オレはかぶったり飾ったりする女性用パンツは持っていても穿くためのパンツは持ってないんだ。だから君のパンツをオレにくれ!」

 ――――――これは一体どういう事何ですか?

 神への問いかけを代わりに答えてくれたのは、上がケープで隠されたビキニアーマーで下がフレアスカートというジャンル不明の出で立ちになったギャル。キアラだった。
「耀助君。一つ為になる事を教えてやるっス。その人は、桃泉水を使って女の人に化けたんスよ。
 因に中の人は一月前私のパンツを剥ぎ取ろうとしたアブノーマル男、国頭 武尊(くにがみ・たける)君っスよ。
 「想定外で色々厳しいがジゼルの為に頑張るか。どうせならガチでやってやるよ」って言い出した時はちょっとカッコいいとか思ったけど結局アレ……。どーせ『ジゼルちゃんの為』ってのもジゼルちゃんの『パンツの為』って事なんスよね。
 耀助君もナンパばっかりだし、男ってホント碌なのがいないんスね」
 明日回収される生ゴミを見る目で見上げられて、耀助の男子たる矜恃は踏みつぶされてしまった。
「駄目だ……回復を……今直ぐ、美人にナンパをして回復を……」
 溢れそうになってくる涙に目頭を抑えながらサーチすると、今度は着物美人とツインテール美少女、素敵なOLさん、そして羽衣の召還王と軍礼服の女性士官が目に飛び込んでくる。
「ついにやった! 俺は天国に戻ってきたぜ!!
 おねぇさーーーん!!」
 笑顔で駆け寄った先で出迎えたお姉さんがただったが、いざ近く迄行くと何かがおかしい。
「耀助君。ここで再び残念なお知らせっス。
 その着物美人とツインテール美少女はリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)君と清泉 北都(いずみ・ほくと)君」
「ヴィちゃんっていうある街のキャラクターなんだぁ。女装じゃなくてあくまで仮装ね。そこ拘り」
「それから素敵なOLさんは魔法少女アイドルマジカルカナカナちゃんの旦那さんの羽純君」
「……事件に巻き込まれたのはいい。百歩譲って、それはいいんだ……。
 ただ、どうしてこーなった!」
「迫力負けっスね」
「……ああ、歌菜の妙な感じに断る余地が無かったんだ。
 だがそれともう一つ気に食わない事がある。

 歌菜の格好だ。人妻として、あの格好はどうなんだ!?」
「嫉妬とか大人なのに情けないっスねえ。
 それに比べてカナカナちゃんは恥ずかしい格好も正義の為に耐えるなんてまさに魔法少女の鑑っスね。憧れるっス」
「ああ、それも分かってる。
 これは夫としての嫉妬心だ。他の奴に見せるのは大いに気に食わない。
 そんな訳だ。早々に終わらせる」
「はいはい。落ち着いて下さいっスよ。くーるだうんくーるだうん。
 えーとそれから? こっちの羽衣の人とドレスユニフォームの人は二人はコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)君とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)君。
 コード君? なんか不満そうっスね」
 不貞腐れた顔のコードを見ると、コードは子供のように礼服姿のダリルを指差した。礼服と言っても、精々合わせが逆なくらいで男の着用するものと余り変わりないので、中性的とは言えリスクの高い女性の羽衣を纏った自分と違って普通に格好よくキマってしまっている。
「ダリルはずるい」
「ズボン禁止とは言われていない。それよりも防御力皆無になるが対策はしてあるな?」
「鎧より強い特殊な羽衣だ。ルカは闘気を纏うから平気と言っていた」
「なら良い」
「……と、言う訳でココに居るのは全員男の人っスよ。
 どうしたんスか耀助君? ナンパは辞めたんスか?」



「さて。勢いでビキニアーマーと女装集団になってみたけど、どうしようかしらね」
「着たところで然したる意味はございませんわね」
「ショージキ楽しいってだけよね」
 同時に笑い出した美緒と寿子とトーヴァに、キアラは「やっぱそうだったんスか……」胸元を隠しながら頬を膨らませる。そんなやりとりの後ろでは耀助と雅羅が中心になってこちらはまともに作戦を立てていた。
「どの改札も鏖殺寺院で既に埋められてるみたい。私達、完全に閉じ込められた訳ね」
「元よりこっちは迎え撃つつもりだからいいけどね。他のお客さんは逃がしたいな。
「堂々と行動したらそれこそ『他のお客さん』が危ないわ」
「うーん……アレクってさ、あれ持ってないの? あの映画とかによく出てくる銃口つけるとキュンッて鳴るやつ」
 明後日の方向を見ているアレクに耀助が聞くと、振り向いて答えた。
「サプレッサー?」
「耀助。サイレンサーって言うと勘違いし易いけど、本来は光りと音を『抑え』て高い音にすることで誤認させるってだけで、完全に消す訳じゃないのよ」
「しかも結局『前』には聞こえるしな。大音量で耳悪くしないようにって位で敵がうじゃうじゃ居る戦場じゃそこまで意味無ぇよアレ。銃は音と発光による恐怖で相手を煽るのが第一目的だからな。当てるのは二の次。
 思いつくスキル無いならフラッシュバンでも投げとけば? 100個も有れば足りるんじゃないか? あんたが面倒なら中身入りでもいいけどさ」
「Extremism(過激主義者)」
「Pardon the expression.(言い方悪かったな、ご容赦下さい)
 あと俺このトリガーハッピーに武器全部取り上げられてるから丸腰」
 雅羅と罵倒の応酬をしているアレクのもとへ軍用ポーチが幾つもぶら下がったベルトを持ったトーヴァと、背負っているのか背負われているのか分からない大太刀を背中にトゥリン・ユンサルがやってくる。 
「そうだそれで思い出した。これお土産」「私も持ってきた。この間ので大分刃こぼれ酷かったから先生に頼んで刀匠に鍛え直して貰ってきた」
「パーフェクト」「本当うちの学校の拘束って意味ないわね」「されてやってんだよ勘違いすんな」装備を整えているアレクを見ながら、耀助は「いよいよ魔法少女かワンマンアーミーか怪しくなってきた」とボヤく。
「何言ってるのよーすけちゃん? 私は可愛い可愛い魔法少女ちゃんだよ? うふふふふ」
「声作ってる癖に棒読みなんだな。はぁ、この人相手にすると異常に疲れるわ。
 ……ったく。なんかどっかに良い作戦転がって無いかなぁ?」
 耀助が伸びをした時だった。

「駅弁、駅弁はいかがですかーっ

 おかしいですね、なんだかお客さんが全然居ないんですが。
 きっと私の声が小さい所為ですね。もっと大きく息を吸い込んで――」
 声を張り上げて弁当の積まれたケースを首に下げながら歩いてきたのは次百 姫星(つぐもも・きらら)だった。ふとこちらに気がついて、懐っこい笑顔を浮かべ小走りにやってくる。
「あ、雅羅さんにアレクさん。皆さんお揃いでどうしました?」
「姫星、あなたほんとに図太いわね。テロの放送聞いてなかったの?」
「え!? しまった私の声で聞こえてませんでしたよ。テロですか。……では店仕舞いでバイトも終わりですね」
 いそいそとケースを下ろそうとしている姫星に向かって、耀助が手を前に突き出した。
「待って!
 それ頂いた!!」



「駅弁、駅弁はいかがですかー?(高い声)」
「おいしい駅弁。可愛い駅弁。大好評ですよー(高い声)」
「プリティキューティな販売員が売ってますよー(高い声)」
「お触りは追加料金頂きますよー(高い声)」
「お前を触る奴なんて居ないですよー(高い声)」
「うるせぇですよー(高い声)」

「なんか微妙に調子乗ってんのが腹立つわね」
 耀助、アレク、カガチ、真、壮太、佐々木兄弟ら女装をした男達が弁当売りに化けながらエスカレーター口近く迄進んで行くのを、雅羅は物陰に潜みながらイライラして見ていた。こういう時に限って似合っている組の北都やリオン、コードやダリル、羽純、今この時は精神を除いて完全に女である武尊はジャンケンに負けたから仕方ないと言えばそうなのだが。
「なんであいつらが……」
「あ、接触したみたい」歌菜の声に縁のバニーガールの耳が横で揺れる。
「で。当然バレる、と」
「そして流れる様にボコボコにする。
 ……なんて言うか……この作戦意味あったの?」
 言いながら未だに胸元を気にしている蛇々に、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は「相手を怯ませる事『だけ』に関してはかなりいい結果が得られたと思うがな」と吐き捨てる。因にこの男は「言っとくが、俺は女装も露出狂もしねぇからな!」とはっきりお断りした組である。あの凄惨な状況を鑑みれば恐らく彼は正解だ。
「さて」と、おもむろに立ち上がったトーヴァが女装男達に合流すると、沈めていない一人の兵士を連れてアレクと近くの便所へ消える。そして少しもしない間に戻ってきたのだが、何故か二人とも濡れた手を払っていた。
「二分後配置完了。行動開始。
 二十分後には閉じ込めた客を皆殺しだってオニイサンに『教えて貰った』の」
「屋上の工事現場っつーか空中庭園に鏖殺寺院と傭兵部隊の仲良しグループがお空から遠足にやってくるんだとよ。あと15分か。割と時間あるな」
「予想通りあのゲリグソ野郎じゃなかったゲーリングが新型武器のプレゼンテーションをして見せてるんだわ。タイムラグは折角のショーだからメディアにどーんと派手に流して貰いたいって感じみたいよ」
「それではまずわたくし達でこの場から皆様が外に出られるよう手助けを致しませんと――」
 胸の辺りで両の拳を握った美緒に、アレクは首を振った。
「悪いな、俺は上行く。正直ふざけすぎた。このままじゃ『お迎え』の約束に間に合わない」
「なら私も行くわ!!」
 立ち上がった雅羅に、共に行動していたものたちの殆どがついて行く。
 気づけば残されたのは美緒と寿子だけだった。一月前の遺恨が残っている上、確かに目標を先に叩けば問題無いのだがバランスが悪い。
「ええと、私達だけで大丈夫かな?」
 不安そうに顔を引きつらせた寿子を見て、アレクはトーヴァに視線を送った。
「オーダー通りオペレーションスタート済みですよーSir.ココは天下の往来空京。予定では三分の一集まるまで十分と掛からない予定……なんだっけ」
 今度はトーヴァに視線を送られて、キアラが答える。
「RIFLE PLATOON Eagle,Juliet and Adams are Formation in 18:36.
 Cats in 18:48,Supply after completion of confluence.
 Dirt,in 18:45,After the contact.――――」
「In Action at 18:49.
 Until all rescue,Never Backdown.

 という訳でお嬢さん方、悪いがうちの隊士と合流して行動してくれ。俺と同じで馬鹿でどうしようもないが、数だけなら揃ってる」
「この間居たので全員だって聞いてたのに、本当は全部で何人居るのかしらねぇ?」
 雅羅の嫌みを鼻で笑うアレクを敬礼を崩したトーヴァがインカムを抑えつつ見上げる。
「ついでに可愛い隊士諸君に隊長殿からメッセージは?」質問に過激主義者と罵倒されたばかりの隊長は間髪入れずに答えた。

「Rock n roll(撃ちまくれ)」と。