百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

血星石は藍へ還る

リアクション公開中!

血星石は藍へ還る

リアクション

【3】


 平和な筈の駅のコンコースには避難する客達の悲鳴と怒号が飛び交っている。
 双葉 京子(ふたば・きょうこ)原田 左之助(はらだ・さのすけ)と一緒に事件に巻き込まれた椎名 真(しいな・まこと)は同輩の姿を見かけて混乱の中そこへ向かって行った。
 話題にするには触れ辛い服装の雅羅が話している相手は、つい一月前に戦ったばかりの敵の大将首だ。
 アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)
「――あれが例の。
 今はうち(蒼空学園)に居るんだよな」左之助の質問を受けて、京子は素直に頷けず小さく首を傾げた。
「『居る』というか本当の所は『拘束状態』みたい。生徒の皆には緩過ぎて気づかれて無いどころか逆に雅羅さんが連れ回してると思われてるみたいだけど。
 今のところ先生方の方針も決まって無いし……」
「彼女も行方不明のままだからね。『あの攻撃』の後から――」
 何処か違和感を覚える口ぶりに京子は眉を顰めるが、真はそのままあちらへ向かって行った。
「雅羅さん」
「ハァイ。皆揃って買い物? って聞くのもおかしいかこの状況じゃ」
「はは。一応その筈だったんだけどね。それよりさっき彼と何を話してたの?」
「――あー……
 最悪の時は俺を殺せって言われた」
 憮然とした言葉に答えようとした瞬間、間髪入れずに何処からか真の友人の声が飛んできたかと思うと、喋りながら彼の横を通り過ぎズンズン音がしそうな勢いで敵へ向かって行く。
「そうだねえアレクが死ねば終了だねえそうは問屋が卸さねえぞクソッタレ」
 膝裏に蹴りを入れられてアレクは振り向きざまそいつの襟首をひっ掴んだ。
「Damn! Who the fuck are you!? (クッソ! 誰だてめぇ!?)」雅羅の人格強制カウンセリングプログラムの重ねた対話も虚しくアレクは反射で口汚く罵ってから珍しく相手の面を覚えていたらしく手を離す。
 思いきりの良過ぎる膝カックンをかましてくれやがったのは先日楽しく『殺り合った』ばかりの東條 カガチ(とうじょう・かがち)だったようだ。
「ああ、なんだお前か。久しぶりカガチィ」
「久しぶりアレクゥ」
 そうだコイツだ。存在を認識して二人は歯を見せ『微笑んで』――鏡の向こう側に向かってほぼ同時に拳を繰り出した。
「すげえ、相打ちクロスカウンターじゃん」口笛を吹いたのは瀬島 壮太(せじま・そうた)で、彼のパートナーのミミ・マリー(みみ・まりー)に「バニーの格好なんて似合うんじゃないかなぁ?」と半強制された佐々良 縁(ささら・よすが)が隣へやってくる。
「こんな凹凸の無い貧相なバニーとか誰得……」
「いいじゃん。ついでにあそこでラウンドガールやってきなよ」
 親指で適当に指された試合もとい死合いを見ながら、縁は早過ぎるスピードの中で戦う二人を認識すべく目を凝らした。
「かがっちゃんと――もう片方誰」「東條の宿敵仇敵とかいておともだち」「ほー?」
 被害が及ばない程度に近寄ると、二人の怒号と拳が当たる音まで聞こえてくる。
「お前の首は俺が取るんだよ馬鹿野郎! 勝手に死んで貰って堪るか!!」
「誰が誰の首取るっつったバーカ! 俺がお前の首を取るんだよ!!」
 再び繰り出される左にストレートに右フックが交差する。利き腕の全力全開の一撃は互いにかわす気が無い所為と、ほぼ同じリーチの所為でまたも相打ちになった。
「痛えな畜生! 首狙うなら顔殴るんじゃねえ口切ったじゃねえか!」「うっせーこっちも鼻血出ただろバカ! 刀戻ってきたらそのうざってえ髪ぶっちぎってやるお前等の所為で刃こぼれ酷いじゃねえか!」「俺の愛刀折った奴がそれ言うか!? 大体お前だって前髪うぜえんだよ!」「うるせえな自分で切ってんの! うまく切れないんだから仕方ないだろ! 面倒くせーからバリカン持ってきたらキアラが怒るからそのままにしてんだよ!」「何それだっせーぎゃははは」「はァ!? 死ねバーカ! バァアアアアカ!!」「あー言っちゃったよ。馬鹿って言った方が馬鹿なんですぅ」「じゃあアホだ! お前はアホの方だ、こッの糞アホ野郎!」
 死闘と言えば聞こえはいいが、会話の方は小学生以下の低レベルなやり取りだった。
「――漫画かあいつらは」
「なぁにー? 皆集まって何してるの」
 後ろから現れた遠野 歌菜(とおの・かな)とそのご主人の月崎 羽純(つきざき・はすみ)に、縁はつい先ほど聞いたばかりの壮太の言葉を引用して的確に、一言で説明してみる。 
「おともだち同士で喧嘩してるみたいよ」
「へーすごいね! 熱い男の戦いって感じだね、羽純君!」
「違うだろ歌菜。あれはただの馬鹿の頂上決戦だ。全くこんな時に何やってん――――ッ!?」唐突に目の前で瞬いた光りに羽純は片目を閉じ、光りの方向を確認する。
「男同士のプライドを賭けた殴り合い、まるで2010年代のロボットアニメ・スターエリオン13話Aパートの展開だわ! これはきっと新刊の資料に使えるッッ!!」
 興奮で顔を赤くしながら写真機能のシャッターを切り続ける少女に、遠巻きに見ていた者達も仲良く喧嘩していた二人もぴたりと動きを止めてしまった。

「………………は?」



 遠藤 寿子(えんどう・ひさこ)の主張はこうである。
「女装というのは戦闘においてとても効率的手段だよ。
 相手が女だとインプットされた瞬間、敵は態度を軟化させその能力効率を半分以下に取下ろしてしまう恐るべき作戦よ!」
 全く以て訳が判らないが、力説の成果はあって妙な説得力だけはあった。
「お、おう」と曖昧に頷く耀助の肩をバンバン叩いて、寿子は一気に捲し立てる。
「そんなことより耀助君見てコレ。この衣装はね、魔法ロボットアニメというニュージャンルを開拓した伝説の百合アニメ、マジカルの巫女の主人公底街このはちゃんがバトルシーンで変身するバリバリジャケットで二期から登場したスーパーモードの方なのね。しかも先月出たばっかりの限定フィギアカラーで」
「わかったわかった。それでそこのデカいお兄さんにアニメの、しかも恐らく美少女の衣装を着せてまともな効果は得られるとでも?」
 耀助は横目で黙って立っていたアレクを上から下まで見ている。白と青を貴重にしたコートの下に白いワンピースのインナー、ピンクのおリボンで二つ縛りになったツインテールのカツラが可愛らしい爽やかな着こなしだが、腕組みして眉を顰めているのは彼が酷く不機嫌な証拠では無いのだろうか。
「バッチリだよ! この『女装作戦』は有効! 劇場版創剣のマグロズリオンで見たもん!
 アレックス君なんてそのシーンで隠密行動の為に女装してたキャラにそっくりだから大丈夫!」
「アレクに? アニメのキャラクターが?」
「うん、そっくりだよ。声が!」
「声!? それ容姿まーったく関係無いよな!」
「大丈夫だヨースケ。容姿の方も十分美し過ぎるから問題無い。つーか俺このまま鏖殺寺院の前に出てナンパされちゃったらどうしよう」
「お前めっちゃ不機嫌なのかと思ってたらそんな心配してたの!? 絶ッッッ対されねーから安心しろ!! そもそも何処の三千世界に行ったらそんな肩幅広くて上腕二頭筋三頭筋腕橈骨筋すげえ女が居るんだよ」「正子さんに謝れッッッ!!」
 『よ』の当たりで既に頬を殴られながら後ろに吹っ飛びつつ、耀助はこの世の不条理を目の当たりにしていた。
「(ちょ……俺別に誰とか言ってねえんだけど!?)」
「そもそもこの服はこちらの女性が時間掛けて選んでくれたんだ。正子さんの事と言い、お前はいちいちレディに失礼に奴だな。
 仁科耀助は全ての女性は女神のように敬えと親から教育されなかったのか?」
 はっ倒した耀助に向かってアレクはマリー・ロビン・アナスタシア(まりーろびん・あなすたしあ)の肩を守る様に紳士的に抱きよせ説教する。
 ただ一つ追記しておきたいのは、くどくど小言を言い続けるこの男はツインテールの美少女コスプレだし、奈落人のマリー・ロビンもマリー・ロビンで憑依先は180を越える外見完全男のマホロバ人東條 葵(とうじょう・あおい)だったのでつまりその見た目は金髪で紫と緑目のでかいオカマさんであり、いくら形として整っていたとしても、オッドアイというどっかの業界の人が好みそうな特殊属性がダブルだったとしても、女装青年横並びの絵面はもう何が何だか大変な事になっていた。
 頭を抱える耀助に向かって、マリー・ロビン(外見:東條 葵)は優しく声をかける。
「忍者のキミ、落ち着いてサーシャを見てみなさい。これは初心者用に選んだものだからパッと見ロングコートだし、この子十分着こなせてるわ。
 中ミニスカだけど」
「ロングブーツと膝上のスカートの間の微妙な肌色の隙間に心底がっかりだよ!
 たまにチラ見する御陰で大腿筋すっげえのも分かったわ!」
「そうか? これでも動き易いようにストレッチして伸ばしてるんだけどな。人種的に筋肉つき易い所為かな……。
 まあでも日本人も似た様なもんじゃないか?」「あら壮太はもう準備済み? 潔いわ!」アレクとマリー・ロビンの話に耀助の何かあるのかと後ろを指差した。
 そして振り向いた耀助の目の前に広がっていたのは、天国一変して地獄の世界だった。

 ひらっひらのブラウス。ふわっふわのスカート。しかし覗くのは白いタイツで強調された棒に筋肉だけ付けた足。
「壮太ぁ、ウィッグも忘れないでね。はい」
 思いきり眉を寄せ口をひくつかせている壮太の金色の頭にくるっくるロングヘアのカツラを被せて、仕上がった作品にミミは嬉しそうに微笑んだ。
「ブラウスとスカート、大きいサイズあってよかったね」
「女装なんて二度としねぇって誓ったのに。
 スカート動きにくい、ウィッグ邪魔くせえ。誰だこんな作戦立てたのくっそくっそ」
 壮太のブツブツを無視して、ミミは肩を落として蒼白になっている真の背中を叩く。
「真くんは家令だからやっぱりメイド服が似合ってるね。思った通りだよ!」
 せめて本格的な白黒なり灰色なりの色にロングスカート、飾りの少ないヴィクトリアンメイドなら救い用があったかもしれない。
 しかし真がミミに着せられてしまったのはあろうことか膝上丈のスカートで淡いピンク色のエプロンドレスのそれで、頭にはうさぎさんのマスコットがつけられた如何にもコスプレ然としたヘッドドレスがついたフレンチスタイルだった。
「兄さん、ズルいよ。一人だけ逃げるなんて……」
「大丈夫だよ、真く……ぷ」何とか慰めようとする京子の最後に付けられた堪えきれていない笑いの音が悲しい。本来なら彼女のファンタジー映画のエルフィッシュコスチュームを褒める場面なのだろうが、もうそんな余裕一切無かった。
「嫁には見せられないねぇ。でも、まぁ、ワタシは綺麗だからね」
 謎の自信を覗かせているのは、ジャケットにロングスカート、ラメ入りチークとピンクで艶やかなグロスで化粧もばっちりの弥十郎で、その兄八雲はロングワンピースとブラウスを組み合わせていた。男が弱いバストとクビレを強調しているはずだが、実際強調されているのは胸筋と腹筋で有り、筋肉質な男による女装の惨さであった。
 迫り来る地獄に目を回して突っ込む気力も失せた耀助の代わりに笑ってくれたのはカガチだ。
「ぶっ――
 あははははは! 似合わねえ! 正直悲惨過ぎるわ!!」
 白衣に緋袴、長い髪を水引で纏めた所謂巫女服で爆笑しているカガチに男達は一斉に口を開く。
「お前も巫女服じゃん」「和装というと男も女もさして違う様に思えないもんだがしかし――」「普通に見えるけどやっぱり痛いね」「穢れを払うというよりも穢れをまき散らす、という感じだねぇ」「……それ女物だろ? だっせ」
 破顔したまま殴りかかっていく女装のカガチ。それを受けて立つ女装男子達。
 斯くして男達の『こいつよりは俺の方がマシなんだよ』的不可解なプライドをかけた勝負が開始され、戦いによって更に強調された筋肉に正気度をガリガリゴリゴリ削られて行く耀助がくらくらしていたその頃、加夜がピンク色の髪袋を抱えてこちらへやってきた。  
「あ。アレクさん、もう着替えちゃったんですね。
 ジゼルちゃんに可愛らしいお洋服を着せていたから私てっきりそういうのが好みなのかと思って探してきたんですけど
 ……これ、無駄になっちゃいましたね」
 頬に手をあてて肩を落とす加夜に気づいて、アレクは戦線から一時離脱してツインテールのカツラを投げ捨てて頭を振る。
「ありがとう加夜。わざわざ気を使ってくれて。
 そしてこの際開き直ると俺はそういうのが大好きだ。勿論自分で着るのが好きな訳じゃないがな。と言う訳でこれはヨースケに進呈しよう。オラ脱げ糞馬鹿忍者。てめえ雅羅にFuck My lifeバラしやがったろ。マグナム弾でドタマをブチ犯されないだけマシに思えよAss hole」もう何語だか分からない言葉で罵られながら、耀助は何時の間にか左右をがっちりとホールドされていた。
「そうだよ、君も着ればいいよ」暗い目をしている真と「覚悟決めろよ」と恨みがましい顔をしている壮太の二人の腕の締め付けはきつく、1ミリも緩まる事は無い。
「クリーム色のワンピースかぁ、可愛いじゃない」弥十郎が袋からワンピースを取り出すと、「ええとこっち、これ、何処に着せればいいのアナさん?」とフワフワの物体をカガチがマリー・ロビンに放る。
「パニエね。スカートの下に履くのよ。ふくらみが強調されてきっと可愛いわよ。
 ミニだけど」
 耀助の忍者服のズボンを容赦無くずり下しながら、アレクは背中の後ろのマリー・ロビンに向かって言った。
「アーニャ、ついでに化粧してやってくれないか?
 ヨースケならきっと似合うと思うんだ。建っ端は兎も角結構細いし、日本人って童顔で可愛いし、な?
 それでテロリスト共の前に出てケツでも×ラレちまえよ」
 不機嫌と間違った上機嫌しか表情が無い男の肩が、今何かで震えている。これが意味するのは果たしてどちらの方なのだろうか。
「分かったわサーシャ、あたしに任せて頂戴」
 微笑みを浮かべたマリー・ロビンが化粧品用バッグを片手にこちらへ迫ってくる。
 右に真、左に壮太、後ろに佐々木兄弟、目の前にカガチとアレク――つまり最早逃げ場は何処へも無く、耀助は唯一の隙間の虚空に向かって断末魔の叫び声を上げた。

「うわあああああああああああああ!!!」