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リアクション
クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん) クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)
大英博物館で警備員をしている、痩せすぎ、メガネのカマキリ野郎ブラッドリーが、いつもは俺をみると、途端に不機嫌そうな顔になるクセに、今日に限ってみえみえのつくり笑いを浮かべ、手招きをしてきた。
「オリバーくん。ようこそ。マジェスティックが誇る文化の殿堂、大英博物館へ。
今日はいったいなんの御用かな」
しかも、オリバーくんときたもんだ。
こいつと知り合ってからも、10年以上は経ったはずだが、俺をちゃんと名前で呼んだのは、間違いなく今日がはじめてだ。
いままでは、よくて小僧とか、おい、で、だいたいは、乞食だの拾われ子、アーヴィン爺さんの慰めものなんて言われた時もあった。
おそらくこいつは、俺とたいして変わりのない下のほうの階級出身の人間で、でも、毎日、制服を着る仕事にありつけている自分を偏屈な家具職人のもらわれ子の俺とくらべたら、ずいぶん上等だと自分自身に言いきかせたくて、わざわざあんな態度をとるんだ。
つまり、着てるものは多少きれいでも、中身の性根は腐ったままってことさ。
もっとも、自慢の制服もどうせ博物館からの借り物だろ。
本物の中、上流階級の人間は、俺たちをみてみぬフリをする時はあっても、下の人間にわざわざ蔑みの言葉をかけたりしない。連中のほとんどは、俺たちを自分と同じ人間だとは思ってもいないので、なんて声をかければいいか、わからないんだ。
側にいった途端に、棍棒で殴られるんじゃないかと疑いながら、俺はブラッドリーに近づいた。
「旦那。機嫌がよさそううだね。今日はなにかいいことでも」
「バカ野郎!
いい気になって偉そうな口を叩くな。
男爵様がお亡くなりなったばかりだというのに、オレにいいことなんてあるわけがないだろう。
ったく、常識をわきまえない男娼風情が」
「そりゃ、悪かったね。で、今日はいったいなんの御用かな」
突然、目をむいて怒鳴りだしたカマキリ男に、俺はさっき言われた言葉をそのまま、返してやった。
「けっ。ふざけるのもたいがいにしやがれ」
ブラッドリーは大理石の床につばを吐くと、俺のコートの襟をつかんだ。
「こっちへこい。お前に会いたいって、お客様がいらっしゃるんだ。聞きたいことがあるらしい。
無教育のドブねずみめ。
お客様にウソをつくんじゃないぞ」
博物館の奥、関係者以外立ち入り禁止のロープのむこうにある、小さな部屋へ俺はむりやり連れて行かれた。
薄暗い室内には背の高い棚がいくつか置かれていて、どれにも本やら書類の束やらがたくさん入っている。
棚と棚との狭い隙間に立ち、それぞれが手にした本を眺めていたそいつらは、俺たちがいくと本から目をあげ、揃ってこちらをむいた。
マジェにきた観光客でたまにみかける、薔薇のなんとかっていう学校の制服を着たのっぽとチビの二人の少年だ。
のっぽは金髪で青い目のととのった貴族づら。
ちびは銀髪で緑の目をしている、線が細くて女みたいな顔だ。
どことなく雰囲気が似ているから、二人は兄弟かもしれない。
どっちも俺より年上だと思う。
「モーガンさん。よかった。まだいらっしゃいましたか。
こいつが先ほどお話した家具職人のアーヴィンの養子、オリバーです。
まぁ、自分が言うのはなんですがね。こいつが、このくらいの子供の頃から」
ブラッドリーは自分のひざくらいの高さを手のひらで示した。
「知ってますが。
おそらく、生まれつきなんでしょうな。
残念にも、あんまり、そのう、賢い子じゃないんで、お二人のお役に立つ話ができるかどうかは、お約束できませんよ」
「ふうん。でも、それは彼と話してみないとわからないよね。
とにかく、彼を連れてきてくれてありがとう」
金髪はまるで歌手みたいなきれいな声をしていた。
俺は歌手の歌なんて、ずっと前に忍び込んだ歌劇場でちょっときいたことがあるだけだけど、本物の高級な歌手ってのは俺たちが普段しゃべっているのとは、全然、違う、濁りのない大きな声で、曲にのせて詩を歌うんだ。
金髪が、俺を連れてきた礼らしく、ブラッドリーに小銭を差しだすと、いけません、そいつはもうさっきたんまりいただきましたから、と言いながらも、やつは、手を引っ込めず、結局、金貨を受け取った。
「自分は仕事がありますので失礼しますが、なにか用があれば、なんなりとお申しつけください。
閉館まではまだだいぶ時間があります。ごゆっくり」
帽子をとり、とってつけたようにうやうやしく頭をさげると、俺をおいてブラッドリーは部屋をでていく。
取り残された俺は、まず、薔薇なんちゃらの2人の前に手の平をさしだした。
「ブラッドリーに払う金があるんなら、俺にも、だろ」
「おいおい」
金髪が笑いながら顔をしかめた。
「まぁ、そうなるよね。
ボクはクリスティー・モーガン。隣は、クリストファー・モーガン。
2人とも薔薇学舎の学生なんだ。
先日の、この博物館の館長、デュヴィーン男爵の事件について調べたいことがあってね。
今日はここまでやってきたのさ」
「おまえら、ヤードの使い走りかなんかか。
だったら、俺は話なんてしないぜ。
こいつは、俺の顔見世料としてもらっとくけどな」
銀髪のクリスティーがさしだしたコインだけもらって、俺は回れ右して部屋をでようとした。
マジェのなにが気に入らないって、もちろん、なにもかも気にいらないクソ大英帝国のモノマネ大会なんだけど、その中でも特に俺は、スコットランドヤードが大嫌いだ。
あいつら、普段は威張り散らしているクセに、メロン・ブラックがロンドン塔で悪だくみをして、マジェが沈みかけた時も、切り裂き魔の事件も、石庭がおかしなことになった時だって、全然、役に立たなかったって話じゃないか。
アンベールのスケベ親父がいつまでものうのうとしてるのも、地球からきたあの犯罪王ノーマン・ゲインがちょくちょくマジェに出入りしてるってのも、すべてヤードがだらしないからだ。
「待てよ。きみは、アーヴィンさんを探してるんだろ。俺たちは、彼の居場所を知ってる」
「ほんとか」
クリストファーは頷くと、にやりと笑った。
こいつ、いいとこの坊ちゃんのクセに、ずいぶんタチが悪そうな感じのするやつだな。
「俺はあのクソ野郎を探してるんだ。どこにるんだ。バカアーヴィンは」
「まぁまぁ急がないで、彼はもうどこにも逃げはしないからさ。
まずは、俺の質問にこたえてよ。
先に言っておくと、俺たちはヤードとは直接、関係ない。
あえて言うなら俺たちのしていることは、探偵学のフィールドワークかな」
「なんだそりゃ。
それより、アーヴィンはどうなったんだ。もう逃げられないってどういう意味だ。
おまえら、あいつになにかしたのか」
クリストファーはこたえない。俺はやつの制服の襟をつかもうと手をのばす。
指先が服にふれる寸前に、やつの隣にいるクリスティーが、手の甲を上からおさえ、俺をとめた。
「落ち着いてきいてね。
きみのお義父さん、アーヴィンさんが亡くなったんだ。
遺体は今朝、早くにハーブ園でみつかった。
それで所在のつかめないきみを、いま、ヤードは探している」
「・・・・・・」
クリスティーが俺の手首をかるく握る。
「だから、話をきかせて欲しい。
アーヴィンさんの件は、まだ公表されていない。
ボクらは博物館の事件を調べているうちに、家具職人のアーヴィンさんが男爵と懇意にしていたって知ってね。
話を聞きたいと思って、彼を探していたんだ。
きみも知ってのとおり、彼はここしばらく行方知らずになってて、ボクらはアーヴィンさんの仕事場兼ご自宅にも何度も行ったのだけれど、いつも留守で。
マジェにいる知り合いたちにも頼んで、彼の行方を追ってた」
「身元不明の死体がでたら伝えてくれって、ヤードやモルグ(死体安置所)の職員に、お願いしたりね」
クリストファーは、さっきブラッドリーにそうしたように、自分の手の平に金貨を置くまねをした。
ようするにあちこちで小銭を握らせてきたらしい。
豪勢なこった。
「アーヴィンのくそったれオヤジは、死んだのか」
「今朝、ハーブ園でみつかったのが、どうやら、アーヴィンさんらしいって聞いて、ボクらも駆けつけて確認したんだ。
マジェの住民登録の写真とくらべてみたけど、間違いなく本人だった」
「なんでだ。ハーブ園で死んでただって。
娼館やパブじゃないのかよ。
植物園になんのようがあるってんだ。
もしかして、あいつは誰かに、殺されたのか。おい」」
クリスティーもクリストファーもこたえない。
やけに重苦しい空気、それが返事だった。
「前々から、今日は、朝からここへきて資料を調べる予定だったから、アーヴィンさんの件を深く追求するのは後にして、とりあえず、ボクたちは予定通りにしたんだ。
さっきの守衛の彼に、今朝のことは告げずに、なにげなくアーヴィンさんは、ここへはこないの、って聞いたら、本人よりも義理の息子さんのオリバーくんが、よくくるって教えてくれた。
ダメもとで、もしオリバーくんが来たら、会わせて欲しい、とお願いしておいたんだ」
「そして、きみはここへきて、いま、俺たちと話している。
アーヴィンさんの死を知ったきみは、さぁ、どうする」
「どういう意味だ。俺はどうもしない。
ぼけアーヴィンが死んだとかって話だって、あんたらのウソかもしれないしな」
俺は二人の話を信じたくなかった。
でも。
「このまま、普通にしていたら、近い未来に、きみもヤードに拘束されて、運が悪ければ、アーヴィンさんのように」
「わけがわかんないよ。俺には」
「彼にわかるように説明してあげたら、どうかな」
クリストファーがクリスティーをみる。
女顔のクリスティーは、困ったようなそれでいて、憐れむような表情を俺にむけた。
「こんな時に、おっせっかいかもしれないけど、もう少しボクの話を聞いてくれるかい」