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リアクション
第5章 夢の中の音
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、たまたま2人で空京を歩いていたところでホームレスたちの集団のを目撃した。何だろうと近付いてみると、彼らの口から「コクビャク」という言葉が出るのを聞いて、思わず「えっ!?」と身を乗り出してしまった。以前、そのコクビャクが関わる事件で、警察の捜査に協力をしていたのだから。
姉ちゃんたち、コクビャクを知ってんのかい。ホームレスたちにそう訊かれて、以前の捜査協力のことを話すと、彼らの方の事情も聞くことができた。
「……まだコクビャクの連中、暗躍してるわけ?」
呆れ果ててしまった。他に話を聞いて協力しようとしている契約者たちもおり、自分たちとしてもここまで聞いたら、以前事件に関わった身として放っておくわけにもいかないので、協力することにしたのだった。
ガモさんは、眠っている。夢の中で新たな情報の収穫があったかどうかは、彼が起きないと分からない。
そこでさゆみは、今分かっている部分だけから、絞り込めるだけ絞り込もうと、アデリーヌや魔道書、他の契約者たちと話し始めた。
「廃工場の内部の様子がもっと分かれば、どんな工場だったか分かって、場所の特定もしやすくなると思うんだけど……
今までのところでは、薄暗くて、大きな機械みたいなものも、ぼんやりした影しか見えなかったと話しているのよね?」
「そうだと言っていた。イメージは想起出来なくもないが、絞る材料がほぼないな」
騾馬が思い出しながら頷く。
「少なくとも、少女が今いる場所は、空京内部や近郊ではないとは思いますわ」
アデリーヌが言う。
「今、コクビャクへの警察の取り締まりは厳しくなっていますから、都心部で活動できているとは思えませんもの」
パートナーの言葉に頷き、後を受けるような形でさゆみが再び口を開いた。
「工場自体のヒントは少ないけど、夢の話では、その子は【丘】に送られると言ってたのよね?
ということは、彼女のいる場所は、【丘】に連れていくのにそう遠く離れていない場所……じゃないかしら」
「わたくしもそう思います。
距離的には空京からそう遠く離れていない場所……契約詐欺の被害者を戦場なり実験場なりへ連れて行くのにそれほど時間がかからず、なおかつ、空京へのアクセスも容易な場所に、その廃工場があるのではないでしょうか。
その場所は【丘】なる場所に被害者を送り出す中継点で……何かあれば空京にも出やすい、彼らの『拠点』なのではと考えるのですが」
アデリーヌが自分の持つ推測を話し、聞いていた者はそれぞれに「ふーむ」と考えながら、その言葉を脳内で咀嚼し、考える。
「……なるほどねぇ。けど、【丘】はそもそも、どこのことなんだろうね?」
「『帰れなくなる場所』……戦場か、ナラカか?」
姐さんが半ば自問するように呟き、泰輔が腕組みをする。
「拠点も……戦場か何か、沢山の人が死んでるっていう場所も……警察は、すごく力を入れて、捜索してる…はず、なんだよね…?」
「うん、だから、【丘】も拠点も、簡単に分かる場所にはないよね。あったら警察がマークしていると思うし」
ネーブルと北都が言い、梓乃は持っていた最新版の【シャンバラの地図】をためしに広げた。
「警察の目につかず、アクセスのいい場所……どこなんだろう」
皆で地図を見ていると、休憩室の扉がガラッと開いた。
「おーい、ガモさん、どうなってる?」
2人の男が入ってきたが、最初、それが誰なのか一瞬、誰にも分からなかった。
「……ロクさん!? ムギさん!?」
気付いたオッサンが頓狂な声を上げると、無精ひげも消えて髪もさっぱりとセットされた2人の男は、何だかきまり悪げに「おう」と小さい声で応じた。
「わ、気が付かなかった!」
「いい感じじゃない〜」
呼雪とヘルによって近くの安宿で借りた風呂に入れられ、さっぱりしたところで2人が買ってきた古着を着た2人は、野暮ったさのない都会的なコーディネートもあって、先程までより幾分若返ってすら見える。平日にはスーツを着て普通に会社に通う社会人のような雰囲気だ。契約者たちにも口々に褒められ、余計に落ち着かなげに、いい年した男2人はもじもじしている。
「好評でよかったじゃないー! ね、2人もパートナーとして鼻が高いでしょ」
ロクさん、ムギさんの後からついて入ってきたヘルが、明るくそう言って両手でオッサンと騾馬の肩をポンと叩いた。
「パート……!? あ、お、おぅ、そうか……」
「パートナー……そ、そういや、そうだな……」
言われて、急にオッサンと騾馬も、ホームレスたち同様変に動揺した顔になった。
突然に、彼らと自分たちが「契約」で結ばれたパートナー同士であることを再認識したような格好である。
「で、ガモさんはどうなっている?」
ガモさんで「ホームレス改造計画(?)」の仕上げをしたい呼雪が尋ねた時だった。
「!!」
声にならないような声を上げて、ガモさんが、部屋の隅の寝台でばね仕掛けのように起き上がった。
***********
『お願い、助けて! もう時間がない……!』
君はどこにいるんだ? どこに行けば君を助けられる?
『! どうしよう、音がする……迎えに来た……』
音? 何が迎えに来たんだ?
『あぁ、もうこれ以上は……ばれたら、殺されてしまう……』
!? どうしたんだ!?
『呼ばれてる……行かなきゃ……逆らえない……逆らったら……』
『さようなら……見たことのない、私のパートナー……』
***********
「――それから、夢にあの子は出てこない」
ガモさんの言葉に、一同はざわついた。
「もう一刻の猶予もならない! 早く、行かないと!」
「何とか、夢の場所は分からないかい?」
騒然となる中、泰輔が、まだ寝台の上で青ざめているガモさんに近付く。
「ガモさん、落ち着いてや。ゆっくり深呼吸して――落ち着いて、夢の中のこと、何かヒントになりそうなもん、思い出してみよか」
そして、【ヒプノシス】を使い、まだ起き抜けで眠りの残滓の残っているガモさんの無意識に、記憶に、催眠術的なアプローチで探りを入れていく。
それと気づいたレイチェルが、ざわつく周囲を穏やかに制した。
「お静かに――大変な局面ですけど、だからこそ落ち着いて、よりよい手段を見つけなくては」
全員が了解して、室内に訪れた静寂を、しかしものの数秒で破ったのは休憩室の扉の開く音だった。
かなり勢いよく入ってきたのは大吾と千結、アリカ、それに凛とシェリル――部屋の外にある施設内の電話を使って、空京警察に連絡を入れに行っていた一団だった。
「聞いてくれ! もしかしたら、場所が分かったかもしれんぞ!」
ヒプノシス成功のために静寂を保とうとしていた一同が「しーっ」というより先に、意気込んで発した大吾の一言が、全員の意識を集中させた。
大吾たちは、警察に連絡してホームレスたちの経緯を話したところ、今行われているおとり捜査の詳細な内容と進行状況を教えてもらうことができた、と話した。
その結果、おとり役の非契約者と、それを尾行していた契約者や捜査員たちが、ツァンダより東の大荒野の端の沿空部にある「廃プラント群」に入っていったという。
「プラント内には、大きな機械が設置されて、工場内のように見える場所もあるだろう。もしかしたら、私たちが捜している場所と一致しているんじゃないかな」
シェリルの言葉が、警察に連絡した5人の総意だった。なるほど、と、皆それぞれに頷く。
「ツァンダより東……沿空部……この辺り、かな?」
早速梓乃が、地図を開いて場所の確認をする。
「……泰輔?」
そんな中、寝台の横で体をかがめてガモさんと目を合わせてやり取りしていた泰輔が立ち上がったのに、レイチェルが気付いた。
「何か分かったんですか?」
場所はもしかしたら警察の情報の通りかもしれないが、一応尋ねると、泰輔は腕組みをし、少し難しそうな顔をして口を開いた。
「……夢の中で、女の子が、『音がする』ゆうて焦り出してた」
「音?」
「その音を、聞くことができたんやけど……最初は、遠くから聞こえてくる、何かの機械の音みたいに聞こえたんやけど……」
考え込む顔で、泰輔はぼそりと言った。
「もしかしたらあれ……飛空艇の音、ちゃうかな……?」
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