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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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第4章 廃プラント内部


 空京警察が推測したとおり、鷹勢と卯雪を乗せたバンは、空京を出てシャンバラ大荒野へと向かう道筋を取ったが、大荒野へは進まず、ツァンダ地方へとそれていく道筋を取りつつもそこまでは行かず、荒野の端を掠めるように沿空部に存在する廃プラント群の中に、吸い込まれるように入っていった。


「ダミーのバンが出てくるかも入れないと思ったが、それはなかったな。尾行を意識してはいないのか?」
 バンを尾行してきたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、【銃型HC】で、警察捜査班と共に行動しているパートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)にそう連絡した。 
『大丈夫? 見つかったりはしてないよね?』
「それは大丈夫だと思う。思ったより警戒は薄いらしいな。もっとも、建物内部はどうだかわからないが」
 【朧の衣】を纏って忍者として身を固め、人や物に紛れながら相手を追うには申し分のない構えで、空京や都市部では遺憾なく車を尾行できたが、大荒野を掠める道筋に入ると視界が開けて紛れるものが極端に少なくなるため、相手の目につかないためには距離を取るという方法しか取れなくなり、そのため多少目的地に着くのは遅くなったものの、そのため後方から辺りをよく観察して不審なものの接近を警戒することは出来た。
「……意外と敷地は広いし、思った以上に陰気な廃墟だな」
 寂れたプラント群は不気味に、墓標のように、風もなく澱んだ大気の中に佇んでいる。
 中に入ったらまた連絡する、と告げ、クリストファーは一時通信を切った。


 クリストファーより一足早く、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、施設内に入っている。
 【隠形の術】で姿を隠し、【カリスマウイング】でバンの上空を、敵の尾行対策も予測して充分距離を取りながらついてきた、その間、鷹勢たちに超小型の発信機と録音機能つき盗聴器で会話を聞いていたが、車内では特にこれといった情報らしきものは得られなかった。バンの運転手が極端に会話を控えている様子で、2人ともそれに飲まれて会話を上手く切り出せていないような様子がうかがえた。
 この発信機はちなみに、事前に警察と2人を交えて打ち合わせた際につけることを提案したのだが、もし敵方のアジトにそのようなものを発見する装置が設備されていた場合、非契約者の2人の身が危うくなるのでは……という意見もあり、最後まで装備するか否か、慎重に話し合いが行われていた。
 で、ぎりぎりで装着が決まり、2人が喫茶店を出てバンに乗ろうとする寸前に、「あ、鷹勢! 久しぶり〜、何やってるの?」と、偶然会った友人の振りをして近づいたルカルカが、ちょっと挨拶と雑談を交わしていると周りには見せかけて、その間にささっと取りつけたものである。
「失敗しないように気楽に慎重に頑張ろうね」
 にこっと笑って小声で言って、その場は去ったのだった。
(焦って危ないことはしないでね、私たちがちゃんとサポートするから)
 バンの運転手と2人が建物に入っていくのを見届け、ルカルカは姿を隠したまま、建物に近付いていった。
 外観だけ見ると、到底人が中にいるとは思えない。ひっそりと静まり返っている。
 見張りも、入り口の外にはいない。
(セキュリティのために人目に付くところに見張りを立てるより、ここにいることを外部に気付かれるのを避けることの方を重視してるのね)
 おそらく中にはさすがに、誰かいるだろう。


 ルカルカは隠形を保ったまま、【壁抜けの術】で中に入る。
 意外にも、入り口近くには内部でも見張りがいない。電子ロックが厳重にされていて、どうやら入口のセキュリティはこれ一つに頼っているらしい。
 ルカルカは銃型HCで、パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に連絡を入れた。
『ずいぶんその機械に頼ってるんだな。かなり頑丈なシステムなのか?』
「んー、頑丈なのかやわいのか分からないよ。なんか、見たところ人の気配があんまりないみたいだから、まさかとは思うけど、建物の広さに対して人が足りてないのかな」
『……。しかし、そもそもそんなに構成員の数のないグループが、適当な行動拠点をさがしてたまたまそれがこの廃プラントしかなかったという場合、そういうケースもあるかもしれんな。
 ロックは外せそうか?』
「どうかなー」
 しかし、HC越しにダリルのアドバイスも受けながらパネルの操作をすると、パスワード解除も含めて何とかなった。
『おそらく、このパターンだと、放っておけば一定の時間後に再ロックされるな。
 しかし、ロック解除の状態を持続させれば、さすがに誰かが気付くだろう。
 だから俺たちもこの隙に潜入するし、後続部隊にもその旨発信しおく』
「分かった。じゃあこっちは、2人の居場所を確認しながら施設内の地図を作るね」
 HCのオートマッピング機能を起動させながら、ルカルカはそう言って、薄暗い、人気のない廊下の奥へと密やかに駆けだした。


「――ずいぶん奥まったところにあるんですね」
 プラントに入ってから出迎えられた「担当者」なる人物に連れられて、鷹勢と卯雪は、長い廊下を歩いていた。
「申し訳ありません。こちらの建物、まだ譲り受けたばかりで、事務所としての改装が進んでおりませんで……」
 ぺこぺこと担当者は弁解口調で謝る。どうみても廃工場なこの建物を事務所にリフォーム、とはずいぶん無理のある話だな、と鷹勢も卯雪も思ったが、口にはしない。
 そもそも、こんな都市部から離れた、大荒野手前の人気のない場所に事務所って、とも思っている。
「帰る時大丈夫かなぁ。ずいぶん長い廊下歩いてきたし、順路覚えてないかも。迷いそう」
 卯雪が呟く。さりげなく、盗聴器を通じて警察や契約者に、それほど複雑な通路を歩いて奥まった場所に自分たちが向かっていると知らせているつもりだった。自分たちを守ると約束してくれた警察らを疑うつもりはないが、彼らがどう自分たちを見守っているのか、実感できないために、不安も生じないではない。
「大丈夫です。お帰りの際にはきちんとお見送りさせていただきますので」
 担当者が相変わらずぺこぺこと話す。
「こちらに、御社と契約している方々がいらしているんですか?」
 何とも明度の足りていない薄暗い廊下を歩きながら、鷹勢は尋ねた。やはり、盗聴器を意識している。
「どうかしましたか? 何かおかしな点でも?」
「あ、いえ、いえ。ただ、すごく静かなもんですから、あまり人がいらっしゃる感じがしないなぁと思っちゃって」
「まだ事務所が軌道に乗っておりませんので、スタッフが足りておりませんで、少し寂しい雰囲気がなさるでしょうね。
 ご安心ください。今日お二人に会っていただく契約希望者はちゃんと来ておりますので」
 担当者のぺこぺこした丁寧な口調は、心なしか笑い混じりの響きにも聞こえる。



 ダリルからの通信を経て開扉を知り、クリストファーもプラント内に突入した。内部の人間は少ないようだ、という報告はあったが、注意は怠らなかった。
 下っ端の構成員でも、生け捕りにしてコクビャク中枢に少しでも繋がる情報を吐かせられればとは思っているが、内部に「被害者」――コクビャクによって身柄を拘束され、どことも知れぬ危険な地に送られるために(おそらく)強制的に契約させられる人員――がいるかもしれない。万が一異変に気付けば、構成員がそのような人員を人質にして事態をこじらせる可能性があるので、あらゆる通信手段を用いて警察の捜査班へ情報を送り、それらを多角的に分析・判断して、構成員へ攻撃を仕掛けても大丈夫だと判断したら一気に畳み掛ける――そのような方針になっていた。
 そこでクリストファーも、時折廊下を歩いている、構成員と思われる人物は物陰などに隠れてやり過ごし、奥へと進んでいった。
 すると、特に大きな障害もないまま、巨大な扉が見えてきた。
 扉の前には、3人の見張りが立っている。見ると、扉のすぐそばの階段の影に、ルカルカと、遅れて彼女に合流した夏侯 淵(かこう・えん)がいた。2人は扉の方の様子を窺っている。
「この扉は?」
 見張りに気付かれぬよう駆け寄ったクリストファーが2人に小声で尋ねると、2人はやや憮然とした表情で、首を横に振った。
「ここだけ、異質なくらい堅固に守られている。見張りを倒そうかと思ったんだけど、それだけじゃ開きそうにないの」
 ルカルカは説明した。どうやら扉は見張りと、電子ロックに加え、何らかの認証システムがあるようなのだ。
「あの向こうに何があるのか分からないけど、ここだけ壁も二重か三重の構造になってるみたいで、壁抜けができないの」
「しかもどうも、電磁波か何か、認証されていない者が触れると感知して警報が鳴る装置がついているようなのだ。これでは【サイコメトリ】も難しい」
 淵も口惜しそうに言う。ちなみに警報装置の存在は、この階段をサイコメトリして気付いたものらしい。
「確かに、侵入は困難だ……けれど、あからさまに『ここだけは特別』と物語ってるようなものだな」
 クリストファーは首を捻り、階段の影から扉を見やった。
「一体何があるんだろう。それだけでも、見当がつけばいいんだが」
「相当広い場所のはずなんだけど」
 そう言ってルカルカは、オートマッピング機能で作成した建物内部の概略図を示した。
 それによれば、すっぽりと「不明」になって抜け落ちている扉の向こうの空間は、プラントの敷地面積の3分の1は占めているはずの空間なのだ。
「あ、ダリルだわ」
 ルカルカのこの図を頼りに、建物全体を管理するコンピュータ機能を制御するためコンピュータ室に向かったはずのダリルから、HCで連絡が入った。
「ダリル、どう? コンピュータ室に着いた?」
『あぁ、大丈夫だ。見張りは一人いたが倒した』
 コンピュータ室を守る見張りは【グラビティコントロール】で攻撃して意識を失わせ、捕縛して拘束し、侵入がばれないよう部屋の隅に隠したという。
 ルカルカが謎の扉の話をすると、ダリルは「しばらくの間待て」と言い、少しの間通信は途切れた。それからしばらくして通信が再開されると、
『警察から、プラントの稼働していた時の資料を転送してもらって、内部を比較してみていた。
 扉の向こうは当時、相当大きな作業場があったはずだ。けど、これだけでは今何があるのかはさっぱり見当がつかんな。
 ロックと認証システム、警報装置は、ここのコンピュータを完全に制御化に置けば俺が無効化できる。
 準備ができたら合図を送るから、それと同時に見張りを攻撃し、中に突入しろ』
「分かった」
 再び通信が途切れた。
「これだけ厳重に見張りがされているということは、中に被害者が拘束されているのかもしれんな」
 淵が苦々しげに呟く。コクビャクの非道な行いに憤っているが、まずは彼らに拘束されているであろう、契約を強いられた「被害者」を助け出すことが先決だと自制しているのだ。
「しかし、仮にそうだったとしても、これだけの面積全部を被害者拘束に使っているとは考えにくい」
 クリストファーは首を捻る。
「そういえば、ここまでは、見回りの構成員の数も意外なほど少なかった。
 けど、この中にはもしかしたら、何らかの理由で、今まで見なかった分もまとめて構成員たちが控えているかもしれない」

 閉ざされた謎の巨大扉は、3人の疑問には頓着なく、沈黙のうちにただただ閉ざされたままであった。