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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第3回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第3回/全4回)

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第7章 上陸


「どんなところかなぁ? 興味あるの、探検してみたいの。でもでも、お天気悪すぎるの……もし天気が回復したら上陸するの!」
 及川 翠(おいかわ・みどり)は聖邪龍ケイオスブレードドラゴンを旋回させ、島を伺っている。
 天気は雨。雨粒が彼女の頬を叩き、霧が立ち込め、視界を殆ど塞いでしまっている。
 だが、二組の契約者が長大な海蛇と戦闘中であるのは、ここからも見えていた。丁度、彼女たちが囮の役割になったようで、周囲の亡者たちは一斉に島の中央部に集まっているのが――正確には、うごめく黒い塊としてしか目には映らなかったが――見える。
「残骸の島さん、ですか……確かに興味はありますよね? ……でも、まずはアンデットさん何とかしないと上陸どころじゃないですよね……」
 翠の後ろで、徳永 瑠璃(とくなが・るり)が言った。
「中央に集まっているうちにひっそり上陸すると……もし、気付かれたら芋づる式ですよね」
 よく地形を確認して降りたい、もっと近づいてよくよく島を見たいなとも思ったが、流石にドラゴンが近づいたら、バレるだろうと思う。下から攻撃がこなくとも、降りて取り囲まれでもしたら、一気にピンチである。
 上空をぐるぐる旋回しながら、思考もぐるぐると考え込んでいたが――、
「えーい」
 結局、翠ははあまり考えず、機晶爆弾を下に向かって投げ込んだ。
 ドーン、という大きな音がしたかと思うと、残骸の欠片とともに、煙がもくもくと立ち上った。
 次いで、“我は射す光の閃刃”を放ち、併せて瑠璃が“バニッシュ”を雨あられと降らせる。
「……翠、間違っても勝手に上陸しようとしないようにね?」
 爆風で一瞬霧が晴れると、並ぶように滑空する隣のドラゴンから、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が釘を刺した。
 そしてミリアの背中を掴んでいたサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)は、下方で島の破片がバラバラになって海に沈んでいくのを見て、
「ふぅん……話には聞いてたけど、本当に寄せ集めの島さんなんだね、残骸の島さんって……。何があるのかなぁ? ……とりあえず面白そう!」
 翠と同じく探検したがるサリアに、ミリアはこちらにも釘を刺す。
「……分かっていると思うけど、上陸は危険よ。……大体、私たちがこうして無差別に攻撃すると……」
 結局翠が最も単純な方法――敵戦力をちまちま削る、という方法を選んだのはいいけれど。
 この下には上陸している契約者が何人もいるわけで、たとえば翠の機晶爆弾が当たったらどうするのだ、とか、水中潜入部隊が海の藻屑になったらどうするのだとか――考えていないわけではなかったが、割と、相手任せであった。
「……こうした方がいいわ」
 ミリアはブライトブレードドラゴンを島に寄せて、何となくアンデッドのカタマリがぼわんと見えるところまで近づくと、光のブレスを吹きかけさせる。そして自身の“裁きの光”をカタマリに向けて放った。
「わぁ、私もやる〜」
「……え?」
 ミリアが嫌な気配に振り向くと、サリアは左腕を銃に変形させ、対変態ギフトスナイパーライフルを現すと――ファイアストームを上乗せして、放った。
 完全に、何となくの、勘である。
 ……燃えた。
 当然だ。
 いくら濡れていても、火が付きにくくても、燃えるときは燃える。
「サ、サリア……!」
「もう一発行くよ〜!」
 ミリアはアンデッドがこちらに集まってくる気配を感じ、慌てて上空に退避したが、繰り返すヒット&アウェイの最中、ミリアも、翠も瑠璃も調子良く魔術を放っており……。


「あれは、『当たっちゃったらごめんね』ってやつだよなぁ……」
 百合園の女生徒が必ずしも世間でいうところの淑女ではない、むしろ細い鎖(チェイン)の玉を部屋に転がして、自分で鎧(メイル)を編んでそうな戦闘派が多数いることは実感としてあったのだけれど。
 国頭 武尊(くにがみ・たける)もとい“黒猫のタンゴ”がパートナーの猫井 又吉(ねこい・またきち)の手下に扮したのは、ゆる族として活動することに意味があるからだったが、
(あー、燃えたらたまんねぇな)
 水に飛び込めば火は消えるのだが、その時は、彼の被ったゆる族の抜け殻が、今度は泳ぐ邪魔になるだろう。
 いい点は、着ぐるみ姿だけに、アンデッドと間違えられないことだろうか。
 島のあちこち、けぶる霧はすこぶる景色が悪く、その中で時折ドーンとかバリバリとか音がして、爆風と煙とが、視界を白く塞ぐ。足場が揺れる。下手したら地面がなくなる。古いアクションゲームの登場人物にでもなったようだった。
 おまけに、口の中がしょっぱくて、じゃりじゃりする。
「こりゃ、先に霧を晴らしといたほうがよさそうだな……」
 幸い、海蛇と戦っている契約者のおかげで、注意はそちらに向けられている。
 又吉は、龍魔杖ハリケーンを掲げると、ここぞとばかりに叫んだ。
「吹けよ嵐。轟け雷鳴。この忌々しい霧を吹き飛ばせ!」
 又吉の精神の集中は杖先に風を収束させ、一気に解放へと向かわせる。巨大な風の渦が巻き起こったかと思うと、周囲の霧をぱっと晴らした。雨が彼らを中心としたサークルの外に叩きつけられる。
「これでやりやすくなるだろ」
 武尊は言っている間にも霧が再び忍び寄ってくるのを感じながら、“非物質化”しておいた装輪装甲通信車を、ぬめぬめした甲板の上に“物質化”させる。
 彼はドライブコーダー代わりに、ビデオカメラを三か所取り付け、リアルタイムに見れるようにしてから、車に乗り込んだ。
「大丈夫か、これ?」
 車の重みで、甲板はギイギイと嫌な音を立てた。
 悪路でも走行できる事がウリの車で、おおよそ小型飛空艇の2倍程度の速度が出るはずだったが、慎重に慎重に走らせなければならないだろう。
「とりあえず、通信車で行ける所まで行ってみるか。ヤバくなったら逃げ出せば良いんだし」
 武尊は運転はオレがやるから、と請け負うと、又吉に映像の確認を任せる。ビデオカメラで撮影した映像はこの車は勿論、旗艦でも確認できるように機材を双方に用意しておいた。
 これでリアルタイムで島の情報を送れる、というわけだ。
「……霧が深いな」
 上陸して分かったが、視界はせいぜい十数メートル先までしか通らない。地上だというのに海底洞窟よりも悪いとはどういうことだ、と又吉は目を細めた。
 手の中のコンパスを映像と見比べながら、紙におおまかな地図を記入しておく。ここまでは空飛ぶ円盤で飛んできたのだが、既に上陸地点には赤いバツ印が付けられていた。
「つっても、こうごちゃごちゃじゃな……」
 普通の島でもそうだろうが、この船の残骸の寄せ集めは、悪路もいい所どころか、各地にゴミの山が積み上げっているようなもので、たとえ霧がなかったとしても見通しが悪かったろう。
 船と船がぶつかってできた小山や谷がそこかしこにあり、折れたマストや突き出しては道を塞いでいた。
 ガラクタやボロボロの帆が揺れたり崩れたりしては、一瞬化け物でも出たのかと緊張を強いる。
 強行突破するか、出迎えるか。迷ううちに、ドーンと遠くで何かがぶつかった音がして、みしみしと腐った材木が揺れだした。車体が前に傾く。その上から木材が倒れ掛かり――、
 破壊、された。
「……?」
 吹き上がる埃っぽい煙の中で、その錨が鈍く光っていた。
 アンガーアンカーといういわくつきの――大型船のついていた巨大な錨だ。船を沈められた船員たちの怒りがこめられているという錨。
 これを武器にして振り回す契約者たちがいるという。
 ……とはいえ、武尊もそれが彼女だとは思わなかったわけだが。
 緑の髪をロングのツインテールにした小柄な少女、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がアンカーを手に、障害物を一撃で破砕したのだ。自前だが、場所が場所だけに、現地調達したようにもみえる。
「美羽、一人で行っちゃ危ないよ!」
 霧の奥からパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)――有翼と光翼の二種の羽をもつ守護天使――が追いかけてきて、こちらを見つけて軽く頭を下げた。
「だって人がいたんだもん!」
 それはそうだけど、と恋人を心配するコハクを置いて、美羽は窓から顔を出した武尊と又吉に駆け寄ってきた。
「私たち、この島に魔術の媒体を探しに来たんだ。だって、もし、それによって怪物に力が供給されているんだったら、それを何とかすれば怪物を止められるかもしれない……でしょ?」
 貴重品の位置を勘を頼りに探し回っていた美羽とコハクだったが、島は予想より複雑な地形で、難儀していた。
「二人だけでよく来たな」
 又吉は自分たちを棚に上げて感心したが、危なくなったら撤退すればいいや、とこちらは考えているのである。
 何か工夫でもしているのかと思ったら、コハクが掲げている太陽のような眩い光を放つ槍――日輪の槍は“聖化”されており、怪物をひるませ、霧に潜む瘴気を退けていた。
 だけでなく、おそらくこの霧そのものに怪物による何らかの力が働いているのだろう、光源というだけでなく、槍の周囲だけ霧が払われている。
 話を聞くと、ここまで、コハクが照らし切り開くその道を美羽がアンガーアンカーで薙ぎ払って来たのだという。
「あっちに行ってもアンデッド、こっちに行ってもアンデッドで、キリがないんだもん……あ、また来たよ」
 アンデッドたちがいつしか、こちらに気付いてわらわらと集まってきていた。
 残骸の陰から、上から、一人二人、十人、二十人……。これくらいの数、敵ではないが、今後大量に増えることは想像に難くない。
 そして集まれば集まるほど、床に負担がかかり、嫌な音と一緒に、車が徐々に前傾していく。
「……一旦、撤退するか?」
 幸い、DS級空飛ぶ円盤は、ちょうど四人乗りだ。
「出るぞ又吉!」
 二人は車を飛び出すと、美羽たちを連れて元きた道を――正確にはもと来た道へ続くガラクタの山を乗り越えて、走り出した。