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第二章 二番ホール


「二番、ショートホール、パー3。ホールインワンが狙える唯一のホールです」
「木々が少なく、視界も開けているのでピンの位置が把握できるホールだけど、日光が邪魔になる可能性があるね。ところで泪さんはサンバイザーつけないの?」
「どうしてですか?」
「似合いそうだから」
 やっぱりダメだこの人、早く何とかしないと……。

―――――

「まずいわね」
 早くも焦燥に駆られているのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)組だった。
「おかしいわね。打数が多いほどスコアを多くもらえるんじゃないの?」
「ええそうよ」
 セレンの質問を肯定するセレアナ。しかし、
「それが悪いのよ。ゴルフはスコアが少ないほど良い競技なのよ」
「えっ、うそ!?」
「本当よ。だから、さっきセレンが全然飛ばなかったり、着地後に歩いたりしたせいで最下位だわ」
 突き付けられた事実に、セレンは自身の知識を問いただす。
「それじゃ、池に落ちれば隠しキャラが出るとか」
「無いわ」
「バンカーに落ちれば、砂を潜ってカップまでとか」
「無いわ」
「火をつけたボールで敵を打ち倒すとか」
「無いわ」
「中国拳法みたいな必殺技とか」
「無いわよ」
「そんな……」
 どれだけ偏った情報を詰め込んできたのか。愕然とするセレンに呆れつつも、セレアナはルール概要を説明し直す。
「なるほど、理解したわ。セレンこれからはロングショットを多用で行くわよ」
「大丈夫なの?」
 死にはしないだろうが、痣ができてしまうのは女の子としてどうか。
「じゃんけんに負けたのはあたしだからね。何とか着地を決めて見せるわ。だから……」
 セレンは上目遣いに、
「痛くしないでね?」
 瞳を潤ませ、数度の瞬きと懇願。
 ゲームヒロインのような台詞に、セレアナは更にため息を深くする。
「はあぁ、わかったわ。まずはここでホールインワンを狙いましょう。『もず落とし』を使うわ」
 セレアナの口から出た必殺技っぽい名前に、「やっぱりあるじゃない」と思いつつ尋ねる。
「それってどんなの?」
「そうね……」
 丁度、『もず落とし』を実践しようとしている組があった。
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)である。
「勝負は早めに仕掛けるべきであります!」
 従来の18ホールとは違い、5ホールで行われているこの大会。一度スパートを掛ければ、そのまま突っ切ることも不可能ではない。
 ましてや、彼女たちは一番ホールで後れを取っているだけに、その作戦は有効だろう。
「故に、多少無理してでもホールインワンを狙うであります!」
 気合の乗った言葉を発するが、着込んだ【ピヨぐるみ】でちぐはぐに見える。これは衝撃対策なのか、萌を狙っているのか。
 対して、パワードスーツを身に纏コルセアは、
「わかったわ」
 一言落ち着いた声で返す。だが、内は殺る気、もといやる気に満ち溢れているのは言うまでもない。何しろ、クラブ役をやっている今、日ごろの恨みを晴らしたいだろう。
「ところで吹雪、『もず落とし』って知ってる?」
「もず……鳥でありますか?」
「その通りよ」
 コルセアは青く澄み渡る空を見上げ、
「空高く打ち上げ、そのまま急降下。飛距離を調整するにはこれしかないわ」
 パワードスーツが思ったよりも力を発揮し、制御が難しかったコルセア。
 一番ホールも力加減ができず、カップを通り越したりしたせいでボギー(+1)を叩いてしまった。それを解消しようと言うのだ。
「うむ……危険な賭けではありますが、背に腹はかえられないのであります」
 これはボール役に多大な負担を掛ける。しかし、勝つにはもうこれしか手がないと、吹雪は了承。コルセアの目が「チャーンス」と細まったことに気づくことはなかった。
「いくわよ!」
 コルセアは吹雪の足を掴む。パワードスーツを全力で稼働させ、回転速度を上げる。そうして回転数も数倍に膨れ上がっていく。
 更にコルセアは回転しつつ【滅技・龍気砲】を発動しどんどん気を溜める。そして、
「飛んでけぇぇぇーーー!!!」
 一気に解放、投げ飛ばす。
「ふらーい、はーいぃでありますぅぅぅーーー!!!」
 弾丸となった吹雪。上空を旋回していた鳥は驚き、撃ち落されまいと飛び回る。
 その横をロケットを超す勢いで通り過ぎ、
「あれ? 見えなくなっちゃったわ……」
 投げたコルセアも行方が分からないほどまで達した。青い空に、一点の光が瞬く。
「いや、あれは無理よ」
 どう考えても耐えられないだろうとセレン。
「あれは飛ばしすぎよ。本来はあの鳥くらいの高さだわ」
「それでも十分高い気がするわ……」
「でも勝つためよ。着地さえ決めれば大丈夫よ」
「本当に?」
「私を信じて」
 軟な繋がりではない二人の絆。セレンはセレアナに身を委ねる。
「痛くし――」
「わかってるわ」
 最後まで言わせず、セレアナは回転し放り投げる。鳥と同じ高度まで上がると、セレンは空中で回転し、体制を整えるとそのまま落下。カップに一直線。
「痛たたた……鍛えてるって言っても、やっぱ無謀よね……」
 腰を摩りながら立ち上がるセレン。狙い違わずホールインワンを達成するも、快挙に掛けられたのは賛辞ではなく、焦りの声だった。
「セレン! そこから逃げてっ!」
「え?」
「上よ、上っ!」
「上って、太陽しか見え――」
 降り注ぐ日光。手をかざして見れば、空に煌めく星。
 否、輝いていたのは吹雪だった。重力に引き戻され、ようやく落ちてきたのだ。
 加速度と気圧で赤く光る【ピヨぐるみ】の強度は素晴らしいものがあるが、ひどくシュールである。中の温度はどれほどのものなのか。
「ちょ、ちょっと!」
 慌てて痺れる足に鞭を打ち、グリーンから退避するセレン。周りの観客も蜘蛛の子を散らすように逃げる。
 そして、
――ドゴンッ
 ホールインワンには似つかわしくない重量感のある音。
 フラッグ、カップを破壊し、グリーン全体にまでクレーターを出現させる。
 その中央でピクピクと四肢を痙攣させている吹雪。
「ふうっ、まだ生きてるわね」冷や汗を拭うコルセアだったが、「……これは、駄目ね」
 近寄るとはっきりわかる。
 痙攣はしているものの変な方向に曲がった手足、大気圏突入だけでなく赤く変色した着ぐるみ。中の惨状は火を見るよりも明らかだ。
「救護班を呼んで。運営さん、ワタシたちは棄権します」
 こうして破壊されたグリーン整備のためプレイが中断。
 他者の勢いはそがれたものの、自分達は棄権。本末転倒だが、コルセアの表情はなぜか晴れていた。

―――――

1位   −1  完全魔動人形 ペトラ
2位タイ ±0  小鳥遊 美羽
         ルカルカ・ルー
         神崎 荒神
5位タイ +1  山葉 聡
         仁科 耀助
7位   +2  長曽禰 広明
8位   +4  セレアナ・ミアキス

棄権       コルセア・レキシントン