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第四章 四番ホール


「勝負のホールと言っても過言ではないでしょう、四番ロングホール」
「ここで差を縮めておくとずいぶん楽になるからね。下位の選手はイーグルを狙ってくるんじゃない?」
「−2は大きいですからね。ただ、バンカーに深いラフ(草の生えた場所)、脇には池と障害も多々あります」
「右曲りも考慮すべきだね。と言っても、僕の――」
「それ以上はアウトです」

―――――

 泪の言う通り、勝負に出る選手たち。
「セレン、わかってるわね?」
「もちろんよ」
 セレアナの言葉に頷く。ここまで目立った外傷はなく、まだロングショットには耐えられる。
「いくわよ……やあっ!」
 セレンはコースの中間あたりに落ちる。この位置なら次でグリーンに届くだろう。
「あたたっ……うぅ、汚れてきたわね……」
 次は広明の番。
「どっせい!」
 くまだは滑り、右に曲がる指針とされた木にぶつかって止まる。彼ももう一投と言ったところか。
「あそこに木があって助かったぜ」
 そして、次は耀助。
「オレも飛ばしていくか!」
「もしもし、良い情報があるのですが、お聞きになりますか?」
「ん、何だ?」
 彼に話しかけたのはアルベール。指を立て、さも常識のように語りだす。
「この競技はハンマー投げに通じるところがあります。つまり、投げた後に吼えることが飛距離を伸ばすコツだと考えます」
「どういうことだ?」
「回転数、回転速度、上昇角度、そういったものよりも、最後に叫べば飛距離が増すということでございます。バスケットのフォロースルーや武道の残心が主な例と言えるでしょう」
「な、なるほど」
 尤もらしいことを述べているがそんなことはない。叫ばないと飛ばないというのはどこぞの4コマネタだけである。だが、【博識】を使って喋るアルベールの言葉には含蓄があるように聞こえてしまう。
「わかった、やってみるぜ!」
 そうとは知らず耀助は意気揚々。回転数もそこそこに、
「よっ、たぁー!」手を放し、「ぶっ飛べぇぇぇーーー!!!」
――ひゅーすとん
 三分の一も行かず落下。日本からは遠かった。
「って、飛んでないし! 意味ないじゃん!」
「おかしいですね……」
 何が間違っていたのか悩むアルベールに耀助は抗議するも結果は覆りようがない。
「一投損したぜ……」
 渋々投げたりきの元へと歩いて行く。その後姿を見てアルベールはニヤリと笑い、聡にも同じ言葉と、
「モブキャラにはスキルの代わりに必殺技が用意されているようでございます」
 新しい情報を授ける。
「それはいいことを聞いたぜ」躍起になりくにおを投げる。「行けっ、くにお! 『火のたますぱいく』だっ!」
 ジャリボーイみたいな叫び声をあげる聡。うん、はまり役。けれど同様に、
――ずしっ
 耀助よりも飛ばず、神奈川になってしまった。
「なぜだっ!? 必殺技だろっ!?」
「……スパイクはボールを撃ち落すバレーの技、ボール役に命じても無意味のようで。どうやら運が無かったようでございます」
「な、なんだって!?」
「それに、決まったとしても撃ち落されるのはボール、つまりはくにおになるでしょう。フェアウェイにめり込まなかっただけ良かったと思いますが」
 がっくりとうなだれる聡。
「おいアルベール、俺たちの出番だ」
 とぼとぼ歩き去る聡の後、荒神はティーグラウンドに現れた。
「主、作戦は準じ上手く働いております」
「みたいだな」
 小声で言葉を交わす。どうやら四番ホール最後で言っていた考えとは妨害工作のことらしい。それに荒神も乗っていた。
「俺も少し【トラッパー】を使っておいた。発動する前にとっとと始めるぞ」
「心得ました」
 荒神はすぐにアルベールを投げる。セレアナや広明よりも飛ばすことはなかったが、荒神の顔に悔しがった表情はなかった。
 そして次。
「へぇ、モブちゃんにも特色があったんだね」
 正々堂々、ハンデ無しとして選んだモブキャラだったが、蓋を開けてみれば色々と特徴があるらしい。それはモブキャラにスキルがないための配慮。しかしながら、そこには運も絡む。
「ルカのモブちゃんはどんな必殺技なのかな?」
 調べてみると、りゅういちの必殺技は『旋風脚』だった。
「これってもしかして……って、きゃっ」
 ルカが考えを巡らせると、突如ティーグラウンドのスプリンクラーが誤作動を起こした。しかし、一時水を撒くとすぐに何事もなかったのかのように静まる。
「故障かな?」
 訝しく思いながらも、ルカはストロークに入る。勝負に使うスキルは【己酔拳】。己に酔いしれ、今日一番の回転を見せる。
 が、
「あっ!」
 水を含んだ芝に足を取られた。これが荒神の仕掛けた【トラッパー】の効果だ。
 体制を崩して放られたりゅういちは池へと一直線。
 まずい。
 そう感じた時、りゅういちは必殺技を繰り出す。
『旋風脚』。回転する足が微かな浮遊感を生み、少しだけ飛距離を伸ばす。それが功を奏し、りゅういちは何とか池の対岸に着地した。冷や汗を拭う。
「ふうぅ……危なかったよ」
 突発的な不運を免れるも、「どうしてこんな時に?」と疑問を抱かずにはいられないが、大会はまだ続く。考えても仕方ないので、故障だと割り切ることにするルカ。
 このすぐ次には美羽が控えていた。
「美羽、ここ滑りやすくなってるから気を付けてね」
「そうみたいだね。ルカ、ありがとう!」
 ルカのフェアなアドバイスに感謝する美羽。
「美羽さん、本当に気を付けてくださいね?」
「ベアは心配性だなぁ」
 ベアトリーチェの心配は美羽だけでなく、その手に掴んだキロスを思っての事でもあった。気絶したまま投げられ続け、今ではボロボロである。息を保っているのも、毎コース事ベアトリーチェが【ヒール】をかけているからだ。
「……んぅ、ここはどこだ……?」
 幸か不幸か、ここにきてそのキロスの目が覚めた。体を動かそうとすると、
「痛っ! おい、なんだこれ? 体がすごく痛いぜ?」
「あ、キロスおはよー」
「おう、美羽か。これはどういう状況だ?」
「キロスさんすいません」
「何でベアトリーチェが謝ってんだ? 更に意味がわかんねぇぜ」
「実はその怪我、美羽さんが――」
「ほらほら、喋ってないで次いくよー!」
「は? ちょ、おいっ!」
 キロスに情報も考える時間も与えず、美羽は起き上がれずにいたキロスの足を両脇に抱える。
「勝負賭けてくから覚悟してね」
「キ、キロスさん。が、頑張ってください!」
「だから、説明し……あ、見えそ、でも見えねぇぇぇーーー!!!」
 絶対領域は完璧。だが、滑る足場を軽快な捌きでいなすも、本来の目標からやや右にズレてしまった。
 キロスが目がけて飛んでいる先は、右に曲がる手前にある鬱蒼と生い茂ったラフ。
「あっ、そこは……」
 向かった先にベアトリーチェは口を手で押さえる。
 草と言えど擦る角度で鋭い裂傷となる。それはただの擦り傷よりも治りにくい。
「こうなってもいいように、【サイコキネシス】だよ!」
 スキルの発動でキロスの体が左に動く。
「ぐへっ」
 空中での急なベクトル変化に、およそ人が出すと危ないであろう呻き声が漏れる。
 そのまま右に曲がったちょっと先に落下した。
「よしっ、ショートカット成功!」
 嬉しそうにボールへと歩いて行く美羽。
「キロスさん、無事でいて……」
 競技中に手出しできないため、ベアトリーチェには祈る事しかできなかった。
「最後は僕たちだよー」
「ま、負けません、よ!」
 ポチは気合を入れ直す。けれど、威勢が良いのは言葉だけである。半分を超え、足はもうがくがくと震えていた。
 というのも、最初に掛けた【潜在開放】と途中からペトラが使い出した【レックスレイジ】で力が増し、その上、豆柴体型がよく飛ぶからだ。
 そんな状態になりながらも、
「ポチー! 頑張ってくださーい!」
「ご、ご主人様……」
 フレンディスの応援があるので逃げられない忠犬。
 そして今のペトラの状況はと言うと、
「こんな投げ方はどうかなー?」
「ペトラちゃん!? ちょっと、準備が……ばふっ!」
 ポチを肩に乗せ投擲。この形は砲丸投げ。これなら足場で滑る必要はないが、飛距離は格段に落ちる。つまり、【レックスレイジ】の副作用で混乱していた。
 準備のできなかったポチは自分でスキルを発動することもできず、曲がり角より手前にあるバンカーへと投げ入れられた。
「早速二投目ー!」
「お、落ち着いてください!」
「だいじょーぶー、次はちゃんとなげるよー」
 ホッとしたポチだが、現実は甘くなかった。
「それー……れれっ?」
「わふっ!?」
 砂に足を取られ、ポチを真上に投げてしまうペトラ。
「あ、ワン公がダフった」
「これぞまさにワンダフルだね」
「審議の余地はないわね」
 男二人に鋭い突っ込みを入れるエメリアーヌ。
「にしても、あっついわねぇ。色々な意味で」
 視線は砂上でもつれ合う一人と一匹へ。
「うにゅ……あ、ポチさん?」
「ペトラちゃん、正気に戻ったんですね!」
「あうー、ごめんねー」
「だ、大丈夫です! ハイテク忍犬の僕にかかれば、失敗の一つや二つどうって事無いです!」
「ありがとー。今度は失敗しないようになげるねー」
 仕切り直して熱い戦いへ。
「あら、残念。心身ともに近づいたのに」
「あつい関係へはまだ発展しそうになさそうだね。まあ、これからも見守って……って何してるのエメリー!?」
「だって、暑いじゃない? それに池もあるし」
「だからって脱がないでよ!」
 服の裾を掴み、両手を交差させながら持ち上げようとしていたエメリアーヌを押し留めるアルクラント。
 それに何故か便乗したのは、
「あの池使ってよかったのね」
 土草で汚れた体を気にしていたセレンだった。
「セレン……何してるの?」
「池に入って体を洗おうかなって」
 彼女は既に水着だ。着替える必要はない。
 セレンの奇行にまたもや呆れてしまうが、セレアナは当然止める。
「駄目よ。そんなことしたらウォーターハザード(池ポチャ)でペナルティだわ」
「ホントにだめ?」
「駄目よ」
「暑いから許してくれたりしない?」
「しないわ」」
 抵抗しても無駄。セレンは最後に名案を思い付いたようにこう言った。
「あ、でも、もしかしたら池に落ちれば金のボールと銀のボールを持った女神が――」
「無いわ」嘆息。そのまま、「二投目、行くわよ」
「あーれーーーー!」
 プレーを再開させる。
 そして更に、
「マスター、水浴びしてもいいんですか?」
 フレンディスまでもが乗っかってきた。
「フレイまで何を言い出すんだ。ダメに決まってるだろ」
「でも、見たいんでしょ?」
「ぐっ……」
「男だしね?」
「ぐぐぐっ……」
 にやにやしたエメリアーヌとアルクラント。苦虫を噛み潰したベルクはフレンディスの両肩に手を置き、
「止めてくれフレイ。俺の胃がいくつあっても足りなくなる」
 苦渋の決断を下した。
「そうですか……残念です」
『ヘタレ』
「アルク! てめぇにだけは言われたくねぇ!」

 出だしは色々な駆け引きなどが生じたが、その後は至って順調にコース消化が行われた。
 イーグルを取ったのはショートカットに成功し、その後も【サイコキネシス】でコントロールを続けた美羽と、謀を仕掛けた荒神。
 バーディーは持ちこたえたルカルカ、広明、漫談のセレアナ。
 なんとか5投でまとめたペトラはパーセーブ。
 初っ端から挫かれた耀助と聡はボギーという結果になった。
「思ったよりも差がつけられなかったか」
「ですが、これ以上の工作は退場を招く恐れがあります」
「確かにな」荒神は思考し、「まだ使えるスキルは残ってる。ここからはガチバトルといくぜ」
 残り1ホール。
 最後に頼れるのは謀略ではない。
 知略とスキルと体力を基にした自身の力だろう。

―――――

1位タイ −3  小鳥遊 美羽
         神崎 荒神
3位   −2  ルカルカ・ルー
4位   −1  完全魔動人形 ペトラ
5位   ±0  長曽禰 広明
6位タイ +1  山葉 聡
         仁科 耀助
8位   +2  セレアナ・ミアキス

棄権       コルセア・レキシントン