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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

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 ステージが開始されたのとほぼ同じ頃――。
 バァルから事情を聞いたセルマ・アリス(せるま・ありす)ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)は、バザールに出て、ヤウズと組織の捜索にあたっていた。
 セルマの「東カナンのバザールで行動する以上、できるだけ周囲に溶け込めるようにするべきだ」との提案から、さっそく3人はバザールで衣装を置いてある店に飛び込んで、東カナンの衣装に着替えている。
 シャルワールと呼ばれるパンツの上から上衣のカフタンを着て、サッシュベルトで止め、フェズという円筒状の帽子をかぶる。シャオはもともと普段から中華系の服装をしているため、東カナンの服装にもたいして苦労せずカナン人のように着こなせていたが、ゆる族であるミリィは残念ながら、どう衣装をまとっても溶け込むことは無理だった。とてもかわいくトータルコーディネートできてはいたのだが。
「ワタシ、光学迷彩で姿を消して、後ろをついてくね」
 というわけで、傍目にはセルマとシャオが2人で歩いているようにしか見えない状態である。
 しかしミリィはだれにも姿が見えないという利点を活かして小型スコープで堂々と行き交う人々の肩口を見て、『組織』の人間の特徴であるブルドッグの形をした入れ墨を探していたし、セルマは、そういう人間であれば今日という日を迎えて、常人にはない、にじみ出る殺気のようなもとをまとわせているのではないかと、殺気看破という探知網を自分の周辺に張り巡らせていた。
 少年がベルを鳴らしながら行商していた塩味のヨーグルト飲料アイランを買って、それを飲み飲み、ゆったりと歩く。
 ふとシャオが立ち止まり、広場のある方角を見た。
「オズったら、真面目に仕事してるかしら」
 ぽつり、つぶやく。
「なんだ。ずっと黙りこくってると思ったら、そんなこと考えてたの」
「べ、べつにそういうわけじゃないわよっ。ただちょっと、今思い出しただけでっ」
 ずずずーっとストローでアイランを吸い込む。
「ちゃんと周囲に目を配っていたわよ。
 ただちょっと……あいつ、退屈だと思ったらすぐいなくなるサボり癖があるから……」
 そのことをよく知るシャオたちは、どうせサボって姿を消すくらいなら、と一緒にバザールへ行かないか、オズトゥルクに誘いをかけていたのだった。そうすれば自分たちの目の届く範囲にオズトゥルクを置いておけて、サボらないよう監視できるし。オズトゥルクもずっと椅子に座っているよりは、外で捜索に加わった方が退屈せずにすむだろうと。
 しかしあいにくと、この提案は受け入れてもらえなかった。
『せっかくのオレの女神たちの頼みだから受けたいのはやまやまなんだが、セテ坊もいないからなぁ。さすがに2人も12騎士が姿を消すのは無理だわ』
 オズトゥルクは心から残念そうに首を振った。考えてみればもっともな話だ。たとえセテカがいたとしても、騎士長という、実質東カナンでナンバー2の地位についているオズトゥルクがイベント会場を離れるわけにはいかないだろう。
『まだ2〜3日はいるんだろ? 明日みんなでアガデを回ろうや。そのときはうまいメシを出す店へ案内するからな!』
「オズさんもああ言ってたし。きっと真面目に仕事してるよ」
「……そうね」
 うん、とうなずき、気持ちを切り替えようとしたとき。2人はほぼ同時に、前からとぼとぼと歩いてくるオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)と彼女を気遣いながら歩くミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)の姿を見つけたのだった。
「オルフェ!?」


「じゃああれは、領主さまの格好をしてるだけだったのですね!」
 合流し、夫のセルマから事情を聞いたオルフェリアは、アレクが東カナン領主でないことを知ってみるみるうちに元気になった。
「これ、人相書きね」
 セテカから配られたヤウズの顔と特徴が書かれたA4のプリント用紙を手渡したセルマは、自分の左肩を指さして円を描く。
「あと、この辺りにブルドッグの入れ墨がないか注意して」
「それが『組織』の人の特徴なのですね! 分かったのです!」くるっとミリオンへ向き直る。「こういう時のテレパシーなのですよ♪ ミリオン、見つけ次第報告なのです!」
「我としては伝え次第皆に報告、そのまま見張り続ける方向で行きたいですね。見つけたら、戦力は多い方がいいのでどこにいるか逐一伝えつつ合流……というのがいいでしょうか」
「うん。俺もそれでいいと思う。場合や状況によって、捕まえられる自信があるなら単独で動いてもいいと思うけど、無理は禁物だから」
 セルマもミリオンの考えに同意を示す。ミリオンはセルマの言葉に、少し考え込むそぶりを見せた。
「……つまり、行動に出てもいいと」
「さあ行きますよ! ミリオン! どちらが先に見つけるか、競争なのです!」
 意気込み、先までと180度違ういきいきとした態度で足元も軽くオルフェリアは駆け出す。
「久々に動けますかね」
 ミリオンは覚醒型念動銃に手をかけ、好戦的な表情で笑んだ。


「大丈夫かしら?」
 2人が別々の方角に去ったのを見て、ぽつっとシャオがつぶやく。言われたセルマは考え込み、うなずいた。
「大丈夫だろう。オルフェもミリオンも、自分の身を危うくしてまで無茶はしないよ……きっと」
 そう結論づけたときだ。
「ルーマ、シャオ、それらしいのがいた!」
 セルマたちがオルフェリアとミリオンを見つけ、2人と会話している間もずっと周囲に目を配り、捜索を続けていたミリィが快哉の声を上げた。
「肩にブルドッグの形の入れ墨! でも、手前の1人がそうかは分からない」
 ミリィが小型スコープを向けている先にいるのは、細路地の入口で壁に背中を押しつけ、話し込んでいる2人組だった。正面を向けている側は路地から肩が出ているので確認できるが、手前側の背中を向けている方は左肩が隠れて見えない。
「俺が確認してくる」
 セルマが近づくのを見て、ミリィは軍神のライフルをかまえた。ここはバザールだ。人々の大半はイベントへ向かっているとはいえ、それなりに人の数は多い。前もって話し合っていたとおり、シャープシューターで気絶射撃を行う準備をしていると、スコープのなかにセルマの背中が入った。シャオがそれとなく歩いて、道端で地面にチョークで絵を描いていた子どもに声をかけると、言葉巧みにほかの場所へ移動させる。
「こんにちは」スコープのなかのセルマが2人に声をかけた。「ちょっとお聞きしたいのですが、ヤウズさんという方をご存知じゃありませんか?」
 男たちの反応はすばやかった。セルマを強く突き飛ばしてよろめかせ、彼が体勢を崩している隙に人混みへ駆け込み逃走しようとする。しかしセルマもそうするだろうと読んでいた。入れ墨の有無は関係ない。1人は確認できている上、2人は全く同じ行動をとっているのだから。
 壁に手をつき、倒れることを防いだセルマは即座に風術を発動させる。バザールの商品を巻き上げて被害を出すわけにはいかないので、局所的に2人を取り囲む竜巻のようなものだ。一瞬足を止めさせるのがせいぜい。だが射撃の達人であるミリィには、一瞬もあれば十分だ。男たちが銃を取り出すより早く、次の瞬間ターーーンとライフルの射撃音が響いて、男たちは倒れた。
 首尾よく捕えることに成功したセルマたちは、2人の処遇を尋ねるためにヘリワードと連絡をとった。
『ちょっと待ってね、今騎士に向かってもらうから。彼らに引き渡して、あなたたちは引き続き捜索に戻ってちょうだい』
「分かりました。
 さて、と。じゃあ騎士たちが来るまでに、何か情報が得られないか試してみようか」
 セルマはシャオとミリィと3人で男たちをとり囲む。武器を奪われ、拘束されてひざをつかされた男たちは威圧げに見下ろされ、観念したように唸り声を発した。