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リアクション
舞台は再びカフェへ。
「ははっお前、これ好きだな〜」
心からの笑顔を浮かべているジヴォートを見て、白波 理沙(しらなみ・りさ)は少し安堵した面持ちを浮かべた。頭に乗せた三角帽子がその表紙に少し揺れ、手で押さえる。魔女の仮装らしく、黒いマントが動くたびに音を立てていた。
(……でも本当に良かった。少しは気がまぎれてきてるみたいね)
再会した時から、彼女もまたジヴォートの笑顔に違和感を覚えていた。だがそれが少しずつ緩和されて来ている。
(あんなに落ち込んでるなんて、何かあったのかしら。でもあんまり無理して話を聞きたくないし、今は――)
思い切り遊んで、余計なことを考えないのが一番だろう。
もちろん向こうから話して来たならばちゃんと聞くつもりではあるが。
「まあ、本当に愛らしいですわね」
理沙は横から聞こえた感歎の声に、意識を切り替えて眼をそちらへ向ける。チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が凝りに凝った衣装――コウモリの羽が付いたゴスロリ服を揺らして喜んでいた。その際、頭に乗せられたカボチャっぽい冠がむずむずっと動いた。
それを一瞬見たジヴォートは遊びの手を止めて首を傾げる。
「チェルシー、お前頭に何かついて……うわっ」
そっと手を伸ばして触れ、冠の中から何かが飛び出す。
何か――チョコ・クリス(ちょこ・くりす)がひょこっと顔を出し
「……え?
居るの気付いてなかったのでしゅか?
ずっと居まちたよ〜」
と平然と答えた。どうやらずっとカボチャの被り物の中にいたらしい。
一言も発せずに。
「そ、そうだったのか。わりぃ、全然気づいてなかった」
ジヴォートは相当驚いたのか。心臓付近を押さえ、謝った。呼吸も整っていないので、本当に驚いたようだった。
「おかしなことをおっしゃいますわね。隠していませんでしたのに」
「……う〜ん、普通。言われなきゃ分からないわよ、それは」
「そうでしゅか?」
首を傾げるチェルシーとチョコに、理沙は苦笑してツッコミをいれる。
理沙に言われても納得いかなそうな顔をした2人だが、にゃあ、という鳴き声に意識をまた猫たちへと戻した。
理沙も遊びに加わろうとし、ポケットの重みを思い出す。
「そうだ。忘れてたわ」
記念撮影をしようとカメラを持ってきていたのだ。猫たちと一緒に写真をとっても大丈夫かと確認を取り、振り返ると
「ジヴォートさん、そちらの玩具を貸していただけませんか? どうやらこの子がそれで遊びたいそうですので」
「ん、ああわかっちょ、だからいきなり飛び掛るのは危ないって……おおお、服の中に入るな! くははっちょ、舐め、くすぐ」
「楽しそうでしゅね。あたちも遊びましゅ」
「あらまあ、おモテになってますね」
「見てないで助け……ははははっちょ、笑い死ぬ!」
見ているだけで笑ってしまいそうな光景に、理沙は噴出しながら、密かに写真に収める。
それから
「ね、折角だから記念撮影しましょう! ほら、そこの土星くんも毛糸玉の振りしてないで」
『誰が毛糸玉か!』
「え! 毛糸玉じゃなかったのか」
『おおっ? なんや、ジヴォの坊ちゃん。わしに喧嘩売っとんのか!』
「まあまあ、落ち着いて。ほら、もうすぐシャッター降りるわよ。イキモさんも……あ、エースたちもよかったら」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
皆で並んでカメラの前に。そのまま大人しくシャッターが……降りるわけはなく。
急にかまってくれなくなったことに不満があったのか。それとも雰囲気を読んだのか。ただの気まぐれか。
「あ」
そう声を上げたのは誰だったか。
数匹の猫たちに一斉に飛び掛られたジヴォートが、驚きながらも傷つけぬよう猫を抱きしめて後ろへと倒れていく。
カシャっ!
シャッターが降りたのはそのすぐ後で、みな沈黙して顔を見合わせ、一拍あけた後に爆笑した。
倒れこんだジヴォートが毛だらけになっていたから余計だ。
その後、もう一回撮影した時には、毛だらけのまま拗ねたジヴォートがいたという。
◆迷子ノート
ぽかんとした顔、という表現がある。文章においてよく使われる言葉だが、今目の前にあるのがまさしくその表現の代表だろうと、彼は思った。
「ん? どうした、そんなに驚いて……前から言っていただろう。まさか信じてなかったのか?」
赤い髪を揺らした中肉中背の男性を、ぽかんと見上げているのは千返 ナオ(ちがえ・なお)だ。
男の声に、ナオはハッとした。
「そ、その声……」
どこか楽しげに笑っている男性の名を、いまだ信じられないといったようにナオは呼んだ。
「せ、先生!?」
先生――ことノーン・ノート(のーん・のーと)は、にやりと笑った。
ことの始まりは十分ほど前。ナオがカバンをひったくられた時に遡る。
カバンの中にはノート型の魔導書であるノーンが入っていただけなのだが、ナオが大事そうに抱えていたため大金が入っていると思われたらしい。
「せ、先生! か、返してください!」
「あっナオ!」
慌てて追いかけるナオを千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が制止しようとしたが、その時にはその姿は人ごみにまぎれてしまっていた。
仲間達とはぐれたことに気づいていないナオは、なんとか取り返したカバンを手に息を吐き出し、
「良かったです。無事に取り戻せて……すみません、先生。大丈夫ですか?」
「まあ、私は大丈夫だが、大丈夫じゃないのはむしろそちらだろう」
「へっ? どういう――」
カバンに向かって話しかけると、ノーンが呆れた声を上げる。
「……落ち着いて後ろを見てみろ」
「え、後ろ……? 何も無いじゃないですか……あれ、何も? かつみさん? エドゥさん?
も、もしかして俺……はぐれちゃいました?」
「もしかしなくても、な」
言われて後ろを見たナオは、そこでようやくはぐれたことを悟った。
「ナオ、どこまで行ったんだ?」
「分からない……せめてノーンと一緒ならいいんだけど」
ナオを探すかつみとエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が周囲を見回す。
一生懸命探すかつみだったが、エドゥアルトはおかしなことに気づく。
(妙だね。この地区はかなり入り組んでるのに、かつみに迷う素振りが無い)
アガルタ一迷いやすい地区である『全然暗くない街(略称:全暗街)』を、あまりアガルタに来た事が無いはずのかつみがすいすいと歩いていく。まるでよく知っている街のように……エドゥアルトさえ知らない抜け道を自然と通っていく。
後ろをついていきながらそうエドゥアルトが疑問を抱いていると、かつみに精神感応でナオからノーンと無事に合流できたことが伝えられ、2人はひとまず安堵した。
(……まあこのことは後で問い詰めるとして、今はナオたちと合流するのが先かな)
どう問い詰めようかと考えながら、エドゥアルトはかつみの案内でナオたちの元へと向かっていった。
「かつみさんたちがこちらに来てくれるそうです」
「そうか。ならあまり動かない方がいいな」
ナオの言葉に頷いたノーンだったが、周囲を見回す。ここはアガルタで最も治安が悪いとされるC地区の中でも、大通りから外れた奥地。大通り付近は明るく治安はいいが、奥へ進むに連れて段々と悪くなっていくのがこの地区の特徴だ。
(しかしこの治安が悪そうなところに場違いな子供が一人に見えるのは、ちょっと危険だな。……ふむ)
「よし、今日は特別な仮装を見せてやろう」
ということで人の姿を披露したのだった。
ナオは、いまだ信じられないものを見るようにノーンを見た。いつも自分のパーカーの帽子に入っているノーンに見下ろされている。でもたしかに自身を見る黒い目は、見慣れたノーンの瞳に他ならず……なんだか不思議な心地がした。
一方のノーンは、そこまで驚かれるとは思っておらず、ナオでこれならば他の2人と合流した時どんな反応があるのかと、少し楽しく思っていた。
「あっいた! ナオ! 無事でよか……え、どちらさまで?」
ちょうどタイミングよくやってきたかつみは、不思議な顔でノーンを見て、その目を見て口を大きくあけた。隣ではエドゥアルトも同じ顔をしていた。
「まさか……ええっ?」
「もしかして」
あまりの驚きように、ノーンが噴出すと2人の疑念は確信に変わる。
「驚きすぎだぞ。前から言っていただろう?」
しばらく、驚きに包まれていたかつみたちだったが、少しして落ち着く。たとえ見目は違えど、中は同じ。いつも通りの関係になるのにそう時間は要らなかったのだ。
そして落ち着くと、エドゥアルトの疑問が再び浮上する。
「ところでかつみ、どうしてこの辺の道に詳しいんだい?」
「え、そ、そうかな?」
「ほう。それは私も気になるな」
「え、なんのことです? 俺にも教えてください」
ごまかそうとしたかつみだったが、3人から責められては白状せざるを得ない。個人プレーで依頼を受けていたこと、潜入捜査というかなり危ないこともしていたことがバレ、たっぷりと怒られたのだった。
「ほ、ほらそんなことより今はハロウィンを楽しまないか?」
「そんなことってどういうことですか」
「そうだな。そんなことどころの話じゃないぞ」
「まったく分かってないみたいだね」
「……うう、だから悪かったって」
3人の説教は、それはもう長く続いたとか。
◆フリダヤのジャックランタン
アガルタ中がハロウィンで盛り上がっている中、『フリダヤ』も店内店外をハロウィンの装いにしていた。
工事にきているのはC地区の業者。そして店の一角で内装に関して相談をしているのは施工管理士と店のオーナーである真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)だ。
「やっぱりオレンジがハロウィンカラーだと思うから、それを基調に――」
「だとすると――してみましょうか。ですが期間限定ですので、戻す工事期間のことも考えますと」
「――そうね。そんな感じで」
様々なことを考慮した上で、内装が決まっていく。これでフリダヤもハロウィンに参加した形になる。
もちろん、内装を変えるだけではない。
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は限定メニューを。真名美はとある企画を考えていた。
「あ、これ三枚に下ろして。それからこっちは短冊切りで」
厨房で弥十郎の指示が飛ぶ。いつもその中心で弥十郎もナベを振るっているのだが、今日は隅っこでカボチャを手にしていた。
どうやら中をくりぬいているようだ。
「メニューの時にミニカボチャを渡して顔を書いてもらうのはどう? そのカボチャをランタンに仕上げて後で渡すの」
「それは中々面白そうだね」
という西園寺の提案を弥十郎が引き受けたためだ。それでも普段ならばこういった作業は見習いにさせるところだが、今回は数が多いのと、料理が出来上がるまでに仕上げなくてはならないためだ。
「お? これはまた中々可愛い顔だねぇ」
描かれた顔についての感想を述べながら、あまりにも簡単そうに中をくりぬいていく弥十郎。
なんだか私にも出来そうな気がしてくる……無理だろうが。
「そういえばヴァイシャリーの師匠のところで、かぼちゃプリンを大量に作ったこともあったけ。
かぼちゃのくりぬき作業、最初はきつかったなぁ」
そんな修行時代のことも思い出す。過去を振り返っているためか。目線がカボチャからそれていたが、その手つきに迷いは無い。
近くを通りかかった新人が、思わずぽかんとその手付きを見た。
弥十郎はそれに気づき、軽く笑った。
「はは。こればっかりは蓄積でねぇ。君にもできるようになるよ。
やり方は盗んでね」
「は、はい!」
「うん。いい返事だねぇ……けど、その前にすることあるよね?」
「あ、す、すみません!」
仕事の手が止まっていたことを指摘すると、新人は慌てて自分の仕事へと戻っていった。それでも時折目線が送られてくるので、中々根性がありそうだと嬉しく思う。
「弥十郎、こっちも追加でお願い」
「了解〜……あれ、なんかよく見る顔があるね」
カボチャを追加してきた西園寺に答えた弥十郎は、つぶらな瞳の、店でもグッズを売っている土星くんを思わせるカボチャを発見した。よく見れば同じようなのがたくさんある。
「ん〜、人気だねぇ」
「ほんと。すっかり街のマスコットだもんね」
笑いあっていると、店の戸が開く音がした。西園寺が応対に向かう。
「いらっしゃいませ。って、イキモさんたちじゃない。どうぞ、こちらの席へ」
「お邪魔します」
やってきた団体客。イキモやジヴォートたちに笑顔を向け、席へと案内。メニューを手渡し、季節限定の料理やお勧めなものなどを説明しながら上手く注文をとる。
「以上で? じゃあ、ちょっと待ってもらう間、よければこちらに顔を」
マジックとミニカボチャを渡し、説明をする。皆、マジックを手に目を輝かせた。
ちょうど日も暮れかかっている。できあがったランタンを手に夜の街を歩くのも素敵だろう。
「へえ、それは面白そうだな。よ〜し」
「あたしもやるでしゅ!」
「はい、チョコちゃんの分ですよ。わたくしは、そうですね。何を描きましょう」
「う〜ん、これ、結構悩むわね」
「そうですか?」
「イキモさんもう描けたの……う、うん。凄く個性的デスネ」
「ええ、とても個性的でよろしいと思いますわ。ええ」
「…………」
「プレジさんは……土星くん? でしょうか」
「ああ、つい。あまり意識はしてなかったのですが」
「すっかり心まで土星くんに……」
「よーし、どうだ! これ、めっちゃ怖いだろ!」
「ジヴォートは……うん、ソウネ。怖イワ(さすが親子)」
「弥十郎、追加でお願い」
「了解。また個性的な……あれ、この2つそっくりだけど、同じ人が描いたの?」
「う〜ん。まあ、そんなところかな?」
「? まあいいや。とりあえず作業に戻るね」
「うん、よろしく!」
そのすぐ後、可愛らしいランタンや、ある意味恐怖のランタンを手に楽しく歩く一団の姿があった。
「少しでも、盛り上げられたのなら嬉しいな」
「うん、そうだね〜」
ハロウィンの夜が更けていく。
◆ドクター誰ナンダー!? クイズ編
深夜。
祭り開催中とはいえ、ほとんどの人たちが眠りに着いた時刻。
「フハハハ!」
全暗街(C)から響く謎(笑)の高笑い。怪しく輝くネオンの光が、その人物のメガネに反射する。
「ハロウィン! これは真の姿が悪の秘密結社である我らにとって、本領を発揮する機会!
今こそ、アガルタの街に恐怖と混沌を撒き散らしてくれよう!」
何やらハロウィン・カーニバルの危機!? い、一体この人影はドクター何ナンダ!?
※分かった良い子は、その時が来るまで分かってない振りをするんだよ? 答え合わせの時に驚くってのが大人への第一歩だ!
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