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リアクション
◆アガルタ食堂は、今日も平和です
「このニンジンは基地から、この茶葉はアガルタ内から……数と品質は大丈夫そうね。あとは――」
食堂の倉庫にて、書類を片手に食材チェックをしているコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)。
突飛な料理や食材で知られるアガルタ食堂だが、普通の食材ももちろんある。
……まあ、アレな食材の方が倉庫内の占める割合は多いのだが。
視界に入った、半分凍りつきながらもうにゅうにゅと動いている何か、をコルセアは見なかったことにし。
「このアワビはあのポータラカ人のところからか……大丈夫なのかしらこれ?」
コルセアの目が呆れたものになる。眼鏡越しに見下ろした書類には、どこから仕入れたのか怪しいものの名前がたくさんあるからだ。
正直、この食材チェックという仕事はかなり精神に来る。これならずっと会計している方がマシだ。
「……って、高っ!」
箱に書かれた値段を見て、コルセアは先ほど思ったことを訂正する。
会計も、けっこう胃に来る。
楽な仕事などない。
「コルセア殿〜、野菜が足りなくなったのですが」
「ああ、ちょっと待って。何が足りないの?」
思わず頭を抱えていると、食材格闘人――料理人である上田 重安(うえだ・しげやす)がやってきた。重安は尋ね返され、困ったように頭をかいた。
「いえ、それが……先ほど吹雪殿にお願いして食材を取りに行ってもらったのですが、いつまで経っても戻られないので」
「吹雪が? ワタシは見てないけど……」
重安の言葉に、コルセアは嫌な予感しかしなかった。
彼女の周りで問題ごとを起こす第一位ともいえる葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)。そんな彼女がいろんな食材があるココへきている上に、その姿が見えない。
「急いで探しましょ。何かしでかすま」
どがん!
前に、といい終わる前に建物に衝撃が走った。
上を見上げれば、まあ、いい天気――つまりは天井に穴が開いていた。
そしてその穴から見える青い物体は
「あれ――厳重に封印してたやつじゃない!」
活きが良すぎるということで、コルセアがこれでもかと梱包して封じ込め、吹雪の隙を見て廃棄しようと考えていた――魚に両手足が生えた「食材」だ。
誰が封印を解いたかは、今から言うまでもない。
「フフフ、これならきっと皆も驚くであります」
とほくそ笑みながら封印を解除した吹雪の思惑は、ぽかんと上を見つめる人たちの顔を見る限り成功している。
とりあえず驚くという点においては。
だが、逃しては意味がない。なぜならばそれは、『食材』なのだから。
しかも先ほどの衝撃で他の食材たちまでもが大脱走を繰り広げ始めたとあれば、早く捕まえる必要がある。
「待つであります!」
「あ、吹雪!」
「む、あれは数が多いですな。それがしも向かいます」
すぐさま身軽に追いかけて行った吹雪を、重安が追いかけていく。
重安が屋根の上に降り立つと
「お、始まったか!」
「今回は数が多いな。祭りだからか?」
「よーし、重安が4匹目でやられるに10000!」
「俺は、3匹目で重安がやられるに賭けるぜ!」
「大穴狙いで重安勝利に賭けるか? いや、でもなぁ」
「おれはコルセアの姉ちゃんに賭けるぜ」
爆発音になんだなんだと集まってきていた野次馬の中からそんな声がし、店の前の掲示板にはオッズが張り出される。わらわらと集まる周辺住民の慣れたこと。
ちなみに張り出したのはイングラハムだ。その間もタコヤキ製作は続行。さらには頭上から降ってくる屋根の破片も触手でキャッチ。
その姿を見た子供たちが、さきほどまでおびえていた目をキラキラとさせ、
「あのタコすげー!」
「ねぇ母さん。あのタコさんのタコヤキ食べたい」
見事客引きに成功したのだった。
「だから、なんで毎回それがしが負ける方が人気なんだー!」
「無駄口叩いてないで、さっさと倒す!」
「コルセアちゃん! ガンバ! おじさんの小遣いのために!」
「吹雪ちゃん! しびれるぜ! 重安ごと倒せ!」
「む。了解であります!」
「了解しないでいただきたい」
「重安、そこでヤラレロー!」
「いや、もう一体倒せー」
当たり前に始まった掛け合いと賭け合いに、観光客たちも「こういうイベントなのか」と理解したらしく、オッズを見ながら賭け始める。
どんな時でも、この食堂は変わらず騒がしいのであった。
◆メイドカ……ごほん! 冒険者の宿にて
ひらひらと揺れるフリルを、「なんでまたこれ……」ブツブツ文句たらたらつまみ上げて、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、突如鋭い目で後方を振り返った。
「危ないので、退いてくださいであります!」
フェイミィがひょいっと避けた場所を通り過ぎて行ったのは、青く手足が生えた魚で、追いかけて行ったのは吹雪であった。
両者が起こした風でヒラヒラした服が揺れるのも気にせず、フェイミィはただ「またか」と呆れた声を上げた。
食材が良く脱走する食堂の話は、同じ地区にいて知らぬものはいない。
「うわっとと」
フェイミィは上手く風をいなしていたが、他の一般人はそうはいかない。今も目の前で一人の男性が尻餅をついた。その男性は腕章をつけていた。あのマネキから書類を受け取っていた人物だ。
尻餅をついた男性に、フェイミィは見てみぬ不利もできず、手を差し伸べる。
「大丈夫かよ」
「いたたっあ、すみません……」
男性はぺこぺこと頭を下げながら去って行った。それを見送っていたフェイミィは
「……なんだありゃ」
壁に張り付いて自分の店――正確にはパートナーであるリネン・エルフト(りねん・えるふと)が店主――をのぞく丸い物体+その他の一群があったのだ。
丸い物体――着ぐるみの中が誰なのか最初は分からなかったが、少し聞き耳を立てるとジヴォートの話題が聞こえ、そして店内には先ほど自身の手でジヴォートを案内したことを考えれば、ドブーツが中の人なのだと察せられた。
仕方ない。
「おいそこの、お客さんだろ? ほら、入った入った! 張り付かれてると邪魔なんだよな!」
「ち、ちが」
気づいていないフリをして一行を店の中へと連れて行く。
「リネン、お客さん連れてきたぜ」
目線を送り、連れてきたのが誰なのかをリネンへと伝える。リネンはそれを受け取って店内を見回す。
「あらご苦労様。空いてる席は……あっちに案内してあげて」
「へーい」
通した席はジヴォートたちからやや離れた、しかし声は聞こえる位置。
その時、静かに見守っていたイブと、刹那が動く。
「ドブーツ様。離レテイル トハイエ バレル可能性ガ アリマス。裏カラ出マショウ」
「そ、そうだな」
こそこそと声をかけて、店員に聞いたトイレのある方へ。
「……では、頼もうかの」
「分かりました……すみません。お手洗いに」
タイミングを合図し、元々話を通していたのか。プレジが立ち上がる。
トイレ前で出会う2つの丸い物体。
「では、よろしくお願いいたします」
「うむ」
「は?」
「行ッテラッシャイマセ」
「ちょっ」
「……あ、プレジ遅いぞ」
ジヴォートがトイレから戻ってきたプレジに声をかける。プレジは戸惑ったように頭を下げた。
……丸い物体の身長がやや低くなっているが、元々身長さがあまり出ない着ぐるみであったことと、ジヴォートが座っているのとでばれなかったらしい。
つまり、今ジヴォートの隣に座っているのはプレジではなくドブーツである。
プレジ土星くんは、ドブーツ側の大勢の保護者に混じってどうなりますかねぇ、と見守っている。
始まりはずっと観察していたイブが、この2人は会わせたほうがいい、という判断からだった。
そこであらかじめプレジに協力を要請し、ちょうど同じ着ぐるみを着ていた2人を入れ替えたのだ。
まあ顔は見えないが、ジヴォートの本音を聞くにはちょうど良いだろう。最後の決断――面と向かい合う――は当人に任せよう。
「……何やってるのかしら、まったく」
「ほんとだぜ」
リネンとフェイミィは入れ替わりに気づいたものの、一向に話し合う気配のない様子に呆れ、
「……そうね。一つ思いついたわ。フェイミィ、これ持っていってあげて」
目に入ったソレをフェイミィに手渡した。
「ん? ああ、分かった」
そして、ことり、と1つのケーキが2人の間に置かれた。
「これはケーキ? えっと、誰か頼んだか?」
ジヴォートが驚くのに、サービスだ、とフェイミィは答える。
「オレの故郷のケーキでな、ケーク・サレっていうんだ。どうだ?」
「……しょっぱいな」
「…………」
ジヴォートに続いて、着ぐるみの隙間から起用にケーキを食べたドブーツも同じ感想を抱く。
「けど、まずかねーだろ?」
「そうだな」
「甘いばかりがケーキじゃない、人間関係だって同じじゃないかね」
その言葉には、どこか苦々しい感情が込められていて、彼女の心からの言葉だと知れた。その経験を踏まえて、助言してくれているのだとも。
「ほんと、そうだよな」
ジヴォートが自嘲の笑みを浮かべた。自分の状況が、まさしく甘さだけを求めているからだ。幸福な思い出だけしか受け入れてないからだ。
もう子どもじゃないのだ。本当は分かっている。どれだけヒーローを求めたって、本当に来て欲しい存在が来てくれないことを。
でも彼から友を奪って、もう取り戻せもしないのならば、
(ほんとうに、そのとおりだ)
彼の友だと言うならば、苦く苦しい記憶でも、それを真正面から彼に見せなければならなかった。
親友である自分にしかできないことだったのに。
でも彼から友を奪って、もう取り戻せないのだと希望をも奪うのならば、
「どんな顔してあいつに会えばいいのか、分からない」
『どんな顔してあいつに会えばいいのか、分からない』
彼と彼の事情・終
と、見せかけて。
◆おまけ?――貸し借りは計画的に
「おおむね成功か。ここもにぎやかで……って、あれはいつもの食材騒動か」
ハーリー・マハーリーは、休憩時間を使って街を見回っていた。活気に溢れた街を見る目は、まるで父親のようだ。
そんな折、目の前をヒラヒラ舞うものに気づき、手を伸ばす。
「封筒か。……報告書。ハロウィン・カーニバル運営委員宛……この字は」
ハーリーが手に取った封筒は、マネキが書いた報告書&請求書が入ったものだった。
どうやら食材脱走の騒動に巻き込まれた際、懐から抜け落ちたようだ。
ハーリーは内容を見て、ほほう、と口をゆがめた。請求書に書かれた数値は、ありえないものだった。
「売られた喧嘩は買う主義だ」
「すみませーん、こちらの支払いをお願いいたします」
後日、マネキの元へ支払いを求める長蛇の列があったとかなかったとか。
「おのれ!」
「……世の中には自業自得って言葉があってだな」
「覚えていろ!」
「……はあ」
彼と彼の事情・終
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