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リアクション
「えーと、何かをお探しですか?」
カイは校舎の前できょろきょろと周囲を見回している女性の姿に気付いて、声をかけた。長い黒髪のその少女は常闇 夜月(とこやみ・よづき)と名乗り、丁寧な口調で「あなたは村の方ですか」とカイに問いかける。
「ええ、まあ……雑用係みたいなものですけど。上の者が必要なら、族長を探して来ましょうか」
「いえ、それには及びません。実は自警団を設立するための人員を探しておりまして……もし宜しければ、護身術の生徒さんや村を守る気持ちが強い方を紹介して頂けないでしょうか」
夜月のパートナーである鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は以前、妖精たちに護身術を教えたことがあった。夜月はその時の生徒が団員になってくれればと思い、探しているところだったのだ。
「護身術なら、今さっき訓練している人たちを見ましたよ。たぶんまだやってるんじゃないかな――ほら、あそこ」
カイが指差した辺りでは、刹那が数人の妖精たちに体術の基本を教えながら、時折求めに応じて素早い身のこなしを実践して見せている。刹那のその動きは一般的な護身術というよりも暗殺者のそれであったが、妖精たちは疑うことなく彼女に羨望の眼差しを向けていた。
「なるほど。掛けあってみます。ところで、カイ様ご自身は自警団に興味ございませんか?」
「俺は……必要に迫られれば戦うけど、皆さんみたいに強くありませんよ? 機転が利くわけでもないし」
「確かに護身術に秀でていたり、戦術的発想が出来る方は優れた自警団員になるでしょう。ですが、何よりも大切なのは守りたい気持ちややる気だと思います」
そのため、夜月は各人の能力に関わらず広くメンバーを募集するつもりでいた。
「そうですか? そう言って頂けるなら……妖精たちに戦わせて、俺だけ見てるってのもあまりに情けないので……入れて貰えますか」
ハーヴィと知り合い、なまじ集落のことに関わってしまったせいで、カイは自分でも良く分からない位中途半端な責任を感じていた。男の甲斐性、と言う程のものは持っていないが、我関せずという態度を取るのも決まりが悪い。
それに対し、夜月は特に表情を変えることなく「分かりました」と頷いた。そして自身が見極めた最良の場所に自警団の詰所を建てるつもりであることを告げてから、カイとは別れて訓練中の妖精たちの方へ向かって行った。洞窟の封印を解くことは事前に知らされていたので、動物たちへの警戒も兼ねて、自分も実地訓練に加わるつもりだ。
教室の見廻りを終えたハーヴィが廊下を徘徊していると、見慣れぬ赤髪の少女とメイドが辺りを見回しながら歩いているのに出くわした。
「もし、そこの二人。何か困り事かの?」
背後から声を掛けられてアルミナは思わずびくりと肩を震わせたが、相手が自分とそう変わらないように見える年齢の少女であることに気付くと、思わずほっと胸を撫で下ろす。
「えっと、授業に潜……じゃなくて、妖精さんたちに話を聞けたらなって思って来たんだけど。ボクのことを知っている人がいるかも知れなくて」
「ほう……何やら事情がありそうじゃな。良ければ授業が終わるまで、我が集落を案内しよう。その間に話したいことがあれば話せば良いし、聞きたいことがあれば聞けば良い」
ハーヴィは自らが集落の長であることを明かしてから、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。
アルミナはそんな彼女と並んで歩きながら、掻い摘んで自らの事情を語っていく。自分の村を出た時にならず者に攫われ、遠くへ連れて来られたこと。幸いにも刹那によってならず者は退治されたが、帰るべき村の場所が分からなくなってしまったこと――アルミナがそれを話している間中、ハーヴィは一言も口を挟もうとはしなかった。ただ時折神妙な顔で相槌を打ちながら、話を聞いているばかりである。
「だから、何か手掛かりになるものを探したくて、ここに連れて来て貰ったの」
「なるほどのう……。ここにはお前さんと同じような事情を持った者が何人もおる。同郷の者が居るかどうかまでは分からんが、もし仮に何の手掛かりも得られなかったとしても、話の合う妖精くらいは見つけられるじゃろう。何なら気が済むまで集落で過ごしてみてはどうじゃ?」
ハーヴィのその言葉に、アルミナは「実は……」と自身の希望を切り出した。
「もし空き家があったら、イヴと二人で洋服店を作りたいなって思ってるんだけど」
妖精向けに手作りの服を売ってみたい気持ちもあったし、何より接客を通して情報収集が出来るかもしれないという思いがアルミナにはあった。自分が出来ない会計などの事務仕事は、イヴが全て何とかしてくれるだろう。
「ああ、空き家ならあるよ。ツリーハウスだと梯子が不便かも知れんし……そうじゃのう、あのログハウスなんてどうじゃ?」
機晶姫のイヴにちらりと視線を走らせて、ハーヴィは問う。イヴは提示された建物を見ると、すぐに電子頭脳で解析をし始めた。
ログハウスの中には、前の住人が使っていたと思しきテーブルや棚などの家具が一通り残されていた。かなり飾り気のない素朴な雰囲気の部屋だが、多少手を加えれば店として使えそうではある。
「懐かしい感じのする、良い家だね。木の匂いがするよ」
「――計算、終了シマシタ。作業ニ取リ掛リマスカ?」
ログハウスの中をあちこち見て回っているアルミナに、イヴがそう問いかけた。
「うん。頑張って、早く洋服店『フェアリームーン』をオープン出来るようにしよう!」
「了解シマシタ、マスターアルミナ」
こうして、二人は洋服屋開店に向けて準備を始めたのだった。
大型の家具等の運搬は力仕事が得意な理沙に任せて、チェルシーとノアは薬や包帯などが詰まった箱を抱えながら、忙しなく廊下の往復を繰り返していた。
そんな彼らの横をすり抜けるようにして、天音は目当ての部屋に辿りつく。
少し重たい扉を引くと、暗い部屋に外からの明かりがうっすらと差し込んで、書類の山を照らし出した。部屋の片隅にある小さな暖炉に火は着いてない。
「職員室」というよりは書斎と言った方がしっくりくる印象のその部屋は、完全にソーンの私室と化しているらしかった。机の上には積み重ねられた古文書の他にコンピューターや写真立て、工具類、手のひらサイズのロボット人形なども置かれている。部屋のほぼ一面を埋め尽くす本棚の向い側の壁には、スーツや白衣などの衣類が吊り下げられていた。
天音は机の前で目を細めると、スキルによって研ぎ澄まされた感覚を書類の山に向ける。
探すのは、最も大切にされていると思われる書物だ。それは恐らく一番古びているもの。あるいは大切に扱っているとしても、何度も開いた為に傷みが進んでいるもののはずだ。
ソーンが部屋へ戻って来るまでの間に確たる証拠となる文書を見つけるためには、ある程度目星をつける必要があるだろう。少なくとも、手当たり次第に探すのは得策ではない。
いかにも重要なものが入っていそうな、鍵のかかった箱の中――いや、もし仮にソーンがその書物の存在を隠したがっていたとしたら、そんな分かり易い場所に放置したりはしないだろう。
机上で山を作っている古文書の多くは、そこに描かれている図像から察するに、古代の機晶技術に関するもののようであった。残念ながらこれもソーンが「黒」である証拠にはならない。機晶工学の心得があるからこそ彼は『煌めきの災禍』の修理を申し出たのであり、修理のためにその分野に関する知識を深めようとするのは、至極当然の流れでもある。
その中でふと天音の目を引いたのは、一冊のファイルだった。色やけを起こし所々破れているような古文書が多い中で、ファイリングされている書類は比較的新しいように思われ、それが逆に目立っていた。妙に気になって手に取ってみると、それは新聞――どうやら地方紙らしい――の切り抜き記事であった。下に重ねられているのも同じローカル新聞のようだ。
「地震により、地下遺跡出現……?」
天音の目が記事の内容を追おうとしたその時、突然ノック音が響く。否。正確には、開けっ放しにしていた引き戸が、わざと訪問を知らせる者の手によってノックされた音であった。
とっさに驚いたフリをして、天音は振り向きざまに机上の山を崩す。大量の本や書類がファイルと共に雪崩れを起こして、ばらばらと床に散らばった。
「おやおや……」
部屋の主は入口に立ったまま、あまり驚く風でもなく言う。
「ああ、そのままで結構ですよ。それより、僕に何か御用ですか」
急いで古文書を拾い集め始めた天音に向かって、ソーンは尋ねた。
「いや、何と言うか、凄い量だなと思ってね。元々、知的好奇心は旺盛な方だから」
「ああ……興味がおありなら、座って見て頂いて構いませんよ。今部屋を暖めますからね」
そう言うとソーンは散らかった机を通り過ぎて暖炉に向かい、傍に立てかけてあったトーチングスタッフの先端をその中に突っ込んだ。新たに足した薪がパチパチと音を立てて燃え始めると、彼は懐から取り出した紙切れを炎の中に放り込む。そしてそれが跡形もなく焼失したのを見届けてから、ソーンはようやく天音が落とした古文書を拾う手伝いを始めたのだった。
「すまなかったね、今度何かお詫びするよ」
別に良いですよ、というソーンに対し、
「お近づきになりたいのもあるし……白衣が似合いそうな学者なんて、好みだしね」
天音は壁に掛けられた白衣を一瞥すると、冗談か本気か不明な表情でそう言って笑みを浮かべた。
到着が待たれていたダリル・ガイザックが黒色の翼で飛来したのは、丁度その時であった。ダリルがソーンの部屋もとい職員室に機晶修理用の道具を一式持ち込んで、遂に洞窟探索班の準備は整ったのだった。