First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last
リアクション
【福笑い(ふくわらい)とは、正月に遊ばれる日本の伝統的な遊びのことであり、決して以下のようなことではないので注意すること!】
※テストに出るぞ! (舞傘のマル秘授業ノートより一部抜粋)
彼女は――セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)はアガルタに下ろしたばかりの足を止めた。
言葉にしがたい違和感を覚えたのだ。
街を歩く人々は多く、騒がしさもいつも通りだが――少し怯えているような、何かを心配しているかのような。
「こちらをお持ちくだ……これを」
そんなセレスに酒杜 陽一(さかもり・よういち)が禁猟区を施した虹のタリスマンを差し出した。途中で言い直したのは、お忍びだから敬語禁止といわれたからだ。
セレスは「うむ!」と無駄に胸を張りつつ受け取り、もう一度見回した。
「何かおかしなことでも?」
「……街の様子がいつもと違う気がするぞ」
「それは――」
陽一は少し迷った。彼は街の空気が少し重たい理由を知っていた。街のあちこちで起きた騒動。その時に倒れた総責任者。裏のことなど知らずとも、住民達は何かを感じ取っているのだろう。
(下手に不安がらせる必要は無い、か)
「そうか? きっと気のせいだと思う」
「なんだ。気のせいか! なら良いのだ」
途端に元気になった姿に少し苦笑しつつも、彼女が明るくなると街の空気まで華やかになるようだった。
「おや、アズちゃんじゃないかい。また遊びに来てくれたのかい?」
「うむ。来てやったのだ」
実際,偉そうに胸を張るセレスに声をかけてきた住民は朗らかに笑っている。……ちなみにアズ、とはアズール・アジャジャというセレスの偽名のことだ。
セレスを前にした住民達は、みな笑っている。無理やり浮かべたものではなく、心からの笑顔。
「陽一、次はどこへ行くのだ」
「次のかんこ、ごほっ。失礼。視察予定場所は、ニルヴァーナの方々のところだな」
楽しみだなー、と意気揚々と歩いていくセレスについていきながら、ニルヴァーナ人たちへと意識を移す。
(彼らは、これからどうするのだろう)
生還できたことは喜ばしいが、嘗てのニルヴァーナの姿を蘇らせる事はもう無理だ。生き残った人達は表向き明るく振る舞っているものの、内心では人知れず苦しんでいるのかもしれない。
(セレス様なら彼らを慰められる、かな?)
とにかく、自分の仕事は彼女を守ること。治安は元に戻っているとはいえ、気合を入れなおさないと。
「せ……アズール。では、行こうか」
「うむなのだ!」
***
道往く男性陣の目がちらちらと一方向へとそそがれていた。
視線の先には2人の女性。白く滑らかな肌を惜しげもなくさらした……まあ簡単に言うと、ビキニにコートといういつもの格好をしたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がいた。
「ん〜、セレスのところにもいなかったし、どこにいるのかしら」
誰かを探しているかのようにきょろきょろしている。セレアナはパートナーに苦笑した。
「……ほどほどにしてあげなさいよ」
できれば遭遇しないようにと(彼のために)願いながらのセレアナの言葉だったが
『それでそのあとにな――』
その特徴ある機械音は土星くん 壱号(どせいくん・いちごう)に違いなかった。セレンの眼が輝くのに「はぁ」とセレアナは深いため息をついた。
土星くんの前にはニルヴァーナ人たちがいたので、見舞いに来ていたのだろう。
「やー、土星くん、おひさー! 相変わらずの土星ぶりよねー」
『土星ぶりってなんやねん! って、げっ。お前さんは』
思わず、といった様子でツッコミを入れた土星くんの顔が、なんとも嫌そうなものに変わる。セレアナは、しかしそんな土星くんを責める気にはなれなかった。
セレンも怒る様子はなく、どころか喜んだ様子でコートからマジックを取り出した。
悪い予感を覚えた土星くんが、一歩? 下がる。
「じゃ、正月だし『福笑い』しましょうか」
マジックのキャップが外され、ペン先が土星くんに向けられる。もうこのときには、セレンの意図は丸分かりだった。
『何が福笑いや! ただ落書きしたいだけやろ』
「えー、いいじゃない。男前にしてあげるし減るものもないんだし」
『減るわ! がんがんに自尊心と男前度が!』
「…………」
『そこはなんも言わんのかい!』
「ま、とにかく大人しくしなさい」
『誰が大人しくするかー』
「こらー、逃げるなー」
セレアナはその様子を、
(一応、あれでもシャンバラ国軍中尉なのだけれど……世も末かしら)
悟りをいた気分で見ながら、2人の後を追いかける。もちろん、通り過ぎる際にニルヴァーナ人たちに頭を下げるのは忘れない。
『おおっジヴォート! ええところにおった! 露出女をどうにかせい!』
「はっ? ろしゅつおん?」
土星くんの声にセレアナが意識を前に戻すと、金髪の少年の姿。ジヴォート・ノスキーダ(じぼーと・のすきーだ)……だけでなく、プレジ・クオーレ(ぷれじ・くおーれ)、イキモ・ノスキーダ、ドブーツに他たくさんの一行がいた。どうやらまた観光に来ているらしい。
また深いため息をついたセレアナは、プレジやイキモへと挨拶をすることにした。
「おや、あなた方も来てらしたのですか……しかし、大変そうですな」
「まあ……あの子はアレで平常運転ですから」
「ジヴォート、土星くんを引き渡しなさいよー!」
『絶対そいつを阻止せぃや!』
「……なんだ。鬼ごっこかよ。元気だな、お前ら」
『遊びちゃうわ! 自尊心とわしのファン達の思いがかかった真剣勝負や!』
「なんの話か、わかんねーよ」
「そうよねー。自尊心やファンなんか最初から存在しないわよね」
『世間知らず小僧! お前もか!』
「そんな事言ってねー! つーか、その呼び方やめろ」
「え? 事実でしょ?」
「ぐっ。そうかもしれねーけど」
だいぶツッコミができるようになってはいるが、まだまだ修行不足なジヴォートに2人が止められるわけは無い。
どことなくげっそりしたジヴォートの肩を叩くセレン。
「なにシケた面してんのよ?」
「だ、誰のせいだと」
「新年なんだし、どうせなら散々盛り上がってその勢いで厄介な事を片づけちゃいなよ!」
「っ!」
厄介な事とドブーツの方を見たセレンにジヴォートは息を止めた。何か言おうとした瞬間。
「あー! 逃がさないわよ、土星くん!」
『ちっ』
セレンが大声を上げ、土星くんを追いかけていった。――嵐が過ぎ去ったような、とはまさしくこの状況を言うのだろう。
ジヴォートは安堵したような、気が抜けたような顔でセレンとセレアナの背を見送った。
ちなみに、土星くんとセレンの愛(??)の逃避行は
「お、あれは土星くんではないか。陽一! 連れてくるのだ」
「え? あ、はい……ごめん、土星くん!」
『なにっ? 罠やったんか! 卑怯やで』
近くを通りかかったセレスティアーナに発見され、陽一によって捕獲されたことで終止符となった。
しかし物事というのは、それだけで終わらないものらしい。
ふっふっふっと笑いながら土星くんに迫る魔の手(マジックペン・黒)。
「ナイース! ほら、観念しなさーい!」
「おお? なんだそのマジックは! 楽しそうだな、私もやるぞ!」
「予備のマジックあるわよ。ほら……あなたもやる?」
「俺は……遠慮しとくよ」
まさかの誘いに陽一にできることは、誘いを断り、罪悪感を抱えながら笑いをこらえることだけだ。
「そう? 絶対楽しいのに……ま、いっか。じゃあ」
『ちょ、まじか。やめ……ぎゃーーーっ』
「……はぁ。やっぱりこうなるのね……」
その日、ひげが生えて眉毛の形が若干違う土星くんの姿が目撃され、土星くんの父親説が住民の間でささやかれることになるとかならないとか。
※良い子はこんなことしちゃダメだぞ!
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last