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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【癒しカモと犬の気持ちで守り抜けば、財布はきっと無事!】
※タイトルが意味不明警報が出されました。


「ああ、違う。それはここに置いてくれ。それと、そっちは奥へ」
 荷物を運び込んでいる業者に、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が指示を出していく。
 いつも依頼で訪れる街に、宵一はこのたび店を出すことにした。地区はエヴァーロング。アガルタで唯一のんびりした空気にあふれる街中に出す店とはどんなものなのか。賞金稼ぎの事務所や依頼の受付所ならばもっと別の区の方がよさそうだが?

 業者が宵一の指示に従い、パネル――リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が映ったそれらを店内に配置していく。
 いやだけでなく、なんとなく店の内装も愛らしい空気に溢れているようだ。
 リイムは店内を見回しながら、複雑な気持ちになっていた。
「僕のグッズを売るお店でふか〜」
「そうだ。リイムはいつ見ても可愛いからな。
 そんなリイムのグッズを売る店があってもいいだろう?」
 どうやら今回は賞金稼ぎとしての顔ではなく、リイムのプロデューサーとして動いているようだ。言葉通り、開けられた箱の中にはリイムをかたどったぬいぐるみやストラップに抱き枕、イラストがプリントされたハンカチなどが詰まっている。
 しかしあまり乗り気じゃなさそうな本人に、宵一は少し考えた後に声をかける。
「……少し前、アガルタの街は荒れた。それを覚えている住民は、まだ怖がっている……だからな」
「僕をもふもふしたら、みなさん元気になってくれるでふ?」
「ああっ」
「……分かりましたでふ。僕、頑張りまふ!」

 ということで、今リイムは店頭に立ち、道往く人にもふられていた。
「あれ、ジヴォートさん? お久しぶりでふ」
「リイム、か。新しく出来た店ってリイムたちの店だったのか」
 驚くジヴォートの背後では女性陣が「かわいい!」と悲鳴を上げていた。宵一はそうだろうと頷きながらセールスを展開している。
 リイムは、あれ、と首をかしげた。ジヴォートの元気が無いように感じたのだ。何かあったのか直接問いかけても、大丈夫ともふもふされてごまかされた。
「本当にふわふわだなー」
「ありがとうでふ!」
「……こっちこそ、な。うん。充電させてもらった」
「充電、でふか?」
「ああ、こっちの話だ」

 わけが分からないリイムに、ジヴォートはただ笑って頭をなでた。

 話は変わるが、その日の売り上げは中々のものだったとか。宵一が非常に満足げだった。



* * *



(いつもと同じ様子には戻ってるみたいだが……また何か碌でもない事を考えているんじゃねぇだろうな)
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は、ジヴォートの様子を訝しく思っていた。昨日のことがあるだけに。
「それにしてもジヴォードさん達がまたアガルタにお越し下さり光栄です」
「まあ、この街にはなんだかんだで愛着あるからな」
「この街に関わっている人間として、そう言ってもらえると嬉しいな」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)と何やら会話が弾んでいるようだ。世間知らず同士だからなのか。
 しかしフレンディスとグラキエスは会話しながらも周囲の警戒をしていた。今回は護衛者としてここにいるからだ。グラキエスはさらに【スカー】という影の巨狼をジヴォートの傍にいさせている。
「本当にスカーは頭がいいな」
 褒め言葉を受けたグラキエスがスカーを撫でると、尻尾? がゆらゆらと揺れた。グラキエスは微笑み、しかし内心首をひねっていた。

(どうも様子がおかしいな。昨日も顔色が悪かった。病気じゃないと言っていたが……この旅行が気分転換になれば――)

『主』
 その時、どこからともなく声がした。鎧となっているアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)の声だ。小さかったため、ジヴォートには聞こえなかっただろう。
 グラキエスは近くにいたフレンディスに目で合図を送る。フレンディスは頷き、ベルクと共に音を立てずにその場を離れていった。
「ジヴォート。少し疲れたか?」
「え? まあ、ずっと歩いてるからな。多少は……昨日のなら気にするな。大丈夫だから」
「油断はしない方がいい。……少しあのベンチで休んでみてはどうだ」
「ん、ああ、そうだな……父さんも少し汗かいてるし、ちょうどいいかもな」
 鎧から人型へと戻ったアウレウスも後押しして、ジヴォートを誘導する。アウレウスは飲み物を買って来よう、と2人の希望を聞き、もう一人へ目をやる。
「ガディ。主のことを頼むぞ」
 こくりと頷いたのは、彼の相棒である魂の武龍、ガディ。今は人の身に変身しているのだ。
「ああ、アルゲンテウス、俺も行こう」
 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が静かに声をかけ、2人は人ごみの中へと消えていった。

(店のことも気になるがリーニンらを信じるしかないな。エンドロアたちを野放しにはできん。……アルゲンテウスは基本とめないからストッパーにはならんし)
 ちらと横を歩く男を見たウルディカだったが、すぐに意識を戦闘へと切り替えた。ジヴォートに気づかれない位置まで来ると、道を外れて裏道に入る。
 迷い無く進んでいくと、割烹着姿のフレンディスが見えた。少し離れた位置にはベルクもいて、ウルディカに気づくと片手を挙げた。
 そして2人の目の前には、目つき鋭い男たちが5人いた。
「チィっ折角カモをみつけたったのに」
「ソレは残念だったなっと。
(ウルディカとアウレウスが来たとはいえ、あまり派手にはできねーな)」
 ベルクはすぐさま指先に魔力を集中させ、宙に文字を描いて味方の援護をする。ウルディカもベルクの意図に気づき、手にした銃を撃つことなく、相手に肉薄した。
「アルゲンテウス」
「分かっている……主たちの方へは行かせん」
 逃げようとした男の前に、壁のように立ち塞がるのはアウレウス。守りを固めた彼に隙はなく、むしろ怯んだ相手に加減した突撃を食らわす。男は壁に勢いよく激突したが、建物に損壊はない。
「ジヴォートさんたちの旅行を邪魔なんて、させません」
「ぐぁっ! な、どこから」
 影から影へと飛び交いながらのフレンディスの攻撃が敵を切り裂く。その真剣な目は、歴戦の戦士を思い浮かばせる……が、割烹着姿だ。果てしなく何かが惜しい。
 その時、ウルディカが声を上げた。彼本来のものではない別の目が、その存在を捕えていた。
「ティラ、上だ」
 間一髪。転がって避けた地面に矢が突き刺さる。建物の上にも2人いたらしい。体勢の崩れた彼女に追撃しようとしている。
「させねーよ! 毒でもくらってろ」
 しかし予測していたベルクが邪気で相手を包むこみ、敵が弓を落としている間に体勢を整えたフレンディスと、大きく飛び上がっていたアウレウスの強烈な一撃が決まった。


 一方でジヴォートとグラキエスは、ベンチに腰掛けて話していた。
「ジヴォート、大丈夫か?」
「大丈夫だって。ほら、元気だろ」
「……そうではなく、最近様子がおかしいように思う。何かあったのか?」
 固まったジヴォートの目が、一瞬だけドブーツへ向けられたのを、グラキエスはしっかりと見た。

「少し前のことなんだが、俺は、思っていることを口に出せなかった。俺だけじゃなくて、みんな」
「…………」
「大事に思っているのに。いや、だからこそ何もいえなくて……苦しい思いをした」
 今思い返しても、胸が握られたかのように苦しくなる。でも今彼らの顔を思い起こせば、苦しみ以上の温かさを感じられる。

「同じ経験をしたとは言わない。しかし――塞ぎこんで溜め込むより、気持ちを吐き出して行動した方がいいのではないかと思う」
「グラキエス……」
「無理にとは言わないが……俺から言えるのはそれだけだ」
 グラキエスは言うだけいうと、「少し戻りが遅いから、様子見てくる」とその場を離れた。
 言葉が出ないジヴォートに、先程からずっと黙って傍にいた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が口を開いた。

「僕は犬だから解るのです」
 ポチは、ジヴォートの過去を知っていた。
「もしご主人様や大事な人の為に自分の身に何が起きても、それは忠犬として本望なのですよ?
 僕は僕でその方ではありませんが、もし僕がその方だったらきっと同じ事をやりますよ」
「でも、それは――」
「ただ!」
 遮ろうとしたジヴォートを、ポチが遮る。声が、震えている。悲しみなのか。怒りなのか。いつもなら分かるのに、今のジヴォートにはポチの気持ちが分からなかった。
「その事であなたが負い目を感じられていたら、僕なら気になってあの世でおちおちドッグフードも食べれませんし、生まれ変わることも出来なくなっちゃいます。
 その方が辛いです」
「辛い……」

(俺は辛いことをさせていたのか? でも、なら、なら――)


(ジヴォちゃんの事はフレちゃんやグラちゃん達に任せて、あたしは……イキモさんと市場調査ってところさ?)
 様子を伺っていたマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)は、そう結論し、改めてイキモと向き合っていた。
「エヴァーロングは店や住居が計算されているさ」
「交通網もしっかり整備されていますし、治安もいいですし」
「最近は建設も盛んさね」
 ふむっとイキモが真剣な顔をし始めた。需要があるということは、商売のチャンスだからだ。
 商人同士、こうした商売の話というのはやはり盛り上がる。だがマリナはイキモの護衛も兼ねていた。なのでマリナは懐にいつでも取り出せるようルーンのカードを忍ばせている。
 カードは使い切り。もしも使った場合は相手に弁償させようと考えていた。

 で、結局カードを使ったのかについては……空っぽの財布を前に呆然としている青年に聞いてほしい。