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葦原島のチョコ外郎


「でたー!」
 コントローラーを持ったまま、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がガッツポーズをとりました。
 あまりにネットゲー課金をするものですから、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)たちにカードを止められてしまったアキラ・セイルーンだったわけですが、だからといってゲームをやめるようなことはしません。
 むしろ、地道な努力で、レアアイテムを無課金でゲットしています。
 前よりも、アイテムの引きがよくなったような気がするのはなぜでしょう。恐るべし、物欲センサーとその執念。
 なんだか、宝箱の中身が、オーラとなってその目に見えるかのようです。
「アキラよ、ちょっといいか?」
 夢中になって、宝物のランダムスロットを回しているアキラ・セイルーンに、ルシェイメア・フローズンが声をかけました。
 はっきり言って、ここはガン無視したいところですが、また電源をブッチでもされたら泣くに泣けません。嫌でも従うしかないでしょう。
「今、居間へ行く!」
 連続レアコンボの記録更新を諦め、アキラ・セイルーンはなくなく居間へとむかいました。
「うっ」
 何か、異様な臭いがします。まるで、漢方薬のようです。
 そんな臭いが立ちこめる居間に、神妙な顔をしたセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)がかしこまっていました。
 なんでしょう、また家族会議でも始まるのでしょうか。いや、最近は全てうまくごまかしているはずだと、アキラ・セイルーンは努めて平静を装いました。
「バレンタインなのでな。さあ、食え!」
 そう言って、ルシェイメア・フローズンが、何やら奇妙な物体を差し出しました。
 自慢の毒沼のスープにチョコレートを加えて固めた、滋養強壮薬効に優れた自慢の逸品です。
 チョコですのに、なぜか箸がおいてあります。きっと、素手で持つと危険な物体なのでしょう。いや、だとしたら、口の中はいいのでしょうか!?
 見れば、陰でセレスティア・レインが、ガンバと拳を握りしめてアキラ・セイルーンを応援しています。大元のスープは、食費が厳しいときに家計を助けてもらったりもしている物です。食べられないことはないのです。味にさえ言及しなければ……。
うぐっ!?
 ――ご、ごれば……。少なくとも、チョコの味じゃねえ……。
 一口食べたアキラ・セイルーンは、その場で箸を放り出して逃げだしたい気持ちになりました。気分は、風邪をひいた子供がオブラートなしで粉薬を飲まされたようなものです。
「どうじゃ、うまいじゃろ。貴様のためにたくさん作ってやったのじゃ。遠慮なく食べるがよい」
 ニコニコ顔で、ルシェイメア・フローズンが言います。もはや退路はありません。
「う、うん……」
 のろのろとした緩慢な動作で、アキラ・セイルーンは、それでもなんとか食べ終えます。
「そうかそうか、よし、皆も遠慮するな」
 そう言いますと、ルシェイメア・フローズンが、恐怖におののくヨン・ナイフィードとセレスティア・レインにもチョコの色をした物体を勧めました。
「あ、ありがとうございます……」
 この物体に何を加えれば普通に食べることができるのだろうかと、全力で頭を回転させながら、セレスティア・レインがそれを受け取りました。同様に、顔を引きつらせながら、ヨン・ナイフィードもそれを受け取ります。
 ヨン・ナイフィードもチョコレートを作ったのですが、同じキッチンで鼻歌呪文交じりに謎物体を作るルシェイメア・フローズンに気圧されて、はっきり言ってどんなふうに作ったのか自分でも覚えてはいません。とりあえず、チョコと一緒に、胃薬やら頭痛薬やら、痛み止めをこれでもかとプレゼント袋に入れてあります。
「はい、後で食べてくださいね」
 いろいろと含みを持たせて、ヨン・ナイフィードがアキラ・セイルーンにバレンタインプレゼントの袋を手渡しました。
「私からも、プレゼントです」
 そう言って、セレスティア・レインも綺麗な紙袋に入ったチョコレートをアキラ・セイルーンに差し出しました。
「ありがとう。後で食べさせてもらうよ」
 さすがに、これ以上口に何も入れたくありませんので、二人のチョコは後で食べることにしました。口直しになってくれることを祈るばかりのアキラ・セイルーンでした。
「じゃあ、私はピヨたちを見に行ってきます」
 ヨン・ナイフィードはそう言うと、試食によって庭でピクピクしているジャイアントピヨやミャンルー隊の所へと駆け寄っていきました。

    ★    ★    ★

 俺こと、鳴海 玲(なるみ・あきら)は、平凡な家庭に生まれ育ってきた。
 このパラミタに来るまでは……だ。
 日常からおさらばしてからの、非日常。
 それは、たとえるならば、突然空から美少女が降ってくるような……。
 まあ、似たようなことで、突然三人ものパートナーが転がり込んできたわけだが。
 実際、いつも、いい人ねで終わってしまう俺にとって、生まれてからこの方、モテたという記憶はない。
 そんな日常を打破するために、ハーレム系主人公の座をこの手に掴むためにと、このパラミタに渡ってきたわけだが……。
 まあ、最初は、順調だと思ったさ。見た目美少女な、可愛いパートナーが三人もできたんだからな。
 大和撫子を絵に描いたような薫、ボーイッシュな空、ツンデレメイドなクリス。三人共ボクに好意を寄せてくれてるのは嬉しいし、正直だきしめたいくらい可愛いとも思っている。
 だが、しかし!
 俺は彼らが凶暴な物を隠し持っていることを知っている!
 あれは無理。絶対に無理!
 ということで、俺は、本日は逃亡することにする。
 今日は、絶対にヤバい。
 バレンタインデー……。
 きっと、猛烈なアタックが来るに違いない。だが、無事に今日一日逃げ切ることができれば、ひとまずは安心かもしれない。そうだといいなあ……。
「ということで、探さないでください……。この、布団のぬくもりは、そう語っていますわ」
「すご〜い。かおるったら、よくそれだけで、な〜み〜るん♪ のこと、分かるよね」
「多分、ただの妄想よ」
 鳴海玲がいなくなったベッドの布団に手を突っ込んでぬくもりを確かめる瑞穂 薫(みずほ・かおる)に、和泉 空(いずみ・そら)クリス・クロス(くりす・くろす)が言いました。
「そんなことはありません。私の想像からすると、玲様が男子寮【白楼】から逃げだして、まだあまり時間が経っていないはずです。今ごろは、はだけたワイシャツから胸板を顕わにし、頬の微かに血の跡が……じゅるり……」
 自信たっぷりに、瑞穂薫が妄想をダダ漏れさせました。
「だったら、すぐに探そうよ」
 クリス・クロスが、瑞穂薫と和泉空をうながしました。うなずきあうと、三人揃って鳴海玲の部屋を出ていきます。
「ふっ、甘いな。外を固められたときはどうしようかと思ったが、これで悠々と部屋を脱出できる……」
 誰もいなくなった部屋の中で、もそもそと鳴海玲がベッドの下から這い出してきました。
 うまくやり過ごせた――かと思ったそのときです。
「そこまでだよ!」
 それを待っていたかのように、和泉空が部屋に飛び込んできました。瑞穂薫とクリス・クロスも一緒です。
「さっき、俺を探しに出かけたんじゃ……」
 唖然とする鳴海玲が、あっという間に瑞穂薫とクリス・クロスに取り押さえられます。
「だって、さっきのは、私の妄想ですから〜」
 しれっと、瑞穂薫が言いました。
「じゃあ、最初のくじ引き通り、ボクからだね」
「その次はボクだからね」
 和泉空の言葉に、鳴海玲の右腕を押さえつけたクリス・クロスが言いました。
「貴様ら何を……。ええい、脱ぐな!」
 いそいそと脱ぎだす和泉空を見て、鳴海玲が叫びました。みごとに発達した胸筋です。
「今日こそは、逃がしませんわよ。せっかくのバレンタインですもの。そのために、私たち三人で共謀したのですから」
 瑞穂薫が、ニヤリと笑います。
「バレンタインって……、お前たち男だろうがあ!!」
 鳴海玲の叫び声は、むなしく部屋の中に響き渡るだけでした。

    ★    ★    ★

「イコンホースとマウイセの接続状態はどうだ?」
 まだ真新しいコックピットシートに座りながら、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がコパイロットシートのエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に聞きました。
「良好だが、マウイセを改造したブレードバインダークローの方は、クロー部分の装備が未完了のため、攻撃武器としての使用はできぬな」
 天燕の機体各部をチェックしながら、エクス・シュペルティアが答えました。
 先の戦闘で魂剛が大破してしまったために、その修理が終わるまではこの天燕に頑張ってもらわなくてはなりません。
 とはいえ、流星をベースとした魂剛とセラフィムをベースとした天燕では、機体の癖がかなり違います。一応、魂剛の戦闘データを移植してはありますが、それがそっくりそのままいかせると言えば嘘になります。その穴を埋めるのが、パイロットの技量です。幸いにして、魂剛も天燕も接近戦仕様のため、基本的な戦い方は同じです。後は、パイロット次第というところでしょうか。そのための、訓練です。
「トリニティシステムの方はどうだ?」
「バージョン2.0になって、かなり仕様が変わっているが、もともとセラフィムはそれに対応した機体であるから問題はないだろう。ただ、出力は大幅にアップしているので、加減に注意するのだぞ」
「まあ、機体さえ問題なければ、後は俺の腕次第というところか。なるべく早く、こいつに慣れておかないとな」
 イコン起動時のチェックを順番にこなしていきながら、紫月唯斗が言いました。手順は変わらないにしても、マニュアルからして明倫館製のイコンと天御柱学院製のイコンでは漢字とカタカナの量が違います。
「チェック終了。後は、慣らし運転だな」
 完了のサインをデバイスに指で書き込むと、エクス・シュペルティアが言いました。
「よし。天燕、発進する!」
 そう言うと、紫月唯斗は天燕のハンガーロックを外しました。大型のイコンが、ゆっくりと格納庫から歩み出ていきます。
「セラフィムスラスター展開。飛翔する!」
 背部のウイングバインダーを展開すると、天燕が垂直に上昇を始めました。高出力化されたエナジーウイングが目映く発光します。
「高度上昇。安全高度に達したのだよ。進路クリア」
「よし、水平飛行に移るぞ」
 そう言うと、ウイングバインダーに接続したイコンホースの大出力を生かしたウイングブースターを全開にして、天燕が空を飛翔していきました。