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■一日目

「嫌に決まってるですぅ〜!」
 エリザベートの叫び声が流れ落ちる滝の音に混じって響く。
「つべこべ言わずこの湖を周りを走りなさい! 基本的に体力が足りてないじゃないの!」
 開けた湖に流れ込む滝壺で駄々をこねるエリザベートにセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は怒鳴るが、効果はないようだ。
「魔法を使うのにそんなに体力はいらんですぅ〜」
「口答えしない! さっさと元の世界に戻りたかったら走れ!」
「なら、すぐにレベル100にするですぅ〜!」
 エリザベートのその言葉を聞いた瞬間、セレンの動きがピクリととまる。
「1日でレベル100になるなんて思わないでよ!」
 呆れ返ったのかと思いきや、今まで以上の剣幕でエリザベートに詰め寄る、今にも手を出しそうだ。
「セレン、落ち着いて。 校長、走るのが嫌なら他にいい訓練があるわよ」
 ぜぇぜぇ、と肩で息をするセレンとエリザベートをなだめたのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
「おお、走らないで強くなれるならそっちがいいですぅ〜」
 走らなくていいという条件にエリザベートはすぐに食いついた。
「校長、魔法というものは、『いかに素早く魔法を発動させられるか?』という事が大切です。」
 うんうん、とエリザベートは何度も頷く。
「その為には相手の挑発に乗らず、精神を集中させるメンタル力が必要とされます。その為には」
 セレアナはびしっと滝を指さす。
「滝に打たれて強靭な精神力を鍛えましょう」
 青ざめるエリザベート。
「嫌ですぅ〜!」
 そして駆け出す。
「こら! サボっちゃ駄目だぞ!」 
 走り出したエリザベートの耳元で大きな叫び声が響き、あまりの事に彼女はその場でずっこける。
 気が付くと彼女の髪の中には小さなピエロ風携帯ストラップのような姿をしたボビン・セイ(ぼびん・せい)が潜んでいた。
 その手には彼のサイズに合わせたメガホンが握られている。
「全く、どれだけ訓練が嫌なんだよ」
「あいつ等が鬼すぎるんですぅ〜!」
 寝そべったままエリザベートはセレン達を指さす。
 2人ににらまれると、やですぅ〜と両手両足をジタバタさせる。
「そっか!」
 エリザベートの様子を気にしていなかったのか、1人黙々と何かを考えていたカッチン 和子(かっちん・かずこ)は何か閃いたのかポンと手を叩く。
「今回レベル1から元の実力を取り戻せば、新人魔法使いに実体験に基づいた的確な戦闘方法を指導できるのか。さすが校長先生!」
 先ほどまで延々と嫌がっていたエリザベートのことを全く見ていなかったのか全く見当違いのことを言い出した。
「その通り、私はいつどんな時でも学校のことを考えてるですぅ!」
 しかし、エリザベートは否定せず、むしろ肯定していた。
 勢いよく立ち上がった彼女は先程までの嫌々オーラが感じられない。
「お、じゃあ訓練開始だな!」
 ボビンが髪の毛をよじ登り、頭の上にちょこんと座る。
「何でもかかってきやがれですぅ〜」
 ぶんぶんと愛用の杖を振り回すエリザベート、すっかりやる気になっている。
「単純……」
「ね……」
 セレンとセレアナはその様子を呆れてみていたが、これで訓練ができると気づくとこれ幸いにエリザベートへのし歩いて行く。
「ふふっ」
 その様子を見て和子は微笑ましく笑っていた。
 表情からは狙った発言であったのか、それとも本心なのかはわからない。
「あ、でもさ。その杖とか服って装備できるレベルじゃないんじゃない?」
 ぶんぶんと杖を振り回すエリザベートを見てボビンが疑問に思ったことを口にする。
「……あれ?」
 確かにおかしい。そうエリザベートが考えた瞬間だった。
「……うひぁあ!?」
 突然素っ頓狂な声を上げたエリザベート。
 よく見ると服が消え、エリザベートは下着だけの状態になっていた。
「見るんじゃないですぅ!」
「見えてないってばぁ!」
 わしわしと自分の頭をかきむしり、ホビンは振り落とされないように必死だ。
「ああ、装備出来ないって思いこんじゃったから消えちゃったのかな?」
 そう言えばそんな説明も受けたような、とセレンは思い出す。
「服をよこ……。よこせですぅー!」
「何で止まったのよ!」
 着る物を求めて駆け寄ってきたエリザベートはセレンとセレアナを見て動きを止め、和子とノーンの元へと駆け寄って行った。
 先ほどから怒りっぱなしのセレンの肩をセレアナが叩いていた。だが、その表情はどこか冷たい。
「あんな恰好したくないですぅ! まともなのをくれですぅ……」
 突然下着姿になってしまい、いつもよりしおらしい。
 和子とノーンに縋る様に頼み込んでいる。
「じゃあ、これ!」
 和子が取り出したのはイルミンスールの新制服。
 受け取るなりエリザベートは直ぐに着替えるが、少し大きいようだ。
「……?」
 制服を身につけた時に重量感を感じたが、そんなことよりもといそいそと制服を身にまとう。
「助かったですぅ……」
 その場に居た全員、新入生みたいだ。と思ったが口には出さなかった。


―――数時間後


「もう、無理ですぅ……」
 溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように訓練を開始した鬼軍曹2人によって扱かれたエリザベートはへなへなと倒れこむ。
「んー、やり過ぎたかなぁ」
 湖の周りを50週に滝に打たれる訓練を1時間。
 本人がやる気だったとはいえやり過ぎたかなとセレンは訓練の内容を思い出す。
「みんな、おやつだよー」
「おやつだって、ほら立って!」
 少し離れた場所で持ち込んだ食材でおやつを作っていたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がトレイを持ってやってきた。
 それを見たホビンは自分も食べたいのかエリザベートの頬を突くが、疲れ切っているのか動けそうにない。
「体が重いんですぅ……」
「じゃあ食べさせてあげるよ!」
 倒れているエリザベートの目の前にフォークに刺さったパンケーキが差し出される。
 たっぷり塗りつけられたクリームとブルーベリーソースが輝き、芳醇な香りがお腹をくすぐり、とてもおいしそうだ。
「頂きますぅ……おいしいですぅ!」
 パクリと一口で頬張るなり、エリザベートの顔が瞬く間に笑顔になる。
 他のメンバーも絶賛していてお菓子に夢中だ。
「よかった。来れなかったおにーちゃんも喜んでくれるよ」
 本来なら御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が来る予定ではあったのだが、めでたく娘を儲けた彼は妻と共に育児に必死。
 そこでノーンが代わりにやってきていたのだ。
「あ、そうだ。実はここに仕掛けがしてあるんだ」
 そう言いながらノーンはエリザベートの制服の手首部分をポンポンと叩く。
「服の内側に重りを入れてたんだ。ほら、ウェイトはずしてみて! きっとパワーアップしてるよ!」
 よく見ると、制服の内側にはいくつも重量を増す為のウェイトがくっ付いている。
 重りを外すと、エリザベートは全身が解放されたように感じ、軽々と立ち上がった。
「体が軽いですぅ〜!」
「じゃ、早速測ってみよう!」
 少し古い旧式Kカウンターを取り出し、エリザベートの能力値を測定する。
 ピピピ、と音が響き数値が表示されるまで、沈黙が続く。
「しっかり成長してるよ! 結果出てるね!」
「ふふん、校長はすごいですぅ! これで訓練もおしまいですぅ!」
 両手を腰に当て、ふふんと鼻を高くする。
「あ、でもまだまだレベル100には遠いよ。さぁ、食後の運動行ってみよう!」
「ちょ。なにするですかぁー!」
 有無を言わさず、ノーンはエリザベートの手を引っ張る。
「変身! マジカルステージっ!」
 ノーンの掛け声と同時に彼女の服がリリカルな魔法少女のコスチュームに切り替わる。
 同時に、エリザベートの服も制服からノーンと同じコスチュームになっていた。
「さっきよりも重いですぅー!」
 先ほどよりも重いウェイト付きで。
「さぁ、歌って踊って強くなりるよー!」
 そう言いながらエリザベートを振り回すように踊りだす。
「じゃあ、私も一緒に歌おうかな!」
 パンケーキに夢中だった和子も一緒になって歌いだした。
「す、少し休ませやがれですぅ〜!」
 エリザベートの必死な声は歌にかき消され、届きそうにない。