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リアクション
第三章「その刃は誰かの為に」
〜町はずれ・教会付近〜
主戦場の大通りから離れた位置に数人の人影があった。
彼らは狭い通路を進み、敵を撃破しながらある場所を目指している。
「情報にあった町はずれの教会はこの先だね」
「……頼むから無事でいてくれよ」
壁に身体を張り付け、向こう側を窺う清泉 北都(いずみ・ほくと)はその手に力を込める。気配は複数、一気に仕留めれば仲間を呼ばれることもない。
同じく気配を探る白銀 昶(しろがね・あきら)とタイミングを合わせ、二人は通路に躍り出た。
こちらに気づいて振り向く魔物達に急接近し、北都は力を解放する。辺り一面を白く冷たい空気が包み込んだ。魔物達の身体は動きが鈍くなり、足先、手の先から白く凍り付いていく。
「何度でも復活するなら、凍らせて動きを止める方が効果的だよね?」
氷の彫像と化した魔物達の間を駆けながら彼は魔物の分析を試みた――が、彼らの本質は闇ということがわかるだけで効果的な戦術はいまいち判明しない。
通路を抜けると開けた広場のような場所に出る。その奥には古びた教会があった。攻撃に晒され続けたせいだろう、あちこちがひび割れ崩れている。それでもなお建物としての機能を失っていないのはとても頼もしく思えた。
魔物の一団が広場には集まっており、人型の影の魔物が複数体、扉に殺到している。
扉の前では一人の騎士風の男が奮戦していた。彼の鎧はあちこちがへこみ、ひしゃげて防具の意味をもう成してはいない。近くには兜であったのだろう砕けた鉄片が転がっていた。
襲いくる人型サイズの魔物の斬撃を一旦受け止め、盾で押し返しその隙に反撃する。攻めではなく守りの技法。
「すげぇ、あの数相手によくあそこまで……!」
「だけど……もう長くは持ちそうにないね、急ごう!」
北都は後衛に位置し、昶とウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)が前衛を受け持った。
二人の突撃を支援する為、猛吹雪を発生させ辺りを銀世界に変える北都。吹雪を受け、魔物達はその動きを緩慢にする。数が多い為か、完全に凍りつくまでには時間が掛かるようだった。
「くっ、敵が多すぎる……っ」
彼の肩を軽く叩き、ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)が前に出る。
「凍り付くまで待たなくとも、復活できないくらいに粉々に砕けばよいのじゃろう? 久々に暴れてくれるわっ!」
瞳を赤く輝かせ、彼女は宙に舞いあがる。七本のナイフを敵に向かって放つ。彼女から放たれたナイフは複雑な軌道で魔物に迫った。
一本一本が紫色のオーラに包まれ、彼女の制御下にあることを示している。
ファラは北都が放つホワイトアウトの吹雪の方向に合わせ、ナイフを操作する。凍り付き、動きを止めた魔物を彼女のナイフが欠片ほどまで切り刻んでいく。
氷結している為か、砕かれた魔物は復活する様子はない。それを見てファラはにやりと妖しい笑みを零す。
「ふっ、やはりな。凍っておれば砕かれても復活することままならんとは……実に稚拙な闇の眷属だのう」
砕かれた魔物達を彼女は呆れる様に見下ろす。闇に属する吸血鬼としてはやはり思う所があるのだろう。
後方からの襲撃に気づいたのか、人型サイズの魔物が二人目掛けて向かってきている。その数は数えるのが嫌になるほどに多い。
「これは、人気者と言っていいのかな?」
「ぬかせ。この様な者どもに好かれても喜べん」
二人は扉の前の騎士を救援に行った昶とウィルの方を見る。どうやら援護の甲斐あって間に合った様子。膝着く騎士を庇う形で奮戦しているようだ。
「どうやら向こうは間に合ったようだの」
ファラは操作するナイフで魔物の四肢を撃ち貫き、行動を封じたうえで頭部を切除する。もがく様に震えた魔物は塵となって消えた。
北都は凍てつく吹雪で敵を凍らせ、即座にアルテミスボウで胸部を撃つ。矢を数本連続で受けた影の魔物は膝を付き、手を伸ばす様にして消滅する。
「そうみたいだね。でも……この影達、妙に動きが人間臭い……どういう事だろう」
北都のエセンシャルリーディングを持ってしてもその本質を見ることはできない。しかし、何か嫌な予感がする。
「ここまでの道のりで、ほとんど住民らしき人達は見なかった……まさか――」
「そこまでじゃ。余計な事を考えると、敵を討てなくなる……今はその考えを意識の外に締め出しておけ。あの教会に集まる者達を救う為にものう」
「そうだね、今はあそこの人達を救うのが先決だ……!」
北都達の援護で騎士の前に辿り着き、昶とウィルは彼を守るように影の魔物と対峙する。
「さて、一気に押し返すとしようぜっ!」
「はいっ! ここから先は、一歩たりとも踏み込ませはしません!」
飛び掛かる魔物に対し昶は顎下目掛けて飛び膝蹴りを放つ。後ろに仰け反った魔物へ七連続の爪撃が襲い掛かる。獣と人の特性を併せ持つその攻撃は一瞬にして魔物をズタズタに引き裂いた。
崩れ落ちるその体を足場にして次の目標へと跳ぶ。一撃。半身を失った魔物が転がるように地面をのた打ち回る。着地、振り向き様に数度の斬撃。傷口を押さえ、苦しむようにして魔物はその場に倒れて消滅した。
「こいつら、妙に……動きが――」
「昶さんっ! 危ないッッ!」
声に気づいて振り向いた昶の眼前には――先程の騎士が剣を振り上げ立っていた。その眼は正気のものとは思えない程に見開かれている。
金属音。昶と騎士の間に割って入ったウィルがヘビーガントレットでその剣を受け止め、弾く。体勢を崩した騎士の腹部を反乱の大鎌【黄昏の大鎌】の柄頭で勢いよく突いた。衝撃で後方に騎士は飛ばされる。
「どうしたんですかっ! ……正気に戻ってくださいっ!」
二人の目の前で騎士の身体から影が吹きだし、苦しむ様にもがく。
「がぁあああああああああああああああッッ!!」
叫び声をあげ、騎士は瞬く間に影に飲み込まれた。
彼の顔のあった位置に赤い瞳が輝くのが見える。彼は――死んだ。
「これは……まさか……この影達は……この影達はッ!」
驚愕の表情を浮かべ、動きを止めてしまっているウィルに昶が叫ぶ。
「今は考えるなっ! この扉の向こうにはまだ助けられる人達がいる! それを忘れるんじゃねぇッッ!!」
――そうだ、後ろには守らなければならない人達がいる……守らなくては、誰が相手だろうとも。
ウィルの瞳に強さと輝きが戻る。迷いは頭の外へと捨てた。
「そうですね、僕達が引くわけにはいきません……一気に決めましょう、昶さん合わせてくださいッ!」
「おう、任せろ!」
黒い影の騎士となった男に向かって二人は疾駆する。影の騎士が数発、剣圧を伴った衝撃波を放ってくるが最低限の動きでそれを躱し速度を殺さず接近。二人は同時に攻撃動作に入る。
振り被ったウィルの大鎌の鋭い斬撃が騎士の剣を跳ね上げ、逆袈裟にその身を斬り裂いた。
傷口から影を放出しながらよろめく騎士に昶の狙いすました打撃。渾身の力を込めたその一撃は打点から騎士の全身へとひびを走らせる。
動きを止め、黒い鎧に走る亀裂から影を放出しながら騎士は呟いた。
「ありが、とう……後を、頼……」
彼は塵の様に霧散し、消失した。
北都とファラの二人による周辺の制圧も完了したらしく、二人がこちらへと向かってくる。
合流した彼らは教会の人々に事情を説明し、町からの脱出を開始する。あの騎士の想いを継ぎ、人々を守る為に。
〜町上空・高高度〜
上空の教導団艦隊と影の魔物の戦闘は突如現れた影の艦隊によって教導団が劣勢に追い込まれる状況となっていた。
影の魔物との戦闘を生き残った教導団イコン部隊も影の艦隊の砲火と影の魔物の波状攻撃によって次々と落ちていく。
「第三部隊、沈黙! 第六部隊、通信途絶!」
四番艦の艦長の元に飛び込んでくる報告は一つとしていい報告ではなかった。そのほとんどが味方の死を伝える物。もしくは行方不明を示す物であった。
戦況を表示する大型モニターには敵に押し込まれ、防戦一方となっている味方の位置が映し出されている。
敵を示す赤い表示に囲まれた青い表示の味方イコン部隊は影の魔物によって分断され、影の艦隊からの砲火を受け各個撃破されていた
もう当初の数の半数以上が失われ、本来であれば撤退するべき被害である。しかし攻撃の手は激しく、後退も撤退すらも許される状況ではない。
「……くっ、輸送艦のイコンはどうなっている! 通信を繋げッ!」
戦艦から後方に位置している大型輸送艦へと通信が送られる。待つことなく通信は繋がった。
「こちら、輸送艦! て、敵の攻撃を受け、現在応戦中!」
通信用モニターに映し出されたのは年若い青年であった。身体のあちこちを怪我しているようで、衣服には赤黒い血の染みができている。
背後に見える環境の様子は……言葉を失うほどに悲惨な状態であった。
彼の説明によると、ガルーアによる攻撃でイコン射出用のカタパルトが大破。艦の推進装置にも深刻なダメージを受け、移動ができない状態とのことだった。
現在、一機のイコンがガルーアと戦闘し辛うじて持ち堪えてはいるものの、長くは持ちそうにないようだ。
艦長は苦い表情をする。艦艇のほとんどは損失し、戦艦所属のイコン部隊も三分の一程度しか残っていない。大型輸送艦所属の主力イコン部隊はカタパルト損傷の為、出撃ができない状態。戦況は最悪である。このままでは遠からず全滅することになるだろう。
(どうする、全軍に撤退戦を指示するか? しかし、それをすれば地上部隊を見捨てる事となる……それにこの状況下で、果たして上手く撤退することができるかどうか……)
決断の時は……迫っていた。
「はは、なかなかにしんどいなぁ……」
額から流れる血を手の甲で拭い、泰輔は操作スティックを握り直す。汗なのか血なのかわからないが手についた何かでスティックを握りにくい――がそれは無視する。
そんなことを気にしている余裕はないのだ。少しでも気を抜けば落とされる、相手はそれほどに強い。
パンテリジェーロは満身創痍の状態だった。ボディの装甲はほとんどが剥がれ落ち内部のフレームが剥き出しになっている。右腕は既に肩の部分から無く左足も膝から先がもげていた。、
辛うじて稼働可能な左腕でソウルブレードを構えると上空から降下してくるガルーアの長剣を受け止めた。
激しい衝撃がコックピット内の泰輔と顕仁を襲う。機体負荷が超過している事を報せるアラームが鳴り響く。
左腕の関節から火花が散り、いくつかのパーツが弾け飛んだ。直後、損傷部分から左腕が折れる。咄嗟に身を引いたパンテリジェーロのコックピットブロックの表面装甲を長剣の切先が切り裂く。
両腕を失い、既に満足な回避行動も取れないパンテリジェーロの前でガルーアが大きく長剣を持った腕を引いた。
――まずい、やられる。
そう思った時、目の前でガルーアが横からの衝撃を受け大きく吹き飛ぶ。
「よく耐えきった! 後は俺に任せておけッ!」
ガルーアを攻撃したのは朝霧 垂(あさぎり・しづり)の鵺だった。
長く伸びた関節を引き戻しながら星滅のカルタリを振り上げて鵺は接近。
ガルーアの肩部、両足側面部のミサイルランチャーハッチが展開、発射。計18発のミサイルが鵺に迫る。
「そんな子供騙しでッ! この鵺を落とせると思うなァァッッッ!!」
腕を伸ばし、薙ぎ払う様に機龍の爪がミサイル群を斬り裂いた。爆炎と煙の中を駆け抜け、ガルーアに肉迫した鵺は引手から掌底を繰り出す。
掌底が直撃する瞬間、ガルーアの増加装甲が炸裂、小規模な爆発と共にパージされ鵺に叩きつけられた。
「この、逃すかァッ!」
下方へ急降下し距離を開けようとするガルーアを鵺の超空間無尽パンチが追った。高速で伸びる腕部の先についた実体刃とビーム刃の爪を長剣で捌きながらガルーアは高速機動に入る。
急上昇からの速度の乗ったガルーアの斬り上げを星滅のカルタリで受け止めた。瞬間、二機の力が拮抗する――――がガルーアの方が力を一瞬だけ抜き、鵺の態勢を崩した。
前方に身体が傾いた鵺の腹部を高速の膝蹴りが襲う。下から突き上げる衝撃が機体を上へと跳ね上げた。
ガルーアがすぐさま放った長刀の一閃を星滅のカルタリで辛うじて防ぐと鵺は体勢を整えつつ後方に退き、距離を取る。
「鵺と互角に戦うかのかよ……ッ! ふっ……ははは……相手にとって不足無しッッ! 全力で、潰させてもらうぜぇぇーーッ!!」
垂の気迫に呼応するように鵺の瞳が輝く。先程までとは違う一体感が彼女を包み込んでいた。
体の感覚が完全に鵺と繋がったような感覚。普段使用している時も繋がってはいるのだが、それとは違う。相棒との完全なシンクロ、とでも言えばいいだろうか。
強気相手と戦う高揚感が身体を支配し、垂は鵺を加速させる。急な加速で伴う衝撃も構わずに接近、振り下ろされる長刀の一撃を機龍の爪で防ぐとその腹部に渾身の掌底を撃ちこんだ。
くの字に身体を曲げたガルーアの各部フレームが軋みを上げる。
「まだまだッ! いっけえええええッッ!!」
即座に鵺の左腕の星滅のカルタリがパイルバンカーの様にガルーアの腹部に打ち込まれた。易々と装甲を裂き、背中まで一気に貫通。そのまま関節を伸ばし、ガルーアを遥か空高く運ぶ。
高速で空中散歩に連れ出されたガルーアを右腕の機龍の爪が関節の伸縮を利用して追いかける。鵺はガルーアの右腕を掴むと力任せに捩じ切った。
次に頭部を掴んでぐしゃりと潰した。もうカメラは使い物にならないだろう。
「パイロットを殺すわけにはいかないからな、引きずり出させてもらうぜ」
ガルディアは屋敷にいるものと思われたが、このガルーアに乗っている可能性も考えられた。確認しないわけにはいかない。
損傷によって機能を停止し、力なくうな垂れるガルーアのコックピットハッチを抉じ開ける。
しかし、そこには誰も乗っていなかった。開いたコックピットは無人。となるとこの機体は自律機動していた事になる。
「はずれ……ってことはこいつは無人でこっちと互角にやり合ったってのかよ……もしも乗っていたら、どういう動きをしていたのやら」
動かなくなったガルーアを投げ捨てると、垂は空の向こうを見た。そう離れていない位置で四番艦と影の艦隊の戦闘の光が見えた。そしてその戦況は当初の状態から変わりつつあった。
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