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狂乱の宴

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狂乱の宴

リアクション

 乾いた銃声。
 放たれた弾丸は観客席の悪魔目がけて一直線に進むが、やはり届く前に虚空へと消え去る。
「……やはり効果無しか。 妙な空間を作ったもんだ」
「いやはや、この宴で冷静に私を見つけるとは流石ですねぇ」
 立ち上がると同時に悪魔は源 鉄心(みなもと・てっしん)の目の前、距離にして3メートル程という距離へと移動していた。
 咄嗟に射撃を行うが、相変わらず届く気配はない。
「一応聞いておくが、何が目的だ?」
 効かないとわかっていても、銃を突きつけたまま鉄心は問いかける。
「この宴の成功、それだけですよ」
 悪魔のいう事が本当かどうかはわからない。
 少なくとも信じるに値しない事はわかりきっていた。
「連れ去った人達をどうした。 先立って別の契約者も邪魔した筈だが」
 客席を見やると、先立って侵入した契約者達の姿も見える。
「貴方ならお判りでしょう? 彼らもまた我らの虜、何れは貴方も……」
 ククク、と低く笑う悪魔。
 仮面のせいか酷く煽られているようにも感じる。
「お前を倒せばこのサーカスは消えるのか?」
「―――さぁ?」
 そうとだけ答えると、悪魔は大きく飛び上がる。
 まるで自分は手を出さないといわんばかりに。
「そうか。 まぁ、答えろとは言わないが、喋りたくなったら聞いてやる」
 追撃は行わず、辺りに氷の壁を生み出す。
 壁はティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を包み込み、飛び交うナイフ弾き飛ばしていた。
「鉄心!」
「……危険だよ、アイツ」
 心配するティーへ振り返らず、鉄心はそう呟く。
 あれは唯の悪魔ではない。 ―――もっと、狂った何かを感じるのだ。
「観客はどうにかできそうか?」
 ティーはその問いかけに首を横に振る。
「この空間が彼らを支配してるみたいです、破壊できればどうにかできると思いますが」
「サラダ……呼びましょうか?」
 イコナが世話しているドラゴンであれば、この狂った空間を破壊できるかもしれない。
「だが、外からの干渉は……っ! ティーっ!」
 僅かな迷いが好きを産んだ。
 氷の壁のさらにその上、落下してくる少女の姿と手の中で光るナイフ。
 ―――そして、あざ笑うかのように見下ろす悪魔の姿。
 間に合わない。 そう思いながらも鉄心が手を伸ばす。
 次の瞬間、少女は切り裂かれた。
「ルカルカさん……!」
 ティーの前に現れたのは両手に刀を構えたルカルカ・ルー(るかるか・るー)の姿。
「悲劇のサーカスなんて勘弁願いたいわ、そうでしょう?」
「そうだな」
 背中に氷の翼を生やしたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が腕を一振りすると、雷が辺りに走り、翼からは氷の礫が放たれる。
 電撃が道化を役者を焼き、礫が逃れた少年少女達を撃ちぬいていく。
 あらかた殲滅できたかに見えたが、道化師達は暗がりから現れダリル目がけて大剣を振り下ろす。
 しかし、大剣が振り下ろされる瞬間にはダリルの姿はそこにはなく、離れた位置に立っていた。
「解体にご協力感謝するよ」
 大剣がステージの一部にめり込んだ様子を見ると、悪魔を見据えて軽く笑う。
「おやおや、流石は『花嫁』様。 やる事が汚い」
「貴様っ!!」
 しかし、悪魔は慌てた様子など無く、逆にダリルの心を揺さぶってくる。
「乗せられるな!」
 ダリルを叱責し、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は彼に向けられたナイフを大剣を盾にはじき落とす。
「それにしても、本当に狂気を感じるよ」
 寄ってくる道化を斬り捨てながら吐き捨てる。
 実際、数え忘れるぐらい斬り捨てているはずなのに、敵の数は一向に減る気配がない。
 このまま戦い続けていると、時も忘れ自分までもが狂ってしまいそうだ。
「え……?」
 呼びかけを続けていた、ティーはふと違和感を感じ取る。
 徐々に、徐々にではあるが正常な精神を取り戻している観客がいるのだ。
「月光……!」
 天井を見上げると、天幕の一部が破れて月の光が差し込んでいる。
 その光を浴びた観客はふと我に返り、辺りを見回しているようだ。
「天幕を、ぶっ壊せ!」
 ティーに続き、それに気が付いた陽一が叫ぶと、ルカルカは頷き刀を構える。
 既に悪魔の領域は破れているならば、完全に領域を壊すまで。
 炎の翼がはためき、するりとルカルカが動き出すが、ゆく手を阻む魔獣や役者の少女達は動かない。
 否。 動かないのではなく、動くよりも早くルカルカが動いている。
「新鮮な空気でも吸って観念するのね」
 すとん、とルカルカが着地するとサーカスの天幕が骨組み諸共解体され、軌道上に居た魔獣も散りと消えている。
「サラダーッ!」
 イコナが名を叫ぶと天幕の残骸は瞬く間に炎に包まれ、燃え尽きた。
 空を見上げれば、そこにはイコナによって呼び出されたドラゴンの姿がある。
「おやおや、どうやらお気に召さなかったご様子」
「……私が求めるのは血ではなく、命です。 返して貰いますよ」
 ティーが悪魔を睨み付ける。
 既に悪魔の領域は消え去り、観客も徐々に意識を取り戻してきている。
「後は悪魔をっ!」
 悪魔への道を阻もうとする道化を斬り捨て、陽一が叫ぶ。
 道は出来た、後は突っ込むだけとルカルカは目にもとまらぬ速度で悪魔へと肉薄する。
「ところでさぁ……なんでサーカスなの? 人を集めて魂とるのに態々どうしてサーカスなの?」
 目の前に肉薄したところで、悪魔に問いかける。
「狂気を集める為、それでいいじゃないですか」
「そう!」
 振り下ろされた太刀筋が悪魔の翼を裂く。
「おかげ様で」

 ―――大成功ですよ。

 どう、と音を立てて悪魔は地に落ちた。
 燃え盛る天幕は散りとかし、燃え上がる火も既に鎮火されている。
「悪い悪魔は、石の中にしまっちゃいますのー!」
 落下した悪魔に対し、イコナが術式を組み上げると彼の体は封印の魔石へと吸い込まれていった。