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■迷子の魔王ちゃん

「アンタ、裏切り者じゃねーですかぁ!?」
「ふはははは、裏切り者とは心外ですな。 大魔王足る俺が直々に部下にしてやろうとしただけの事!」
「何言いやがるですぅ!?」
 魔王エリザベートは森の中で第一に遭遇したドクター・ハデス(どくたー・はです)を指さし、過去の一軒を思い出して叫んでいた。
 対するハデスはまた食悪びれた様子を見せず、くいと眼鏡の位置を整えている。
「それはともかく、今回は味方」
 眼鏡をキラリと光らせ、ハデスは語り始める。
 それを聞く魔王は「ホントですぅ?」と完全に信じていなさそうで、心なしか視線が冷たい。
「先ほども言ったが、イルミンスールにおける不自由な生活には戻りたくあるまい?」
「うん? 不自由はしてねーですぅ。 オリジナルもこき使ってるし、ババ様はおもしれーですぅ!」
 ぐぬ、と言葉に詰まるハデス。
「へえ、あんた同業かい?」
 そして、2人を取り囲むガラの悪い男達。
 その数は3人、イルミンスールの制服を着ていることから学生崩れの不良だろう。
「否! 我こそは悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」
 ふはははは、と笑うハデスを見て、知らないだの知ってるだのとこそこそ話をする不良達。
「いや、とにかくその子はこっちでもらっていかな? 最近ご無沙汰なんでな」
「魔王はものじゃねーですぅ!」
 下卑た笑みを浮かべる不良に飛びかかる魔王だが、その力は弱く簡単に抑えつけられた。
「離せですぅー!」
 暴れる魔王だが、拘束を振りほどけそうにない。
 やれやれと助けに入ろうとするハデスだが、それよりも早く拘束していた不良の体が吹き飛んだ。
「見ーつけた! それにしても裸ワイシャツの女の子1人に寄って集ってってのはどうよ?」
 拳を振りぬいた体勢で構えていたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
「魔王は1人じゃねーですぅ! ここにもう1人……」 
 1人、という言葉が気になり魔王が辺りを見回すが、ハデスの姿はどこにもない。
「やっぱり逃げやがったですぅー!」
 うきー、と地団駄を踏む魔王。
「もう、下手に動くと機能停止するわよ? これでも着て大人しくしてなさいって!」
「ぐぬぬですぅ……」
 機能停止したくないのか、大人しく投げ渡されたスクール水着を見つめる魔王。
「どう着るですかぁ、これ?」
 大きな文字で「まおう」と書かれた水着を振り回しながら首を傾げる魔王。
 自分の下着がワイシャツの下から見えているにもかかわらず恥ずかしがらないのはやはり羞恥心が無いのだろう。
「……貴女達、ほんっと呆れるわ」
 遅れてやってきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は目の前で自分の肌を惜しげもなく晒す2人を見て盛大なため息をつく。
「ほら、貸しなさい。 セレンはそいつら蹴散らしといて」
「任せなさい!」
「にしても、こんなの用意するなんてぬかりないわねぇ」
 子供に服を着せる様に、セレアナは魔王に水着を着せ始める。
 勿論そんな姿を不良相手に見せるわけにはいかないので、セレンは残った不良2人へと突撃する。
「う、うわっ。 変なのが来たぞ!?」
「うるさいっ!」
 神速といえる速度で肉薄したセレンに驚いた不良は、つい思った事を口走る。
 その発言はセレンを怒らせるにあたいし、速度にモノを言わせたラリアットで2人まとめて轢き倒された。
「全く、最近の奴らは口が悪いわねぇ」
 セレンの発言に対し、セレアナはお前が言うなという顔をしている。
 同時に、魔王の着替えも終わっており、ワイシャツの下に水着という何とも言えない姿に変わっていた。
「うん、これならいいわね。 裸ワイシャツで森の中をうろつき回るなんて……やれやれって感じだわ」
「それ、アンタが言わないほうがいいと思うんだけどな」
 シャンバラ国軍用犬とケルベロスの群れを率いてやってきた酒杜 陽一(さかもり・よういち)も呆れた様子をしていた。
「何でよ!」
「いや、なんでも……」
 その見た目を見直すべきだとは言えず、陽一はセレンの剣幕に押されて後ずさる。
「魔王ちゃーん!」
「うひぃ!?」
 陽一の後ろから飛び出し、魔王に飛びついたのはノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だった。
 子育てに忙しい御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のこともあり、ノーンは相当心配していたようだ。
「よかったよぉー、魔王ちゃんが無事で!」
 そのせいか、嬉しそうな顔をしながらも涙がポロリと零れ落ちる。
「は、はなせですぅ!」
 抱き付かれたことが照れ臭いのか、魔王はノーンから顔を逸らしながらそう言った。
 最も、抵抗しないところからそんなに嫌ではないのかもしれないが。
「はぁ……全く心配かけやがるですぅ……」
 一番最後にやってきたのはエリザベート本人だ。
「エリザベートちゃん! 魔王ちゃん無事だったよ!」
「見ればわかるですぅ。 さぁ、とっとと帰るですぅ」
 魔王の無事を嬉しそうに告げるノーン。
 エリザベートは魔王が無事に見つかって肩の荷が下りたのか大きく脱力しているようだ。
「ま、魔王は部下を見つけるまで帰らねーですぅ!」
「じゃあとっとと探して帰るですぅ」
 反論した魔王に対するエリザベートは、半ば呆れ気味に承諾していた。
「……何ですぅ?」
 周りの契約者達もそんな彼女の様子に驚いたのか、皆エリザベートを見ていた。
「待った、熱源が多数接近中よ」
 その場の空気に耐えられなくなったエリザベートが叫びだそうとしたところで、セレンがその場の全員に静止をかける。
 籠手型HC弐式・Pのサーモグラフィ機能には多数の熱源がこちらに向かってきているのが表示されていた。
「モンスターの群れ、だな」
 低く唸る犬達の様子を見て、陽一は近づいてきているのがモンスターの群れだという事に気が付いた。
 しかし、話によればこの森に住んでいるのはゴブリンやコボルト等の低級モンスター。
「なら!」
 陽一は軍用犬やケルベロスと共に、低く響き渡る咆哮をあげる。
 反響するように方向が響き渡ると、こちらに直進していた熱源が綺麗に分かれる様に両サイドへと広がっていく。
「流石ね、これなら戦わなくても……」
 セレアナが表示される熱源を見て、両サイドに散っていくゴブリンやコボルトの群れを確認していた矢先、三つ首の大蛇『ヒュドラ』の姿が森の中から現れた。
「何だと……アイツらはこいつから逃げてたのか」
 巨大な体躯と特徴的なシルエットから間違いはないが、その頭にあるはずの角は全て折れている。
「げぇ……こいつ、こんなとこまできやがったですぅ」
 エリザベートには心当たりがあった。
 つい先日魔王の体を精製する為の材料として角を折ったヒュドラだ。
「ああそう、濡れてるから気づかなかったわ……!」
 セレンが見ると、現れたヒュドラの体は水によって濡れていた。
 それにより体温が下がり、熱源感知に引っ掛からなかったのだろう。
 突然の事にぽかんとしている魔王目がけ、ヒュドラは勢いよく首を伸ばす。
「魔王ちゃん!」
 一番近くに居たノーンは咄嗟にヒュドラと魔王の間に割り込み、氷の盾を展開してヒュドラの頭突きを受け止める。
「お前の相手は、こっちだ!」
 怯んだヒュドラの頭目がけて陽一の大剣が振り下ろされ、間髪入れずに軍用犬が飛びかかる。
 大きく首を振り回して暴れ、軍用犬を振り払ったヒュドラの頭の1つは陽一を強く睨み付けていた。
 あが、残り二つは未だに魔王を睨んだままだ。
「ノーン! 合流してないアイツらに連絡を取って!」
 セレアナが指示を出すと、ノーンは意識を集中して念じるように他の協力者に語り掛ける。
「ぐうっ……」
 陽一目がけて突進したヒュドラの頭部を大剣で受けるが、その衝撃は凄まじく腕が痺れる。
 しかし、自分に注意が向いている間に魔王や他の仲間達はしっかりと距離を取ってくれたようだ。
「よし、これなら!」
 陽一が大剣【ソード・オブ・リコ】を振るうと、巨大な光剣が生み出される。
 しかし、光に物おじせず、再びヒュドラの頭が真っ直ぐ向かって来た。
「でやぁっ!」
 掛け声と同時に一閃。
 それと同時にヒュドラの首は落ちる。
 ―――だが、それでもヒュドラは止まらない。
 陽一を狙っていた首が落ちた為か、残った2つの首は陽一のことを気にせずに魔王へと飛びかかる。
 それに気が付いたノーンは念話を中断し、再び氷の盾で頭突きを受け止めた。
「何してるですぅ!」
「友達だもん! 見捨てらんないよ!」
「ノーン……」
 ノーンに守られ、戦う事の出来ない魔王は茫然と自分の力の無さに嘆いていた。
 逃げたところで下手に迷い、機能停止してしまう恐れがある以上、本当に何も出来ない。
「ふーはははははっ! 魔王よ、困っているようだな!」
 突如後ろから現れたハデスにビクリと驚く魔王。
 ハデスはいつの間にか数々の道具を持っている。
「魔王たるに相応しい力が欲しくはないか? 力が欲しければ、この俺が与えてやろう!」
 ピクリ、と魔王は反応する。
「じゃあ、こいつをぶちのめせる力をよこせですぅ!」
「そうだ、その言葉を待っていた!」
 高笑いをしながら、ハデスは作業用の道具を取り出す。
「さっさとしやがれですぅ!」
 ハデスは颯爽と魔王の能力強化の為に本体の調整を始めていた。