リアクション
* <六つ目のラッパ>が鳴った頃、一人の男が広場に足を踏み入れた。 「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! む、ついに最後の審判がおこなわれるというのかっ?!」 第三者が説明するまでもない。契約者・ドクター・ハデス(どくたー・はです)は自分から大声で名乗っていた。 彼は久しぶりに、東京都墨田区の実家に帰省した帰り道だった。ハデスこと本名:高天原御雷は、そこでたまたま新百合ヶ丘を通りかかり、たまたまあの『失われた物語』と目が合った。そしてたまたま黒史病が発動してしまったようだ――というか黒史病に罹っていてもいなくても同じような行動を取るのだから、あまり変化はなかったかもしれない。 だが、とりあえず「いつもと違う方向性」の病にかかったようではあった。 「ククク、こうなった以上、俺もこの地上の支配権をかけて名乗りを上げるとしよう! その真の名、究極神アルティメット・ゴッドという名でな!」 アルティメット・ゴッドはきょろきょろと周りを見回すと、今まさに戦いを繰り広げようとしている男女の間に割り込んだ。 「両陣営とも、待つがいい! この天使と堕天使との戦い、この究極神が判定役となろうではないか!」 『最後の審判』だけに審判役である。 「……私たちの力を見極められるというの?」 不審げな天使に、アルティメット・ゴッドは自信たっぷりに頷いた。 「いいわ、実況をお願いね!」 女天使はそう言うと、男の堕天使に一直線に飛んでいった。アルティメット・ゴットはどこからか拳式(こぶししき)マイクを取り出すと、巻き添えくわないように樹木の影から覗いて実況に入る。 「おーっと、先手を打ったのは天使だ! 流星のように飛んでいった! あ、あの姿はもしや……!」 天使ルカ(ルカルカ・ルー(るかるか・るー))は無色透明のオーラに包まれている。 「これが――<天下無双>!!」 そのオーラを練り上げて拳の先から放出した。向かう先は堕天使ダリル(ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく))。 受けて立つダリルは動じない。 「俺の意に答えよ……<神造の機械神>!!」 呼び声に答え、周囲の人々の携帯、スマホ、音響設備、ライト等が一斉にカタカタとなり持ち上がった。 アルティメット・ゴッドは拳を握りしめる。 「いきなり両者の必殺技です! これでは周囲もタダでは済まないでしょう!!」 そして半瞬後、 「ラグナロク!!」 ダリルの声によって、操られた機械から全ての属性の破壊弾が発射され、ルカのオーラとぶつかり合った。 広場が光に包まれる。アルティメット・ゴッドはどこからともなく取り出したサングラスを装着して実況を続ける。 「分りました、あの技はダリルに間違いありません! ナノマシンで造られた“神造の機械神”であるため、遠隔で機械を自在に操る事ができるのです! そしてまた、第七のラッパの封印を解くための鍵でもあります!! 消滅したらラッパは吹かれません!!」 光が消え去った時、両者は立っていた。しかし、双方のダメージは尋常ではなく、共に埃にまみれてもいた。 息を整えながら、再びルカはダリルに突進すると、拳をぶつけていった。ダリルは冷静にそれを受け止め、弾いていくが、ルカの拳は重く完全に受け流しているとは言えなかった。 「……目的は時計か」 「そうよ、第七のラッパを防ぐ、人を守るのよ」 「自ら死ににくるもの以外を裁くつもりは無い」 「人にはまだ可能性が有る。考え直して 「俺はこのために造られた。役目であり存在意義だ。……何故人間を庇う」 「誰の命が消えるのも見過ごしたくないだけよ」 ダリルの声は冷たく、人間味に欠けていた。 しかしルカがもし時計を狙えば何処までも食いついてくるだろう。それに、彼女は知っていた。ダリルは、自らの魔力を全て注いで第七のラッパの封印を解くための鍵。だが、第七の封印を解いた時、彼の命も尽きる……。 本気を出そうか迷うルカに、見透かしたようにダリルは言った。 「造られし神が無に還るだけだ」 ダリルはラッパを鳴らし、そして死のうとしている――ルカは覚悟を決め、オーラを体中から立ち昇らせるとそれを纏った。拳を振るうと、受け止めたダリルの身体をそのまま押し――押され、体当たりする! 激突。オーラを纏ったルカの拳を受け止めきれず、彼女自身など猶更受け止めきれず、ダリルは吹っ飛ばされる。時計塔に背中をぶつけた。ずるずると崩れ落ちながら、彼は言った。 「だがもう遅い。封印は今解かれる」 こんな時まで何故冷静なのか。 ルカの願いもむなしく、二人の頭上で<七つ目のラッパ>が鳴り響く。 ルカは時計を見、そしてダリルを見た。全ての力を注ぎ込み、役目を終わらせ静かに目を閉じて機能を停止する。ルカはその彼の瞼がすべて閉じぬうちに、駆け寄って手をかざした。暖かな光が彼を包み込んでゆく。 「天使ルカの勝利……いや……試合に買って、勝負に負けました。ですが、ですが……! 瞼が、ダリルの瞼が開いていきます!」 アルティメット・ゴッドの実況通り、ダリルはゆっくりと瞼を開いていった。 「……何故生かした?」 「生きてほしいの。自分自身の命を」 「話にならん」 礼の一つもなく、身体が動くとみるや否や立ち上がったダリルの背中をルカは追いかけた。 「何故付いて来る?」 「ほっとけないよ」 ダリルは一瞥すると、「物好きだな」と言い捨てて前を向いて歩き出した。行く当てがあるのか、ないのか、どこに行くつもりなのかルカには分からないけれど……。 「まずは“愛”から教えてあげるね」 ルカは、ダリルの腕を後ろから抱いた。 「……好きにしろ」 広場を去っていく二人を見送りながら、アルティメット・ゴッドは苦しい声を上げた。 「勝ったのはやはりルカ……いや……二人ともだ……」 そう、究極神の唯一の必殺技はどんな勝負をも裁いてしまう<最後の審判(ファイナル・ジャッジメント)>なのだった。 「……しかし、俺にも愛は裁けぬのだ……!!」 だが、彼にはまだこれから、新たな戦いが彼の実況を待っていることを知らなかった……。 |
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