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アーデルハイト


「お祭かぁ……なんかいまいち乗り気にならないっていうか……」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は始まった開校イベントを前にしてそう言う。完全燃焼のような不完全燃焼のような、どこか心に穴が開いたような気分なのだった。
 それは今はもういない誰かにこの村で起こったことを伝えるように心の中でいろいろ振り返っていたからかもしれない。
「なんじゃ、お前にしては調子が良くないようじゃな」
 そんなルカルカに声をかけるのはアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)だった。
「アーデ。着てたんだ」
「ついさっきの。……ふむ、暇なら一緒に回ってもらえぬか?」
「断る理由はないわね。よろしくアーデ」
 そう言いながらルカルカは少し失敗したかなと思う。アーデルハイトは自分のことを心配して誘ってくれたんじゃないだろうかと。
「……ありがと、アーデ」
「さて、なんのことか分からんの」
 とぼけるアーデルハイトを好ましく思いながらルカルカは、気を取り直して祭を楽しもうと思う。
 そうして、ルカルカはアーデルハイトと二人で祭の屋台などを回っていく。
「アーデは、この村で何かしたいことあるの?」
 綿飴を頬張りながらルカルカはアーデルハイトにそう聞く。
「ふむ……自分から何かをしようとは思わぬの。ただ、この村の行く末を見守ってはいたいと思う」
「アーデらしいわね」
 そう言いながらアーデルハイトは説教したり助言したりするのだろう。
「?……あれはカルキノスではないかの。何をしているんじゃ?」
「あ、ほんとだ。うーん……喧嘩の仲裁かな」
 アーデルハイトの視線の先にはルカルカのパートナーであるカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで) の姿があった。
 何をしているのかと二人が寄っていくうちに喧嘩は収まったらしく、カルキノスはふぅと息をつく。
「ん? おう、ルカじゃないか。アーデルハイトも一緒か。何してんだ?」
 二人に気づいたカルキノスはそう声をかける。
「見ての通り一緒に祭りまわってるのよ。そう言うカルキこそ何やってるの?」
「何って言われてもな……喧嘩の仲裁したり、壊れた屋台の修理したり、迷子の親探したり、ラセンが寂しがってないか見に行ったり……」
「……何でも屋でも始めたの?」
 節操のない仕事内容にルカルカは思わずそう言う。
「俺が聞きたい……なんで俺がそんなことしてるのか。いや、見てられなくて俺が勝手にしてるんだけどな」
 酒でも飲まなきゃやってられないぜとカルキノスは愚痴をこぼす。その愚痴が心からのものでないのはルカルカだけでなくアーデルハイトにも明らかだった。
「ふむ……ミナホに言えば美味しい酒を用意してくれるのじゃないかの。あれはいろいろ残念じゃが、村のために頑張ったものを無碍にする長ではあるまい」
「それもいいかもなぁ……ミナホと一緒に酒飲むのも楽しそうだ」
 それを口実にミナホと酒を飲むのもいいかもしれないとカルキノスは思う。ミナホが何も思い何を願っているのか。酒の席で聞いてみたいと。
「その時は私も呼んでよね」
「おう、チョコも一緒に用意してもらってやるさ」
 ルカルカもまたミナホが何を望んでいるか知りたいと思っているのだった。



「ぁぅぅぅ〜、和輝だ〜」
 佐野 和輝(さの・かずき)の背中に張り付きながらアニス・パラス(あにす・ぱらす)は幸せそうな声を出す。
「はにゃ〜……これだよぉ〜、スフィアにはない適度な柔らかさと、和輝の匂い〜♪」
 久しぶりに和輝成分を補給して幸せ絶頂なアニスを感じながら和輝は一つため息をつく。
「すみません。呼び出しておいて見苦しいところを見せて」
 呼び出した相手、アーデルハイトに和輝はそう謝罪する。
「よいよい。そう言いながらも嫌そうではないお前の様子を見れば文句をいう気も出ぬ」
「……さて、何の話でしょうか」
「あの男もミナスやミナホ……妻や娘には甘かったからの。自分の目的のためには手段を選ばない男じゃったが」
「……すみません、あの人の話は今は。それよりも、『双子の魔女』の話は聞いていますか?」
 アニスのことを考えて、前村長の話を避けて本題を進める和輝。
「聞いておる。恵の儀式の流出は頭の痛い問題じゃの」
「私の情報収集と解析の結果、敵集団が恵の儀式を完全に扱った場合、その戦力の上昇は理論上、物理限界と魔法限界まで到達すると出ています」
 スフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)はその能力の全てを演算に費やした結果を伝える。
「理論上不可能ですが、物理限界や魔法限界がなければ戦力は無限大にまで増大します」
「あ、スフィア〜、『皆』が言うには最後の魔女……『理の魔女』は『理論上の限界をなくす』こともできるらしいよ〜」
 スフィアの報告にアニスがそう言う。
「……というわけで、私の演算では敵集団の戦力は測定不能です」
 アニスの言葉を受けてスフィアはそう締める。
「ふむ……まぁそこまであちらが上手くやれるとは思えぬがの」
 それは全て双子の魔女が『恵みの儀式』のちからを完全に扱った場合の計算だとアーデルハイトは言う。
「それは希望的観測ではありませんか?」
「『粛清の魔女』と話したことがあるなら分かるじゃろう。『恵の儀式』はそんな都合のいい力ではない」
「……なるほど」
 死にたがりの魔女のことを思い出して和輝は頷く。
「繁栄の力を扱う方はともかく、衰退の力を扱う方は精神が持たぬじゃろう。付け入るとしたらそこじゃな」



「? アーデルハイト様ではないか。一人なのであるか?」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)は一人で歩くアーデルハイトの姿を見つけてそう声をかける。
「うむ。少し野暮用があっての。さっきそれがちょうど終わったところなのじゃ」
 和輝との話が終わり、またルカルカと合流しようかと考えていたところでイグナに話しかけられたとアーデルハイトは言う。
「そう言うお前も一人というのは珍しいの。近遠たちの護衛は良いのか?」
「今この村に危機は迫っていないのであるよ。であればその平和を謳歌するのを悪くないであろう」
 無論、その危機を感知すれば村を守り、仲間を守るためにイグナは剣をふるうだろう。
「真理じゃな。気を抜くときは気を抜く。長生きの秘訣じゃ」
 アーデルハイトはそう言って笑う。
「誰かと合流するというのであればそれまで一緒してもいいだろうか」
「うむ。否する理由はないのじゃ」
 そうしてイグナとアーデルハイトは一緒に屋台並ぶ村を歩いて行く。
「あれ? イグナちゃんですの?」
 屋台の一つに差し掛かったところでイグナはそう声をかけられる。声の主はユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)。イグナが守ろうとするものの一人だ。
「ユーリカか。そういえば屋台を出すという話であったか」
「ふむ……これはスープじゃな。たくさん入ってるこの薬草は……」
 アーデルハイトはユーリカが出しているスープを観察し、その中の薬草に目をつける。
「この村の名物の『ミナス草』ですわ」
「しかし、この量は流石に多すぎるであろう」
 屋台にところ狭しと置かれている鍋にはびっしりとミナス草のスープが入っている。
「料理はたくさん一気に作るほうが美味しいのですわ」
「……その主義は知ってるし否定はしないであるが……限度というものがるのだよ」
 祭り中に流石にこれを捌き切るのは無理というくらいにはスープはある。
「その時はイグナちゃんや近遠ちゃんたちに手伝って処理するのですわ」
「……胃薬が必要そうであるな」
「ミナス草には胃腸の調子を整える効果があるから必要ないですわ」
「…………そうであるか」
 イグナとしては出来る限り売り切るのを祈るしかない。
「……ミナス草か。ミナスによって創られたこれのオリジナルは、地脈からエネルギーを吸い取り魔力を生み出し、村や森に生えるミナス草に力を与えておる」
「? ミナス草の仕組みですの? でもそれが何かあるんですの?」
 アーデルハイトの言葉にユーリカは首を傾げる。
「いや……あるいは、これも使いようによっては一つの切り札になるかもしれんと思っての。それだけじゃ」