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夏祭りの魔法

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夏祭りの魔法
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「うわぁ、すごい、本当のお祭りみたい」
 屋敷の庭に立ち並ぶ屋台を目にした遠野 歌菜(とおの・かな)の目が、まるで子どもの様にきらきらと輝く。
 お屋敷とはいえ個人宅、その庭で行われると言われれば、いくら「夏祭り」と聞いてはいても、それほどの規模は想像しないだろう。だが、目の前に並んで居るのは焼きそばにりんご飴、綿菓子を初めとする食べ物系から、射的やくじ引き、金魚すくいなどのアトラクション系まで、一般的なお祭りで見かける夜店が勢揃いした、立派な夏祭りの光景だ。

「羽純くん、りんご飴と綿飴買おうよ」
 早速甘い物の屋台に目を付けた歌菜は、パートナーで、伴侶でもある月崎 羽純(つきざき・はすみ)を振り向く。
 今日は夏祭りの話を聞いて、二人とも浴衣姿でやってきた。
 すっかりはしゃいでいる歌菜の姿に呆れたような顔をして見せている羽純だが、その目はちゃっかり、好物である甘味を探して、屋台の方向に向けられている。
「そうだな、勿論食べよう。ああ、かき氷も食べたいな」
「そんなに食べきれる?」
 りんご飴に綿飴にかき氷、確かに歌菜だって色々食べたいけれど、頭の中で並べてみると相当なボリュームだ。思わず心配になって問いかけてみると、羽純は当然のような顔をして、
「二人でシェアすれば、制覇は簡単だろ」
と答える。
 確かにそうすれば、いろいろな種類を少しずつ楽しむことができるだろう。でも、歌菜の意見も聞かずにシェアすることを前提にしている羽純の言い方が、呆れるやらおかしいやら、嬉しいやら。歌菜は思わずふふ、と笑う。
「じゃあ、りんご飴から!」
 そして、羽純の手を引っ張るようにして、居並ぶ屋台へと向かう。
 りんご飴に綿飴、かき氷、それからおまけにベビーカステラも。ちょっとお行儀は悪いけれど、食べながら歩くのも祭の醍醐味。二人は次々と甘い物を買っては半分こにして平らげる。
 半分ずつだから、丸々食べるよりはお腹にたまらない――とはいえ、少しばかり甘い物が続きすぎたか、喉が渇く。
「羽純くん、冷たいお茶でも買わない?」
「そうだな」
 ちょうどペットボトルを売る屋台の前を通りがかったので、足を止める。
「お茶をふたつ、お願いします」
 店番を担当しているメイド型機晶姫(今日は彼女たちも浴衣姿だ)に声を掛けると、羽純がそれを制するようにひょいと手を挙げた。
「一つでいい」
 メイドはこくりと頷くと、氷がたっぷり入った水桶の中からお茶の入ったペットボトルを一本取り出し、手元のタオルで拭く。
 一本だけのお茶を受け取った歌菜は、キャップを外して一口飲む。よく冷えた渋みが、甘い物に疲れた喉を潤していく。
「羽純くんは飲まないの?」
「歌菜のを分けて貰うからいい。足りなければ後でまた買えばいいんだし」
 ちょっと心配するように歌菜が見上げると、羽純はまた、何でも無いようなふうに言ってひょい、と歌菜の手元からペットボトルを取り上げる。
「そっか……って、それ、って……」
 最初は、甘味のようにシェアするのだと納得しかけた歌菜だったが、お茶が入っているのはペットボトル。コップやストローの用意もない。つまり、シェアする為には、同じ飲み口を使う必要があるわけで――
「……間接……きす」
 その事実に気付いた歌菜の顔が、ぼんっと赤くなる。
 そんな歌菜の目の前で、羽純は美味しそうにごくりと喉を鳴らして、お茶を飲み下す。
「どうかしたか?」
「う、ううん、なんでもないっ……あっ、羽純君、射的! 面白そう!」
 歌菜の視線に気付いたのだろう、羽純が意味ありげな含み笑いを浮かべながら問いかけてくる。 別に、間接でないキスもする間柄なのだから、今更どうってことないことのはずなのだけれど、改めて間接キスという行為を意識してしまうと、どうにもむず痒い。
 歌菜は慌てて首を振って誤魔化した。そして、目に付いた射的の屋台へとずんずん進んでいく。
 羽純は、全部お見通しですよ、とばかりに笑うと、歌菜の後を追いかけてくる。
 射的の屋台は屋台が並ぶ中のちょうど真ん中くらいにあって、多くの人々で賑わっていた。 
 昔ながらの、台の上の景品を落とせば貰える、という形式で、勿論使うのはコルク銃。実際に屋台などで使われるものを借りてきているものだ。
 景品台の上には、お菓子やぬいぐるみ、ゲームソフトなど、お決まりの景品がずらっと並んで居る。
 ふつうのお祭りなの場合、景品はなかなか落ちないようにされているものだが、立派に見えてもそこは手作りのお祭り。ちゃんと重心に中りさえすれば、結構ほいほい落っこちているようだ。
「まず私がチャレンジしてみるね」
 まだ若干赤い頬を誤魔化すように、歌菜は店員に小銭を押しつけた。引き替えに貰ったコルク玉を、玩具の銃に装填する。
 そして、その銃口を猫のぬいぐるみへと向けた。
 狙いを定めて――引き金を、引く。
 ぽんっ、と空気が爆ぜる景気の良い音がして、小さなコルク玉は勢いよく飛びだして行った。しかし、残念ながら命中はしない。
 今度こそ、と再びコルク玉を装填するが、なかなか重心ぴたりを捉えることができない。なにぶん使うのは玩具の銃。精度はそれほど高くないので、逆に実銃を使うより難しい。
「あーあ、外しちゃった……はい、次は羽純くんだよ」
 結局、貰ったコルク玉を撃ち尽くしても、猫のぬいぐるみは落とせなかった。ちょっぴり肩を落とし、歌菜は羽純にコルク銃を渡す。
 銃を受け取った羽純は、小銭と引き替えに弾を受け取る。そして、弾を装填して狙いを定めた。
 集中しているからか、すうと目が細まる。鋭い眼光が、狙う先をひたと捉えている。
 長い指先が引き金に掛かった。
 そして。
 コルク玉が威勢良く銃身から飛び出して行く音がする。
 と、ほぼ同時に、先ほど歌菜が狙って居た猫のぬいぐるみがふわりと傾いだ。そのままバランスを崩し、景品台からころりと落ちる。
「羽純くん、すごぉい!」
 転がり落ちたぬいぐるみを店員から受け取っている羽純に、歌菜は尊敬の眼差しを向ける。すると羽純は得意げな笑みを浮かべ、ぬいぐるみを歌菜の手元へ押しつけた。
「ありがとう、凄く嬉しい!」
 ぬいぐるみを受け取った歌菜は、大はしゃぎで羽純の腕にぎゅっと抱きついた。
 だがすぐに、人前であることを思いだし、ぱっと手を離す。耳の先まで赤くして。
「別に、照れることはないだろ? 周りもカップルばかりだし」
 そんな歌菜をからかうように、羽純は歌菜との距離をわざと縮める。
 すると歌菜は一層慌てて、周囲をきょろきょろと見回す。確かに周囲はカップルばかりで、それぞれ自分達の世界に浸っているようだから、ここでちょっとくらいスキンシップを図っても、誰も気にしない、の、だろうけど、と歌菜が狼狽えていると。
「人目が気になるなら、個室でも借りるか?」
 悪戯な笑顔を浮かべる羽純に、歌菜は頷くしか出来なかった。