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リアクション
花火を作る工程は大きく分けて三つ。星作り・割火薬作り、組立て、玉貼りである。
中でも、一番初めに行われる星作り・割火薬作りは一番の重要度を占める。
薬品を配合し、炎色反応にて色を出す。それが夜空に彩を与えるのだから、花火の心臓と言っても過言ではない。
「あたしの出番ね」
セレンはつなぎの腕をまくるが、
「ああ嬢ちゃん、星作りはいい。冬に作ってあるんでな」
星は何度も火薬をまぶして乾燥させるため、作り上げるのに一ヶ月程掛かる。流石にコレができ上がっていないと話にならない。
「そうなの?」
てっきり、一からの制作だと思っていたので拍子抜けしてしまう。
「残念だったわね」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が肩を叩く。爆弾の扱いは得意なのだが、折角の知識と経験は意味をなさないのか?
「いや、無駄じゃねぇ。この星たちを扱うには必要な事だ。花火は爆弾と同じ、危険物を扱う緊張感が持てなけりゃ任せられねぇ。お前さんたちは理解しているだろ?」
「そんなの当然よ」
ここは花火工場。一つ爆発してしまえば、その他の火薬に引火して大参事を巻き起こす。不注意が許されない場所。
「それなら安心して玉作りをさせられるってもんよ」
安全第一、それが花火を作る上で一番重要だと説くと、親方は壁側に置かれたたくさんの星を示した。
「そこの張り紙に星の色が書いてある。それを使ってどんな花火にしたいか考えな」
赤、青、黄色、緑……更には赤から青、緑から金といった変色する星もある。
「先ずは紙に図柄を描くといい」
渡された白紙を受け取ると、セレンはすぐさま筆を走らせる。
「あら、もう決まっていたみたいね」
セレアナが覗き込むとそこには大量のハート。親方も確認する。
「ほう、形物か」
花火の中で、主に物体の形状を描く物の事を言う。
「……セレン、一応聞くけど、これは何色を使うの?」
「勿論、赤とピンクよ」
ハートなら当たり前。それ以外の選択肢などない。迷いのない答えが返ってくる。
「これであたしたちのラブラブっぷりを世に知らしめてやるのよ。名付けて『セレン特製ラブラブファイアー花火』よ」
グッと握った拳。なぜだろう、最初からこれが目的だったのではないか、と勘違いしてしまいそうになるのは。
「それじゃ火薬を詰めていくぞ」
半球の玉殻に星と割火薬を詰め始める親方。
「形物は見る角度で見えたり見えなかったりする。だから、数個同時に打ち上げてどこでも見えるようにするんだ。一個仕上がったら同じものを何個か作りな。勿論、詰めた形がわかるように印を付けてな」
その一つをお手本として見せてくれているのだ。工程を覚えるため、真剣な眼差しで見つめるセレン。『いい加減・大雑把・気分屋』と言われる彼女が柄にもなく真剣である。
いつもと違った表情に、ドキリッとセレアナの鼓動が跳ねた。
「これで一つ完成だ。後はお前さんで作ってくれ」
「わかったわ。セレアナも一緒にどう?」
「私はオーソドックスなのでいいわ」
突然話を振られ、セレアナはプイッと横を向く。その頬が微かに紅く染まっているのを隠すため。
「向こうで作っているから」
一呼吸置きたくてその場を後にしたセレアナと入れ違いに、美羽が形物作りに加わる。
「私も形物の作り方教えてください!」
「嬢ちゃんはどんなの作るんでい?」
「やっぱり夏らしく、ひまわりや風鈴、ラムネ瓶がいいよね」
描き出された夏を彩る数枚の絵。
「ひまわりは牡丹で応用が利くから後でもいいだろ。よし、風鈴とラムネを作ってみろ」
美羽は親方がセレンに教えていた内容を思い出して作り始める。
「最初はこの割火薬を敷き詰めて……その上に絵を描くように星を並べるんだよね」
「おう、その通りだ。色は青と銀を使うと良い」
黒い火薬の中に黒い星で描かれると、見た目では色が想像できない。何度も絵と見比べて配色をしていく。
「絵が出来たらもう片方と……こう!」
割火薬だけ詰めた玉殻と合わせて球状にし、クラフト紙を何重にも貼る。
「出来上がったやつを天日干しに回して、数日乾燥させる」
この作業を何回もこなし、打ち上げに使う個数が出来れば完成だ。
「初めてにしちゃたいしたもんだ。嬢ちゃんも中々筋が良いな」
「えへへ、そうかな?」
手放しで褒める親方に美羽は照れる。それで勢いづき、
「今度は蚊取り豚とかき氷と浴衣の女の子に挑戦だよ!」
更に難易度を上げようと言うのだが、親方は忠告する。
「おいおい、あまり複雑な絵は見えねぇぞ」
「え、そうなの?」
断面に自分とセレアナの似顔絵を敷き詰めようとしたセレンが聞き返す。
「風、湿気、気温、様々な要素で形が崩れる可能性がある。だから単純な絵がいいんだ」
「それじゃ似顔絵って無理なの?」
「無理じゃねえ。複雑な絵は数個に分けて同時に飛ばすんだ。高さや位置を火薬で調整してな」
割火薬の量で絵の大きさ、発射薬の量で高さ、発射台の位置で距離を計算。少しでも分量が狂えば、絵は意味をなさない。
「調整が鍵になってくる。失敗は許さねぇ。それでもいいかい?」
完璧に仕上げるには更なる技術が必要。そのため、親方の指導が苛烈を極めることになるが、彼女たちに「NO!」という選択肢はない。
「いいじゃない、やってやるわ。あたしたちのラブラブっぷりは簡単に止められないわ」
「見てくれた人が楽しめるのなら、やるべきだと思うもん!」
「その気持ち、忘れるんじゃねぇぞ」
「うんっ! 頑張っちゃうよ!」
「あたしも負けてられないわ!」
こうして親方の怒号の中、セレンと美羽は形物作りに精を出す。
昼を回った。
気温が上がり、工場内は蒸し風呂状態。
熱弁を振るう親方の額に幾筋もの汗が流れている。
「ふぅ……」
いつも元気な美羽も、集中と暑さで口数は少なめ。
「暑いわね……」
セレンに至ってはつなぎの上を肌蹴させている。メタリックブルーの水着を盛り上げる双丘には、玉の汗が浮かんでいた。
「皆さん、暑い中お疲れ様です。少し休憩してください」
服の色が変わった作業者たち。月見里 迦耶(やまなし・かや)の持ってきた飲み物が心からありがたい。
「ありがとー! ゴクッ、ゴクッ……うんっ! 生き返ったよ!」
「親方もどうぞ」
「すまんね」
「作業は順調ですか?」
「まあ、ぼちぼちだな。嬢ちゃんたちも様になって来たし、向こうもいい具合だ」
通常の玉を作っているセレアナ、ルカルカ、コード。こちらも数をこなし、動作が板に付いてきている。この分なら、予定数は十分間に合うかもしれない。
迦耶は何かを考えて切り出す。
「もし可能なら、王さんの顔を花火にして貰えませんでしょうか?」
「うん、任されよー!」
その要望に美羽が大きく頷いた。
「よろしくお願いします……!」
「それじゃ時間も頃合いですし、お昼にしませんか?」
そこへベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がお盆を持って現れる。
「焼きそばを作ってみました。お口に合えばいいのですが」
ベアトリーチェの作った焼きそば。ソース・激辛の赤・濃厚な黒・さっぱりの塩、それにピリッとしたカレー味。その種類は豊富だ。
屋台用に準備していた材料が勿体ないからと作ったもの。「これは美味そうだ」と親方も食欲をそそられている。
「私もご用意しました」
迦耶が作ったのは一口サイズに切られたフルーツ。
「作業の合間に食べれるようにと思いまして」
みずみずしさに光が反射している。これは水分補給も十分兼ねられるだろう。
「よし、飯休にするか」
『はーい』
全員が集まって昼食に舌鼓を打つ。
かわいい女の子の手料理。香ばしい匂い。それに釣られ、男が顔を出す。
「あっ、しまっ――」
「何こそこそしとるんじゃ!」
親方の怒声に萎縮して立ち止まる男。不審者かと思いきや、
「居るのは一人じゃないはずだ。全員出て来い!」
追い出したはずの弟子たちだった。
肩を竦め、申し訳なさそうにしている彼ら。
「何しに来た?」
「その……期日が迫っているので、完成できるか心配で……」
「お前らなんぞ居らんでも完成させれるわい」
「親方もいい年ですし……」
「要らん心配なぞせんでいい」
「でも……」
「お前らの顔を見ていると飯が不味くなる。さっさと帰れ」
案じる弟子たちに対して、親方は非情に言い放つ。
「まあまあ親方さん」そこへ仲裁に入るベアトリーチェ。「実は、お弟子さんたちが募集を掛けたからこそ、ここまで出来てるんですよ?」
「嬢ちゃんに言われるまでもない」
本当は最初から知っている親方。弟子たちの心配も理解している。
ただ、気に入らないことが一つある。それは、自分たちのやる気を見せないことだ。
彼らが何らかのアクションを起こさない限りは梃子でも動かない。
そして、そんな性格を弟子たちも知っている。
集団の中から一番の年長者が前に出る。
「親方、すんませんした。大会を成功させるため募集をしたのですが、一番大事な事を忘れていました」
「…………」
「俺たちは花火師です。花火を作ってなんぼ、それが生き様です。それなのに、暑さにやられ弛んでいた」
若い弟子も言う。
「見物に来る客の笑顔を忘れていました」
「夜空に花を咲かせる志を忘れていました」
「花火を作る事をしなくなって、自分達がどれだけ馬鹿だったかを知りました」
「彼女たちを見て、俺たちは忘れていた初心を取り戻すことができました。だから――」
一列に並ぶ弟子たち。最後に声を揃えて、
『だからもう一度、俺たちに指導をお願いします!』
深々と頭を下げた。
「…………」
頭上から見下ろす親方。そして、
「……ふんっ、勝手にせい」
踵を返すと、「いただきます」と焼きそばに口をつける。
『ありがとうございますっ!』
目の当たりにした光景に、目が潤む迦耶とベアトリーチェ。
「皆さん、よかったですね!」
「たくさん食べて、この後も頑張ってください」
『はいっ!』
弟子たちも加勢し、作業はピッチを上げた。
熟練者たちの加入は親方の負担を減らし、指導をスムーズにして制作を早める。
そうして夕方辺りには目標数に到達したのだった。
「よし、完成だ。皆、ようやった」
『ありがとうございました!』
後は出来上がった花火玉を乾燥させるだけ。
大会当日はもう間近に迫っている。
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