百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

“蛍”シリーズ【第七話】、【第八話】、【第九話】、【第十話】

リアクション公開中!

“蛍”シリーズ【第七話】、【第八話】、【第九話】、【第十話】

リアクション

 同時刻 空京大学上空
 
『来たわね――』
 通信帯域を震わせる佐那の声。
『――ああ』
 それに対するは航の声だ。
 
 ザーヴィスチと“フリューゲル”bis。
 二つの機体は同時に臨戦態勢を取る。
 直後、“フリューゲル”bisの機体から何かがゆっくりと放出された。
 
 咄嗟に撃ち墜とそうして、佐那は危うい所で踏み留まる。
 放出されたのは脱出ポッドだ。
 ポッドはゆっくりとホバリング態勢に入ると、無事着地を果たす。

『何のつもり?』
『もう使うこともないからな』

 その問答の後、臨戦態勢を取り直す二機。
 
『……聞……え……す……か……那……ん……?』
 
 突如割り込んだ声は、ノイズ混じりで途切れ途切れだ。
 しかしそれもすぐにクリアな音声になる。
 
『聞こえますか、佐那さん?』
『その声……ティー・ティーなのね』
『はい……。あの……佐那さん。航さん、脱出ポッドをもう使うこともない、って――』

『わかっているわ。けど、これは私と彼の勝負。ここでやめるわけにはいかない』
『でも……航さん、死ぬ気で……』
『……なら尚更、私は彼の気持ちに応えないといけない』
『……』
『貴方がいるのはそのポッドで間違いはないわね。待っていて。この勝負に勝って、すぐに回収に行くわ』
 
 その会話が終わるのを待っていたかのように、航の声が問いかける。
 
『話は済んだかよ?』
『ええ。ありがとう。さあ、始めましょう――』
 
 そして戦闘態勢に入る二機。
 
『あたし達は、戦うことでしか分かり合えない……じゃあ、戦っていて分かったことって何? 戦っても分かり合えなければ、お互いに最後の一人までも殲滅するだけの戦い――殺戮にしかならない。あたしの戦いは、貴方に響いているのかな?』
『ジーナ! 言ってくれるじゃねえか! 俺のことを知らないのによくもまあ回る舌だ! ――お前に何がわかるッ!』
『お前に何がわかる、か。そうかもね。でも、貴方だってあたしの事、この前まで全然わかってなかったでしょうが!」
 通信帯域に流れるハイスピードなダンスチューン。
 それと重なり合うに響くはパイロット同士の叫び。
 そして、光刃同士のぶつかり合う音と、それにより発生した力場の爆ぜる音だ。
 
 もはや、互いに勝手を知っている……知り尽くしている間柄。
 ゆえにここからはお互いに相手の癖を読み隙を探る戦いになる。
 ――そう予見したエレナはとある策を講じた。
 常にディテクトエビルとイナンナの加護の力を受け、更にはAIシーニャの分析を最大限活かし佐那の操縦を補佐。
 することは、それだけだ。
 もはやここからは直感と反射の世界。
 音を置き去り、光を追いぬく程の速さで思考し、動くことでしか敵に抗し得もしないし、ましてや勝ち得るはずもない。
 
『航さん、貴方の思いは伝わってきます。わたくしも、かつては復讐に生きた身。なればこそ、今一度お聞きします。復讐という欲望を満たした果てに待つのは虚無。貴方は其に打ち克てますか?』
 エレナの問いかけに対し、航は叫ぶように答える。
『勝つとか負けるとかなんて関係ねえんだよ! 俺が戦いを終えた後、世界が変わるか変わらないかのどっちかだ。その時に俺がどうなってようと、俺自身にすらもうそいつは関係ねえことだ!』
 その言葉で既に航の覚悟を感じ取った佐那。
 彼女は静かに告げる。
 
『終わりにしましょう』
『ああ、そうだな』
 
 互いに飛行ユニットのスラスターから最大出力でエネルギーを噴射。
 その状態のまま静かに相対する。
 いつでも最高速度が出せる状態のまま睨み合う二機。
 そして、永久にも感じられる数秒の睨み合いの末、両者はまったくの同時に動き出した。
 
 一直線の超高速軌道で肉迫した“フリューゲル”bisはザーヴィスチを両断せんと光刃を振り抜く。
 もはやザーヴィスチにそれを避ける時間は残されていない。
 だからこそ、佐那は迷わず背部のリフターをパージする。
 
 イコンホースを改造したイコン支援空中機動飛行ユニット――『クリサニツァ』。
 パージしたそれに“フリューゲル”bisの上を飛び越えさせ、その上で本体は急制動をかけて紙一重で光刃を回避。
 更に擦れ違い様に大型超高周波ブレードを振り抜いて反撃へと転ずるザーヴィスチ。
 対する“フリューゲル”bisも一瞬でトップスピードに達する、まるで瞬間移動じみた超高速機動でそれを回避する。
 だが、佐那の狙いはその一撃ではない。
 “フリューゲル”の横を通り抜けたザーヴィスチはそのままパージされた『クリサニツァ』へと追い付く。
 空中で再び『クリスニツァ』と一瞬でドッキングという離れ業を見せたザーヴィスチは新式ダブルビームサーベルを仕込んだ爪先で蹴り抜く。
 
 一方の“フリューゲル”はそれを超高速機動で回避しにかかる。
 本来ならばいかにザーヴィスチが高性能なカスタム機であろうと、“フリューゲル”bisのスピードには追い付けない。
 だが――
 
『瞬間移動じみたその高速機動。それを使って避けてから反撃に転ずる瞬間、あなたの動きはほんの0コンマ数秒……いえ、もしかしたらそれよりも僅かにだけれど……でも確かに緩やかになる』
 佐那が告げた航の癖。
 だがそれを突いたとしても、機体のスピード差は埋められない。
 
 しかしながら、今、この瞬間だけは違った。
 空中ドッキングという手段を取ったゆえに、結果的に『クリサニツァ』と激突する形となったザ―ヴィスチ。
 それによって後ろから打ち出される形で起きたザーヴィスチの加速。
 更に千載一遇のタイミングで『クリサニツァ』に送り込まれたスラスター噴射の信号。
 本体だけでは成し得ない二つの加速が重なり合い、ザーヴィスチは限界を超えた加速――いわば100%以上の加速を成し得たのだ。
 そして、航の癖により“フリューゲル”bisは僅かながら減速。
 その減速は極めて僅かで、それこそ1%。
 “フリューゲル”bisは依然として99%の加速を保ったままだ。
 
 だが、その僅か2%と1%の差が勝敗を分けた。
 互いの光刃は互いの胴部を袈裟懸けに斬り裂き、コクピットハッチを斬り飛ばした。
 しかし、ザーヴィスチがハッチだけを斬り飛ばされたのに対して、“フリューゲル”bisの損傷は背部の飛行ユニットにまで及んでいた。
 
『……やるじゃねえか、ジーナ。お前の……勝ちだ』
 どこか微笑するような声音で航がそう告げると。
 航と理沙を乗せた漆黒の機体は、地へ向けて落下していった。