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リアクション
■時は、手紙
5年後、2029年。夜。
「……ふぅ、今日も昨日と同じく忙しかったわね。明日もきっと……」
シャンバラ教導団での仕事を終えた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は僅かに残ったリラックスタイムを味わっていた。
ここで
「そう言えば……朝忙しくて読む暇が無かったのよね」
ゆかりは慌ただしくて開封出来なかった手紙の存在を思い出し手に取り
「……誰からの手紙なのかしら」
差出人の確認を始めた。朝開封だけでなく差出人の確認も出来なかったのだ。
確認した途端
「……差し出し人は私?」
ゆかりは予想外の事にびっくり。
しかし、ゆっくりとこれまでの記憶から心当たりを探り出すと
「そう言えば……5年前にイルミンスールで未来の自分に手紙を書く企画があったわね。確かそこで手紙を書いて……未来も見たのよね……そうか……自分宛に手紙を出して、もうそんなに経つのね……すっかり忘れてたわ」
見つかった。忙し過ぎて忘れてはいたが。
ともかく開封し
「……」
5年前の自分が今の自分に宛てた手紙をゆっくりとこれまで歩んだ道程を振り返りながら読み進める。
そして読み終わると
「……」
少しばかり感慨深く宙を見つめてから再び手にある手紙に目を落とし
「……改めて読んでみると……たかだか5年前なのでそんなに変わっていないと思ったらそれなりに変化もあったわね」
感慨深くつぶやいた。体感では大して経っていないと思ってもこうして時間経過を感じる実際のものに触れるとやっぱり流れた月日は大したものだと感じたり。
そして
「たった30歳かそこらで准将になって……尉官や佐官時代に比べると格段に責任も重くのしかかって多忙な毎日……そう言えば手紙を書く時に見た未来は……丁度今と……」
あれから5年後の自分の生活、シャンバラ教導団情報科の然るべき地位の者として多忙な日々を振り返った。今、5年前の手紙書きに見た未来と同じ立場に立っている。
「何より自分がそれに見合うだけの成果を出しているかどうか、今も迷うことが多々ある。だけど、いまに至る選択を間違ってきたのか、と問われたら……」
ゆかりは手紙を見ながら軽く溜息を吐きつつ自分に語りかける。手紙とはいえ昔の自分に触れたせいなのか少々感傷的だったり。
「答えは間違い無くNOね(いまの自分はまさに自分が選んだ選択肢をなぞってきたわけで、それらの選択は自分が、少なくとものその選択をした時点では正しいと思って選んだもの。選択を間違ったのだとしても他人に強制されたわけではなく自分が選んだものだから、少なくともその結果を潔く受け入れられる……やや自信はないけど)」
幾つもの人生の岐路に立ち間違い無く自分で選んできた選択肢を振り返り、そこに後悔がない事、これからもそうして続く道を選んでいく事を確認した。
その後
「……これから先の未来の自分に恥じないようにはなりたい……いえ、ならないと」
ゆかりは未来を見据えた力強い光宿る目で手紙を一瞥してから手紙を静かに畳んだ。
そして
「……そう言えば、手紙を書いたあの時に見た仕事に追われる未来に対して全然感慨も何も無かったのよね。でも現実になるとそうでも無かったわね。多忙だけど充実した日々で」
ゆかりは手紙を書いた当時に抱いた感想を思い出し、口元をゆるめた。想像と実際では違うと。
5年後、2029年。夜。
「……差出人は5年前の自分……」
マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は差出人を見て5年前のイルミンスールでの手紙書きに参加し書いた事を思い出した。
そして開封して
「……」
手紙を取り出し今の自分に宛てた文章を読み始めた。
読み終わって
「……もう5年も経ったのね」
手紙を読んだマリエッタは改めて流れた月日を感じしみじみとしてから
「……昔はコンプレックスだったのよね。中学生体型が……でも今は……」
昔酷くコンプレックスだった自分の体を見下ろした。
「……卒業出来たのよね。昔のあたしが知ったら同じく安堵して驚くわね……まあ、あの平行世界のグラビアアイドルのようなナイスバディじゃないけれど……手紙を書いた時に見た未来はそのまま実現したのよね」
マリエッタの目に映るのは言葉通り平行世界の自分ほどではないが、コンプレックスを抱かずにすむだけのプロポーションであった。
もう一度手紙を見て
「今振り返ると……あまりにも些細な事に悩んでいて本当に滑稽に思えて仕方無いわね」
マリエッタは鬼気迫る程に体型を気にしていた昔の自分を思い出し吹き出してしまう。悩みが解消出来た今だからこそこうして笑えるのだ。
「……妖怪の山の温泉宿では美肌効果があるからって必死に入浴して……七夕祭りでは短冊に書きまくったわね。来年こそは胸が大きくなりますようにとか……平行世界の自分に会う度に落ち込んで……」
悩み多き自分の有様を思い出せる範囲で次々と口から洩らし
「……あの頃は本当に切実だったのよね。端から見れば馬鹿げてはいても、自分にとっては……いや、これ以上考えるのはやめよう」
深い溜息を吐いて考えるのをやめた。これ以上考えると堪らなくなるから。
「……でもあの悩んだ日々も自分にとっては大切な事だったのよね……今はそう思える……程度には少しは大人になったかもね」
マリエッタは手紙を見つめつつ笑みを含んだ呟きを洩らした。