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リアクション
約6年後――2030年、春
「今度は娘を連れてキマクに遊びに行くから」
2024年9月、ラズィーヤ帰還を祝う「おかえりなさいパーティー」でした約束。
その約束を果たしに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)夫妻はキマクを訪れていた。
「へぇ……キマクとパラ実も、ずいぶん変わったね」
びっくりして目を丸くする美羽にコハクが頷くと、二人の間で小さなヴァルキリーの女の子が二人を互いに見比べながら訊ねた。
「変わったの? 来たことあるの? どんな感じだった?」
父譲りの白い翼を楽しそうにパタパタさせ、母親の面影を残した顔に、好奇心と元気がいっぱい詰まった声。
二人の娘・美奈だ。今5歳になる。母親に似たのか明るく元気な女の子で、毎日どこかを駆けまわって遊んでいる。
「アイリス校長が、色々頑張ったんだよ」
「アイリスおねえちゃんが?」
「うん、今日待ち合わせして――あっ!」
美羽の青い大きな眼がくりくりっと動いたかと思うと、道の向こうから二人の女性が歩いてきた。
一人はふわふわの長い髪をなびかせた小柄な女性、もう一人はショートカットの長身の女性。
高原 瀬蓮(たかはら・せれん)とアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)だ。
六年という年月か、それとも立場がそうさせたのか、二人とも随分大人っぽくなったように見える。美羽とコハクは外見だけならちっとも変わらないのに。
「久しぶりだね、瀬蓮ちゃん、アイリス」
声が届く距離で美羽が挨拶するや否や、美奈がだっと二人の間から飛び出して、両腕を広げると瀬蓮とアイリスに抱き付いた。
「瀬蓮おねえちゃん、アイリスお姉ちゃん!」
瀬蓮はくすぐったそうに笑い、アイリスも笑顔を向ける。
「美奈ちゃんも久しぶり」
「久しぶり、美奈」
美羽がキマクに来たのは六年ぶりだが、その間友人たちは何度かキマク以外の場所で顔を合わせていた。美奈は両親の友人たちによく懐いている。
美奈は二人の手を引っ張って両親の元に連れて行くと、四人の顔をぐるりと好奇心旺盛な顔で何度も何度も見比べていった。
「美奈ちゃん背が伸びたね、美羽ちゃん」
「うん、相変わらずお転婆だよー。二人とも元気そうで良かった。キマクをこんな風に発展させるなんて大変だったよね?」
美羽は辺りを見回して視線で示した。
元々シャンバラ大荒野最大のオアシス地帯として発展してきたキマクだが、ここに住んでいたのは遊牧民を取り仕切るキマク家。そこに蛮族やパラ実生などが入り乱れる地帯だった。
商店街などはあったものの、いわゆる普通の都市とは趣を異にしていたキマク。それがこの六年で様々な店が乱立し、道も整備され近代化していた。
「僕が何かしたからというよりは、自然に近代化していったんだよ」
アイリスは苦笑するが、それでもこの急激な変化をまとめあげるのは大変だっただろう。
見たところ治安は向上しているようだが、改造バイクでヒャッハーと走り抜けるモヒカンというのはなくならない、というかそれがキマクである。
「じゃあ、案内するね!」
瀬蓮は先に立って案内を始めた。今までは隣にいたのはいつも美羽だったが、間に美奈を挟んで、二人で美奈と手を繋ぐ。
「美奈ちゃん、車やバイクが急に来ることがあるから気をつけてね。お母さんや瀬蓮と手を繋いでいてね」
「うん!」
頷く美奈だが、見慣れないものがたくさんで、物珍しそうにきょろきょろ眺めては足を止め、目を釘付けにされている。
美羽と瀬蓮は顔を見合わせて仕方ないなという風に笑った。
キマクは発展目覚ましく、何でも揃っているように美羽には思われた。
実際、新宿と渋谷と茨木(大阪の)にあるものは大体ある。けれど近代化はしてもカオスっぷりという点では昔と変わらず、その妙なエネルギッシュなパワーが満ちていた。
「ねぇお母さん、あれ食べたい!」
美奈が突然指さしたのはクレープの移動販売車だった。
「あれ……あれなんだろ、クレープだよね瀬蓮ちゃん?」
「うん。ここのクレープ、皮にパラミタトウモロコシを使ってるんだよ。ここのお勧めはね、苺カスタードとツナだよ」
「美味しそう! 食べる食べる!」
美奈がピョンピョン飛び跳ねたので、全員分ここで買うことになった。
出来上がったクレープは暖かかった。皮の味は普通だったが、もちもちしていて中の具をしっかりと受け止めている。美奈も口の周りをクリームだらけにしながらかぶりついていた。
それから瀬蓮は美奈が喜びそうなぬいぐるみ屋さんや、掘り出し物のある電気屋さんや、服屋など色々なところに連れていってくれた。
そのうち夕方になって歩き疲れてふらふらになった美奈を、コハクはおぶった。背中から程なくして寝息が聞こえてくる。
コハクはずっと楽しそうにしている美羽と美奈、瀬蓮たちの様子を見守っていたが、アイリスの横顔に声をかけた。
「こうやって、みんなが笑顔で過ごせる世界を、これからも守っていかないとね」
「そうだね。……コハクも父親らしくなったね」
なんだか時間の流れを感じるよ、とアイリスは続ける。
「きっとこうやって皆少しずつ変わっていくんだろう。いい方向にね」
「うん……」
「瀬蓮もそうだ。元々楽天家だけど苦しい時はあった。それでも彼女が乗り越えてきたのは、きっと、大切な人たちがいるからだね」
コハクは、背中の暖かい重みを守っていこうと思う。
瀬蓮と久しぶりに会えてはしゃいでいる美羽の幸せも。
瀬蓮とアイリスという自分の友人たちとの繋がりも。
コハクが温かい気持ちになっていると、美羽が振り返って、いつものように、昔と変わらない笑顔を見せた。
「これからもみんなずっと一緒だよ!」
美羽は瀬蓮とぎゅっと手を繋ぎ、皆と笑い合う。
ここに居る皆の思いは一つだ。
きっと何があっても守っていく。笑顔で過ごせる世界を――そう、かけがえのない人たちがいるから。
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