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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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リアクション


●炎の饗宴

「あー、そういうコト。でも、なんか暗いヨネ? λ(ラムダ)ハ」
「……暗く、ないよ……だって、だってボク…………」
「Oh、ゴメン。悪気、ナイヨ。だから……その、泣くナっテ!」
 そうイウところガ暗イんだって!――思わずクランジξ(クシー)は叫びたくなった。クランジλ(ラムダ)の両肩をつかんで揺すりたくなった。だが実際、彼女が口にしたのは別の言葉だった。
「2 Late!(遅い!)」
「ああ」
 返答したのは若い男の声だった。彼はいつの間にか、クシーのすぐ隣に立っていた。
「すまん。遅れた」
 言い訳をしない。する気もない。口調にはそういった意志が感じられる。
「謝ってル暇がアルなラ行動したラ? OK?」
「してる」
 七枷 陣(ななかせ・じん)がそう告げたときである。
「てえええええええええええええええいっ!」
 クシーの頭上を越えてひとつの影が、まっすぐに標的……クランジο(オミクロン)を狙った。両手に握るは自分の身長ほどもある剣、長い銀の髪が躍る。
「リーズ……!」
 ラムダの目がまぶしそうに彼女の背を追う。彼女はリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)、陣のパートナーだ。
 舌打ちするとオミクロンは傍らのクランジτ(タウ)を突き飛ばした。オミクロン自身はまだ下半身の氷が溶けない。左腕の刀を水平にしリーズの一刀を受ける構えを取る。たったそれだけの動作なのに、ヒュッと風が立ち銀光が走った。
 だがリーズの跳躍はそこに下りない。リーズは、手近な量産型クランジの上に着地した。着地と言っても足ではなく剣が先。撃! 撃! 撃! 量産型は頭部を串刺しにされ空に跳ね上げられ胴を凪がれて両断された。
 耳を聾する銃声がクシーの耳を掠めた。ハンドキャノン、強い反動を伴うその銃器を、通常の人間は使いこなすことができない。片手撃ちとあればなおさらだ。
「真奈!」
 振り返らずともクシーには理解できた。
 最初の銃弾は土砂降りにつながるひとしずく。続きクシーだけ避ける格好で、数え切れないほどのハンドキャノンの銃弾が唸りを上げた。扱いの難しい銃をこれだけ正確に連射する。こんなことができるのは小尾田 真奈(おびた・まな)しかいない。
 赤い尾を曳く銃弾の一つが、オミクロンの肩を貫いた。呻き声一つもらさずオミクロンは、己が足を拘束する氷を破ってそこから飛び退く。コンマ数秒前まで彼女がいた場所を、銃弾の豪雨が襲った。
「しししシスターオミクロン……」
 突き飛ばされたまま地面に手を付いていたタウだが、無言のオミクロンに手首をつかまれ後方に引きずられている。タウの前髪は長く、両眼はその栗色の髪に隠されており表情をうかがうのは難しい。しかしその状態でも、タウが腰を抜かすほど驚愕しているのはよく判ることだろう。
 量産型クランジは少女型をしているが、その実は灰色一色のマネキンのごとき姿だ。この日、オミクロンとタウは量産型を二機しか帯同していなかった。一機はたちまちリーズに斬られた。そして残された一機は、
「我が炎は猛り狂う……!」
 燃えさかる矢を放った射手により討たれていた。矢は一本ではない。爆炎波の威力をまとい、さながら空爆のように大量に打ち込まれている。ハリネズミのほうがもう少し大人しいくらいの姿になって、量産型は背中から地面に倒れた。
 射手は仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)、彼は狼のような目で、相対する者たちを見据えている。
 無数の銃弾と無数の火矢による共演、さらには量産型の上げた爆発で、オミクロンとタウの周辺は一気に紅蓮の焔で包まれた。
 オミクロンはタウの手首をつかんだたまま素早く周囲に目を走らせている。視界はすべて焔と熱、それに煙だ。
 焔の合間を縫うようにして陣の声が飛び込んで来た。
「いい加減その姿も見飽きたんやっつーの、オミクロン! ……と……えーっとタウリン!」
「タタタ『タウ』ですよう〜!」
 身を捩るようにしてタウが声を上げた。
「愚か者っ! 敵に位置を知らせて……!」
「そこかっ!」
 濃い煙を両断し、黒いコートが出現した。影が差す。まるで両翼を広げた怪鳥。といっても若鳥ではなく、満身創痍の老鳥を思わせる。その表面は無数の傷に覆われ、その端は千々に避け綻びているではないか。しかし襟元に輝く赤い石だけは、血よりも焔よりも赤く、澄んだ光を乱反射していた。
 彼こそ焔の魔術士、七枷陣だ。
 陣の出現と同時に地面から、太い火炎の柱が伸びて天を目指した。
 柱の中央には黒い人影があった。人影は灼熱の焔のなか、両膝を折って崩れ落ちた。
 クランジοの変わり果てた姿だった。地面にへたり込んだタウが、放心したようにこれを見つめている。
「注意一秒怪我一生って妹が忠告してくれたんを忘れたか!」
 吐き捨てるように陣は言い、視線を脇へと逸らした。いくらクランジでもこれではもう助かるまい。火炎の柱が止めば、もうそこには消し炭しか残らないだろう。
「忘れてないよ」
 だがここで聞こえたのはまぎれもないオミクロンの声だった。
 はっとした陣の左腕をタウが握りしめていた。
 タウの口元がほんのりと歪んでいる。微笑……? 疑問を口にするより早く、自分の腕が焦げる臭いが陣の鼻をついた。タウの能力『ヒートハンド』だ。焔をふりまくような派手さはないものの、クランジτ(タウ)は手だけを超高温にすることができる。
「……!」
 必死で振りほどいた陣が見たのはオミクロンの顔だ。
 タウの左腕、ヘルメットのように小脇に抱えられるオミクロンの頭部……生首!
「自分で自分の首飛ばしやがったんか!」
 タウの攻撃に腕の腱が焼き切れたらしい。陣は腕を上げることもできない。
「今日は腕一本がせいぜい。だが次は命をもらう」
 オミクロンのその言葉を合図とするかのように、タウは背を向けてぱっと駆けだした。これを包囲するリーズも真奈も、とっさのことで反応が間に合わない。ようやく磁楠が矢を引き絞ったときには、もうタウの姿は、抱えたオミクロンの頭部とともに射程外にあった。

「しししシスター……ごごごごめん……」
「謝る暇があったら急げ。さすがの私でも、この状態では長時間もたない」
 耳をすませばこのとき、タウとオミクロンのこんな会話が聞こえたかもしれない。

「追わなくていいの!?」
「もう間に合わないでしょう。それに、これだけ戦果を上げればこの時点では十分です」
 浮き足立つリーズに首を振ると、真奈は冷静に陣の腕を取った。 
「マスター、見せて下さい」
 そして、
「ラムダ様、あなたのお力を借りたいのですが」
 と言って、ラムダに冷凍線を使わせ陣の患部を冷ます。
「治るか……?」
 額に脂汗が浮いているが、歯を食いしばって陣は言った。
「いずれは。ただ、しばらくは無理は禁物です」
「せやかてもうじき作戦(オペレーション)が……」
「R’nt U Listening? 働くナ、って真奈は言ってなイ。さっキみたいナ無茶するナってことダケだロ? 大丈夫、タフガイなラきっと治ル!」
 ポンと陣の肩に手を置くと、歯を見せてキシシとクシーは笑った。
「おい! 痛えんだから叩くな!」
 Sorry、とクシーは言葉だけ謝って、
「ところで見たカ? SIS……オミクロンのあノ顔。首一つで強がっテもサマになんネーヨ」
「お前、本当に嬉しそうやな」
「もシ逆の立場になったトシたら、オミクロンも同じように思うサ」
 そうでしょうか――二人のやりとりを聞きながら真奈は思ったが、口には出さなかった。
「クランジは、頭だけになっても生きていることができるのか」
 磁楠が問うた。ふん、と腕組みして荒い鼻息を立て、漫画の登場人物のようにクシーはこたえる。
「できル。少なくトモ、アタシやSISオミクロンはソー。あれだけ頭がしっカり残ってリャOK。たダ、いツまでもアのママじゃいラれないダロネ」
「まあ、また出てくるんならまた潰すだけや。今度こそ、徹底的にな」
「頼もシイよ陣! サスがアタシの見込んダ男!」
 クシーは幼子のようにはしゃいで、両腕で陣の首にむしゃぶりついた。
 すると同時に、
「痛い痛いいてえって!」
「こ、こらこらこらそこ! 陣くんから離れるっ!」
 陣が悲鳴じみた声を上げ、リーズが目を三角にして二人を引き離そうとする。真奈は黙ってその様子を見ているものの、顔にほの青い影が射していた。
「……そろそろ、戻らない? 怪我、しっかり手当したほうがいいと思うし……」
 恐る恐る、といった調子でラムダが口を挟んだ。控えめな彼女が、自分から発言するのは珍しい。
「そうだね」クシーとつかみ合いを演じつつリーズが答えた。「うん、そうしようよ」
「OK、戻るゼ!」
 言い放つとクシーは陣の右腕に自分の腕を絡ませ歩き出そうとする。そこでまたリーズとひと悶着している。
 彼らから数歩遅れて歩き、磁楠はふと振り返った。炎の饗宴が残した黒い痕跡を見る。戦いがあってもなくても、大した変わりはないだろう。おおよそ生命の感じられない、薄汚れた廃墟に過ぎない。
 この時代、空京はこのような場所ばかりだ。それでも、汚染され尽くした地上よりはマシだろう。
 磁楠は異世界の人間である。彼は異世界でも、この世界でも、崩壊する世界を目にしてきた。
 ――いずれにせよ、この世の地獄であることに変わりはない。
 彼は思った。